第二百三十七話・諦めと迷い
「う……わ、私は……一体……」
ミーデは意識を取り戻すと新生魔王軍のアジトに帰還していた。
スライの勧誘に失敗し、手酷くボコボコにされて撤退を余儀無くされたのだ。
魔王軍の技術力により、怪我は完治していた。
だが貴重な数名の部下と混沌の反逆者の幹部だったギラを喪うという痛い結果に終わった。
最もミーデにとっては捨て駒でしか無いのだが……。
「ミーデ様、目が覚めましたか」
付きっきりで看病してくれたのはペルシアだった。
「そうだ……私は……スライムに……」
ミーデは自分がスライに敗れたことを思い出すとメラメラと怒りが込み上げてきた。
魔王によって力と地位を与えられ、統率官まで登り詰めたはずが、得体の知れない化け物に叩きのめされ、プライドを傷つけられた。
彼にとってこれ以上の屈辱は無かった。
「そろそろ夕食のお時間ですからスープをお持ちしますね」
「え? あっ……ちょっとまっ……」
ミーデが止める間もなくペルシアは部屋から去っていった。
「ぐぅ……! 許せませんねぇあのスライムめ…… ! 今度こそこの私の手で葬って差し上げますよ !」
ミーデは血が流れる程強く拳を握り締めた。
「やめておけミーデ」
そこへトレイギアとゴブラが入ってきた。
「あのスライムは俺達魔王軍の手に負えない化け物だ、最初から仲間にするなんて無理だったんだ」
トレイギアはミーデを宥めるように言った。
「これ以上スライムに関われば、更に貴重な兵力が失われる……今回はもう諦めよう……」
「ぐぬぬ……」
ミーデは悔しそうに歯軋りした。
だがトレイギア達の言うことは正しい。
感情に身を任せて今まで成功した例など無い。
潔くスライムから身を引くのが懸命だ。
「まあ良いでしょう……惜しい人材ではありましたが、今回は諦めるしかありませんねぇ……」
ミーデは深呼吸をして心を落ち着かせた。
「しかし、あのスライムはどうするんだ、このまま野放しにしておくのか ?」
ゴブラは二人に問い掛けた。
魔王軍でもどうにも出来なかった化け物だ。
このまま放置すれば町や村への被害が増えるだろう。
新生魔王軍にとっては痛くも痒くも無いが、いつまでもスライムに暴れられたのであれば流石に今後の活動に差し支えるのは間違いない。
「心配は無用です、幾度も我々の野望を打ち砕いた最強の騎士団「無限の結束」がスライムの相手をするはず……彼らに任せましょう」
ミーデはニヤリとほくそ笑んだ。
忌まわしい無限の結束とスライムをぶつけ、共倒れを狙う方針へと考えを変えた。
「成る程……現状それしか手は無さそうだな」
トレイギアも納得した様子だ。
「ミーデ様、スープをご用意致しました」
話が纏まった所にペルシアがスープを運んで部屋に入ってきた。
お盆に乗せられた器にはスープとは言い難い紫色の異臭漂う紫色の毒々しい液体が入っていた。
「う……」
ワカバに一度料理を教わっていたが、一回だけではすぐに上達せず、暫く経って元に戻ってしまったようだ。
トレイギアとゴブラも思わず鼻をつまんだ。
ミーデは器に入った液体を見て血の気が引き、青ざめた。
「あ、そうそう、ペルシアさん、貴女にスライムの監視をお願いしたいのです、無限の結束とスライムの潰し合いになった時、貴女が見届けるんです」
ミーデは咄嗟にペルシアに指示を出した。
「あぁ……分かりました……ちゃんと残さず食べてくださいね ?」
ペルシアはそれだけ言い残すと部屋を出てった。
心なしか言葉に圧が込められているような気がした。
三人は異臭漂うスープらしき液体が入った器を眺めた。
部屋は重い沈黙に包まれる……。
「じ、じゃあ、お大事にな、ミーデ」
「無茶はもうするなよ」
トレイギアとゴブラはミーデを見捨ててそそくさと退散した。
「あっ……! ……やれやれ、頂きますか……」
一人部屋に残されたミーデはペルシアの作った不味いスープを淡々と飲むのであった……。
「ブッ、不味っ !?」
一方、スライはグラッケンの研究所に帰還した。
少女の家で休息を取った為、疲れは取れ、調子の良い状態だった。
グラッケンは上機嫌でスライを出迎え、マジマジとスライの体を隅々まで見渡した。
「おおスライよ、良く戻ったな!素晴らしい、素晴らしいぞ!子供の体型だったのが魔力を吸収したことで大人の姿に成長したようだな !見ただけで分かるぞ……相当の数の人間を補食したな !」
ペラペラと早口で語るグラッケン。
スライは無表情のまま、黙って聞いていた。
「この調子でどんどん人間や魔族共を喰らい続け、いずれはイフリートを超える最強の戦士になるんだ……! 分かったなスライ」
グラッケンは顔を見上げるとスライの顔を見つめながら言った。
「……なぁ……グラッケン……」
「どうしたスライ」
スライは沈黙を破り、唐突に口を開いた。
「俺は……本当にこのままで良いのか…… ?」
「何を言っているんだスライ」
スライの言葉を聞き、上機嫌だったグラッケンの態度がみるみるうちに不機嫌になっていった。
「俺は……多くの命を奪って、強くなった……でも……それが本当に正しいのかどうか……分からない……」
スライは生まれて初めて自分のやっていることに疑問を抱いた。
少女とその家族との出会いが彼の常識を変えたのだ。
「スライ……お前は余計な事を考えなくて良い、他の種族を吸収して成長する……それがお前の役目なんだ」
グラッケンは呆れた口調でスライに言い聞かせた。
「人間もそうだ、他の命を奪って、食らうことで生き永らえる……お前とやっていることは大して変わらない、それに……私はお前に夢を託してるのだ……」
グラッケンはスライの肩に手を置いた。
「お前の存在こそ、私の長年の夢を叶えるのに必要不可欠なんだよ……この私を追放した奴等に復讐する為のな……」
グラッケンは邪悪な笑みを浮かべた。
「私とお前は家族だ……親の言うことに従うのは当然の事だろう ?」
スライはそれ以上何も言わなかった、否、言えなかった。
親に期待されるのは何だかんだ言って嬉しいし、失望されるのは怖い。
余計な事はもう言わない方が良いと判断した。
「話は変わるがスライよ、明日はここを襲え」
グラッケンは地図を持ち出し、スライに見せた。
地図には真っ赤な印が丸くつけられていた。
その場所とは王都ガメロットだ。
かつてグラッケンが追い出された忌まわしき場所でもある。
「ここは村と違って沢山の人間が暮らしている……お前にとって食糧の宝庫だ……派手に暴れれば無限の結束も現れるだろう……」
グラッケンは充分な力を手にしたスライを王都で暴れさせる気だ。
自分を捨てた王都に復讐する為に……。
「良いな、お前は私の言うことさえ聞いていれば良い……」
そう言うとグラッケンは自室に籠ってしまった。
広間に一人残されたスライは受け取った地図を黙って見つめていた。
To Be Continued




