第百七十七話・ヴェロスとカナン
長い眠りから目を覚ましたヴェロスは天井を見上げ、見知らぬ部屋に居ることに気付いた。
「ここは……」
ヴェロスは少しボーっと考え事をした後、何かに駆られるように窓を突き破り、何処かへ行ってしまった。
「ケイン……ルウ……」
ヴェロスはうわ言のように呟きながら風のように走り、町を駆け抜け、かつての故郷に向かっていった。
「そんな……ケイン……ルウ……」
まだ10代前半だった頃、ヴェロスは小さな洞穴に隠れ住んでいた。
ヴェロスはそこで二人の弟達に盗んだ食べ物を食べさせていた。
もう戻ることのない遠い日の記憶……。
「あ……あぁ……」
ヴェロスは洞穴の近くに立てられた、二人の名前が刻まれた墓を前にして落胆し、膝をついた。
だいぶ昔に立てられたせいか、墓には苔が生えていた。
今のヴェロスに魔王軍に居た頃の記憶は無かった。
彼の中に残されていたのは弟達と過ごした思い出だけだった。
心は弟達と過ごした少年の頃のまま……。
ヴェロスは墓を見て、弟達はこの世にはいないことを思い知った。
「そうか……ケインも……ルウも……殺されたんだ……俺のせいで……」
ヴェロスは墓の前で泣き崩れた。
そこにはかつて人間達を恐怖に陥れた冷酷な魔王軍幹部の姿はなかった。
その背中は小さく、まるで少年のようだった。
「へぇ~お兄さん、こんな所で何やってんだ ?」
泣き崩れるヴェロスの周りを謎の集団が現れ、あっという間に包囲した。
「誰……だ……」
「お前、憤怒の災厄のヴェロスだろ ?」
戸惑い、怯えるヴェロスに男の一人はニヤニヤしながら問い掛けた。
「俺は、そんなの……知らない……」
ヴェロスは必死に首を横に振り、否定した。
今の彼には魔王軍の時の記憶が無いのだ。
「惚けんじゃねぇ !よしお前ら、こいつぶっ殺して首をギーラ様に差し出そうぜ !」
男達は頷くと一斉にヴェロスに襲い掛かった。
町外れにある、身寄りの無い子供達が暮らしている小さな孤児院。
魔族や魔獣、盗賊に家族を奪われた何十人もの子供達が預けられていた。
その中に、子供達の面倒を見ている一人の先生が居た。
彼女の名前はカナン。
実は元冒険者で職業は魔法使いだ。
かつて勇者のパーティーに入り、冒険をしていたがとある魔王軍に襲われ、仲間を全て失ってしまったのだ。
精神を病み、診療所で治療を受けていたが、最近完治したらしい。
自分と同じ大切な人を失った子供達の支えになろうと冒険者をやめ、孤児院で働くことを決めたのだ。
仲間の死を乗り越え、カナンは新たな人生を歩んでいた。
「今日も良い天気ね」
カナンは玄関前で掃除をしていると一人の男がフラフラしながらやって来るのに気付いた。
「誰…… !」
カナンは元冒険者と言うこともあってか即警戒し、箒を武器のように身構えた。
魔法使いであった彼女は箒を媒介にして魔法を放つことが出来る。
「ケイン……ルウ……」
男は呻き声を上げながら近付いてきた。
彼の身体中は傷だらけで血にまみれていた。
満身創痍で意識は朦朧としていた。
「貴方……怪我してるの…… ?…… !」
カナンは男の顔を見つめ、気付いてしまった。
この男こそが、大切な仲間の命を奪った張本人であると。
彼女の中に、今まで抑えていた憎しみの感情が膨れ上がった。
今すぐこの男を殺したい、そんな衝動に駆られそうになった。
だが……。
ドサッ
男はカナンにもたれ、気を失った。
「ちょ、ちょっと…… !」
困惑するカナン。
目の前で倒れられ、彼女から興が削がれてしまった。
彼女は元々気弱でお人好しの為、気を失ったこの男を見捨てることは出来なかった。
仕方無く、この男を中に入れることにした。
「うっ……ここは……」
男は気が付くとベッドの中にいた。
全身に負った傷は嘘のように消えていた。
「……気が付いた ?」
カナンは目を覚ました男に声をかけた。
「……君は……」
男はカナンに気付き、怯えた表情で身構えた。
カナンは愛想笑いを浮かべた。
「怖がらなくていいよ、私は倒れた貴方を助けただけ……ほら、もう痛くないでしょ ?」
男の身体を治したのはカナンの治癒魔法だった。
「私の名前はカナン……この孤児院の先生よ、貴方は ?」
「……俺は……ヴェロス……」
男は恐る恐る名乗った。
「ヴェロス……」
カナンは小声で呟いた。
この男こそが、彼女のパーティーを全滅させた元凶……。
彼女の目は鮮明に覚えていた、ヴェロスが目の前で仲間達を惨殺した光景を。
だが今の彼からはあの時感じた冷酷さを微塵も感じなかった。
まるで怯える子供のように警戒していた。
彼女のことも一切覚えていないようだった。
カナンは一端復讐を忘れ、様子を見ることにした。本当に殺すべき憎き仇なのか見極める為に。
もし本性を現したらすぐに殺す。
そうしなければここにいる子供達が危険な目に遭う。
カナンは笑顔で手を差し伸べた。
「ヴェロスくん……ここで会ったのも何かの縁、宜しくね」
「あ……ああ……」
ヴェロスは辿々しくカナンと握手を交わした。
カナンとヴェロス……。この二人の再会が新たな波乱を巻き起こすことになる。
To Be Continued




