第二百九十二話・逃避行
魔王軍の策略によって、住民達から追われる身となった私達は逃避行を余儀無くされ、
市民が迂闊に近寄る事のできない魔物の生息する危険なエリアへと逃げ込んだ。
本来なら上級冒険者でも命を落とす危険がある魔境だが選り好みをしている場合ではなかった。
お陰で住民達の追っ手から逃れることが出来たのだが……。
逃避行メンバーは私、ヴェルザード、リリィ、エルサ、ミライ、コロナ、クロス、エクレアの8人だ。
道中襲い来る魔物達を退けながら、私達は険しい道のりを長時間歩き続けた。
やはりこの辺の魔物は強く、流石の私達でも楽には倒せず、じわじわと精神と体力が削られていった。
「……たく、マルク達は何処で何やってんだよちきしょう……」
「ルーシーも羽目を外しすぎてなければ良いのだが……」
ヴェルザードは気を紛らわす為に愚痴を溢した。
エルサも半魚人村に向かったルーシーのことが気掛かりだった。
今頃は故郷の村でゆっくりしているのだろうが、拠点が無くなったと知れば、さぞかし驚くだろう……。
早くマルク達にこのことを伝えたい……。
「……わっ…… !」
途中でコロナは小石に足を躓き、その場で転んでしまった。
「コロナ !」
「大丈夫 ?」
クロスとエクレアが駆け寄り、心配そうに手を差し伸べる。
コロナはうつ向きながら二人の手を取り、立ち上がった。
その表情は当然ながら曇りがかかっていた。
「コロナ…… ?」
「……私達……これからどうなっちゃうの……また……人間に追われながら生活するの……」
「…………」
弱々しく問い掛けるコロナに対し、エクレアもクロスも答えることは出来ず、黙るしか無かった。
無理もない、修羅場を潜り抜け、多くの敵と戦ってきた魔女と言っても、まだ幼い子供……。
過酷な状況で彼女の精神はボロボロだった。
「……大丈夫だよ !」
前を歩いていた私はコロナの元へ駆け寄り、彼女の小さな手を握った。
「今の貴女は一人じゃない、こんなにも仲間がいる…… !……だから、何があっても乗り越えられるよ…… !」
「ワカバ……お姉ちゃん……」
コロナは目を潤ませ、声を震わせながらも涙を拭い、私の顔を見つめた。
「大丈夫……コロナちゃんに辛い思いを二度もさせないから……」
いざという時は私がコロナを守って見せる……そう胸に誓った。
私だって怖い……不安で押し潰されそうだ……けど、いつまでも震えてるわけにはいかない。
自分に言い聞かせている言葉でもあった。
「ありがとね、ワカバさん」
エクレアは微かに目頭を熱くさせながら私に頭を下げた。
「コロナは幸福者だわ、貴女のような人と出会えて」
「買い被り過ぎですよ……」
私は照れ臭そうに頭を掻いた。
「所でエルサ、これからどうする? 俺ら顔割れてるんだぜ、宛はあんのか ?」
ヴェルザードは周囲を隈無く見渡しながらエルサに尋ねた。
エルサは悩ましそうにしながら腕を組み、考えた。
「いつまでもここにいるのも危ないよ~」
ミライも周りへの警戒を怠らず、常に神経を尖らせていた。
「うむ……人間の暮らす町や村に入ることは出来ないしな……オーガの里を頼るか……いや、ブラゴ姉さんに迷惑はかけられない……」
エルサにとってブラゴは恩人だ。
もし里に帰れば、魔王軍の魔の手から彼女を巻き込むことになってしまう。
私達は孤立無援、何処にも頼れる宛はない。
この前まで英雄だったのが、たった一晩で賞金首のようだ。
何も悪いことはしていないのに……。
「ん……皆気を付けろ、何か来るぞ」
突然エルサは何かの気配を察知したのか、武器を構え、全員に警戒を促した。
魔物か野生の魔族か……私達は一ヶ所に固まり、互いに背中を合わせながら辺りを警戒した。
