第二百六十一話・魔人vs風の精霊
リトとジンの共闘により、蟲を産み出す怪物「マザー」は駆除され、精霊の森の危機は消え去り、平和が戻った。
「ワカバちゃーん! 怪我はありませんかー !」
マザーの産み出した蟲の魔獣達を全て倒し終え、リリィ、ミライ、フレア、サラ、リアが駆けつけた。
相当の数の蟲の魔獣を相手にしたのか、皆服も埃まみれで息を切らしていた。
「皆……」
「魔獣の元凶はどうなったんですか ?」
「うん……リトとジンがマザーをやっつけてくれました……ただ……」
私は気まずそうにしながらリトとジンのいる方向に視線を送った。
そこには殴り飛ばされて倒れているリトとそれを睨むように見下ろすジンの姿があった。
「あれは、リト……! 生きてたんだ…… !」
数千年ぶりにリトの姿を目の当たりにし、サラは激しく動揺していた。
彼女にとってリトは幼馴染だった。
ジン程では無かったが、リトとは固い絆で結ばれていた。
「リト !」
「待ってください !」
取り乱しながら駆けつけようとしたサラをリアは制止した。
どうやら二人の間にはピリピリとした空気が張り詰められていた。
「今は立ち入ってはいけないようです、落ち着いてください、サラ」
リアに諭され、サラは渋々踏み止まった。
自分達を裏切った相手が目の前に居て、サラはどうしたかったのか、自分でも分かっていなかった。
恨み辛みを吐きたかったのか、嬉しさのあまり抱き締めたかったのか……喜びと憎しみの感情が混合し、彼女は複雑な表情を浮かべていた。
「立てよ、まだ終わっちゃいねえ、こっから始めるんだ」
リトはニヤリと笑みを浮かべるとよろめきながら立ち上がった。
「どうやら私を許してはいないようですね……それも当然です……私は仲間達に酷い仕打ちをしてきた……ここで殺されても文句は言えません……」
「リト……」
リトは覚悟を決めたのか、深呼吸をし、悲しげな表情を浮かべながら両手を広げた。
「貴方の気の済むまで、私を痛みつけて下さい……こんなことで許されるとは思いませんが、私に出来ることはそれくらいです」
リトの言葉を聞き、ジンはフッと笑った。
「いや、お前だけを悪者にするのは筋が通らねえ、こんなことになったのは俺の弱さが原因だ……だがお前は多くの同胞を殺してしまった……簡単に許せるはずがねえ…」
切ない表情を浮かべながら語り、ジンは腰をかがめ、戦闘の構えを取り始めた。
「恨むことも許すことも出来ねえ……半端な心でお前を一方的に裁く資格なんて俺にはねえ……このどうしようもねえ気持ちを晴らすには、拳で語り合うしかねえだろ ?」
「成る程……確かに都合が良いですね」
ジンの意図を汲み取ったのか、リトも戦闘体勢に入った。
「そんな、何で今更二人が戦うんですか !?」
「互いにぶつかり合い、本気で戦うことで過去の罪を精算するということのようですね……」
リトとジンは睨み合ったまま石のように微動だにしなかった。
バチバチと火花を散らし、森周辺は緊張感に包まれた。
「私には制限時間があります、手短に終わらせますよ」
「俺もマザーとの戦いでボロボロだ、延長する気はねえよ」
リトとジンは互いに笑みを浮かべると、同時に勢い良く拳を振りかざし、戦闘を開始した。
ドガドガドガドガ
強風を巻き起こしながら二人は常人には目に負えない程の速度で壮絶な殴り合いを展開した。
ジンの拳が竜のようにうねりを上げ、リトの顔面を容赦なくボコボコに殴る。
リトも負けじと加速しながら刃のように鋭い拳圧をジンの全身に叩き込む。
「ぐっ !」
「ごっ !」
二人の地力は互角のように見えたが、スピードはジン、パワーはリトが上回っていた。
「はぁぁぁぁぁぁ !」
ジンは更に加速し、リトの攻撃を全て見切り、隙を突いてドリルのように風を纏った拳をリトの腹に打ち込んだ。
「強風拳 !」
「ぐはっ !」
腹筋は拳でめり込み、口から赤い液体を吐き、顔を歪ませながらリトは勢い良く吹っ飛ばされ、樹木に叩きつけられた。
「リト…… !」
「待て !」
思わず駆け寄ろうとした私の肩をフレアが掴んで制止した。
「フレアさん…… !」
フレアは私の顔を見つめながら首を横に振った。
言いたいことは分かる……。
ここで私が割って入っても何の意味もないと……。
ジンとリトは拳を交えることで今までの遺恨を晴らそうとしていることを……。
下手な話し合いよりも最も有効だということを……。
私達は固唾を飲んで二人の決着を見守るしか無かった。
「どうしたリト……本気を出してみろ、まだまだ奥の手を隠してんだろ…… ?」
ジンは連戦に次ぐ連戦で体力を消耗し、息切れを起こしていた。
にも関わらず戦いを止めようとはしなかった。
リトは背後の樹木にもたれかかっていたがゆっくりと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。
