第二百四話・植物と虫の猛攻
無の魔術師、ゾーラはグレンとクロスによって倒された。
残る魔術師は四人。
死角を狙い搦め手を使ってくるゾーラが倒されたという事実は大きかった。
エルサとマルクはゾーラの妨害を気にせず、心置きなく各々の戦いに集中出来る。
ウエンツとコルトはノスフェの湖でリト、ヴェルザードと交戦中だ。
屋敷の外で虫の魔術師シャロンと樹の魔術師エイワスのコンビとマルク、エルサが戦っていた。
エイワスの相手はマルクが務めていた。
植物達を自在に操れるエイワスと水属性である半魚人では相性が不利だった。
だがマルクは単純でそんなことは気にしていない。
「てめえのその紳士ぶった胡散臭え面、ぶっ飛ばしてやるぜ !」
マルクは威勢良く啖呵を切った。
「やれやれ、品のない方だ……だがそんな野蛮な貴方でも私の植物達の養分になれる……骨の髄まで吸収され、干からびるが良い !」
エイワスは魔導書をめくり、豪快に腕を振り上げた。
その瞬間、彼の足元を地面を突き破りながら植物の蔓が現れた。
蔓は触手のように伸び、マルクを捕らえようと襲い掛かってきた。
「魚人水刃 !」
スパッ
マルクは冷静に対処し、水の刃を放って迫り来る蔓をバラバラに切り落とした。
だが切り口から蔓が再生し、再びマルクに牙を向いた。
「ちっ、再生すんのかよ…… !」
マルクはヒレを駆使して蔓を切り裂きながら遠くで植物を操っているエイワスを目指して走った。
「こういう時は先に召喚元を叩きのめすのが手っ取り早い !」
マルクの判断は迅速で正しかった。
このまま植物を相手にしていても余計な体力を消耗するだけだった。
「果たして上手くいくかな ?」
不敵にエイワスは合図を送ると植物が彼を覆い隠すように次々と姿を現した。
「上等だぁぁぁぁぁぁ !!!」
マルクは喉が瞑れんばかりに絶叫し、鬼のような気迫で走った。
エルサは虫の魔術師、シャロンと対峙していた。
シャロンの操る虫の大群がエルサに覆い被さろうとした。
「低気圧防御壁 !」
エルサは己の全身を竜巻で包み込み、不用意に近付いた虫達をドリルのように激しく回転する竜巻で細切れにした。
「あちゃー、雑魚共じゃ駄目かー……ならこいつはどうだ !」
シャロンは杖を掲げると、12メートルはあるカマキリの魔物と蛾の魔物等を召喚した。
「魔物を召喚出来るのか」
「俺は選りすぐりの魔術師……この世界のあらゆる虫を自由に使役出来るんだぜ」
シャロンの指示を受け、虫の魔物達は一斉にエルサに襲い掛かった。
「ま、魔物程度なら私の敵ではないがな……」
エルサは目を瞑り、腰を低く構えたかと思うと肉眼で追えない程俊敏な動きで風を切り裂くように魔物達を通り過ぎた。
魔物達は緑色の体液を撒き散らしながらバラバラに砕け散った。
エルサは不敵に笑みを浮かべながら剣を振り、剣についた体液を払った。
「魔物クラスでも話にならねえか……ちょっと魔力を消耗するが仕方ねえ !」
シャロンは杖を大きく掲げると、杖は金色に発光した。
すると彼女の真上から30メートル程の巨大な蜘蛛型の魔獣、蜂型の魔獣が出現した。
「魔獣だと…… !」
蜘蛛型の魔獣は以前エルサが初めてワカバとクエストに出掛けた時に森で出会った個体と酷似していた。
今回の魔獣はその時とは比べ物にならない程魔力が増していた。
「流石のアンタでも度肝を抜いただろ ?魔獣二体……やれるもんならやってみやがれ !」
二体の魔獣はエルサを餌と認識し、涎を垂らしながら一斉に襲い掛かった。
エルサは剣を構え、魔獣達に果敢に向かっていった。
「うおおおおおおお !!!」
マルクはヒレで迫り来る植物を切り裂きながらエイワスに近付こうと走っていた。
だがいくら切っても無限に植物が襲ってきた。
「たく、めんどくせえ !」
マルクはブレーキをかけ、一旦立ち止まると大きく深呼吸をした。
「おや、もう諦めたのかい ?」
嘲り笑うエイワス。
マルクはニヤリと笑い返した。
「魚人水砲 !!!」
ブシャアアアア
マルクは大口を開け、エイワスを狙って体内に蓄えられた大量の水を噴射した。
水のブレスは高圧力で噴射され、エイワスめがけて一直線に放たれた。
「成る程、飛び道具か……悪くない……だが」
エイワスは余裕の態度を崩さず、魔導書を一ページめくった。
すると巨大な蕾を持った植物が立ち塞がり、エイワスを庇い水のブレスを受けた。
「何 !?」
巨大な蕾は水のブレスを逆に吸収し、自らの養分とし始めた。
マルクの水ブレスを養分として取り込んだことで更に肥大化し、やがて蕾はゆっくりと花開き、食虫植物のような禍々しい粘液まみれの口を露にした。
