第二百十九話・不死鳥降臨
魔術師の集団、不死鳥の涙の黒幕であるエクレアとコロナによる親子の戦いに決着がついた。
コロナは内に秘めた全ての属性を解放させたことで戦局は一変。
虹色に輝く聖なる光が魔女エクレアの体を浄化し、長年支配していた何かを彼女の体から追い出した。
憑き物が落ち、エクレアは晴れて自由の身となった。
エクレアが倒された事で計画は潰え、弟子の魔術師達も落胆し、がっくりと項垂れるしか無かった。
だがこれで全て解決したわけでは無かった。
「ねえ……あれは何ですか…… ?」
全員が感動的なムードに包まれる中、私は異変に気付き、空を指差した。
エクレアの体から抜け出したはずの蒸気が上空で一ヶ所に集まり、膨張し始めた。
蒸気は異様なまでに巨大化し、50メートル程まで膨れ上がった。
「何だありゃ……」
「まさか…… !」
ただならぬ事態に一同は騒然となり、各々戦闘体勢に入った。
エクレアの体を乗っ取っていたものの正体は私達の想像を遥かに越えていた。
蒸気は赤い炎の塊となり、空中で燃え続けた。
やがて炎の塊は鮮やかな翼を生やし、紅に染まった神々しい巨大な鳥のような姿となった。
「まさか……貴女は…… !」
巨大な鳥の姿に一番驚愕していたのはリトだった。
天空を舞う巨大な炎の鳥……そう、かつてリトが会ったことのある伝説の幻獣、不死鳥だった。
「久しいな……忌まわしき魔人イフリートよ……数千年ぶりの外界の空気は美味だな……」
不死鳥は深く息を吸いながら地上にいる私達を見下ろし、甲高い女性のような声で語りかけてきた。
「まさか魔女の中に不死鳥が宿っているとは思いませんでしたよ……」
魔女エクレアの体を操っていた正体は彼女達が復活させようとしていた不死鳥そのものだった。
「火山の頂で封印されていた貴女が何故魔女の体に入っていたのですか ?」
「これには訳があってだな……特別に教えてやろう」
不死鳥はリトの問い掛けに快く答えた。
数千年前、火山に出掛けた人達が行方を眩ましたという報告を受け、勇者ジャスミンとその相棒であるリトは不死鳥の住み処とされる例の火山へと向かい、頂に君臨する不死鳥と激闘を繰り広げ、その肉体を火山に封印した。
あれから長い年月が経ち、封印の力が弱まり、不死鳥は精神だけが自由に行動できるようになった。
肉体が復活するまでの依り代を求め、精神体のまま、あてもなく地上世界をさ迷っていた。
ある日小さな村を訪れると村人達によって魔女狩りに遭い磔にされ、火炙りの刑を受けている魔女を見つけた。
「そこの女よ……」
「だ……誰……」
身体中を燃やされ、苦痛に顔を歪める魔女エクレア。
心身共に極限まで追い詰められ、遂に幻聴まで聞こえてきたかと思い込んだ。
「この苦痛から逃れたいか ?ならば私に委ねろ」
「う……そ……それは……」
火炙りにされているエクレアは正常な判断をする余裕が無く、謎の声に耳を傾けてしまった。
不死鳥の精神は瞬く間にエクレアの体に憑依し、彼女の意識を眠らせ、肉体を手に入れた。
「おお…… !何千年ぶりの生身の体……素晴らしい感覚だ……生きているという実感が湧いてくる !……私の本当の体が復活するまで、利用させてもらう……長い付き合いになるぞ」
エクレアの体を奪った不死鳥は、手始めにエクレアの命を奪おうとした村人達を皆殺しにし、村に火を放ち、地図から存在を消し炭にした。
その後は不死鳥を復活させる為の方法を探るべく、各地を巡り、資料室を片っ端から漁り尽くした。
旅路の中でウエンツを始め、五人の魔術師を弟子にとった。
手塩にかけて育て上げ、自らの手駒とした。
そして四大元素魔法の力が復活の鍵を握ると知った彼女は唯一四大元素魔法を使える魔女、コロナに目をつけ、弟子達に探すよう命じた。
「成る程……自らの肉体を取り戻す為にエクレアさんを始め、多くの人々が犠牲になったと……貴女は魔王軍並みに質が悪いですね」
吐き捨てるようにリトは言った。
「人聞きが悪いな、彼女を救ったのは私だぞ ?あのまま放っておけばエクレアは村人達によって殺されていた……私が憑依したことで彼女は助かったんだ……感謝してもらわねばな……」
身勝手な理屈だったが、不死鳥の言う通りだった。
しかしエクレアは不死鳥に乗っ取られている間、無意識に罪を犯し続けていたことに変わりはない。
やはり許すことは出来なかった。
「しかし何故貴女は復活出来たのですか ?」
「私にとっても想定外だったが嬉しい誤算だったよ……そこのコロナが放った六属性の魔力を結集させた最上級魔法、渦流最高光を私が浴びたことで封印が解かれ、復活を果たすことが出来たというわけだ」
