第二百九話・雷獣現る
ヴェルザードが鉄の魔術師コルトを撃破したのと同じ頃、リトは雷の魔術師ウエンツと戦いを続けていた。
実力差は明白だった。
幾多の強豪を打ち破ってきた伝説の魔人であるリトと魔術師とは言え、生身の人間に過ぎないウエンツとでは雲泥の差があった。
ウエンツの凄まじい執念がリトとの戦いを長期戦まで持ち込んだ。
「雷獣剣 !」
ウエンツは片腕に電撃を帯びた光の剣を宿し、リトを狙ってがむしゃらに剣を振り回した。
だがリトは余裕の表情でウエンツの剣撃をかわし続けた。
ウエンツがいくら剣を振ろうともリトには掠りもしなかった。
体力を無駄に消耗し、呼吸が荒くなるだけだった。
「貴方は強いです……しかし、相手が悪かったですね !」
リトは大地を踏みしめ、ウエンツに渾身の蹴り技を叩き込んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁ !」
ウエンツはリトの長い脚で蹴り飛ばされ、凄まじい速度で壁際に激突した。
フラフラになり、力なく壁にもたれかかった。
「くっ…… !」
リトは壁際まで追い込まれたウエンツに人差し指を向けた。
「これにて貴方達の計画は終焉を迎えます……残念でしたね」
「ふっ……それはどうかな……」
圧倒的な力の差を見せつけられたのにも関わらず、ウエンツは悔しがる所か不気味に笑みを浮かべていた。
ウエンツはふらつきながらゆっくりと立ち上がり、傾きかけていた眼鏡をかけ直した。
「僕自身はただの人間……いくら魔女の血が流れていようと、どれだけ鍛えようと……貴方のような魔人の前では手も足も出ない……だが僕にもいるのさ……魔人に匹敵する……最強の相棒が…… !」
ウエンツはニヤリと笑うと懐から魔導書を取り出した。
「出でよ雷獣 !雷を纏いし神々しい姿を現したまえ !」
ウエンツは力の限り叫ぶと彼の背中から強烈な光を放ち、巨大な影が彼の背後から姿を現した。
「何ですか……彼の周りに溢れる強大な魔力は…… !」
流石のリトも警戒心を強め、腰を低くしながら身構えた。
澄んだ青空が闇に染まり、暗雲が立ち込める。
空を裂くような轟音が鳴り響き、落雷と共に15メートル程の巨大な獣がウエンツのそばに現れた。
その獣はやや黄ばんで見える青白い毛皮に覆われ、四足歩行で二本の巨大な角を生やした鼠のような顔をしていた。
「強大な雷の魔力の正体はあの獣ですか…… !」
「その通り……こいつは僕の相棒であり家族に等しい存在……伝説の幻獣・雷獣だ……」
ウエンツは雷獣の毛皮を優しくさすりながら言った。
今までウエンツは雷獣を自らの体内に潜らせ、雷獣の力を引き出していた。
並の魔術師では雷獣の力を引き出せず、自滅してしまう。
彼のように肉体を極限まで鍛え、魔術師として並々ならぬ努力を重ねたからこそ、雷獣にその力を認められたのだ。
「幻獣は太古の昔からこの世界に君臨していた……イフリート……貴方にとっては同志みたいなもの……」
「確かに素晴らしい魔力ですが、この私の敵ではありませんよ」
リトはあくまで余裕の態度を崩さずにいた。
「雷獣よ、僕と共に戦ってくれ」
ウエンツの呼び掛けに雷獣は優しく頷いた。
そしてリトを睨み、グルルと唸り声を上げながら毛を逆立て、威嚇した。
「生身の人間よりかは楽しめそうですね」
リトは汗を垂らしながら拳を強く握り、構えた。
雷獣は全身に電撃を走らせると大地を蹴り、勢いよくリトに飛び掛かった。
「何…… !?」
雷獣はその巨体に似合わず驚異的な速度でリトの背後に回り込んだ。
一瞬の反応の遅れが命取りとなり、雷獣の繰り出す爪の一撃を喰らってしまった。
「ぐはっ !」
咄嗟に腕をクロスさせ直撃を防いだもののそれでもダメージは大きく腕から鮮血が流れた。
