第二百十三話・ウエンツの決意
小さい頃、僕には幼馴染がいた。名前はカナリア。
可愛い顔をして男勝りで、気が強く……オシャレな洋服を着るより木の棒を振り回して男の子達を泣かせ、泥だらけになるのが好きな、どうしようもないお転婆娘だった。
弱虫で虐められていた僕をいつも助けてくれたのは、彼女だった。
「また虐められたら私に言ってね !いつでもウエンツを守ってあげるから !」
それがカナリアの口癖だった。
僕は嬉しさもあったけど、やはり悔しかった。
女の子に守られる自分が情けなくて、家ではいつも泣いていた。
だから僕はいつか彼女を守れるよう、強い男になるんだと、幼かったあの日に誓った。
だが現実は残酷すぎた。
ある日、僕の住んでいた町に魔族が襲ってきた。
魔族達による理不尽な破壊と暴力により、町は崩壊し、火の海となった。
僕は恐怖から家族と共に隣の町へ避難した。
騎士団が駆け付けた時はもう遅く、町は見る影も無く破壊し尽くされ、瓦礫の山と化した。
「カナ……リア……」
僕は瓦礫の山を掻き分け、虫の息のカナリアを見つけた。
すぐに手当てをしようとしたが、すぐにその気持ちは失せてしまった。
カナリアの胸は醜く抉られ、真っ赤な血で染まっていた。
僕は確信した。もう彼女が助からないことを……。
気の強いカナリアは、家族を守るために無謀にも魔族に戦いを挑み、返り討ちに遭ったのだ。
人一倍優しく、正義感の強かったが故の悲劇だった。
「ウ……エン……ツ」
カナリアは虚ろな目をしながら今にも消え入りそうな声で僕の名前を呼んだ。
「そうだよ……僕だよ……ウエンツだよ…… !」
僕は鼻水を垂らしながらカナリアの手を握った。
彼女の手が段々冷たくなるのを肌で感じた。
「僕……強くなる……もう……こんな悲しいことが……起こらないように……」
僕は泣きじゃくりながら今にも息絶えそうな彼女の前で誓った。
カナリアは僕に微かな笑みを浮かべると、静かに瞼を閉じ、動かなくなった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ !」
僕はカナリアの手を握りしめたまま、声が枯れるまで泣き続けた。
あの時カナリアを置いて逃げた自分を死ぬほど呪った。
カナリアではなく、自分が代わりに魔族に殺されれば良かったのにと何度思ったことか……。
だが後悔しても何もかも遅かった。
大切な人を失った僕には、強さしかすがるものが無かった。
あの悲劇の後、僕は強くなるため、一流の魔法学校に通い、必死に魔法の勉強をし、学年一位の成績で卒業した。
コルト、エイワス、シャロンと言った魔術師仲間も出来た。
卒業後は僅か15歳の若さでS級冒険者パーティーの仲間入りを果たし、最前線で戦い、魔獣や魔族の脅威から人々を守り続けた。
周りからも慕われ、充実した日々を送っていた……そのはずだったが、僕の心はポッカリと穴が開いたままだった。
どれだけ強くなろうと、どれだけの人を救おうと、ふと思ってしまう……。
もしあの時の僕が強ければ、カナリアを守れたんじゃないかって……。
もしもの話なんて考えても仕方がない、過去をいつまでも振り返るなと自分に言い聞かせるが、カナリアの存在が日に日に大きくなり、僕は押し潰されそうになっていった。
「そこの魔術師よ……不死鳥について興味は無いか ?」
虚無感を抱えていた僕の前に、一人の女が現れた。
彼女は僕らのように魔女の血を引いている人間では無く、本物の魔女だった。
「不死鳥の涙を飲んだ者は、致死レベルの怪我を負った者でも簡単に治癒出来る力があるんだ……それだけではない、死人を甦らせることも可能……」
「それは本当ですか ?」
魔女は意味深な笑みを浮かべながら話を続けた。
彼女の目的は伝説の勇者と魔人によって封印された古代の幻獣、不死鳥を甦らせることだった……。
「そこでだ、是非魔術師である君の力を借りたい……君にもいるだろう ?失ってしまった大切な人が……」
魔女は僕の心を見透かしているようだった。
彼女の名前はエクレア。
魔女の中でも飛び抜けて高い魔力を持った稀少な存在だった。
彼女の言葉が嘘には思えなかった。
耳障りの良い甘言が僕を誘惑する。
彼女に従えば、もしかしたらエクレアが生き返るかも知れない……。
「分かりました……貴女に従いましょう」
僕は迷わず決断した。仲間達も誘い、僕達はエクレアの仲間に加わり、不死鳥の復活計画に喜んで参加することになった。
僕は冒険者パーティーを辞め、闇の世界へと足を踏み入れた。
もう弱き民を救う英雄は僕の中に必要無かった。
彼女は僕に見返りを約束してくれた。
カナリアの蘇生と、魔術師としての力……。
エクレアは僕に使い魔として雷獣を授けてくれた。
雷獣を従えたことで僕の魔術師としてのスキルは大幅に上がった。
カナリアを甦らせ、この悪意に満ちた世界から彼女を守る……それだけが僕の本懐だった。
その為なら、どれだけ人を傷付けようが、どれだけ罪を犯そうが構わなかった。
不死鳥の涙、雷の魔術師ウエンツはこうして誕生した。
「うっ……はっ……ここは…… !」
長い夢から目覚め、気が付くとウエンツは青空を飛んでいた。
いや正確には飛ばされていた。
ズキズキと全身に痛みを感じる。
気が付かないうちに激しい戦いをして己の肉体を酷使したらしい。
「目覚めましたか ?雷の魔術師さん」
「貴様は…… !」
声のする方を振り向くと、ウエンツが飛ばされてるのと同等の速度でリトが飛行していた。
「貴方は雷獣と融合したことで正気を保てなくなり、破壊衝動にその身を委ねました……」
「魔人イフリート…… !」
ウエンツは怒りに満ちた表情でリトを睨み付けたがすぐに激痛に襲われ、顔を歪めた。
まるで内側から崩壊するような痛みだった。
「貴方は人の身でありながら雷獣そのものを体に宿してしまいました、生身の体では耐えられるはずがありません……このままでは命に関わりますよ」
「黙れ…… !これは僕が望んだ力だ…… !この力さえあれば、今度こそ彼女を守れるんだ…… !」
ウエンツは感情的になり、リトの言葉を必死に遮った。
自分の身に何が起ころうとしているかは何となく理解出来た。
だがもう後戻りは出来なかった。
反論も支離滅裂で自分でも何を言ってるのか分かっていなかった。
「僕は最強の魔人である貴様を倒して……証明してやる…… !僕が最強であることを !彼女に牙を向くこの世界の全ての悪を滅ぼす !」
「やれやれ……私も活動時間が限界です……どちらが先に力尽きるか最後の大勝負と行きましょうか」
リトは深呼吸をすると間髪入れずにウエンツに膝蹴りを喰らわせた。
だがウエンツは震えながらも両腕で何とか押さえた。
「僕は最強の魔術師なんだ……こんな所で負けるものかぁぁぁぁぁぁ !」
ウエンツは力の限り叫ぶと雷を纏った拳でリトを殴り飛ばした。
「ぐわっ !」
血を吐きながら、リトは雲を貫くように物凄い速さで飛んで行った。
「逃がすかぁぁぁぁ !」
ウエンツは全身を蝕む痛みに耐えながら加速し、彼方へ飛んでいくリトを追いかけた。
限界を超えた二人の激闘、最後まで残るのは一体どちらなのか。
To Be Continued




