第二百四十五話・イフリートvsスライム
スライは人の命を奪わないと誓ったが、戦いをやめるつもりは無かった。
グラッケン……創造主による呪縛は思った以上に根が深かった。
再び戦意を剥き出しにし、スライは私に襲い掛かった。
だが彼の前にリトが立ち塞がった。
以前リトは不意を突かれ、スライに吸収されかけたことがある。
リトはこの前の戦いのリベンジを果たそうと闘志を燃やしていた。
「スライさん、貴方の相手はこの私……イフリートです……」
「イフリート…… !」
二人は向かい合わせになり、互いにバチバチと火花を散らした。
「主、今のうちにコロナさんを連れて逃げてください」
「分かりました !」
私はコロナを背負ってその場から離れ、クロスやラゴン達の居る安全地帯へ避難した。
「これで心置きなく戦えますね……」
「イフリート……今の俺は……誰よりも強い……」
リトは首をゆっくりと回し、ウォーミングアップをしていた。
スライは獣のように唸り声を上げながら、リトを鋭く睨み付けた。
「イフリートとスライムか……」
「リト勝てんのかな…… !」
マルク達は空き家に身を潜めながら二人の戦いを見守っていた。
数秒の沈黙の後、睨み合っていた両者は遂に動き出した。
「うおおおお !!」
「がぁぁぁぁ !!」
雄叫びを上げながら互いに拳を振り上げる。
先に決まったのはリトだった。
リトの拳が僅かに速くスライの顔面に命中した。
「ぐう…… !」
一発モロに喰らい、怯みながら後退りをするスライ。
その隙を逃さず、リトは目にも止まらぬ連続パンチを容赦なくスライの体に打ち込んだ。
「ごっ !がっ !ぐはっ !?」
悲鳴を上げながらリトの猛攻を受け続けるスライ。
沢山の村人達やギラを補食した事で以前とは比べ物にならない程パワーアップを遂げたスライであったが、それでもリトにはまだ一歩及ばなかったようだ。
リトの動きについてこれず、一方的にサンドバッグになっていた。
「でりゃあっ !」
リトは加速すると勢いをつけて回し蹴りをお見舞いし、スライを蹴り飛ばした。
土埃を巻き起こしながら地面を抉りながら転がっていく。
「はぁぁぁぁぁぁ !」
リトは追撃を加えようと加速し、ふっ飛ぶスライに向かって一直線に走り出した。
一瞬でスライに追い付くと、握った拳を振り上げ、スライの顔面目掛けて殴りかかった。
だがスライは体勢を立て直し、リトの繰り出した拳を受け止めた。
「何 !?」
「お前の戦い方、覚えたぞ…… !」
ボーナスタイムは終わりだ。
戦っているうちにスライはリトの動き、速さ、戦法を全て体で覚えた。
スライはニヤリと笑うと凄まじい怪力でリトの腕を掴み、自身を回転させるとハンマー投げのように豪快に投げ飛ばした。
「ぐはっ !」
スライに投げ飛ばされ、リトは勢い良く時計塔の壁に叩き付けられた。
壁に大の字にめり込み、磔にされたかのように動きを封じられた。
「くっ…… !」
力関係は瞬く間に逆転した。
スライはリトと拳を交え、凄まじい速度で成長を遂げていた。
「そんな……」
私の脳裏にあの日の悪夢が過った。
リトがスライに補食されかけたあの日を……。
スライは短時間のうちに成長をする。
その時は勝っていてもすぐにスライが上回り、追い抜かれてしまう……。
限界の見えないいたちごっこはいつまで続くのか……。
「うおおおおおおお !」
スライは大地を蹴り、風をつんざくように加速しながら高く飛び上がった。
時計塔の壁にめり込んでいるリト目掛けて渾身のパンチを喰らわせようと一瞬で距離を詰めた。
リトの眼前に巨大なパンチが迫る。
キシィンッ
骨の軋むような鈍い音が街中に響き渡る。
コンクリートすら砕くスライのパンチがリトに決まってしまった。
誰もがそう思った。
だが……。
「 !?」
スライの拳は確かにリトの額にヒットしていた。
並みの人間なら頭蓋骨が粉砕されていただろう。
だが、スライは顔を上げると額に拳を食い込ませただけのリトがニヤリと笑みを浮かべているだけに気付いた。
リトの姿は大きく変わっていた。
黒いオーラを全身に纏い、瞳が消滅し、白目を向いて凶悪な顔つきになり、筋肉がはち切れんばかりに膨張した。
爆発的に魔力を解放し、パワーを重視した
「魔人形態」だ。