不死鳥の復活には四大元素の力が必要だった。
エクレアを傷付けない最強の魔法が不死鳥を復活させてしまうという皮肉な結果となった。
「おお…… !不死鳥が遂に復活なされたぞ…… !」
「長かった……本当に長かった……」
コルトを始め、念願の不死鳥の復活が叶ったことを噛み締めるように喜び、両手で拝みながらゆっくりと近付いた。
だがそんな彼等の行く道を雷獣が阻んだ。
「どけよ !雷獣 !」
「不死鳥の神々しいお姿が見えないではないか !」
雷獣に罵倒を浴びせる魔術師達。
だが横たわっているウエンツだけは確信した。
「お前ら……逃げろ…… !」
「え ?」
ウエンツは掠れた声で忠告するも遅かった。
不死鳥は巨大な翼を羽ばたかせ、岩石すら吹っ飛ばす程の突風を巻き起こした。
「どれ、準備運動を始めようか……」
グレン、クロス、エクレアは飛ばされそうになったがヴェルザードとマルクが咄嗟に動き、彼らをだき抱えた。
私も強くコロナを抱き締め、突風から彼女を守った。
エルサは飛ばされないように剣を地面に突き刺し、支えにした。
「うわぁぁぁぁぁぁ !!!」
ゾーラ、コルト、シャロン、エイワスは巻き起こる突風によって足元を掬われ、飛ばされそうになったが咄嗟に地面からエイワスの巨大な植物が生え、蔓で彼らを拘束し、間一髪で飛ばされるのを防いだ。
「何故だ……何故なんだ不死鳥よ……僕らは貴女を復活させる為にどれ程尽力したと思っているんだ…… !」
雷獣にしがみつきながら、ボロボロの体で風に耐え、必死に問い掛けるウエンツ。
「不死鳥の涙が不死者を蘇らせる……貴様はその力でかつて失った幼馴染を蘇らせたいと言っていたな……悪いがその話……嘘だ」
「え…… ?」
不死鳥の言葉に耳を疑い、一瞬聞き逃したのかと思い、固まるウエンツ。
だが聞き逃してなどなく、紛れもない事実だった。
「私の涙にそんな力は無い……人間共が勝手に造り上げた伝説……虚構だ……だが貴様ら魔術師共を焚き付けるには充分だったのでな、利用させてもらったのだ、その醜い欲望をな……」
冷徹に言い放つ不死鳥。
魔術師達は死者蘇生という有り得ない餌を信じ、今まで騙されていた。
衝撃の真実にウエンツはかつてない程絶望した。
冷水をかけられた感覚に襲われ、ウエンツは力なく項垂れた。
彼は幼馴染のカナリアを蘇らせたい、そのたった一つの願いの為に多くの物を犠牲にしてきた。
家族、地位、誇り……。
願いの為に罪を犯し、多くの人々を傷付けてきた。
カナリアを救えるなら何でも出来た。
だが唯一すがる希望は最初から存在しなかった。
彼には何も残らなかった。
「……僕は……今まで……何の……為に……」
うわ言のように下を向きながらぶつぶつと呟くウエンツ。
その廃人のような痛々しい姿は見るに耐えられなかった。
ウエンツは幼馴染を蘇らせる為に戦い、この世の悪から今度こそ彼女を守れるようにと強さを求めた。
私やリトとの戦いでウエンツは自らの危険を省みず雷人となって体が壊れるまで戦い抜いた。
敵とは言え、彼の気持ちが痛い程分かる……。
そして彼等の願いを自分の欲の為に利用し、騙し続けていた不死鳥に怒りが込み上げてきた。
「ふざけないで…… !」
私が不死鳥に怒りをぶつけようとする前に、コロナが先に不死鳥に担架を切った。
「お母さんの体を使って……人の想いを弄んで……最低だよ…… !何が伝説の幻獣だよ…… !許さない !」
「コロナ……」
コロナは涙を浮かべながら顔を赤く染め、不死鳥に向かって怒鳴った。
気弱で穏やかな彼女がここまで激しく怒りを露にするのは見たことが無かった。
「黙れよ魔女の小娘……貴様のおかげで私は再び肉体を取り戻す事が出来た、礼を言おう……だがこの私に対する侮辱的な言葉は看破出来んな……」
不死鳥はコロナを静に睨み付けた。
「はっ……コロナちゃん避けて !」
「無礼な小娘よ、消し炭になるがいい」
ボオオオオオ
不死鳥は槍のような炎を放ち、コロナ目掛けて襲いかかった。
あまりにも速く、誰も止めることが出来なかった。
その時……。
「う……はぁ……はぁ……」
煙が晴れるとコロナの無事が確認された。
恐る恐る目を開けると、目の前に不死鳥の炎から身を呈してコロナを庇った者がいた。
ウエンツだ。
全身が焼け爛れ、背中は黒く焦げ、ボロボロな姿になりながら、コロナに向かって不器用に微笑みかけた。
「……今度は……守れたよ……」
To Be Continued




