第二百六十四話・帰って来たマキリ
兄が帰って来たことを知り、マルク達は急いでヴィオ村長の家に向かった。
中に入ると、彼にとって信じられない光景が目に映った。
布団の上で気を失い、横たわっている半魚人の青年。
水色の短髪で引き締まった筋肉質な肉体……。
見覚えがある……マルクにとって忘れられない、たった一人の家族……マキリだ…… !
「兄貴……」
マルクは呆然としながら全身に力が抜け、膝を落とした。
グレンが咄嗟にマルクを支えた。
「村の真ん中で倒れておってな……たまたま外で掃除をしていたルーシーちゃんが見つけてくれたんじゃ……」
「全身泥だらけでフラフラになりながら杖をついて歩いてて……僕の目の前で倒れたの……相当長い距離を歩いてたみたい」
ヴィオとルーシーは状況を説明してくれたが、マルクは心ここにあらずで細かいことは耳に入っていなかった。
「うっ……」
その時、マキリは意識を取り戻したのか、ゆっくりと目を開けた。
「ここは……」
「久しいの、マキリ……」
目を覚まし、辺りをキョロキョロ見回しているマキリにヴィオは優しく微笑んだ。
「村長……てことは……俺、戻ってこれたんだ……」
マキリはホッと胸を撫で下ろすとふとマルクの存在に気付いた。
子供の頃の姿しか見ていなかったはずだが、一目で自分の弟の成長した姿だと理解した。
「お前……マルクか…… ?」
マキリに問い掛けられ、マルクはハッとし、正気を取り戻した。
「兄貴……俺だよ……マルクだよ……」
「久し振りだな……こんなに大きくなりやがって…… !」
マルクは堰が切れたかのように嬉しさから涙を流し、マキリに抱きついた。
その姿はまるで親を見つけて安堵した迷子の子供のようだった。
「ちきしょお……どんだけ心配したと思ってんだよ…… !」
「悪かったな……心配かけて……」
マルクは顔をくしゃくしゃにしながら鼻水が垂れる程大泣きした。
マキリは優しく微笑みながらマルクの頭をポンポン撫でた。
柄にもなく号泣するマルクを見てグレン、ルーシーも思うところがあったのか、もらい泣きしていた。
「良かったわね、マルク」
メラも微かに涙を浮かべていた。
感動の再会を果たし、マルクはようやく落ち着いた。
目元が真っ赤に腫れ上がっていた。
「マキリ、お前には聞きたいことが山程ある」
「分かってます、村長……」
ヴィオ村長に尋ねられ、マキリは今までの出来事を詳しく説明した。
マキリが村から居なくなったのは、刺激のない村での生活に退屈し、強さを求めたくなったからだ。
マキリは他の半魚人の追随を許さぬ程に強かった。故に張り合える存在が居なかった。
幼い弟を置いていくことなど、多少の後ろめたさを抱えながらもマキリは黙って村を去り、強さを磨く旅に出た。
数年間は充実した旅が続いていたが、ある日、古代亀の島へ向かおうと渡舟に乗って海を渡っていた所、とある魔族の海賊に運悪く出くわしてしまった。
「最低だな……」
「最低ね……」
事情を知るや否や、冷ややかな目でマキリを見つめるグレン、ルーシー、メラ。
ヴィオ村長も呆れて言葉を失った。
「自分勝手な理由でしかも黙って村を出たの ?」
「マルクにも何も言わないで ?」
「そして海賊に出くわすとか自業自得じゃん……」
グレン達からマキリに対して次々に批難の声が上がった。
「いやぁ、あの時はほんとにすまなかった……どうしても言い出しにくくて……村長とかは俺にすっげえ期待してたし……」
苦笑いしながら謝るマキリ。
「で、その海賊に出会ってどうなったんだ ?」
「はい……それから……」
マキリはあっさりとその海賊達に捕らえられた。
彼らは「魔海人海賊団」と名乗っていた。
「魔海人海賊団」の船長はマキリの強さに目をつけ、脅迫して強制的に手下に加えさせた。
「だ、だせえ……」