「ぐおおおおおおおおおお !」
魔人形態になったリトは竜のような雄叫びを上げ、黒いオーラがバリアーのように広がり、スライを押し上げ、あっさりと吹っ飛ばした。
「リトの野郎、本気でスライを倒すつもりだな」
マルク達は黒い姿に変身したリトの姿を眺めながらゴクッと唾を飲んだ。
黒い姿になったリトは獣のような構えを取り、唸り声を上げながら勢い良くスライに向かって飛び込んだ。
スライはリトの放つ気迫に押され、震え始めたがすぐに気を取り直した。
片腕を巨大な剣に変化させて飛び落ちてくるリトを迎え撃つ。
チュドォォォン
爆音を轟かせ、周辺を巻き込みながら激突する両者。
スライは巨大な剣状の片腕を出鱈目に振り回し、リトの体を徹底的に切り刻む。
だがどれだけ斬りつけても掠り傷が出来るだけで強靭なリトの体に明確なダメージは入らなかった。
ドンッ ドゴオッ
黒いリトは固めた拳をスライの腹に食い込ませる。
「カハッ !」と怯み、呻き声を上げるスライ。
リトは更にパンチを連続で叩き込み、スライを追い詰める。
パワーが膨れ上がったリトの攻撃は一撃一撃が重く、スライの体に着実にダメージを蓄積させていった。
「ヌオオオオオオオオオオオ !」
バアンッ
リトは竜のように叫び、十分に魔力を込めた拳をスライの顔面に打ち込んだ。
風を切り裂きながら一直線に吹っ飛ばされるスライ。
風圧が巻き起こり、瓦礫が派手に散乱した。
「はぁ……はぁ……ぐおおおおおおおおおお !!!」
スライは足腰に力を入れ、リトから距離をだいぶ引き離されながらも何とか踏み留まった。
指先から熱線を放ち、リトに連続で浴びせた。
だがリトは避けず、ゆっくりと近付いていき、体全体に熱線を浴びた。
スライは全弾命中したと思い、嬉しそうににやけた。
だがスライは知らなかった。
リトは炎属性の攻撃を吸収して自分の魔力にしてしまうことを。
「がぁぁぁぁぁぁぁ !」
リトは疾風のように姿を消すと一瞬でスライとの距離を詰めた。
思わず恐怖で後退るスライ。
その隙を逃さず、リトは容赦なく重い一撃をスライの腹に叩き込む。
スライの体の至るところに窪みが出来た。
「がぁぁぁぁぁぁ !」
最後にスライに当てようとリトは大きく拳を振り上げた。
その瞬間、リトの頭上に青白く輝く雷がもの凄い速さで落下した。
ビリリリリ
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ !」
落雷が直撃し、リトは全身を痺れさせながら激痛に襲われ、悲鳴を上げた。
スライはグレンの雷の魔力を利用してリトに気付かれぬよう鬼落雷を密かに発動させていた。
「あいつ……俺の技を…… !」
グレンは悔しそうに拳を震わせた。
再び流れはスライの方へ向いた。
スライは手を突き出すと、雷を全身に浴びて動きが封じられ、隙だらけのリトに対し水の波動を放った。
「ウワァァァァァァァァァ !」
弱点である水の攻撃をまともに浴び、リトは喉が張り裂けんばかりに絶叫した。
「あ……あぁ……」
水の波動を全身に浴びたリトは天を仰ぎ、脱け殻のようにボーっと棒立ちのまま、ゆっくりとうつ伏せに倒れた。
「そんな……! リト !」
「魔人形態」ですらもスライを倒すには至らなかった。
横たわるリトを前にしてスライは空を見上げると勝ち誇り、勝利の雄叫びを上げた。
私達はリトが負けるはずが無いと思いながらも、内心強いショックを受けた。
「まだ……終わっていませんよ……」
虫の鳴くようなか細い声が聞こえた。
まだリトは敗けを認めていなかった。
バーナーのように青いオーラを発生させながら、よろめきながらもゆっくりと立ち上がった。
「リト……」
私はほっと胸を撫で下ろした。
リトはまだまだ闘える……。
「その姿は……」
警戒心を強めるスライ。
リトは再び姿を変えた。
髪はエメラルドグリーンのような色に染まり、マッシブな体から一変してスリムな体つきになり、悪魔なように凶悪な顔つきから仏のように穏やかで優しい表情に変わった。
パワーとスピード、魔力……全てにおいて洗練された青き姿……「蒼炎形態」だ。
「お待たせしました……さあ、本気で戦いましょう」
安らかな表情でリトはスライに微笑みかけた。
To Be Continued




