第二百五話・マルクとエルサ、反撃の狼煙
「うっ……」
マルクは蔓に首を締め上げられ、力なく呻き声を上げていた。
その様子をエイワスはご満悦そうに見上げていた。
「実に壮観だな……」
エイワスの操る植物は蔓を伸ばし、マルクを高く吊し上げ、晒し者にした。
「半魚人よ……お前は我が相棒の養分となるのだ、光栄に思いたまえよ……さあ !骨の髄まで吸い尽くせ !」
エイワスは声高に叫ぶと蔦は先端を鋭利に尖らせるとドリルのように回転させ、マルクの肢体に突き刺そうとした。
「そんなに……食いたきゃ……腹一杯食わせてやるよ……」
マルクはニヤリと笑うと息を大きく吸い込んだ。
「今更何をしようと無駄だ……」
エイワスは最後の悪足掻きだとたかをくくり、気にも留めなかった。
マルクは顔が真っ赤に膨れ上がる程息を吸い込むと体内に蓄えられた水を勢い良く噴射し、巨大な植物に浴びせた。
「ハハハ、何をするかと思えば……気でも狂ったのか ?」
嘲笑するエイワス。
彼の操る植物はあらゆる魔力を養分として吸収し、成長の糧としてしまう。
植物はマルクの吐いた水を飲み干すように取り込み、ムクムクと成長し、更に巨大になり始めた。
マルクがいくら水属性の技で攻撃しようと全て無駄撃ちになり、相手を喜ばせるだけ……。
そのはずだった。
「あれ…… ?どうしたのだ ?」
エイワスは異変に気付いた。
マルクの吐いた水を取り込んでいた植物は成長する所か段々と萎れていくように見えた。
瑞々しくハリのあった緑色の葉が茶色く染まり、枯れ始めた。
「まさか……許容範囲量を越えたのか……やめろ !それ以上取り込むな !」
ようやくエイワスは察したがもう後の祭りだった。
植物は水をやり過ぎると過湿になり、酸素が吸えなくなると根腐れを起こし枯れてしまう。
エイワスの植物にも同じ現象が起こっていた。
「やめろ !やめてくれ !もう水を与えないでくれ !」
植物はマルクの体内に蓄えられたほぼ全ての水を取り込みすぎ、ボロボロに枯れ果て、見るも無惨な姿に変わり果ててしまった。
マルクを吊し上げていた蔓も力を失い、彼を地面に雑に放り投げ解放した。
マルクは体内の水を使い果たし、顔は真っ青になり、骸骨のように痩せ細った姿となった。
「そんな……貴様ぁ…… !」
力なく倒れるマルクをエイワスは怒りに満ちた表情で睨み付けた。
「よくも我が可愛い植物をあんな酷い目に…… !だが今の弱り切った貴様など、私一人の手で充分だ !」
エイワスはそう言うと短剣を取り出し、がむしゃらに倒れているマルク目掛けて走り出した。
「死ねぇぇぇぇぇ !」
エイワスは血相を変え、横たわるマルクに詰め寄り、短剣を振り上げた。
その鬼のような姿にかつての紳士的な面影は無かった。
ズバッ
だがエイワスが短剣を振り下ろすより速くマルクののヒレが彼の脇腹をかっ切った。
「がはっ !」
エイワスは血を吐き、信じられないような顔をしながら短剣を落とし、崩れ落ちた。
脇腹からは血が滲み、服は真っ赤に染まった。
「てめえ一人斬るだけの力くらい残ってるぜ……」
マルクは満身創痍になりながらもニヤリと笑みを浮かべながらうつ伏せに倒れ込んだ。
「……プハアッ……生き返ったぜ……」
マルクは仰向けになると懐から水筒を取り出し、浴びるようにゴクゴクと飲み干した。
彼の体にありったけの水分が染み渡り、水分を失って干からびた体に艶が戻り、みるみるうちに回復していった。
「はぁ……はぁ……後は……任せたぜ……エルサ……」
エイワスに勝利したマルクは空を見上げながらポツリと呟いた。
