第二百十一話・禁忌魔法、発動
黒き邪神のような姿を目の当たりにし、雷獣は警戒心を強め、樹木すら斬り倒す威力を誇る爪を振り下ろし、リトの肉体を切り裂いた。
だが折れたのは爪の方で、リトの体には傷一つついていなかった。
力関係は瞬く間に逆転した。
曲がりなりにも魔王の力を引き出しているリトの圧倒的な力の前には伝説の幻獣も歯が立たなかった。
先程まで優勢だったはずの雷獣は怖じ気付いたのか守りの姿勢に入った。
「ウオオオオオオオ !!!」
黒い魔人へと姿を変えたリトは野獣のように天を仰ぎながら雄叫びを上げ、大地を踏み鳴らすように雷獣に向かって走り出した。
雷獣はグルルと歯を食い縛り、15メートルある巨体でダイブし、突進してくるリトに体当たりを繰り出した。
純粋な力と力のぶつかり合い。
勝ったのはリトだ。
溢れんばかりの魔力を込めた拳が雷獣の腹をめり込ませる。
悲鳴を上げ、後退しながら苦しそうに呻く雷獣。
リトは唸り声を上げながら動きの止まった巨体をサンドバッグのように何度も殴り付けた。
まるで丸太で叩きつけられたかのように重い一撃が雷獣を襲う。
雷獣はフラフラになりながら後方へ高く飛び、リトから距離を取った。
純粋な力比べでは敵わないと本能で悟り、雷獣は全身に魔力を込め、高出力の電撃を放つ準備をした。
リトは雷獣の予備動作に気付くが敢えて妨害せず、正面から受け止めようと身構えた。
雷獣は充電を完了させると極限まで高まった電撃をリトに向けて放出した。
バチバチバチバチィ
だがリトはあっさりと片手で払い除けた。
全力で撃ったはずの電撃を意図も容易く破られ、雷獣は萎縮し、怯えるように後退りした。
体は自分より小さいはずなのに、この黒いオーラを纏う魔人が巨獣のように見え、恐ろしく感じた。
リトはこれを好機と捉え、大地を強く踏みしめると大きく深呼吸をし、腹が膨れ上がる程空気を大量に吸い込んだ。
ボオオオオオオオオオ
黒いリトは口から禍々しい漆黒の炎を吐き、雷獣に浴びせた。
雷獣は炎の渦に飲まれ、溺れるように苦しみもがいた。
「馬鹿な……雷獣でも勝てないのか……あの魔人に…… !」
ウエンツは壁に背中をぶつけて激痛に襲われながらも何とか立ち上がった。
「くっ……雷獣も魔人に倒され、僕自身も小娘に敗北するなんて……あってはならぬことだ……」
ウエンツは唇を噛み締め、ワナワナと震えながら魔導書を見つめた。
雷獣が負けるのは想定外だったようだ。
「もう終わりにしませんか ?これ以上戦っても意味なんてないですよ !」
「黙れ !」
ウエンツは私の言葉を遮るように叫んだ。
「こうなったら……禁忌魔法を使うしかないな……魔人を倒すにはこれしかない……」
ウエンツは目を閉じ、息を吐きながら何やら覚悟を決めたようだった。
「雷獣 !こっちに来い !」
ウエンツの声を聞き、リトと交戦していた雷獣はすぐ様ジャンプし、彼の近くまで飛んできた。
雷獣はウエンツを庇うように前に出て私を睨み付けながら威嚇した。
リトとの戦いでかなり消耗していたがまだまだ元気そうだった。
「主 !」
リトはいつの間にか黒いオーラを解除し、私を隠すように前に立った。
ウエンツも雷獣も追い込まれていたがリトはまだ気を緩めていなかった。
「あの魔術師……何か奥の手を隠してるようですよ」
リトは神妙な面持ちでウエンツ達を見つめた。
「雷獣、準備は良いか」
ウエンツは雷獣の顔を見上げながら呼び掛ける。
雷獣も彼の意図を察したのか、ゆっくりと頷いた。
ウエンツは魔導書をめくり、小声で呪文を唱え始めた。
するとウエンツの体は金色に光り出した。
雷獣も彼に呼応するかのように遠吠えをしながら全身を光で包み込んだ。
ピカァァァァン
ウエンツと雷獣はまともに直視すれば失明しかねない程の眩い閃光を放った。
私とリトは眩しさに耐えかね、咄嗟に目を腕で覆った。
どれくらい経っただろう……。
