第二百八十三話・マルク、沈む
「マルク……! 目を覚ましたのね……」
メラに介抱されながらマルクは意識を取り戻した。
だがルーシーはまだ気を失ったままだ。
「何だこれ……」
マルクは岩盤からそっと顔を覗かせ、泉の方を見渡した。
そこでマキリ達が力尽き、地べたに這いつくばっている光景が目に映った。
泉にはエレインが変身した巨大な竜「リヴァイアサン」が海水に浸かりながら勝ち誇った様子で荒々しく雄叫びを上げていた。
皆リヴァイアサンによって倒されたのだ。
最早戦える者は誰もいない。
「兄貴……グレン……それにライナー、サイゴまで…… !」
リヴァイアサンの圧倒的な火力を前にマキリ達はたった一撃でノックアウトしてしまった。
流石は切り札と称されるだけのことはある。
だがリヴァイアサンと一体化したエレインは次第に自我を失い、やがて本当に心まで怪物になっていくだろう。
そうなってしまえばもう誰にも止められない。
「頼む……船長を……助けて……くれ……」
シーザーは地面に這いつくばりながら悔しそうに拳を握り、涙を流した。
「どうする……もう戦えるのはアタシしかいないけど……あいつが石化でなんとかなるとは……」
「いや、俺が出る」
メリッサの言葉を遮り、マルクが前に出ようとした。
「待ってマルク !アンタただでさえ魔力も消耗してこんなにボロボロなのに無茶よ !」
「無茶なのは百も承知だ! だが俺はそんな危機くらい何度も越えてきた、何とかなるさ !」
マルクはメラの制止も聞かず、リヴァイアサンの元へ向かっていった。
ルーシーは未だに気を失ったままだ。
メリッサやメラまで倒れられるわけにはいかない。
ここで動けるのはマルクだけだ。
「マルク……よせ……その体でどれだけ戦える……! あの化け物の水ブレスの威力はとてつもない……一撃で殺されるぞ……」
「兄貴……ずっと兄貴に見せたかったんだ……いつまでも兄貴の背中を追いかけてた弱いガキじゃねえ、今の俺を !」
マルクはニヤリと口角をつり上げて士気を上げると膝を折り曲げてバネにし、一直線に高くジャンプした。
「うおおおおおお !」
マルクは物凄いスピードでリヴァイアサンの首の位置まで接近し、腕を振り上げ、攻撃を仕掛けようとした。
だがリヴァイアサンはそれを察知し、首を大きく捻ると頭をハンマーのように振り回し、マルクを打ち返し、壁に激突させた。
ドゴォッ
「ぐはあっ !」
思い切り壁に全身を叩き付けられ、マルクは激痛に身悶えした。
並の人間なら全身複雑骨折してもおかしくない程の衝撃が身体中を走り抜ける。
「マルクゥゥゥゥ !」
「心配いらねえ……こんなの、大したことねえさ……」
既に満身創痍で息も上がっている。
今すぐ倒れても不思議ではなく、何とか気力と根性で持ち堪えているようなものだった。
リヴァイアサンは疲労で棒立ちのマルクに標準を合わせ、容赦なく水のブレスを滝のように浴びせた。
「マルク、避けろぉぉぉ !」
「マルクの兄貴ぃ !」
マキリやグレン達の呼び掛けに応え、マルクは紙一重の所で水ブレスをかわし、カウンターとして「魚人水砲」をリヴァイアサンに向けてお見舞いした。
最大限に水の出力を高め、鉄板すら切り裂く程の威力になっている。
だがリヴァイアサンの硬い鱗を貫くまでには至らなかった。
精々鱗がメリメリと剥がれ落ちるくらいで痛みすら感じていなかった。
フルパワーで放っていれば結果は違ったのかもしれない。
「はぁ……はぁ……うっ」
遂に限界を迎え、その場で膝をつくマルク。
連戦に次ぐ連戦で体力も残っていなかった。
自慢のヒレも刃こぼれし、使い物にならない。
「くそ……だが……俺は諦めねえ……! うおおおおおお !!!」
勝算はほぼ0にも関わらずマルクは決して諦めようとせず、がむしゃらにリヴァイアサンに突撃していった。
もはや策も無く、勢いと根性だけが彼を突き動かしていた。
「マルク……どうしてそこまで……」
残されたメラ達はマルクの戦いをただ見守ることしか出来なかった。
「うおおおおおお !!!」
拳を石のように固く握り締め、血管がぶち切れるくらい力を込めて腕を振り上げるマルク。
だがリヴァイアサンは無情にも長い首をしならせ、マルクを逆に締め上げてしまった。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
この世のものとは思えぬくらい顔を歪ませ、獣のような断末魔を上げるマルク。
太い首の締め付けは次第に強まり、メキメキと骨の軋む音を立て、ターゲットに自分の身体が壊れる様をじっくりと味合わせようとする。
「いやぁぁぁぁぁ !!?」
見ていられなくなり、メラは悲痛な叫び声を上げながら両手で目を覆った。
グレンとマキリは必死な形相でリヴァイアサンに「やめろ !」と叫んだ。
「あが……あ…… !」
やがてマルクは完全に抵抗力を失い、全身から力が抜けていった。
顔面蒼白になり、屍のような虚ろな目で項垂れ、水面を見つめた。
リヴァイアサンは首の締め付けを緩め、マルクを解放した。
マルクはボチャンと飛沫を上げながらそのまま泉の中へと沈んでいった。
「マルクゥゥゥゥゥゥゥ !!!」
マキリは涙を浮かべ、絶望しきった表情を浮かべながら最愛の弟の名を叫んだ。
「ここは……暗い……冷たい……泉の中か……」
マルクは朦朧とする意識の中、光すら届かぬ暗い海の底へと沈んでいった。
泳ぐのが得意な半魚人だが疲弊しきった体ではとても助からない。
(結局俺は……ここで終わるのか……やりてえこと……まだまだ……沢山あったのにな……)
マルクは衰弱し、浮き上がる力も残っておらず、瞳から光も消え、更に深く沈んでいった。
どんな逆境も乗り越えてきた彼だったが、今回ばかりは絶望的で諦めの感情に支配された。
ガシッ
その時、何者かの手が沈みゆくマルクの手を強く掴んだ。
「あ……兄貴……」
薄れゆく意識の中、マルクは微かに瞼を開いた。
霞む視界に一人の男の姿がぼんやりと映った。
「若き半魚人よ、鎧の継承者よ、君には、まだやるべきことがある……」
謎の男は若々しい見た目に反し、威厳のある声でマルクに語りかけた。
「俺には……やるべきことが……」
「そうだ……それが鎧に選ばれた者の使命だ、受け取れ……」
謎の男はマルクの腕に謎のブレスレットを装着させた。
ブレスレットは青い鱗のようなものが装飾されていた。
「若き半魚人よ、半魚人の未来を……頼んだぞ」
謎の男は優しく微笑むと光の粒子となり、海の中へと溶けていった。
「……俺にはまだ、あの世は早いってことだな……」
今出会った男が死ぬ間際に見た幻なのか、それとも現実なのか、難しい話は理解できなかったが、今何をすべきなのははっきりと理解した。
マルクは力を振り絞り、男から受け取ったブレスレットを装着した方の腕を上に掲げた。
その時、青くきらびやかな光がマルクを包み込んでいった。
To Be Continued