「調子に乗らないで下さい !」
リトは痛みを堪え、人差し指から熱線を放つが雷獣は高く飛び上がって熱線をかわし、逆に後ろ足でリトを蹴り飛ばした。
「ぐおおっ !」
巨体から繰り出される蹴りの威力は凄まじく、地面を削りながらリトは吹っ飛ばされた。
途中で体勢を立て直すが間髪入れずにウエンツが追撃を加えた。
「はぁぁぁぁ !」
ウエンツはリトに向かって雷を纏った剣を振り下ろした。
彼程度の動きなら手に取るように読め、簡単にいなすことが出来る。
だが雷獣が遠距離から規格外の速度で接近し、リトに牙を向く。
ウエンツの容赦ない電撃の猛攻を対処しつつ、雷獣の相手もしなければならず、リトは次第に追い詰められていった。
例え実力は劣っていても、雷獣と一緒に襲われてはリトも苦戦を免れない。
「流石に時間がかかりますね…… !」
「どうしたイフリート !さっきまでの余裕は…… !行くぞ雷獣 !」
ウエンツの声を聞き、雷獣は加速しながらリトに体当たりを仕掛けた。
「そんなものかわして見せますよ !」
だが右に避けようとした時、ウエンツの放った電撃の鞭がリトの足元に絡み付いた。
足元を掬われ、リトは雷獣が物凄い勢いで迫ってくるのに反応が遅れてしまった。
「うわぁぁぁぁぁ !」
15メートルある巨体に体当たりされ、リトは壁に叩き付けられた。
衝撃で壁は破壊され、崩れ落ちていった。
「く……う……」
雷獣にのし掛かられ、リトは動きを封じられた。
巨大な前足に全身を押さえつけられ、必死に抵抗するが抜け出せなかった。
「何て怪力ですか……」
雷獣を相手にするにあたって、弱いはずのウエンツの存在がこれ以上ないくらい鬱陶しかった。
搦め手を気にして、戦いに集中出来ない。
珍しくリトは弱気になりかけていた。
「案外呆気なかったな……まあ良い……これで僕の強さは証明された……不死鳥の涙、雷の魔術師ウエンツはイフリートよりも強い !」
雷獣はもう片方の前足を大きく振り上げ、その凶悪な爪でリトを引き裂こうとした。
リトはぎゅっと目を瞑った。
「竜巻激槍 !」
突然後方から竜巻が槍のように放たれ、雷獣目掛けて飛んできた。
雷獣は即座に反応し、後方へ高く飛び上がり、紙一重でかわした。
「あ、主……」
寸での所で私がリトの窮地を救った。
間一髪間に合って良かった……。
「ごめんなさい……貴方一人に任せてしまって……」
私は勝手にこの場から離れてしまったことを謝罪しながら倒れているリトを抱き起こした。
「いえ、主に助けて頂く日が来ようとは……主も成長しましたね……」
リトは感激しながら目を潤ませていた。
「でもあの鉄の魔術師はヴェルが倒しました……残るはウエンツさんだけです」
その言葉を聞いた瞬間、ウエンツは驚きのあまり顔を強張らせた。
「コルトが負けるなんて……有り得ない……奴の鋼の装甲を打ち破る奴が居るなんて……」
狼狽え始めるウエンツを案ずるように雷獣は彼のそばに寄り添った。
「主はあのウエンツとか言う魔術師の相手をお願いします……主の実力なら、彼の体術にも負けません……私は雷獣を倒します」
「分かりました……任せてください、リト」
私はリトと相談を終えるとウエンツ、雷獣を睨みながらゆっくりと立ち上がり、刃を向けた。
「ウエンツさん……貴方の相手は私です !」
「雷獣よ……どっちが古代最強か……決着をつけましょう……」
私は剣を構え、リトは人差し指で雷獣を挑発した。
雷獣は興奮気味に殺意を剥き出しにし、唸り声を上げていた。
「貴女のような小娘が僕と戦う…… ?冗談も程々にして欲しいものだ」
ウエンツは苛立ちながらも眼鏡をクイッとかけ直した。
リトと私は初めて共闘し、雷の魔術師と雷獣のコンビに立ち向かうこととなる。
To Be Continued




