第三百五話・トラウマ
「きえええああ !」
「ぐおおおおおお !」
炎の魔人・イフリートのリトと大地の怪物・ベヒーモスのヘビーは雄叫びを上げながら壮絶な肉弾戦を繰り広げていた。
どちらも未だに実力を隠している為、勝負は互角、一進一退の攻防戦が続いた。
「はぁぁぁぁぁ !」
リトは間合いを詰め、炎を纏った拳を何度もぶつける。
だがヘビーの硬く頑丈な皮膚が一ミリもダメージを通さない。
「どうしたのじゃイフリート、数千年間のうちにすっかり鈍ったようじゃな」
「貴方こそ、以前程の脅威を感じませんよ」
ヘビーとリトは互いにニヤリと微笑み合いながら殴り合いを続けた。
リトとヘビーが死闘を演じている頃、私は遂に因縁の男・ミーデと再会した。
ミーデは背後から容赦なくペルシアを貫き、粛正した。
周りは突然の出来事に騒然となった。
「ペルシア様ぁ !」
トール達は血相を変えて倒れたペルシアの元へ駆けつけ、介抱した。
ペルシアは腹部から血を流し、ぐったりとしていた。
「ミーデ貴様ぁ !ペルシア様になんてことを !」
トールは怒りに満ちた表情でミーデを睨んだ。
「ククク、役立たずのゴミを掃除しただけですよ、それにこの女はワカバさんに酷く入れ込んでいますからねぇ、本来の目的を忘れています、やはり使えないですねぇ」
ミーデは開き直ったかのように嘲り笑っていた。
彼にとって直属の部下ですら道具と変わらなかった。
「大丈夫だよ……まだ息はある……お願い、僕を解放して !」
妖精のフィンは私の手に握られていたが、彼の必死な懇願を受けて縄を解いて上げた。
フィンは自由になるとペルシアの上を飛び回り、鎮痛の鱗粉をふりかけた。
ペルシアの体から痛みが引き、表情も和らいでいった。
「私も助けるよ……癒しの雫……」
コロナもペルシアのそばに駆け寄り、水の魔法で彼女の傷を癒した。
早急な治療のお陰で何とか彼女の一命は取り留めた。
「良かった……」
私は胸を撫で下ろしたが、すぐにミーデを睨み付けた。
ミーデはゲスな表情を浮かべ、私を見下した。
「ワカバさん、この前までは私に怯えきっていましたのに、そんな目が出来るようになったんですねぇ……それにペルシア親衛隊を圧倒したあの強さ……こちらの世界へ来たばかりの頃に比べたら、かなり成長したのではありませんか ?」
「そ……そうみたいですね……」
私はゆっくりと立ち上がり、身構えた。
体が痙攣を起こしたみたいに小刻みに震える。
「貴女は見違える程に強くなりました……しかし、体は覚えているはずです、私が与えた恐怖を……」
ニヤリと口角をつり上げるミーデ。
「み、皆は下がってて下さい……あの悪魔は私が戦います……」
私はリリィ達に告げると剣を構えた。
怖い……だけど、今こいつを止められるのは、私しかいない…… !
