第二百八十七話・誰よりも強い
精霊の森から帰還してから、ずっと平和な日々が続いていた。
特に大きな事件も起きず、魔獣や闇ギルドが暴れることも無かった。
地元に帰省しにいったマルク達は何故だか村から戻ってきていない。
いつまで休暇を満喫しているのやら……。
「はっ !」
「良いぞ、その調子だ !」
私とエルサは訓練所で稽古をしていた。
平和だからといって決して堕落してはいけない。
いついかなる時の為にも体を鍛えておく必要があった。
私とエルサは模擬戦用の木刀を握り、広い訓練所で躍動し、汗を飛び散らせながら戦いを繰り広げた。
コンッコンッコンッと絶え間なく木刀同士がぶつかる音が木霊する。
丁度暇を持て余していたヴェルザード、リリィ、コロナは隅っこで体育座りをしながら稽古の見学をしていた。
「それにしても、ワカバの奴もだいぶ強くなったよな」
「そうですよね、昔は剣を持つことも出来なかったのに、今ではエルサさんと互角……それ以上に渡り合っています……成長しましたね……」
リリィは感極まり、ハンカチを手に涙を拭った。
「いや、泣く程じゃねえだろ……」
ヴェルザードは困惑した様子でリリィを見つめた。
「それにしても、逞しくなったよな……ついこの前までは危なっかしい奴だと思ってたのに……」
「お姉ちゃんも成長してるんだね……」
ヴェルザードは親戚の子供の成長を喜ぶおじさんのような気持ちで見守っていた。
「たあっ !」
激しい打ち合いが始まってから数分が経過し、私は一端距離を取り、地面を突き刺すように足に力を込めて踏ん張り、勢いつけて木刀を振り下ろした。
「はぁぁぁぁぁ !」
エルサは急かさず木刀で受け止めるが、襲い掛かる強烈な風圧に耐えられず、バランスを崩し、尻餅をついてしまった。
「うわっ !」
「え、エルサさん、大丈夫ですか ?」
私は慌てて木刀を投げ捨て、エルサの元へ駆け寄った。
「いや、問題ない……私の負けだ」
私が差し出した手を掴み、エルサは立ち上がった。
「私が教えることは何もないな、君はもう私を超えているよ」
エルサは寂しさと喜びが入り交じった複雑な表情を浮かべながら私の肩を叩いた。
「え、そんなことないですよ !」
私があのエルサより強くなってる…… ?
いくらこの世界で鍛えたからって、最強クラスの騎士団長を越えるなんてそんなおこがましい…… !あり得るはずがない !
「確かに、こいつの成長速度は並外れだ、最初に剣を握り始めた頃とは比べ物にならねえ」
「ワカバちゃん、おめでとうございます !エルサさんに認められたんですよ !」
ヴェルザード、リリィは口々に私の周りをぐるぐる回りながら褒めちぎった。
「ワカバお姉ちゃん……カッコ良かったよ ……!」
普段は大人しいコロナも私を見つめながら目を輝かせていた。
「えっと……それほどでも……あるかな……」
私は照れ臭そうに目を泳がせた。
正直エルサを越えたと言われても実感が湧かない。
最初は召喚士だからってリトに任せてばかりじゃダメだと思い、自衛する為にエルサに頼んで稽古をつけてもらってた。
やがて皆の役に立ちたくて、リトの隣に立ちたくて、がむしゃらに剣術を磨いてきた。
エルサの師匠のブラゴにも鍛えてもらった。
闇ギルド、魔獣、魔王軍、不死鳥……スライム……数々の敵と戦ってきた。
生きているのが不思議なくらいだ。
ほんと、振り返ってみると、あっという間だったなぁ。
私は剣を握り続けて豆だらけになった手のひらを見つめながら思いを馳せていた。
「主 ?」
ランプの中からリトの呼ぶ声が聞こえた。
「わ、ごめんリト、ちょっと感傷に浸ってました……」
「そうですか……しかし主は偉いです、最初の時と比べて、顔つきも凛々しくなられました……私は感激で涙が止まりません !」
ランプの中からリトのすすり泣く声が響いた。
「今や主は最強の召喚士兼剣士ですよ !誰が相手でも負けはしません !」