私は恐る恐る目を開けてみた。
するとそこには雷獣の姿が影も形も無く、一人の青年だけが立っていた。
「ウエンツ……さん…… ?」
確かにウエンツの面影はある。
だが何処か違和感を感じた。
というよりまるで別物だ。
全身が金色に染まり、髪は逆立ち、鋭い目付きと鍛え抜かれた筋肉質な上半身。
瞳は金色に輝き、目元には黒いアイラインが入った。
そして二本の猛々しい角を生やしていた。
そこには人間としての面影はなく、亜人そのものだった。
「主は気付かれましたか……あの男が放つ異様なまでに高められた魔力を……」
「はい……何て言うか……上手く言えないんですけど……二つの力が混ざり合ったような……そんな感じがします……」
リトの頬を汗が伝った。
珍しく彼は危機感を抱いていた。
「恐らく……雷の魔術師ウエンツは自らの肉体と雷獣そのものを融合させ、一つの存在となったのでしょう……禁忌魔法とやらを使って……」
私は驚きを隠せなかった。
今まで色んな敵が居たけどまさか合体するなんて……。
「雷獣の持つ強大な雷の魔力を人の体に圧縮、内包した……というべきですか……人型のままで雷獣の力全てを引き出せる……厄介極まり無いですね……」
冷静にリトは呟いたが事態は想像以上に深刻だった。
雷獣と融合したウエンツは大気が震える程の雄叫びを上げ、私達に襲い掛かって来た。
「主 !離れてくだ……」
あまりにも速かった。
ウエンツは瞬間移動でもしたかのように瞬時にリトに接近し、一撃で蹴り飛ばした。
「うわぁっ !」
リトは私を庇う暇すら無くあっさりと吹っ飛ばされた。
「くっ…… !」
私はエルサのように自ら加速させ、ウエンツに反撃をしようとした。
だがウエンツはそれすら上回るスピードで私の剣をかわし、腹に拳をめり込ませた。
「かはっ !」
腹に激痛が走り、私は顔を歪めながら吐血した。
速い上に攻撃力も桁違いに上がっている……。
ガシッ
ウエンツは私の首を掴み、軽々と持ち上げた。
鬼のような気迫で私を睨み付けているその姿に最早理性は感じられなかった。
禁忌魔法で雷獣と融合した副作用で理性を失い、人の形をした獣と化してしまってた。
「うっ……」
首根っこを力強く掴まれ、酸素が肺に行き届かなくなり、私の顔は血の気が引いて青冷めていった。
このままでは殺される……。
抵抗しようにも力が入らない……。
やがて頭も回らなくなっていった。
「主から離れなさいこのケダモノがぁ !」
リトは怒りの形相でウエンツの頬を勢いつけて殴り付けた。
鉛のように硬い拳がウエンツの頬を歪ませる。
だが彼はニヤリと笑うと乱暴に私を手放した。
放り投げられた私は首をおさえながら激しく咳き込んだ。
もう少し遅ければ私はあの世に行っていたかも知れない。
だがそんなことを考えてる場合では無かった。
ウエンツはリトに狙いを定めた。
バチバチバチバチィ
ズサッ
「がはっ !?」
ウエンツは雷を纏った手刀でリトの腹筋を刺し貫いた。
腹からドクドクと血が止めどなく流れる。
それだけではない。
ウエンツは手刀でリトを貫いたまま、そこから電流を流した。
「うわぁぁぁぁぁぁ !!!」
身体中に電流が流れ、リトは苦悶の表情を浮かべながら絶叫した。
「やめて……やめてください !」
私は地面に這いつくばりながら必死に叫んだ。
リトが苦しむ姿に耐えられなかった。
やがて電流が止まり、リトは白目を向きながらガクッと膝をつき、項垂れた。
ウエンツはリトの腹から手を抜くと雷を纏ったもう片方の拳でパンチを繰り出し、満身創痍のリトを殴り飛ばした。
気を失い、穴の開いた腹筋から溢れる赤い血を垂れ流しながらリトは湖の中へ落ちていった。
青く澄み渡る湖がリトの血で赤く染まっていった。
「リトォォォォォォ !」
私はどうすることも出来ず、絶望にうちひしがれながら湖に向かって絶叫した。
To Be Continued