「花太陽光波 !」
花弁から高出力の破壊光線が放たれ、マルクを直撃した。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
マルクは断末魔を上げながら吹っ飛ばされ、宙を舞った。
「言ったはずだ……どんなに粗暴で品のない底辺のゴミでも、私の植物達の栄養になれると !」
巨大な蔓が勢い良くマルクを地面に叩き落とし、追い討ちをかけた。
大地に窪みが出来、マルクは仰向けに倒れ、ピクピクと動かなくなった。
「さ、貴様の魔力、残らず頂くとしよう」
巨大な蔓にマルクは捕らえられ、エイワスの元まで引き摺られた。
花弁から放たれた光線の威力は凄まじく、マルクはたった一撃でもう抵抗する力を失っていた。
一方エルサは蜘蛛型の魔獣、蜂型の魔獣と激闘を繰り広げていた。
シャロンに操られ、魔力が桁違いに跳ね上がっている為、エルサは苦戦を強いられていた。
「はぁ……はぁ……」
シュルルル
体力を消耗し、動きが鈍った所を蜘蛛の魔獣の放った糸に捕らえられ、拘束された。
「しまった…… !」
動けないエルサの背後を狙い、蜂の魔獣は自慢の毒針を思い切り彼女に突き刺した。
「ぐわぁぁぁぁ !!!」
エルサは激痛に喘ぎ、苦悶の表情を浮かべた。
彼女の体内に大量の毒が流し込まれる。
「どうだ !ざまあみろぉ !」
醜く顔を歪ませ、耳障りな声で高笑いするシャロン。
エルサは立ち眩み、ガックリと膝をつき、力なく項垂れた。
蜂の魔獣の猛毒は凄まじく、並の人間なら数分で全身に毒が回り、朽ち果てるだろう。
「何だよもう終わりか……案外呆気なかったな……もう良いぜ、こいつを食っちまいな」
シャロンの指示を受け、待っていましたと言わんばかりに魔獣達は涎を垂らしながら勢い良く彼女に食らい付こうとした。
「調子に乗るなよ……虫共 !!!」
エルサは鋭く開眼すると巨大な竜巻を発生させ、魔獣達を吹っ飛ばした。
「嘘だろ…… !?魔獣の毒を受けて平気なはずがねえ…… !」
シャロンは目を丸くして驚いていた。
エルサはかつて蜘蛛の魔獣の毒を喰らい、生死の境をさ迷っていた。
幸い若葉が手に入れた解毒草で一命を取り止めたが、その時体に抗体が出来、魔獣クラスの毒属性の攻撃にある程度耐えられる体になったのだ。
人間を遥かに凌ぐエルフ族特有の生命力のおかげである。
「ふんっ !」
エルサは力ずくで自らを縛る糸を強引に引きちぎった。
魔獣の糸は鋼鉄すら粉々に切り裂く程の強度を誇っていた。
「何て馬鹿力だよ……」
シャロンは青ざめ、引いていた。
自分はあんな化け物を相手にしていたのかということを実感した。
「さあ、反撃開始だ」
エルサは剣を構え、一瞬のうちに飛び上がり、魔獣達を見下ろせる位置まで飛んだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ !」
シュパッ ズバッ ズババッ
エルサは突風のように神速で魔獣達の周りを飛び回り、残像が見える程の速さで容赦なく剣を振るい、魔獣の巨体を切り裂いた。
的確に急所を突き、魔獣達は音を立てて崩れ落ちていった。
「どうした……君の手札はこれで終わりか」
華麗に着地をし、エルサはシャロンに剣を向けた。
だがシャロンは狼狽える所か逆に不気味に声を出して笑い話始めた。
「流石ハイエルフの騎士様だぜ……アンタのことを舐めすぎてた……俺も切り札を使わなきゃな !」
シャロンはブツブツと呪文を唱えながら杖を大きく掲げた。
すると今までエルサが倒した虫達の死骸が浮遊し、重力に引き寄せられるように一ヶ所に密集し始めた。
「何だ…… ?」
エルサは警戒し、剣を強く握りしめ、身構えた。
大量にあった虫達の死骸は合体し、歪な塊となり変化を繰り返し、やがて巨大な昆虫のような形へと変貌を遂げた。
「驚いたか……てめえに倒された虫達の骸を合体させた、キメラインセクトだぜ !」
シャロンの操っていた虫達の死骸がキメラスケルトンのように一つになり、様々な種類の虫達の要素を併せ持った最強の合体魔獣となり、エルサの前に立ちはだかった。
「くっ…… !」
エルサは歯を食い縛りながら剣をキメラインセクトに向けた。
魔獣すら超える尋常ならざる魔力を全身に感じ、流石の彼女も緊張感が走った。
「さあ !俺の力を思い知れぇ !」
勝ち誇ったようにシャロンは叫んだ。
巨大虫魔獣、巨大植物を巧みに操り、召喚士能力を遺憾無く発揮するエイワスとシャロン。
思わぬ敵の猛攻にエルサ、マルクの二大戦士は苦戦を強いられていた。
To Be Continued




