第三百七話・トラウマを乗り越えろ
ヘビーとリトの戦いはヘビーが優位に立っていた。
魔力を解放したヘビーの攻撃は僅かながらに魔人形態のリトを上回っていた。
巨体から繰り出される大地を粉砕する程の威力の拳がリトを苦しめる。
「ぐっ! ぐおっ! があっ !」
ヘビーは鉄球のように重い鼻を丸め、ハンマーの如くリトの頭上に叩きつけた。
鈍い音が響き、リトは真っ赤な血を頭から流しながら悶えた。
「黒き魔王の力もワシの前ではゴミ同然じゃ ! やはり召喚者がゴミだと力も半減するのかのう !」
調子に乗ったヘビーは更に鼻を高く振り上げ、リトに向かって思い切り叩きつけようとした。
ガシッ
だがリトは涼しい表情を浮かべながら何事も無かったかのように片手で軽々と受け止めた。
その姿は荒々しい筋骨隆々な黒き魔人ではなく、青白い炎に身を包んだ、聖なる雰囲気の青年だった。
「何じゃ……その痩せ細った姿は…… !」
「貴方の知らない私の新たな姿ですよ」
蒼炎形態へと姿を変えたリトは微かに笑みを浮かべると滑り込むようにヘビーの間合いに入り込み、重い一撃を叩き込んだ。
「ぐぅ…… !」
脇腹にダメージを喰らい、苦しそうに呻きながら後退するヘビー。
力もスピードも桁違いに上がっている。
リトの現段階での最強形態だ。
「先程、私の主をゴミ呼ばわりしましたね? 取り消させてもらいますよ」
リトは余裕の表情で手を仰ぎ、ヘビーを挑発する。
ヘビーは触発され、雄叫びを上げながら大地を踏み鳴らし、リトルに向かっていった。
私はミーデに対する恐怖を強引に捩じ伏せ、銀色に煌めく刃を彼に向けた。
ミーデはなおも嘲笑し、私を見下していた。
「ククク、諦めの悪い方ですねぇ……ま、もう少しだけ付き合って差し上げますよ」
呆れた様子でため息をつくとミーデは瞳孔を開き、鋭く研ぎ澄まされた片手を素早く振り下ろした。
ガキィンッ
即座に私の剣がミーデの腕を受け止める。
「ここから反撃です !」
「ぬう…… !」
私は腕に力を込め、全力で剣を振るいミーデの片腕を弾いた。
意表を突かれたミーデはバランスを崩し、よろめきながら後退した。
その僅かな隙を狙い、私は一気に畳み掛けに出た。
「はぁぁぁぁぁぁ !」
私は稲妻の如く高速で剣撃を繰り出し、十字を描くようにミーデを切り刻んだ。
ミーデは片手に魔力を込めて応戦するが、私のスピードについてこれず防御に徹するので手一杯だった。
「何だこの女……あれだけ痛みつけたのに、何処からこんな力が…… !」
何が起こったか理解出来ず、困惑する一方のミーデ。
もう私はミーデを恐れない。
疲労や傷の痛みを堪え、怒濤の攻撃を浴びせる。
「はっ !」
私は足跡がくっきり残るくらい大地を思い切り踏み締め、全身に力を入れながら剣を水平に振り下ろし、オーガのようにパワフルな一撃をミーデに叩き込んだ。
「ぐわぁぁぁぁぁ !!!」
勢いで吹っ飛ばされたミーデは悲鳴を上げながら宙を舞い、そのまま大地へと叩き落とされた。
「ば……馬鹿な……そんな馬鹿なぁぁぁぁ !」
怒りと戸惑いと悔しさから発狂し、拳で地面を何度も殴り付けるミーデ。
その様子をリリィやトール達はただ呆然と眺めていた。
「あのミーデが……手も足も出ないとは……」
「これがワカバちゃんの実力です」
リリィは真っ直ぐ見つめながら語った。
「ワカバちゃんは恐怖を乗り越えたんです……もう恐れるものは何もありません !」
ミーデは怒りに身を震わせながら立ち上がり、冷静さを失いながら全身にほとばしる闇のオーラを解放した。
「おのれ小娘がぁ! 図に乗るのも大概にしろぉぉぉ !」
逆上したミーデは魔王サタンの魂が宿った剣を構え、がむしゃらに私に向かってきた。
魔剣サタンは凄まじい魔力が込められた伝説の宝具の一つ。
使う度にサタンの魔力が注がれ、使用者は力を増していく代物だ。
私相手に使うまでもないと踏んでいたが、形成逆転した為、やむを得ず使うことになった。
「魔王様……私に力をお貸しください !」
「良いだろう、腹一杯になるまで食らうが良い」
魔王サタンは剣を媒介にしてミーデに有り余る程の魔力を与えた。
彼を覆う紫色の禍々しいオーラが膨れ上がっていく。
だが使い手のミーデは我を忘れている為、剣の動きが誰が見ても素人レベルだった。
「死ね、死ね、死ねぇ !」
呪詛を吐き散らしながら剣を振るい続けるミーデ。
だが動きがあまりにも鈍く、私はあっさりと弾き返し、風のように切り裂きながら斬撃を放った。
「何故だぁぁぁぁぁ! まだ足りないのかぁぁぁぁぁ !」
魔王サタンははち切れんばかりの魔力をミーデに与え続けた。
やがて許容量を超え、制御しきれずに精神に異常をきたし始めた。
「ねえ、あの人様子がおかしいよ……」
壊れかけのミーデを見ながら怯えた表情を浮かべてクロスに抱きつくコロナ。
「魔王サタン様の力を吸収しているようだが器が耐えきれず暴走しかけてるんだな……」
額に汗を垂らしながら深刻な面持ちでクラッカーは呟いた。
このままだとミーデは自我が崩壊し、消滅するだろう。
「ワカバぁぁぁぁ、お前を殺すぅぅぅぅ !」
白目を向き、鬼のような形相を浮かべながらミーデは猛然と襲い掛かってきた。
最早知的な統率官としての面影は微塵も無かった。
魔剣サタンを掲げ、空間を一刀両断する勢いで振り下ろすミーデ。
私は紙一重でかわすが、剣が地面に突き刺さった瞬間、地響きが鳴りながら大地が真っ二つに裂け始めた。
「こんなの喰らったらひとたまりもない…… !」
ミーデの力は際限無く増大していた。
早く決着をつけなければ取り返しのつかないことになる。
「これで……決めなきゃ…… !」
私は身体中にみなぎる全ての風の力を解放させた。
全身に渦巻く風のドレスを纏い、銀色に輝く剣を構える。
切っ先に魔力を集中させ、精神を研ぎ澄ませて剣を振りかぶった。
「螺旋断罪剣 !!!」
ザバアッ
巻き貝のように渦巻く竜巻が巨大な剣となって高速回転しながらミーデを一刀両断した。
大量の血を撒き散らし、ミーデはこの世のものとは思えぬ断末魔を上げながら爆炎に包まれていった。
「はぁ……はぁ……うっ……」
気が緩んだのか、私の体に限界が訪れ、足腰の力が抜け、その場で膝をついてしまった。
だけど私は勝った……遂に勝てた……ミーデに……そして自分自身に……。
「後は……頼みましたよ……リト……」
力を使い果たした私は薄れゆく意識の中、リトの勝利を信じていた。
To Be Continued




