第百七十四話・リトの記憶の物語
魔界から帰還した私達はエルサの家で祝杯を上げ、朝まで飲み明かした。
私はまだ未成年なのでお酒の替わりにリリィ特製のトマトジュースを飲んだ。
絞りたてのようで甘酸っぱくて美味しかった。
皆羽目を外し、いつも以上に賑やかに馬鹿騒ぎし、夜を楽しんでいた。
朝日が昇り、小鳥の囀ずりが聞こえてきた。
皆はイビキをかきながら床の上で深い眠りについていた。
「ん……あれ……」
皆がぐっすり眠ってる中、私だけ目が覚めてしまった。
「おはようございます、主……」
床に転がっていたランプの中のリトが爽やかな声で私に挨拶をした。
「おはようございます、リト」
私は微笑みながらランプを拾い上げた。
こうやってリトと朝を迎えられるなんて奇跡だ……。
私は朝の光を浴びながら窓の外に写る青空を眺めていた。
「あの……主……」
「何ですか ?」
リトはソワソワしながら私に声をかけた。
「主に……話したいことがあるんです」
「話って…… ?」
リトは少し緊張している様子で、深呼吸をした。
「私は……スケルトンキメラの体内に取り込まれていた間……思い出したんです……記憶を……」
「え…… !?」
リトは私に召喚されるまでずっと眠りについていたせいか、記憶を無くしていた。
だが度重なる実体化を経て、少しずつだが自分が何者なのかを思い出していったのだ。
そして因縁深い魔王の中に入ったことで完全に記憶を取り戻したようだ。
「主に……全てを話そうと思います……私の……イフリートの記憶について……」
「そんな……無理して話さなくても良いですよ……」
「そうはいきません 」
手を横に振る私をリトは黙らせた。
「これは私なりのケジメです……私と魔王の因縁が貴女を巻き込んでしまった……。その責任として、貴女に打ち明けようと思います……ご無礼を承知の上で、どうか聞いてくれませんか……」
「わ……分かりました……」
リトなりの覚悟があるのだろう……。
魔王との因縁……魔人の力……おばあちゃんが何故ランプを持っていたのか……。
ずっと気になっていたリトの過去……私は、リトがどんな過去を持っていようと、受け止めるつもりだ。
「では聞いてください……」
リトはゆっくりと口を開き、自らの過去を語り出した。
数千年前……私は魔人では無く、精霊の森に住む、争いを好まぬ火の精霊でした。
私は他の精霊達と共に、静かで平穏な日々を送っていました。
しかしある日……。
「我らは魔王軍……いずれ世界を掌握する者……精霊達よ……我が軍門に下るが良い !」
ある日、魔王軍が精霊の森に侵攻してきたんです。
精霊達は私を含め特殊な力を秘めている……それを狙ったんでしょうね……。
私達は必死に抵抗しましたが魔王軍の数は多く、仲間達は次々に散っていきました……。
私は最後まで戦いましたが魔王の圧倒的な力の前に敗れ、捕虜にされました。
「お前は純粋で何者にも染まらぬ穢れのない存在……我からの贈り物だ……受けとるがいい……」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ !!!」
私は魔王に闇の魔力を無理矢理注がれました。
高潔な精神が汚染され、神聖な精霊から穢れた魔人へと変わり果ててしまったのです。
魔王の側近となった私は魔王に命じられるがまま、自らの故郷である精霊の森を自らの手で焼き払い、同胞達を皆殺しにしました。
それから私は魔王軍に敵対する種族を次々に焼き殺しました。
同胞や他の種族の人達を殺すうちに、やがて心は壊れ、完全に魔王の道具になっていったある日……。
「君、魔王の側近なんだってね?私と手合わせしてほしいな」
私の前に一人の剣を携えた少女が現れました。
彼女は金色に輝く髪が特徴で穢れのない明るく前向きな少女でした。
恐らく私の悪行を聞き付けて退治しにやって来た冒険者なんでしょう……。
「はぁぁぁぁぁ !」
「うおおおおお !」
私は魔王軍の側近として彼女と死闘を繰り広げました。
勝負は互角のまま、互いの体力が尽きるまで続きました。
「はぁ……はぁ……やっぱり君強いね……だけど……何処か無理してる感じがする……」
「無理……なんてしてませんよ……」
少女と私は互いに死力を尽くし、仰向けに寝そべりながら会話をしました。
「君に殴られた時、痛みを感じたんだ……」
「痛みですか……殴られたら痛いのは当たり前でしょう ……」
少女の言葉を私は馬鹿にしたように笑いました。
「違うよ、君の痛みだよ……君は泣きながら戦ってた……」
少女は私の瞳を深く見つめていました。
私は意外な言葉を投げ掛けられ、思わず瞳孔が開きました……。
「私は君を救いたいんだ……嫌なことをいっぱいさせられて、心が磨り減った君のことを……」
少女は屈託のない笑みで私に言いました。
まるで彼女に心を見透かされているようでした。
「救い……救われる資格なんて……私にはありませんよ……私は、同胞や、他種族を……数え切れない程殺してきました……私なんて……」
その時、突然少女は仰向けの私に馬乗りになりました。
「自分が全部悪いって思い込んじゃ駄目だよ !このままじゃ君は自分をずっと殺しながら生きていくことになる !」
少女の目に涙が溜まっているように見えました。
「大丈夫……人はね、失敗をしても、罪を犯しても、頑張って生きていれば、きっとやり直せるよ……私も沢山失敗して来たから」
少女は笑顔を浮かべながら私に言いました。
私はこの時、見ず知らずの少女の言葉に心を救われました。
魔王の傀儡となって故郷を裏切った……そんな私を認め、許してくれる人がいる……。それが分かっただけで、心の重荷が軽くなりました。