「良いんですか? 今の消耗しきった貴方では対処しきれませんよ ?」
「ごちゃごちゃうるせえ、手加減は無しだぜ、本気でやろう」
ジンは溜まりに溜まった疲労を堪え、拳をグッと握り、再び戦闘の構えをとった。
「はっ !」
リトはガスバーナーのような青いオーラで全身を包み込み、髪を青く染め、「蒼炎形態」へと変身した。
ジンは見たこともないリトの新たな姿を前に驚愕し、動揺を隠せなかった。
「その姿は……」
「魔王によって与えられた強大な闇の力を青く穏やかな炎で内包し、魔力を極限まで高め、コントロール出来る形態……つまり、私の本気です」
穏やかで優しい口調でリトは語った。
「成る程……魔王の力を理性で乗り越えたってわけか……もうお前は精霊の森を襲った悪の魔人じゃねえんだな」
ジンは親友はもう闇の住人では無いという事実を知り、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「だが、それとこれとは話は別だぜ !」
「ええ、決着を着けましょう」
そう言うとリトとジンは同時に大地を蹴り、風が突き抜けるような速さで走り出した。
だがリトの方がスピードが速く、あっという間にジンとの間合いを詰め、青い炎を纏った拳を彼の胸板に打ち込んだ。
ゴンッ
「ごはっ !」
まともにダメージを受け、苦しそうに呻くジン。
だが痛みを堪え、ジンも負けじと手に魔力を集中させた。
「疾風手刀 !」
ズバババッ
白く発光した手刀を素早く振り回し、リトの全身を隈無く切り刻む。
リトの全身に刻まれた傷口から紅蓮の液体が飛び散った。
「流石ですね……ジン…… !」
「はぁ……はぁ……まだまだこれからだぁぁぁぁ !」
もう一度切り裂こうと手刀を振り下ろしたジン。
だがリトは瞬間移動でもしたかのような超スピードでその場から消え、空振りに終わった。
「くっ……何処だ…… !」
「ここです !」
いつの間にか背後に回り込んだリトは長い足を振り上げてジンを蹴ろうとした。
「くっ !」
僅かに反応が遅れたものの、ジンはリトの気配を感じ、振り向き様に繰り出された蹴りを両腕をクロスさせて受け止めた。
「あんまり俺をなめんなよ !」
技を防がれ、隙が出来たリトに対し、ジンは反撃とばかりに無数の拳圧を打ち込んだ。
「ぐはっ !?」
ジンの放った拳圧を喰らい、吹っ飛ばされたリトは宙を舞った。
更にジンは追撃を加える。
高くジャンプし、加速しながら回り込み、拳を振り下ろしてリトを地面に叩きつけた。
ゴオオォンと凄まじい轟音と衝撃の余波で砂煙が舞った。
「はぁ……はぁ……」
呼吸を荒げながらジンは上空からリトを見下ろし、人差し指を向けて標準を定めた。
「指撃風貫通弾 !」
ジンは人差し指から風の弾丸を槍のように放ち、天から降り注がせた。
大地に思い切り叩きつけられたリトだったが何事も無かったかのように立ち上がり、余裕そうに埃を払うと高くジャンプし、降り注ぐ風の弾丸の雨の中をスイスイと掻い潜りながら上昇し、ジンに向かっていった。
「蒼炎拳」
リトは空中に浮遊していたジンに急接近するとガスバーナーのように青く燃える拳を振りかざし、渾身の一撃をお見舞いした。
ドゴオオオン
リトの炎を纏ったパンチが命中し、爆発音にも似た轟音を響かせた。
ジンの頬は酷くめり込み、痛々しく腫れ上がっていた。
「あがっ…… !」
余程ダメージが効いたのか、ジンは全身から力が抜け、ヨロヨロと地上へ落ちていった。
ドサッ
不恰好な姿で不時着するジン。
リトはジンを追い、スマートに着地した。
既に蟲の魔獣達やマザーとの戦いでボロボロのジンとまだ余力を残しているジンでは勝敗は明らかだった。
だがこれは勝ち負けでは無い。
互いに全力を出しきることが重要だった。
最早歩く体力すら残っていなかったが、ジンは最後に残った力を振り絞り、獣のような雄叫びを上げながら根性で立ち上がった。
「……これで……決めるぜ……!」
ジンは限界を迎えようとしている体にむち打ち、腰を低く落とし、技の構えをとった。
両手を上下に重ね、手の間から小さな風を発生させ、次第に膨張させていった。
「暴風射撃 !!!」
体内に残された全ての風の魔力を解放し、ジンは両手から猛烈な竜巻を放った。
竜巻は枯れ葉を風をつんざく勢いで撒き散らしながらリトに迫っていた。
「蒼燃焼巨砲 !!!」
泣いても笑っても、最後の一撃で決着が着くだろう……。
そう確信したリトは片腕を突き出し、手のひらを広げ、青く煌めく巨大な熱線を放ち、ジンの放った竜巻と激突させた。
ドガァァァァン
炎と風……。二つの相反する強大な力がぶつかった瞬間、凄まじい爆音音と共に爆煙の渦に包まれた。
To Be Continued