エルサはシャロンの切り札・キメラインセクトと対峙していた。
彼女の使役する虫達の死骸が合体した巨大な虫のキメラだ。
全身は様々な種類の虫によって構成されていた。
そのあまりにも禍々しい姿を前に、エルサは気を引き締めた。
「死してなお魔術師の駒にされるとは哀れだな……」
「何とでも言え !お前の泣き叫ぶ姿が見たいんだ !いけ !キメラインセクト !」
シャロンの叫び声を聞き、キメラインセクトは威嚇の体勢を取り、エルサに襲い掛かった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
突然エルサは叫び、金色に輝く巨大なオーラを発生させた。
キメラインセクトはその煌めくオーラに圧倒され、たじろいだ。
「ひっ……そ、そんなこけおどし、怖くねえよ !」
シャロンは後ずさりながらも見栄を張った。
「私も……本気でいかせてもらう……はぁっ !」
エルサは腰を屈めると大地を蹴り、勢いつけて飛び上がるとキメラインセクトに向かって力強く剣を振り上げた。
キメラインセクトは全身から毒針を矢のように振らせ、彼女を滅多刺しにしようとした。
だがエルサは全身を竜巻のように回転させ、振りかかった毒針を弾き返し、一瞬でキメラインセクトの間合いを詰めた。
「神月疾風 !」
エルサは疾風の如く敏速に剣を振るい、キメラインセクトの身体中を切り刻んだ。
元々虫達の死骸を無理矢理繋ぎ合わせた為、斬られた箇所が綻び、虫の死骸がポロポロと落ちていった。
「そんなチビに負けんじゃねえ !キメラインセクトォ !」
キメラインセクトはカマキリ型魔獣の鎌を振り回し、エルサの剣に対抗した。
鎌と剣がぶつかり、金属音が鳴り、擦れて火花が飛び散った。
「私の剣術についてこれるとは流石だな !」
エルサはニヤリと嬉しそうに笑うと自らの肉体を加速させ、蚊のようにキメラインセクトの周りを飛び回りながら攻撃を刻み込んでいった。
キメラインセクトは蜘蛛型の魔獣の持つ糸を噴射し、飛び回るエルサを絡め取ろうとした。
だがエルサは鳥のように素早くキメラインセクトの全身を何周も回り、かわし続けた。
やがてキメラインセクトは自らの糸でがんじがらめにされてしまった。
「何やってんだよアホが !」
これにはシャロンも呆れてため息が出た。
「今だ !」
エルサは更に高く飛び上がり、照りつける太陽を背にし、キメラインセクトの頭上を見下ろせる位置まで飛ぶと大きく剣を振り上げた。
「超過する一太刀 !」
ズバアッ
黄金に輝く風の魔力を剣に集中させ、そのまま空を裂く勢いでキメラインセクトに斬りかかり、一刀両断した。
キメラインセクトは真っ二つに裂け、派手に爆発を起こし、粉々に砕け散った。
虫達の死骸が散乱し、地上へ降り注いだ。
「あ……あ……」
シャロンは言葉を失い、目を丸くしながら尻餅をついた。
エルサはシャロンの目の前で華麗に着地をし、彼女の眼前に剣を突き付けた。
「どうした……まだやるか ?」
尻餅をついてるのもあってかエルサが巨人に見える程恐ろしく感じた。
シャロンは半泣きで鼻水をみっともなく垂れ流しながら彼女に懇願した。
「お願いします……許してください……」
シャロンに戦う意思は残っていなかった。
エルサはそのことを察するとやれやれと言わんばかりにため息をつき、剣を鞘に納めた。
「さて……私も屋敷に向かうか……」
マルク、グレンはまだ動ける状態では無かった。
クロスは先に屋敷の中に殴り込みに行っている。
エルサはうずくまるシャロンを放って屋敷へと向かった。
To Be Continued




