第二百六十八話・黒き巨人、海坊主
「はぁぁぁぁぁ !」
真っ先に動き出したのはグレンだった。
グレンは雄叫びを上げながら剣を振り回し、スキンヘッドの男……シーボースを切り刻む。
だが男の肌は鎧のように硬く、ガキンッと金属音が鳴り、弾かれるだけだった。
「こいつ……かてえ !」
「やれやれ、やはりガキは相手にならんな」
シーボースは大きな腕を伸ばしてグレンの襟を摘まみ、見た目通りの怪力で軽々と放り投げた。
「うわっ !」
砂埃を巻き起こしながら地面に叩きつけられるグレン。
まるで相手にされず、悔しさから地面を殴り付けた。
「さて、次はお前達だ」
グレンのことは眼中に無く、既にラゴンに向いていた。
「俺を楽しませてくれよ」
ラゴンはワクワク胸を踊らせていた。
メリッサはそんな彼の隣でシーボースに対して怒りを燃やしていた。
「はあっ !」
シーボースは砂を巻き上げるように走り出し、ラゴンに向かって拳を振り上げた。
だがラゴンはシーボースの拳を見切り、逆にカウンターをお見舞いした。
「ぐっ…… !」
頬に強烈な打撃を喰らい、よろめくシーボース。
ラゴンの拳の強さは鎧のように硬いシーボースの肌にダメージを与える程だった。
「やるじゃねえか !」
反撃に出ようとするシーボース。
だが触手のようにうねりながら迫る蛇の髪に気づき、ギリギリでかわすと後ろに下がった。
「アタシのことを忘れられちゃ困るわ、これはゲームじゃないのよ」
ニヤリとほくそ笑むメリッサ。
「ちっ、お前の種族はメデューサか…… !」
メリッサの髪に噛まれれば石にされる……それに気付いたシーボースは一気に警戒心を強めた。
隙を伺い、その場から一歩も動かない。
「どうした、もっと攻めてこいよ !」
先程とは打って変わり、ラゴンが攻撃を仕掛けた。
両腕に竜の鱗を覆い、長く鋭い爪を生やし、シーボースに斬りかかる。
キィンッ キキキィンッ キシィッ
凄まじい速度で爪を振るい、シーボースの全身が切り裂かれ、傷痕がつけられていく。
「す、すげえ……俺の実力じゃ……掠り傷すらつけられなかったのに……」
グレンは呆然としたまま二人の肉弾戦を眺めるしか無かった。
「調子に乗るな !」
シーボースは拳を固め、ラゴンの腹を目掛けてパンチを繰り出した。
ラゴンは咄嗟に腕をクロスさせて受け止めるが、勢いに押し負けて吹っ飛ばされた。
「いてて……流石海賊! 大したもんだぜ !」
ラゴンは数キロ程吹っ飛ばされたが何とか踏みとどまった。
両腕に赤くアザができていた。
「お前の腕の鱗……まさか竜族か ?」
シーボースは握り拳をほどくとラゴンに質問を投げ掛けた。
「そうだぜ、俺はドラゴニュートのラゴン、爬虫の騎士団の団長だ !」
ラゴンは声を張り上げながら答えた。
「成る程な……うちにも竜族がいるが……珍しいこともあるもんだな……」
シーボースは感慨深そうに腕を組んでいた。
「どうやら、本気を出さなきゃ勝てないようだな……」
シーボースはそう呟くと腰を落とし、拳を握ると獣のような唸り声を上げた。
「ぬおおおおおおおお !!!」
次の瞬間、シーボースの体に変化が訪れた。
30メートル以上に巨大化し、肌の色は溶岩のように真っ黒に染まり、顔つきも鬼のように人間離れした凶悪なものへと変わっていった。
全身から放たれる魔力の量も大幅に上がっていた。
その圧倒的な異形の変化にグレンとメリッサは震え上がった。
「まさか、魔獣化…… !?」
「違う、俺の種族は海に住む怪物……「海坊主」だ !」
穏やかな海に突然現れ、船を沈没させると言われている怪異だ。
「この姿を見て、生きて帰れた者は皆無! 貴様らも同じ運命を辿ることにな」
ビビビビビ
最後までセリフが言い終わらないうちにメリッサは蛇の髪から石化光線をシーボースに浴びせた。
瞬く間にシーボースの巨体は灰色に染まり、物言わぬ石像に変わってしまった。
「でかくなったからって強くなったと思わないことね」
メリッサは勝ち誇ったように髪をかきあげた。
「あ、メリッサ! 折角本気で楽しめると思ったのにー !」
獲物を横取りされ、残念そうにラゴンは肩を落とした。
「まあ良いでしょ、それよりも早く次の海賊を見つけに行かないと」
メリッサは落胆するラゴンを説得した。
彼女は手短に勝負を終わらせ、ラゴンとのデートを再開したいようだ。
グレンは強敵が一瞬で石にされた光景を目の当たりにし、絶句した。
「流石「爬虫の騎士団」……これなら海賊達に勝てるかもしれない……」
