第二百十二話・狂気の雷人
追い詰められた雷の魔術師ウエンツと召喚獣の雷獣は禁忌魔法・融合術を発動し、最強の融合戦士、雷人形態へと変貌を遂げた。
人の姿のまま雷獣の力の全てを引き出せる驚異的なパワーを前にして私とリトは圧倒された。
「何だ……あのメガネ野郎……派手に輝いてやがる……」
力を使い果たし、胡座をかいていたヴェルザードはウエンツの変貌を遠目で眺め、唖然としていた。
遠くからでも感じる。
あの男が放つ、空間を支配するような絶対的な魔力。
まるで人の姿をした幻獣そのものだった。
「ハッハッハ……お前ら終わったな……」
地面に大の字に寝転がりながらコルトは掠れた声で力なく笑った。
少しの間気を失っていたが、程無くして意識を取り戻したようだ。
最もヴェルザードの全魔力を込めた一撃を叩き込まれ、体はぴくりとも動かせないが。
「どういう意味だ……」
「ウエンツは伝説の幻獣と呼ばれる雷獣と融合し、最強の狂戦士となったのよ……上級魔術師ですら使用を許されない禁忌魔法を使ってな……ああなっちまえばもうだれにも止められねえ……」
コルトはニヤニヤしながらウエンツ達の戦いを眺めていた。
「何だと……」
ヴェルザードは悪い予感がし、立ち上がってリト達の助太刀に行こうとした。
だが魔力を使い果たした自分が行っても何の役に立てるか分からない。
ヴェルザードはその場で立ちすくみ、己の不甲斐なさを嘆くしか無かった。
リトはウエンツに手刀で腹を貫かれ、湖の底へと沈んでいった。
「リト……リトが……」
私は顔をひきつらせながら湖を茫然と眺めた。
赤い血が湖を染め上げる。
だけど悲しんでる場合じゃない……。
私はリトに頼らなくても、一人で戦ってやる !
「はぁぁぁぁぁぁ !」
私は我に帰ると剣を握り、猛然とウエンツに立ち向かった。
だがウエンツはゴミを払うように私をあっさりと蹴り飛ばした。
「きゃああああ !」
一度も攻撃を当てられぬまま、私は背後の壁に叩き付けられた。
「う……」
ウエンツは鋭い眼光を放ちながら私に追撃を加えようと大地を踏み鳴らしながら走り出した。
獲物を狩ろうとする野獣のような姿にかつての知的さは欠片も感じなかった。
私はフラフラになりながら壁を支えに何とか立ち上がった。
勝算はほぼ0。
気力だけで持ちこたえているようなものだった。
チュドォォォォン
その時、凄まじい爆発音が湖全体に響き渡った。
勢いつけて走っていたウエンツも思わず動きが止まり、湖の方に目を向ける。
ザアザアと音を立て、荒れ狂うように湖が波打ち始めた。
やがてブクブクと沸騰し、大きな渦を巻き始めた。
渦は次第に勢いを増し、中心が深く沈んでいく。
そして中心が青い閃光を放った。
ドガァァァァン
次の瞬間、先程の爆発すら凌駕する大爆発が怒った。
豪雨のように湖の水が降り注ぐ。
湖の向こうには髪が青く染まり、青いオーラを纏い「蒼炎形態」となったリトの姿があった。
リトの体から滲み出る太陽のように熱いオーラの圧力によって湖の水が退けられ、円形の水の壁の中心に立っているように見えた。
「リト…… !」
私はリトの姿を見て安堵の表情を浮かべた。
腹の傷も嘘のように塞がっていた。
魔人の回復力は常人を遥かに超えていたようだ。
青いオーラを纏い、穏やかな表情でリトはウエンツを静かに見据えた。
「貴方の強さは認めます……しかし貴方は言いましたよね……大切な人を守れるよう、誰にも負けぬよう強くなりたいと……しかし、今の力に支配された貴方に誰かを守ることなんて出来ませんよ」
リトはウエンツを見つめながら諭すように呼び掛けた。
リトの言葉がウエンツに通じたかは分からない。
だがウエンツはリトの言葉を聞いた途端、激しい怒りを剥き出しにしながら鬼のような形相でリトを睨み付けた。
「やれやれ……では目を覚まさせてあげますか」
リトは僅かに力を込め、オーラを燃え上がらせる、全方位に衝撃波を放った。
体から発せられる高熱で湖は蒸発した。
「ウオオオオオオオ !!!」
ウエンツは全身にスパークを纏い、獣のような雄叫びを上げると疾風よりも速く動き、リトに向かって突撃した。
リトは向かってくるウエンツを返り討ちにしようと腰を捻らせ、拳を振り上げた。
ウエンツは異次元を移動したかのようにリトの目の前から姿を消した。
かと思えば瞬時に背後に回り込み、リトを殴り飛ばそうと拳を振り下ろした。
ガンッ
リトは振り向くことすらせず、裏拳を繰り出し、ウエンツの顔面を直撃した。
「うがっ…… !」
意表を突かれたウエンツは鼻を殴打し、苦痛に顔を歪ませながら鼻をおさえた。
その隙を逃さず、リトは足を高く上げてウエンツを蹴り飛ばした。
「うぐうっ !」
リトの蹴りをまともに喰らい、ウエンツは線を描くように一直線に飛んで行った。
リトは助走をつけると飛んでいくウエンツを高速で追尾した。
ウエンツは空中で体勢を立て直し、咆哮を上げながらリトに向かって突撃した。
そこからは高速で繰り広げられるパンチとキックの応酬だった。
「す、すごい……」
それ以外の感想が出なかった。
私は既に蚊帳の外……。人智を超えた超人同士の戦いを傍目で眺めるだけの傍観者になるしか無かった。
肉眼では光る点と点がぶつかり合ってるようにしか見えなかった。
ガシッ ドガドガドガッ バゴッ
空間が引き裂かれるような、激しい空中戦が繰り広げられた。
ウエンツは電撃を纏いながら出鱈目かつ重いパンチを数秒のうちに何10発か繰り出した。
リトは反射的に避け、ウエンツの怒濤の攻撃の嵐を全て見切り、疲れきった所を狙って脇腹に蹴りを入れた。
苦痛に呻きながらウエンツは涎を吐き散らした。
「無駄な動きが多すぎます……それでは人の姿をしたただのケダモノです」
リトはウエンツの耳元で囁くと胸板にそっと手を翳した。
「蒼燃焼巨砲零距離……」
リトは至近距離から高密度の熱線を放った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ !」
ウエンツはリトの放った熱線を喰らい、一直線に押し出され、湖の畔を越えて彼方へと消えていった。
リトは無言で空を飛び、ウエンツの後を追いかけていった。
「ど……何処まで行くんですか……」
一人取り残された私は茫然と立ち往生していた。
「ワカバ !乗れ !」
そこへいつの間にかシュヴァルに股がりながらヴェルザードが現れた。
ヴェルザードは小脇にコルトを抱えていた。
「あいつらの後を追いかけるんだよ !何が出来るか分からねえが……兎に角行くしかねえ !」
「……うん……」
ヴェルザードに諭され、私は頷くとヴェルザードの後ろに乗った。
「頼むぜシュヴァル !」
シュヴァルは私達を乗せ、大地を蹴り上げると高くジャンプし、力強く道を駆け抜け、ノスフェ湖の畔を後にした。
To Be Continued