「あはは……大袈裟ですよ……誰が相手でもって…… !……」
その時、ふとあいつの顔が頭に浮かんだ。
私を異世界へ連れて来た元凶、ランプを奪おうと拷問したり、酷いことをしてきた……悪魔のミーデだ。
今の私はあいつに勝てるだろうか……。
他の敵なら臆することなく立ち向かえる自信がある……。
でもミーデは違う……。恐らく目の前に現れたら私は足がすくんで動けなくなるだろう……。悔しいけどあいつへの恐怖が体に染み付き、未だに消えることはない。
どんなに修行して体を鍛えようとも……。
「主?急に怖い顔をされてどうしたのですか ?」
「え ?」
私はリトの声で我に返った。
相当酷い顔をしていたようだ。
「ワカバお姉ちゃん……大丈夫 ?」
コロナは心配そうに私に寄り添った。
「あはは、何でもないの、ちょっと疲れちゃっただけだから」
私は笑顔を無理矢理作り、本心を誤魔化した。
そこへ、小さな女の子が受付嬢に案内され、稽古場に入ってきた。
幼稚園児くらいで可愛らしい女の子だ。
泥だらけで白いワンピースは汚れ、靴も途中で脱げたのか裸足で真っ赤に腫れていた。
小さな腕にいくつも傷が出来ており、事態は深刻だということを物語っていた。
「あの~無限の結束の皆さんを探しいたので連れてきました……」
「めびーむ……ゆらいと……って、ここ…… 」
女の子は鼻水を垂らし、顔も赤く腫れ上がり、泣きべそをかいていた。
迷い込んだのではなく、私達に助けを求めてきたのだ。
「ど、どうしたの? 何があったの !?」
私はすぐに幼い女の子のそばに駆け寄り、ハンカチで顔についた泥を拭った。
女の子はすすり声を上げながら一生懸命喋ろうとした。
「お姉……ちゃん……助けて……すらいが……スライムのお兄ちゃんがぁ…… !」
「スライ…… ?」
その言葉に聞き覚えがあった。
スライとは、天才科学者グラッケンによって創られ、以前王都ガメロットを襲撃したがリト達によって撃退されたスライムのことだ。
生還して密かに森で暮らしてたのだろうか……。
「お嬢ちゃん、そのスライムのお兄ちゃんがどうしたんだんですか ?」
リリィはしゃがんで優しく女の子に語りかけた。
「えっとね……」
女の子は嗚咽を漏らしながらも状況を説明した。
幼い少女はいつものように森の中で遊んでいた。
そんな時、突然魔族の集団に襲われたのだ。
「おいおい、ガキかよ、どうする ?」
「いないよりマシだろ、一応連れてこうぜ」
魔族達は少女を品定めするようにジロジロと見つめながら相談をしていた。
どう見ても悪そうな彼等に囲まれ、少女は怯え、逃げようにも足が震えて動けなかった。
「じゃ、嬢ちゃん、悪いけどおじさん達と一緒に来てもらうぜ~」
魔族達は邪悪な笑みを浮かべ、少女を連れ去ろうとした。
「待て」
突如魔族達の背後から巨大な液体が覆い被さった。
「何だこれ……うわぁぁぁぁぁ !」
水色の謎の物体に全身を飲み込まれ、魔族の一人が消化され、犠牲になった。
他の魔族達は恐れおののき、大量の汗をかきながら後退りした。
「その子に手を出すな、全員溶かしてやる」
謎の液体はゼリーのようにプルンと柔らかい肌をした人の姿へと変化した。
「お前は……スライ !?」
魔族達はスライの姿を目にした途端、サーっと血の気が引き、青ざめた。
かつて新生魔王軍はこのスライを仲間に加えようとしたが失敗し、不様に撤退したことがある。
魔王軍の下っぱ達は皆スライに対して強いトラウマが刻まれていた。
「おいおい、どうするよ……」
「俺ら下っぱじゃ勝てるわけねえよ…… !」
魔族達は震え上がり、その場から逃げ出そうとした。
スライに目をつけられたが最後、全身を溶かされ、吸収されてしまう。
「おやおや、誰かと思えばスライさんじゃないですか、ご無沙汰しておりますねえ」
そこへ、薄気味悪い笑い声を上げながらミーデが現れた。
「ミーデ様 !」
To Be Continued