ピリピリと空気が張り詰められ、全員に緊張感が走る。
「ご主人様……」
「心配すんなリリィ、俺がついてる」
ヴェルザードは額に汗を光らせながらリリィに微笑みかけた。
コロナも勇気を出し、母を庇うようにしながら杖を強く握っていた。
「まさか……魔獣か…… ?」
その時、2メートルはある草むらから何者かが飛び出してきた。
エルサは迷わず斬りかかろうとした。
「来るぞ !」
「待て待て! 俺だよ !」
現れたのは筋肉質な長身の男……そして、霧で良く見えなかったが、何処か聞き覚えがあった。
エルサは敵でないことに気付き、寸での所で剣を収めた。
「き、君は……」
爬虫の騎士団のリザードマンのザルドだ。
休暇中のラゴン、メリッサに代わり、チームのリーダーを務めていた。
「何だよ、脅かすんじゃねえよ……」
「心臓が止まるかと思いましたよ……」
ヴェルザードとリリィは胸を撫で下ろした。
「そりゃこっちのセリフだぜ、いきなり斬られるかと思った」
冷や汗をかくザルド。
その後ろでヒュウとララもやって来た。
「よおヴェル」
「ヒュウ !」
ヴェルザードは親友の顔を見て少し嬉しそうに頬を緩めた。
「君達は何故こんな場所にいるんだ ?」
「ゴルゴから聞いたんだよ、魔王軍が動き出したとかな、それにヒュウは元々調査係だ、町の情勢も把握している、お前達の状況もな」
「…… !」
爬虫の騎士団はいち早く町を出て、逃避行中で行く宛の無い私達を迎えに来たのだ。
「竜の里に来い、あそこなら人間は迂闊に入ってこられない、俺達意外の竜族達も守りを固めている」
「良いのか? 君達にも迷惑がかかるぞ……」
エルサは遠慮がちに言った。
「何水臭いこと言ってんのよ、いずれアタシ達の騎士団も同じ目に遭うわよ、だから先手を打ったってわけ」
「相手は魔王軍、だったら再び力を合わせる他ねえよ」
ザルド達は既に覚悟を決めていた。
私達を受け入れたら、確実に周りは敵になる。
それでも彼等は私達を受け入れるつもりだ。
私は肩の荷が少し降りた気がした。
「それに、里には俺達以外にも最強の戦士がいるんだ、多分お前は知らねえだろ」
「マジかよ、そりゃ頼もしいぜ」
ヴェルザードは驚いた様子だった。
でもよく考えたら当然か。
ラゴンやメリッサと言った竜族の実力者達が揃いも揃って里を抜けたら、里の守りは手薄になる。
恐らく採石場での戦いに参加しなかった穏健派の竜族の戦士だろう。
里を守る戦士が他にいても不思議ではない。
「……宜しくお願いします !」
「ラゴンがいねえのはちと不安だが、お互い、この修羅場を乗り越えていこうぜ」
ザルドとエルサは互いに握手を交わした。
こうして爬虫の騎士団
の案内により、竜の里に行くことになった。
「やれやれ、面白い展開になってきましたねぇ」
巨木に隠れながらミーデとペルシアは私達の様子を監視していた。
「無限の結束は社会的地位を失いました……しかし、爬虫の騎士団が保護したようですね……」
「路頭に迷い、肉体的にも精神的にも消耗してくれれば良かったんですが、そうはならないようですねぇ」
ミーデは苛立ちながら歯軋りをした。
「ミーデ様、奴等は竜の里へ向かうようですが、竜の里は多数の凶暴な竜族達が住んでいます……迂闊に手を出すのは危険かと……」
ペルシアはミーデに忠告をした。
「ククク……我々の味方は軍だけではありません、愚かな人間達を煽動し、竜族達と戦争をさせるのですよ」
ミーデは不快感極まりない邪悪な笑みを浮かべた。
彼にとって町の人間は最早手駒も同然だった。
ペルシアはその表情を見てゾッと背筋を凍らせた。
To Be Continued




