第二百九十六話・ヘビー無双
ミーデによって呼び出されたヘビーは興味津々に辺りを見回した。
彼の瞳には数多くの竜族達……大量の獲物が鮮明に映った。
ヘビーの全身から震える程の強大なオーラを溢れさせ、周囲を威圧させた。
「大地の怪物……ベヒーモス……」
ランプの中でリトが声を震わせながら呟いた。
彼のことを知っているらしい。
「かつて私と勇者ジャスミンによって封印されたはずなんですが……あの男が復活させ、契約を交わしたようですね……」
「そんな…… !」
知らず知らずのうちにミーデはリトに匹敵する力を手に入れていたのだ。
スライを倒したのも恐らくベヒーモスだ。
「ヘビーさん、出番ですよ、貴方の力を見せて差し上げなさい」
「ふん、ここには雑魚共しかおらんじゃないか、こんなんじゃ経験値稼ぎにもならんわい」
ヘビーは周囲を見渡しても自分のお眼鏡に叶いそうな相手がいないことを察し、つまらなそうに言った。
「何だこいつ……舐めやがって」
「象ごときが……俺達竜族の力見せてやるぜ !」
竜族の戦士達は無謀にもヘビーに突撃していった。
「威勢が良いのう、じゃが貴様らのようなトカゲ共は、いくらでも倒してきたのじゃ !」
ズドン
一瞬だった。
ヘビーが長い鼻を素早く振り下ろし、向かってくる竜族達を虫けらのように地面に叩きつけた。
竜族達は何が起こったか理解出来ぬまま気を失い、地に伏した。
「…… !」
全員に緊張が走る。
やはり今までの魔族達とはレベルが違う。
ザルド達は気を引き締めた。
「お前らは下がってろ……ここは俺達がやってやる !」
「アタシも !」
他の竜族達を引き下がらせ、爬虫の騎士団がヘビーに向かっていった。
「トレイギアさん、ゴブラさん、貴方達は手を出さないでください、ヘビーさんの力を見せてあげますよ」
ミーデはニヤニヤしながら二人に指示を出し、ヘビーの戦いを見守っていた。
「ずぁぁぁぁぁ !」
「はぁぁぁぁぁ !」
ザルドの岩すら砕く鋭い牙とララの強靭で逞しい尻尾がヘビーを襲う。
騎士団に入ってから過酷な任務をこなしていた為、二人の実力は以前より上がっていた。
だがそんな彼等もヘビーの前ではただのトカゲ、赤子も同然だった。
「何…… !?」
ヘビーの鍛え上げられた鋼鉄よりも強靭な肉体には傷一つつかなかった。
「さっきの雑魚共に毛が生えたレベルじゃな !」
ドォンッ バォンッ
ヘビーは反撃に強烈なラリアットをお見舞いする。
巨体から繰り出される一撃は想像以上に重く、ザルドとララはあっさりと吹っ飛ばされていった。
「ザルドさんとララさんが一撃で…… !」
「くそっ……なんて野郎だ…… !」
頼もしい二人が呆気なく倒され、竜族達から徐々に戦意が失われていった。
リコも歯軋りし、全身を小刻みに震わせた。
「ちっ……ここは俺が……」
「待てヴェル、俺がやる」
ヴェルザードを制止し、ヒュウが前に出た。
「はぁぁぁぁぁぁぁ !」
ヒュウは全身に力を込め、九つの首を持つ竜、大蛇へと変身した。
大蛇の姿を目の当たりにしたヘビーは少し興味を持ち始めた。
「大蛇か……とっくに絶滅したと思ていたが、まだ生き残りはいたとはな」
「俺はただの末裔だよ、とっくに血は薄れてる、だが血筋は問題じゃねえ、技術と経験だぁ !」
ヒュウは九つの首を触手のように勢い良く伸ばし、ヘビーに襲い掛かった。
九つの凶悪な蛇の顔が獲物を食い殺さんとして牙を向く。
ブゥンッ
だがヘビーは長い鼻を一振りしただけで風圧を巻き起こし、九つの首をあっさりと弾いた。
「なんて力だ…… !」
ヘビーの剛力に弾き飛ばされ、バランスを崩しながら後退るヒュウ。
「大蛇と言っても、所詮は紛い物のようじゃな !」
追撃しようとヘビーは大地を踏み鳴らし、風を切りながらヒュウに向かって突進した。
あの巨体でぶつけられたらいかにヒュウであろうと一たまりもない。
「逃げろヒュウ !」
万事休すかと思われたその時、ヒュウの前にゴルゴが立ちはだかった。
バァァァァン
ゴルゴはその石像のように硬い肉体を生かし、ヘビーの巨体を受け止めた。
衝撃で轟音が鳴り響いた。
ゴルゴはヘビーの巨体を物ともせず、瞬き一つせずにその動きを封じる。