同時に自分の無力さ、不甲斐なさを嘆いた。
「ん、ちょっと待て、何か様子がおかしいぞ」
ラゴンは石化したシーボースを見て異変に気付いた。
灰色に染まったシーボースの体の表面にひびが入り、内側からビキビキと音を立てていた。
パキィィィン
突然卵の殻が割れるように灰色の石像が爆発し、辺り一面に砕けた破片が散乱した。
ラゴン達は思わず腕で顔を覆った。
「何だ…… !?」
煙が晴れると、そこには黒く禍々しい巨人の姿があった。
「馬鹿な……! 私の石化を自力で解くなんて…… !」
自慢の石化を破られ、メリッサは激しく狼狽えていた。
彼女の石化を破るには相当高い魔力を持った魔族でないと不可能に近かった。
現状石化を破ったのは元々石像だったガーゴイルのゴルゴやリト魔人形態くらいしかいない。
「石化か……流石の俺も肝を冷やしたが、何てことはない、内側からパワーを集中力させ、爆発させるまでよ」
不敵に笑うシーボース。
ラゴン達は警戒心を強め、身を引き締めた。
「今度は俺から行くぞ !」
シーボースは地響きを鳴らしながらラゴン達に向かって走ってきた。
「上等だ !」
ラゴンは大地を蹴り上げ、砂を巻き上げながらジャンプし、迫り来るシーボースを迎え撃つ。
両腕を振り上げ、剣のように硬く鋭い爪でシーボースの皮膚を切り刻む。
だが……。
ボキッ
折れたのはラゴンの爪の方だった。
シーボースの皮膚の硬さは変身前に比べて段違いに上がっていた。
「くそっ !」
「残念だったなぁ !」
シーボースはニヤリと勝ち誇り、腕を伸ばしてラゴンを捕らえようとする。
「ラゴン !」
メリッサは寸での所で髪を伸ばし、シーボースの腕に絡み付かせ、動きを封じた。
「そんな小細工は効かねえよ !」
だがシーボースの怪力はあっさりとメリッサを髪ごと軽々と持ち上げ、宙へと浮かせた。
ガシッ
「う…… !」「きゃっ…… !」
ラゴンとメリッサはシーボース巨大な手に捕まり、全身を握られてしまった。
「このまま握り潰してやるぜ !」
シーボースはじわじわと力を強め、少しずつ二人を苦しめる。
メキメキと骨が軋むような音が聞こえ、ラゴンとメリッサは苦痛に顔を歪めた。
「させねえ !」
グレンは歯を食い縛りながら立ち上がり、シーボースに向かって刃を向けた。
「鬼電磁砲 !」
グレンの握る剣の先から高出力の電磁砲が放たれ、背後からシーボースを襲った。
「ぬっ…… !」
流石に無傷では済まないと判断したのか、シーボースはラゴンとメリッサを投げ捨て、電磁砲を真正面から受け止めた。
「ぬう…… !くうううう !」
歯を食い縛りながら耐えるシーボース。
物理攻撃には耐えられても遠距離攻撃に対してはそこまで強くないようだ。
徐々に電磁砲の波に押され、一歩ずつ足が下がっていった。
「ぬおおお !」
シーボースは強引に電磁砲を弾き飛ばし、辛うじて直撃を免れた。
だがかなり気力を消耗したらしく、息を荒げた。
「はぁ……はぁ……小僧、意外とやるじゃねえか、さっきは舐めた口聞いて悪かったな」
シーボースはグレンのことなど眼中に無かったが、ここにきて彼に敬意を示し、狙いをグレンに定めた。
「いてて、大丈夫かメリッサ」
「え、ええ……何とか……」
幸いにもラゴンとメリッサは骨折までには至っておらず、よろめきながらも互いに肩を支え合い、立ち上がった。
「メリッサ、お前は少し休んでろ、坊主一人に任せるわけにはいかねえ」
ラゴンはメリッサに告げると翼を生やし、一瞬でグレンの隣まで飛び移った。
「坊主、こうなったら二人で力を合わせてあいつを倒そうぜ !」
「ラゴン……さん……」
グレンはラゴンやメリッサとシーボースとの戦いを傍観し、自身の力不足を思い知らされていた。
ラゴンはそんなグレンの背中をポンと叩いた。
「お前はさっき電撃で巨人を怯ませただろ、もっと自信を持て」
「うん……分かった !」
ラゴンは自信喪失気味だったグレンを叱咤激励した。
グレンはラゴンの顔を見上げながらにっこりと微笑んだ。
「ククク、竜族もオーガ族も、所詮俺の相手にはならねえ……」
「その傲慢、この俺様がへし折ってやるぜ !」
「子供だからって舐めんじゃねえ !」
グレンは再び剣を構え、ラゴンは爪を再生させると獣のように腰を落とし、戦闘体勢に入った。
果たして黒い海の巨人……海坊主のシーボースを倒すことが出来るのか……。
To Be Continued