流石のマルクも憧れてた兄の失態を知り、幻滅していた。
海賊に屈して手下になったとか、知りたくなかった。
「いや、マルク? そんな顔しないで !?」
「魔海人海賊団」に加わったのはつい最近。
何とか隙をついて逃げ出そうとしたが、ほかの手下達に追われ、こっぴどくやられてしまった。
それでも必死に長い間逃げ続け、命からがら故郷の村にたどり着いた。
「きっと天罰が下ったんだろうな……ほんと、馬鹿なことをしたよ……」
自分のした行為を深く反省するマキリ。
村長も苦笑いを浮かべるしかなかった。
マルクもさっきの感動を返せと言わんばかりに冷ややかな視線を送った。
「それにしても、良く生きて帰ってこれたわね」
「まあな……丁度船長と幹部達が作戦会議を行っていたからな……何でも古代亀の島に眠る最強の鎧を手に入れる為とかなんとか……」
「古代亀の島の最強の鎧…… ?」
その言葉を聞いた途端、ヴィオ村長は立ち上がり、おもむろに本棚を漁り始めた。
「あった、これだ」
ヴィオが取り出したのは、表紙がボロボロの分厚い本だった。
「何ですかそれ」
「この本にはな、英雄メイツを始め、半魚人達の歴史が記されておるのだ」
ヴィオはページをペラペラとめくった。
そして太文字で巨大魚幻獣の鎧と書かれたページを開いた。
「巨大魚幻獣…… ?」
バハムートとは主に竜のイメージが強いが、巨大な魚の姿をした怪物とも言われている。
「その昔、英雄メイツは巨大魚幻獣の鱗によって創られた究極の鎧を着て幾多の死線を潜り抜けた……。だが戦いが終わると鎧も不要となり、水の魔獣共々封印されることになった……」
水の魔獣は村の近隣の湖に、巨大魚幻獣の鎧は古代亀の島にそれぞれ封印された。
「巨大魚幻獣の鎧は選ばれし適合者しか扱えぬ代物……まさか、その海賊達は鎧を狙っているのか…… ?」
深刻な表情で憶測を語るヴィオ。
周囲は一瞬で凍りついた。
「成る程……魔海人海賊団か……面白いじゃねえか……」
マルクはニヤリと口角をつり上げる。
「奴等の野望、俺達で阻止しようぜ !」
「おお !」
マルクはグレン達に呼び掛けた。
グレンは流行る気持ちを抑えながら目を輝かせていた。
「ちょっと、本気で言ってんの ?相手はマキリさんが逃げる程の海賊なのよ ?」
心配しながらマルクの肩を揺さぶるメラ。
然り気無くマキリをディスっている。
「心配ねえよ、俺達は無敵の騎士団、無限の結束だぜ! どんな奴が相手でも一捻りだ !」
「お前……いつの間に騎士団に入ったんだ……」
マルクの発言に驚きを隠せないマキリ。
「大丈夫だよメラちゃん、この僕がいるから! それに、退屈してたんだよねー、久々に大暴れ出来るよ」
ルーシーはポンとメラの肩を叩きながら諭した。
その瞳はやる気に満ち溢れていた。
「ルーシー……」
「やれやれ……流石若者達は違うのう……ワシは止めはせん……お前達に託そう……我が先祖の遺した宝を、その海賊から守ってくれ」
ヴィオは一呼吸置くとマルクの両肩を掴み、強い眼差しを送った。
「マキリよ、お前は古代亀の島への道を知っているのだろう? マルク達を案内してやってくれ」
「ちょっ……勘弁してくださいよ、折角逃げ帰ってきたのに !」
ヴィオの頼みを大慌てで拒絶するマキリ。
「心配すんなって兄貴、俺ももう昔の俺じゃねえし、今は頼れる仲間もいる !」
マルクは強引にマキリを説得した。
「ど、どうなっても知らねえからな ?」
渋々納得したマキリ。
「情けないわね……アンタ達だけじゃ心配だから、私もついていくわ」
ここにきてメラも参加を決めた。
非戦闘員ではあるが、家事が得意な為、マルク達のサポートの役に立つだろう。
こうしてマルク、グレン、ルーシー、メラ、マキリの五人は海賊達から巨大魚幻獣の鎧を守るため、古代亀の島へと向かった。
To Be Continued