「貴様は魔界四天王のゴルゴ…… !」
「久しぶりだな、ベヒーモス……」
魔界四天王として数千年もの間魔王に仕えていたゴルゴはヘビーと面識があったようだ。
「城に籠ってばかりと思っておったが、意外じゃな !」
「魔王軍はとっくに辞めた、外の世界を楽しむ為にな !」
ヘビーを力ずくで抑えながらゴルゴは肉体を変化させ、岩のような竜の姿……ガーゴイルに変身した。
ガーゴイルの体は鋼よりも強固でどんな攻撃をも寄せ付けない。
「魔王軍を裏切り、情けないトカゲ共とつるんでいるとは愚かな奴じゃ……」
「貴様こそ、あのような小物と契約を交わすとは哀れな男だ」
舌戦を繰り広げる元魔王軍と現魔王軍の男二人……。
僅かだがゴルゴがヘビーを押していた。
ヘビーは少しずつ足を後退させていく。
「腐っても元四天王というわけじゃな」
「貴様がどれほどパワーに優れていようとも、俺の肉体を破壊することは出来ない」
「それはどうかな……フンッ !」
ヘビーは蛇のように長い鼻をゴルゴの首に巻き付かせた。
ゴルゴは首に巻き付いた鼻を引き離そうと手を離してしまう。
だが締め付けは更に強くなり、しかもこのことで隙が生まれてしまった。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
ヘビーはゴルゴを軽々と持ち上げると鼻を振り回し、思い切り大地に叩きつけた。
重力に押し潰される程のダメージがゴルゴを襲った。
「ぐほあっ !」
「ゴルゴ !」
かつて四天王だった男もやられてしまった。
最高悪魔と契約したことにより、数千年前よりも力が増していた。
「素晴らしい! 流石はヘビーさんです !」
歓喜の声を上げながら拍手を響かせるミーデ。
トレイギアとゴブラはヘビーの暴れっぷりを目の当たりにし、唖然としていた。
彼の言う通り、戦局は大きく覆った。
数でこそまだ私達の方が多かったが、ヘビーの登場により、味方陣営の士気は大幅に下がっていた。
「くそっタレが……調子に乗ってんじゃねえ !」
怒りに身を震わせながらリコはヘビーに突撃していった。
次々に仲間がやられたことによる恐怖心を押し殺しながら翼を羽ばたかせ、勢い任せにヘビーに突っ込んだ。
「里をこれ以上傷つけさせねえ! 竜人獄炎 !」
リコは上空から高出力の炎を吐き、ヘビーに浴びせた。
ヘビーの全身が灼熱の炎に包み込まれる。
「リコさんの炎が決まったぜ! これなら勝てる !」
だが、そんなに甘くは無かった。
ヘビーの長い鼻が竜のように炎の波を突き抜け、リコの首を捕らえた。
「ぐっ……! は、離せよ !」
リコは拘束から逃れようと抵抗するが、もがけばもがく程鼻の締め付けが強まり、彼女を苦しめる。
竜の里で最強の戦士ですら、ヘビーの前では蝿と変わらなかった。
「鬱陶しい蝿じゃ! 絞め殺してくれるわい !」
ヘビーは更に力を入れ、リコを絞殺しようとする。
やがてリコは全身から力が抜け、痙攣をしながら意識が遠退き始めた。
「竜巻激槍 !」
ヘビーがリコに気を取られている隙を狙い、私は彼の脇腹めがけて風の槍を突き刺した。
「ぎゃああああ !!!」
脇腹から赤い血を噴き出させ、ヘビーは痛みに悶絶した。
ヘビーの体から力が抜けたお陰で締め付ける力が弱まり、リコは解放された。
「リコさん !」
私は急かさず落下してきたリコを受け止めた。
首を強く締め付けられ、彼女の首には青い痣が出来ていた。
「はぁ……はぁ……悪い……ワカッチ……助かったぜ……」
「無茶をするんですから……」
力なく笑うリコに私は微笑み返した。
「よくもやってくれたなぁ、小娘 !」
ヘビーは殺意を燃やしながら怒りの矛先を私に向け、ジリジリと迫ってきた。
ちょっとまずいかも知れない……。
「いけませんね、小娘の分際ででしゃばるから……ですが、面白くなってきましたね」
見物を決め込んでいたミーデはヘビーの元へ歩き出した。
「おい、どうする気だミーデ」
「ククク、少し遊んできますよ」
ミーデは振り向くと側近二人に向かって暗黒微笑を見せた。
竜の里を巻き込んだこの戦いも佳境を迎える。
To Be Continued




