第二百二十九話・捕食者
スライの圧倒的な強さの前に私では歯が立たなかった。
肉体を切り裂いても再生し、相手の魔力を複製してパワーアップする。
私はなす術無く滅多打ちにされ、膝をついてしまった。
今度はリトがスライの相手をする。
リトは加速し、勢いを乗せたパンチを繰り出し、一撃でスライを吹っ飛ばした。
「うわぁぁぁぁぁ !」
スライは地面を抉るように押し出されたがすぐに体勢を整え、踏み留まった。
「つ、強い……」
スライはたった一発の攻撃で確信した。
この男……今まで食ってきた人達とは比べものにならない強さだと……。
「どうしました ?私を喰らうのでは無かったのですか ?」
余裕綽々な様子でスライを挑発するリト。
「舐めるな…… !」
スライは大地を蹴り、風のように加速しリトに接近した。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
スライは目にも止まらぬ速さで連続でパンチを繰り出し、リトに浴びせる。
だがリトは涼しい顔でスライのパンチを全ていなした。
「荒削りで洗練され切ってない獣のような戦い方ですが……鍛えればいい線行くと思いますよ」
リトはニヤリと笑うと拳に炎を宿し、大きく振り上げるとスライの腹に叩き込んだ。
ドゴオッ
「ごはあっ !?」
スライは激痛に顔を歪めながら液体を吐き出した。
リトは拳の風圧でスライを空中に吹っ飛ばし、人差し指から熱線を放ち、宙に浮かぶスライに浴びせた。
「ぎゃあああああ !」
スライは絶叫しながら空中で爆発し、爆煙が巻き起こった。
「や……やったの…… ?」
私は恐る恐る目を開き、空を見上げた。
煙が晴れると、水色のの肉片らしきものが空から降り注いだ。
「文字通り木っ端微塵ですね」
勝利を確信するリト。
熱線により、スライの肉体は粉々になって辺り一面に散らばった。
いくら再生出来るとはいえ、ここまでバラバラにされたら元には戻れないだろう。
「それはどうかな…… ?」
グラッケンは不敵な笑みを浮かべた。
その瞬間、散らばった肉片は引き寄せられるように一ヶ所に集まり、融合を始めた。 やがて膨れ上がり、ゼリーのように丸い水色の塊へと戻っていった。
「まさか……あの状態からも再生出来るのですか……」
リトの顔から笑みが消えた。
スライは瞬く間に元通りに再生し、人型へと姿を変えた。
それだけでは無かった。
スライの手のひらに火が灯っていた。
「あの火は……まさか…… !」
私の風を吸収したのと同じだ。
今度はリトの火を自分の物にしたんだ…… !
「はぁぁぁぁぁぁぁ !」
スライは大気が震える程叫ぶと拳を握り、全身に風を纏いながら空気を切り裂くように走り出した。
加速し、一瞬でリトに近付き、火を宿した拳で連打を繰り出した。
「くっ…… !」
リトはスライの繰り出す怒濤の連続パンチをいなした。
だがリトの顔から余裕が無くなっていた。
額には汗が滲んでいる。
スライはリトの力の一端を吸収し、この短時間で更にスピードとパワーを高めたのだ。
「くっ…… !この私が防戦一方とは…… !」
スライの呼吸をする間もなく繰り出されるパンチとキックの嵐にリトは苦戦を強いられていた。
「そんな……リトが負けてるなんて…… !」
「素晴らしい !流石は我が最高傑作だ…… !僅かな魔力を取り込んだだけでここまで飛躍的にパワーアップを遂げるとは……もしイフリートを捕食すれば、誰にも止められぬ最強の力が手に入るな !」
グラッケンは狂ったように高笑いした。
スライの猛攻は留まることを知らない。
リトは押され気味になり、半歩ずつ後退りしていた。
「うおおおおおおお !」
バコッ
スライは火を纏った渾身の一撃をリトの腹に頬に叩き込んだ。
殴られて醜く歪む頬。
炎の技自体はリトには効かないが純粋なパワーが上乗せされたスライの拳はリトを怯ませるのに充分だった。
「くっ……純粋に力が増しています……」
スライはリトが怯んで動きを止めた所を狙い、蹴り飛ばした。
「ぬわぁぁぁぁぁぁ !」
地面を削りながら滑るように転がっていくリト。
「くっ……」
リトは起き上がり、すぐに体勢を立て直そうとした。
だが既に遅かった。
目を開くと眼前にはリトを見下ろすスライの姿があった。
スライは一瞬で粘ついた液体へと変わり、リトを飲み込んだ。
漆黒の闇がリトの視界を黒く染め上げ、光を奪う。
「くっ……離しなさい !私を食べるおつもりですか…… !」
「リト !」
スライの体内でリトは必死に抵抗し、ジタバタともがいた。
だがスライの消化能力は凄まじく、リトから力を急速に奪っていった。
魔力が失われ、リトの体が消えかけていた。
「そんな……リトが……食べられちゃう…… !」
伝説の炎の魔人もスライの前では単なる獲物に過ぎなかった。
私はどうすれば言うのか分からず、涙目になりながらパニック状態に陥っていた。
「ハッハッハ !良いぞ !イフリートを捕食しろぉ !」
勝ち誇っように狂いながら歓喜するグラッケン。
スライはモゾモゾと蠢き、脈打ちながら癒っくりとリトの捕食を継続した。
「お願い……フレア……リトを助けて…… !」
私はランプを握りながら祈るように懇願した。
「別に良いではないか、寧ろイフリートが消えてくれれば精々する」
フレアはぶっきらぼうに答え、取り合ってくれなかった。
「そんな……」
私は落胆し、崩れ落ちた。
「む……」
フレアはランプ越しに絶望にうちひしがれ、嗚咽を漏らす私の姿を見つめた。
「全く……しょうがない奴だな…… !貴様は私にフレアという高貴な名を与えてくれたからな……特別に力を貸してやろう !私の名を叫べ !」
フレアは見ていられなかったのか、私の願いに応えてくれた。
「ありがとう…… !んん……不死鳥 !フレアァァァァ !」
私は涙を拭い、咳払いをするとフレアの名前を声高に叫んだ。
その瞬間、ランプの注ぎ口からオレンジ色の閃光が放たれた。
「何だ…… !この光は…… !」
周辺を包み込む突然の閃光にグラッケンはたまらず目を覆った。
「はぁぁぁぁぁぁぁ !」
注ぎ口から勢いよく何かが飛び出し、疾風のように素早くスライからリトを力ずくでひっぺがした。
「うわっ !」「おぐっ !」
スライは人型に戻り、地面に勢いよく叩きつけられた。
間一髪引き剥がされたリトも全身がベタベタに汚れながら地面を転がっていった。
「はぁ……はぁ……貴方は……」
「イフリートよ、この件は貸しにしておくぞ……」
リトの目の前に現れたのは、神々しい光に包まれた伝説の幻獣 不死鳥……ではなく、オレンジ色に輝く長い髪を二つに束ね、露出の多い格好をしたつり目の美少女の姿だった。
「スライとやら……第三ラウンドだ……次の相手はこの私、フレアが務めてやろう !」
To Be Continued