「貴女は決して、私には勝てませんよぉ !」
ミーデは片手に禍々しい闇の障気を纏わせ、剣のように振り回して襲い掛かってきた。
キィンッ
一瞬反応が遅れた。
寸での所でミーデの鋭い手刀を剣で受け止めたが、少しずつ押されていた。
「どうしました? 反応が鈍いですよぉ ?」
剣と手刀を擦り合わせながら余裕の態度で煽りを入れてくるミーデ。
「くっ…… !」
「貴女はあの時に比べたら遥かに成長なされました……しかし、その努力も無意味に終わるのです !」
ミーデは更に力を込め、もう片方の腕を突き出して赤黒いエネルギー弾を放ち、無防備な私の腹部を狙って攻撃を打ち込んだ。
私はエネルギー弾を喰らい、痛みに怯みながら地面を削り、後退していった。
ミーデはこの隙を見逃さず容赦なく追撃を加えていき、次第に私は防戦一方となっていた。
「ワカバちゃん !」
「あの人……強い……だけどそれ以上にワカバお姉ちゃんの様子がおかしいよ……」
リリィ達は私の異変に微かに気付き始めていた。
「え~どういうこと~ ?」
「先程の四人を圧倒していた時よりも明らかに動きが鈍くなっている……まるで怯えているようだ……」
ミーデの絶え間なく繰り出される攻撃をいなすので手一杯で私は息が上がっていた。
「はぁ……はぁ……」
「おやおや、お仲間の前でいい格好見せようとしていたのに残念でしたねえ……」
余裕の表情を浮かべ、服についた埃を払うミーデ。
「そろそろお楽しみの時間といきましょうか……」
ミーデは黒い影を作り出し、鞭の形へと変化させた。
「影鞭……貴女にとって見覚えがあるはずですよ」
鞭を見た瞬間、全身に鳥肌が立った。
嫌でも思い出してくる……嫌な記憶……。
暗い林の中で痛めつけられたこと、闇ギルドに囚われた時に何日も酷い拷問を受けたこと……。
あの鞭は彼に対する恐怖の象徴のようなもので鮮明にトラウマが甦ってきた。
ピシッ
ミーデが鞭で地面を叩く。
その音に私はビクッと怯え、思わず身震いした。
「貴女はどれだけ強くなろうと、私には勝てません !きえい !」
ミーデは大きく腕を振り上げ、黒い影の鞭を私目掛けて叩きつけた。
咄嗟に剣で防ごうとするが鞭は剣の柄に蛇のように巻き付き、私から剣を奪い取った。
「あっ…… !」
「これで貴女は反撃出来ません !」
ビシッ ビシッビシイッ
「うっ……! あっ……! うあっ !」
風を切るように鞭の嵐が無防備な私の肢体を痛みつける。
服は破け、肌は赤く腫れ上がり、傷口から血が流れ、痛みから思わず声が出た。
ミーデはゲスな表情を浮かべ、徹底的にしなやかな黒い鞭を振り回し、私をいたぶり続けた。
「ふん……流石にこの程度じゃ耐えますか……では嗜好を変えましょう」
シュルルルル
今度は鞭がとぐろを巻いて私の全身に絡み付いた。
もがけばもがくほど鞭が食い込み、簡単には逃れられなかった。
「黒雷 !」
バチバチバチ
鞭を伝いながら赤黒い電撃が流れ込み、私を襲った。
全身に強烈な激痛が走り、私は顔を歪ませながら絶叫した。
「ホッホッホ ! やはりこうでなくてはつまらないですねえ !」
私の悲鳴を聞き、歓喜の声を上げるミーデ。
彼にとってこれは戦いではなく、いつぞやの闇ギルドアジトでの拷問の続きだった。
「どうですか? 以前よりパワーアップした、黒雷の威力は! 常人なら失禁しながら白目を向いて舌を垂らし、無様に命乞いをする程ですよぉ !?」
一旦電撃が遮断され、私は力なく膝をついた。
その様子を見ながら片目を歪ませながら舌を出し、邪悪な笑みを浮かべるミーデ。
私は高出力の電撃を全身に浴び、今にも倒れそうだったが何とか意識を保ち、耐えていた。
「はぁ……はぁ……」
「その瞳……気に入りませんねぇ !」
バチバチバチィ
「きゃあああああ !」
再び強烈な電撃が流れ、全身を突き刺す感覚に襲われる。
「お願い……もうやめて !」
「ワカバちゃんをこれ以上いじめないで~ !」
リリィ達は涙を浮かべながら必死に懇願したがミーデは手を緩めようとはしなかった。
里中に私の悲鳴が響き渡った。
このまま恐怖に負け、何も出来ないままやられてしまうのか……。
私は肝心な時に勇気を持てずにいた。
To Be Continued




