第百七十八話・憎き仇の小さい背中
「何だ……これは……」
数人の手下を引き連れ、柄の悪そうなリーダーらしき男は小さな洞穴の前に駆け付けた。
ケインとルウの名前が刻まれた二つの墓の周りは血に染められ、十数人の男達が血を流しながら無惨に倒れていた。
その光景はまさに凄惨、地獄絵図だった。
墓にも血がべっとりとついていた。
「おい、何があった」
リーダーは辛うじて意識が残っていた手下の一人の髪を乱暴に掴んだ。
「ヴ……ヴェロスに……やられました……」
「ヴェロスだと…… !?」
リーダーは手下から説明を受け、理解した。
十数人の手下達が洞穴の近くでヴェロスを襲い、手負いに追い込んだものの全員返り討ちにあったということを。
本来魔王軍幹部クラスが彼等に苦戦するなどありえなかった。
だがリーダーはヴェロスが何らかの理由で弱体化していることを察した。
それでも部下を全滅させるだけの力があるのは確かだが。
「このお礼はたっぷりとさせてもらうぜ」
リーダーは手下を叩き付けるとニヤリとほくそ笑んだ。
一方ヴェロスは孤児院の先生であるカナンに助けられ、暫く孤児院で世話になることになった。
庭には大きな遊具があり、子供達が無邪気に戯れていた。
ヴェロスはその様子を体育座りしながらボーっと眺めていた。
「ヴェロス、もう落ち着いた…… ?」
カナンはヴェロスに話し掛けた。
ヴェロスは無表情で素っ気なく答えた。
「ああ……」
カナンはヴェロスの隣に座った。
ヴェロスは子供達に興味があるのか、じっと見つめていた。
「あの子達はね、魔族や魔獣に親を殺されたり、病気で亡くしたりしてるの………本当は辛くて寂しいのを、笑顔で振る舞ってるの……」
カナンは寂しそうな目で語った。
「私も……大切な仲間を失って……独りぼっちになって……何日も塞ぎ込んでた……だけどこのままじゃいけないと思って……せめて同じ辛さを抱える子供達の力になりたいと思って……私は先生になったんだ」
「そうか……」
ヴェロスは子供達を見つめながら静かに言った。
そこへ、一人の子供がヴェロスの元に駆け寄った。
「ねえお兄ちゃん、一緒に遊ぼうよ」
子供は無用心に手を差し伸べた。
カナンは一瞬警戒し、身構えた。
まだヴェロスのことを完全に信用したわけではない。
いつまた牙を向くか分からないからだ。
「いいぞ」
ヴェロスは微かに微笑むと子供の手を取り、遊具に向かっていった。
「嘘……」
カナンは唖然としていた。
ヴェロスは弟を世話する兄のようにあっという間に子供達の輪に入り、溶け込んでしまった。
子供達に向けるキラキラと輝く笑顔は嘘をついているように見えなかった。
「やっぱり……あの時とは違う……」
カナンは黙って子供達と戯れるヴェロスを見守っていた。
夕暮れ、遊び疲れた子供達が昼寝をしている中、ヴェロスは窓際で黄昏ていた。
カナンはそんな彼の側に近寄った。
「子供のあやし方上手だったね……」
「俺には……弟達が居たからな……」
「いた…… ?」
ヴェロスは子供達の寝顔を眺めた。
「丁度こいつらと同い年くらいだったな……」
ヴェロスは弟達のことを静かに語った。
二人の弟の為に人里降りて食べ物を盗みながら生活をしていたこと、そして人間に弟達を殺されたこと……。
「あの日……二人の弟を失ってからの記憶が……無い……思い出せないんだ……」
ヴェロスは悲しそうに頭を抱えた。
つまり今のヴェロスは時間が止まっている状態だ。
心は幼い弟の面倒を見ていた少年の頃のまま……。
魔王軍幹部として悪事を働いていた記憶は今のヴェロスには無い。
当然カナンの仲間達を手にかけた記憶も無い。
だがそれを聞いたカナンは沸々と怒りが込み上げてきた。
ヴェロスによってカナンの仲間達は殺された。
その他にも多くの人間がヴェロスによって殺されている。
だが当の彼はそのことを都合良くスッポリ忘れてしまっていた。
あれだけ多くの命を奪い、彼女の人生を台無しにしておいて悲劇の主人公のように振る舞っているのが許せなかった。
「…… !」
本当は今すぐ殺したかった。
全身を怒りで震わせ、拳を強く握り、大きく振り上げた。
だが、ヴェロスの背中を見て、すぐに拳を下ろした。
「辛かったんだね……貴方も……」
カナンは元々優しい性格だ……。
誰かを傷付けることを好まない。
復讐なんて彼女には似つかわしくない。
結局今のしおらしいヴェロスの姿を見て、怒りはすぐに消えた。
彼もまた、大切な人を失っている……。
それに、子供達が彼を慕っている……。彼等を悲しませなくはない。
カナンは複雑な感情を抱いていた。
「なあ……俺はどうすれば良いんだ……弟達のいないこの世界で……どうやって生きていけばいい……」
「そ……それは……」
答えは簡単には出なかった。
カナンも仲間を失ってからどう生きていくべきか、その答えを得るのに随分時間がかかった。
「多分……もう一度……大切な人を見つければ良いんじゃないかな……」
「大切な……人…… ?」
カナンは微笑みながら答えた。
「大切な人を見つけて、その人を守るために生きてみるとか……私も冒険者の皆が死んじゃった後、この孤児院の子供達を守りたいって思うようになったから……」
「そうか……」
ヴェロスはそれを聞いて少し背中が軽くなったのか、微かに安堵の表情を浮かべた。
パリィン
だがその時、突然窓ガラスに石が投げられ、四方八方に飛び散った。
子供達は目を覚まし、怖くて皆泣きわめき出した。
「皆落ち着いて !大丈夫だから !」
必死に宥めるカナン。
ヴェロスは石を投げた者達の正体を察し、すぐに部屋を出て外へ向かった。
「ヴェロス !?」
カナンは他の先生に子供達を任せ、ヴェロスの後を追った。
孤児院の周りには数十人の柄の悪い男達の集団が集まっていた。
ヴェロスは外に出て、彼等と対峙した。
「貴様ら……何の用だ……」
ヴェロスは鋭く睨み、警戒心を強めた。
カナンもすぐにヴェロスに追いついた。
「ほう、アンタが憤怒の災厄のヴェロスか……お会い出来て光栄だぜぇ」
リーダーらしき男がニヤニヤしながら前に出てきた。
両者の間に緊迫した空気が張り詰められた。
To Be Continued




