第二百九十一話・お尋ね者達
その日、突然あいつは私達の住む町に現れた。
平穏な日々は呆気なく終わりを迎えた。
「愚かな人間の皆さん、おはようございます」
住民達が賑わう広場に突如巨大な幻影が空高く映し出された。
住民達は巨人が襲来したと思い怯え、周囲は不穏な空気に包まれた。
空に映し出された男は紳士のように丁寧に挨拶をした。
「私は新生魔王軍の統率官・ミーデと申します、以後お見知り置きを」
ミーデは虫けらのように小さく見える住民達を高らかに見下ろしながら頭を下げた。
住民達は震え、警戒しながら空を見上げた。
誰一人としてこの場から動くことは出来なかった。
巨大な幻影が、威圧感を与えているのだ。
「新生魔王軍だって……? 魔王軍は壊滅したんじゃなかったのか…… !」
「そんなはずはない! 無限の結束が倒したはずだ !」
住民達は口々に叫び、場が騒がしくなっていった。
人々の不安は大きくなるばかりだ。
ミーデは気にせず演説を続けた。
「我々の目的は偉大なる闇の支配者……魔王様の完全復活です、かつては魔界を統べ、全ての魔族の頂点に君臨していましたが、伝説の勇者により、長い間封印されてしまいました……この剣に……」
ミーデは禍々しい光を放つ剣を取り出し、人々の前で見せつけた。
「魔王様復活の為には、膨大な魔力が必要です……我々は今日まで微量な魔力を持つ人間を人知れず拐い、生け贄に捧げていました……しかしそれでは時間がかかりすぎます、よって痺れを切らした私達は大軍を率いて貴方達の国を襲撃することにしました」
悪びれもせずミーデは宣戦布告し、人々を煽った。
狂気を孕んだ笑顔を浮かべ、広場中を凍り付かせた。
「……ふざけるな !」
強気な住民の一人が怒り、声を張り上げる。
それに触発され、他の住民達も空に浮かぶ幻影に向かって次々とヤジを飛ばした。
絶望し、膝をつく者、恐怖で発狂し喚く者、泣き叫ぶ親子など、一瞬で広場は地獄と化した。
魔王軍が全軍を率いて国を襲えば、あっという間に制圧されてしまうだろう。
例え王国騎士団でも彼等には敵わない。
「このままでは貴方達は魔王軍によって蹂躙され、地獄を見ることになります、貴方達のような無力な民衆では魔王軍に勝てるはずもないのですから……その証拠に……」
ミーデはパチンと指を鳴らすとミーデの幻影は一瞬で消え、代わりにある映像が空を覆い尽くす程の大画面で流れた。
「何だあれは…… !」
そこに映し出されたもの……それはある森の奥でミーデとスライが戦っている映像だった。
「あのスライム……見たことあるぞ…… !」
「人間や魔族を吸収して強くなる化け物だ !」
市民が指を差しながら叫んだ。
スライは王都を襲撃したことがある。
それ故に認知度も高く、生死不明となった今も人々から恐れられていた。
「何だよ、無限の結束が倒してくれたんじゃ無かったのかよ !」
人々は失望し、ガックリと肩を落とした。
スライが今は改心していることなど知る由もなかった。
「ご安心を、目を凝らしてご覧なさい」
その後の映像で、ミーデはベヒモスのヘビーを召喚し、スライを圧倒的な力の差で翻弄し、倒してしまう。
映像を見終えた人々は唖然とした。
国をも滅ぼしかねない最強のスライムが魔王軍によって倒されたのだ。
「如何でしたか? これが我ら魔王軍の実力です、先程の映像のように、かつては国を揺るがす程の最強のスライムもこの通り簡単に討伐できるのです」
映像が終わり、再びミーデの幻影が現れた。
この映像を市民に見せつけたのは、魔王軍の恐ろしさを知らしめる為だった。
現に人々は震え上がり、戦々恐々としている。
こうなってしまえば彼等の集団心理を利用し、手玉に取るのは容易い。
「魔王軍がその気になれば、人間が築き上げた文明を壊滅させるなど訳はありません……しかし、希望ならあります」
ミーデは人差し指を前に突き立てた。
「無限の結束……彼ら少数精鋭の騎士団を我々に差し出して下さい、彼等を生け贄として捧げれば、人間の国を攻めるのはやめにします、それだけではありません、魔王様が復活された暁には、貴方達の国を庇護下に置き、永遠の安らぎと富を保証しましょう」
ミーデは最悪の提案を示した。
交渉ではなく、一方的な要求、いや脅迫だ。
民衆の不安を煽り、私達を売るように差し向けたのだ。
「制限時間は24時間……良い答えを期待てしますよ」
ニヤリと薄ら笑いを浮かべながら、ミーデは姿を消した。
広場は不気味なまでに静寂に包まれた。
「……なぁ……俺達……このまま魔王軍に捕まるのかな……」
「そんなの嫌よ…… !」
「待て、もし無限の結束を魔王軍に差し出せば、命は助かるかも知れないぞ……」
「そんなこと出来るかよ……! 彼らは英雄だぞ !」
静寂を打ち破り、市民達は言い合いを始めた。
討論は過激になり、広場中に怒声が響き渡る。
次第に感情を抑えられず、意見をぶつけ合い、暴力沙汰にまで発展していった。
「……このままでは我々の命が危ない……悪いが彼等には犠牲になってもらおう」
やがて、市民達の不安や恐怖心は膨れ上がり、無限の結束を捕らえるべきと思う者達が続々と増えていった。
あっという間に市民達の間でそんな空気に包まれ、手のひらを返したように私達を敵に売る方針を定めた。
ミーデの思惑通りである。
「無限の結束出てこい !」
「いるのは分かってんだぞ !」
「国民の為に死ねぇ !」
市民達は暴動を起こし、私達 無限の結束を拘束しようと「オールアプセクトハウス」を襲撃した。
家の周囲は武器を持った住民達の集団によって包囲されてしまった。
敵意に満ちた怒声が飛び交い、壁に向かって石を投げる音が聞こえた。
「どうしてこんなことに……私、皆を説得しに行かなきゃ……」
「待てワカバ !」
外に向かおうとする私をエルサは制止した。
「彼らは正気を失っている、今出ていってもリンチに遭うだけだ……」
「でもこのままじゃ……」
こうしてる間にも住民達が押し入り、無理矢理扉をこじ開けようとしている。
今まで私達は人々の役に立つ為に悪と戦ってきたけど、今度はその守るべき民が私達の敵になろうとしている……皮肉だった。
「所詮は人間……自分達の都合しか考えねえ……昔から変わらねえな……」
うんざりした様子でため息をつきながらヴェルザードは呟いた。
ヴェルザードの目は悲しみと失望に満ちていた。
そういえば彼は幼少期に人間達に恐れられ、酷い目に遭わされたことがあったんだっけ……。
「お母さん……怖いよ……」
「大丈夫よコロナ、今度は貴女を絶対に離さないわ」
「僕も君を命をかけて守るから……」
昔を思い出し、怖くて震えるコロナをエクレアは優しく抱き締めた。
彼女達も罪を被せられ、村の人間達から迫害を受けた経験があった。
二度も辛い思いをさせてしまって、私は胸が張り裂けそうだった。
「大丈夫だよ~ワカバちゃん~」
「ミライちゃん……」
落ち込む私にミライは励ましの言葉をかけてくれた。
「今は皆混乱してるだけだよ~、そのうち分かってくれるから~」
「……そうですね……」
私はミライの顔を見上げながら精一杯笑顔を作った。
「皆、聞いてくれ、ここ「オールアプセクトハウス」には緊急避難用の裏口がある、全員で拠点を捨て、町から避難するんだ」
「それしかねえだろうな」
エルサの意見に反対するものは居なかった。
私達は裏口を通り、住民達の目を掻い潜りながら「オールアプセクトハウス」を後にした。
この場所は思い入れがあり、手放したくなかったが、今はそんなことをしている場合ではない。
目的地は兎に角人が寄りつかない場所……この際、魔物が多く生息するエリアが適切だろう。
「裏口から逃げたぞぉ !」
「捕まえろぉ !」
住民の一人が気付き、獲物を見つけた肉食動物の如く全員で追いかけてきた。
彼らを傷付けることは出来ない。
「ご心配なく、私に任せてください !」
こういう時に最大限効果を発揮出来るのがリリィだ。
キュイイイイン
リリィの超音波で、住民達を傷付けることなくその場で無力化する……。
不快音で鼓膜を直接攻撃され、住民達は頭を抑え、苦しみながらその場で転がり回った。
殿を務めるリリィが超音波を放ち続け、何とか追っ手を逃れることが出来た。
魔王軍の策略により、私達は魔王軍を倒した英雄から一変、お尋ね者になり、逃避行を余儀なくされた。
私達はこの先、どうなってしまうのだろうか……。
To Be Continued