私を救った少女の名はジャスミン……。世界を旅する勇者でした。
彼女との出会いが、私の人生を大きく変えたのです……。
私は彼女と友達になりました。
勇者と魔人は手を組み、魔王軍から離反しました。
私達は勇者のパーティーとして冒険しました。
外の世界は刺激的で、彼女との旅はとても楽しかったです。
ジャスミンは御守りとして、魔法のランプを肌身離さず持ち歩いていました。
祖母から貰った、大切な贈り物のようでした。
やがて戦争を仕掛けた元凶である魔王軍と戦うことになりました。
彼女の使命は魔王を倒して世界を救うこと……私は自分の人生を翻弄した魔王に復讐する……互いの目的の為に命をかけて戦いました。
そして幾多の魔王軍を蹴散らし、私達は魔王城に乗り込み、遂に魔王サタンと対峙し、激闘を繰り広げました。
しかし……。
ザァンッ
「ジャスミン !」
「フハハハハ !その程度の力で我に挑んでこようとは……選ばれし勇者とやらも我の前ではただの人間 !無力なものよ !」
魔王の攻撃から私を庇い、ジャスミンは致命傷を負ってしまったのです。
「ジャスミン…… !うぅぅ……うおおおおおおおおおお !!!」
無敵で、絶対に倒れることの無かった彼女が目の前で倒され、私は激情に駆られ、魔王によって与えられた闇の力を暴走させてしまいました。
魔人形態となった私は我を忘れ、周りを省みずに暴れ狂い、魔王を圧倒しました。
「くぅ…… !この力……流石我が魔王の力を宿してるだけあるな…… !」
「手こずってるようだな、手伝うか ?サタン……」
苦戦する魔王サタンに六人の魔王が助太刀に入りました。
しかし七人の魔王が揃っても暴走した私には勝てませんでした。
追い詰められた七人の魔王は融合し、超大魔獣セブンスキメラに変身し、戦いは苛烈を極めました。
「うおおおおおおおお !!!」
激闘の末、私は全ての力を出しきり、満身創痍になりながらもセブンスキメラを倒しました。
ジャスミンは致命傷を負いながらも勇者の光で七人の魔王の魂を永久に封印しました。
しかし、代償として彼女は己の記憶を無くしてしまいました。
勇者として旅をしていた記憶、私との思い出も、彼女には残りませんでした。
しかし悲しんでる暇はありませんでした。激しい戦いによって魔界は崩壊寸前でした。
理性を取り戻した私は咄嗟に魔王が持っていた空間転移結晶を使い、ジャスミンと共に魔界とは別の世界に転移しました。
私達は全く見知らぬ世界に飛ばされ、気が付くと緑豊かな森にいました。
私はすぐに胸に抱いていたジャスミンの状態に気が付きました。
「ジャスミン !しっかりして下さい !」
私の腕の中でジャスミンは衰弱し、息絶えようとしていました。
「死なないで下さい !貴方は伝説の勇者にして、私の友達なんですよ !私を独りにするつもりですか !」
私は必死に呼び掛け、残された魔力の全てを捧げ、彼女の傷を癒しました。
「貴方は……」
「ジャス……ミン……良かった……本当に良かったです……」
目を覚ました彼女を私は涙を流しながら抱き締めました。
彼女の記憶は戻りませんでしたが、一命はとりとめました。
しかし、その代償はあまりにも大きすぎました。
私は生命を維持するだけの力を使い果たし、私の体は光の粒子となって天に召されようとしていました。
「待って……何処へ行くの…… ?」
「ジャスミン……さようならです……もっと貴方と居たかったんですが……どうか、この新しい……世界で……元気に生きてください……」
「待って…… !お願い…… !行かないで !」
ジャスミンは私のことを覚えていなくとも、私が大切な存在だったということを潜在的に覚えてくれていました。
彼女の必死な祈りがランプに光を灯しました。
私は彼女の持っていたランプに吸い込まれ、体が癒えるまで深い眠りにつきました。
彼女の御守りが、私を救ってくれました。
「……君が誰なのか……思い出せないけど……ずっとそばにいてくれたんだね……ありがとう……」
ジャスミンは涙を流しながら、ランプをぎゅっと抱き締めました。
ジャスミンが生きている間に私が目覚めることはありませんでした。主……「安住若葉」という少女に召喚される日まで……。
勇者としての記憶を失い、普通の少女となったジャスミンはその後、死ぬまであの世界で生きたと思われます……。
それが本当に幸せだったのか、私にはわかりません……。
リトは語り終えると静かに息を吐いた。
私は言葉が出ず、黙ってランプを見つめていた。
「私が思い出したのはここまでです……」
リトは切ない声で言った。
「私は数え切れない罪を置かしてきました……故郷を裏切り、同胞を殺し……挙げ句に自分を救ってくれた恩人……友達を守ってあげられなかった……どうしようもない男です……私は……」
リトは乾いた笑いしながら自虐した。
「それでも私は……今の主を守りたいと思っています……例えこの手が血で汚れていようとも……どれだけ失敗を重ねても……これ以上大切なものを失いたくない……そんな気持ちがより強くなりました……」
リトの口調は真剣で重く、覚悟に満ちていた。
「こんな過去を持っている私ですが、それでも一緒に居てくれますか ?」
「当たり前ですよ……リトはいつも私を守ってくれた……それは変わりません……」
私は微笑みながらランプを包み込むように抱き締めた。
「改めて……これからも宜しくお願いします……リト」
「主……」
リトは自分のことをどうしようもない男と言ったが私はそうは思わない。
確かに沢山の人を殺した悪人なのかも知れない。
でもリトはたった一人の少女の為に命を張っただけの普通の男の子だ。
それは今も昔も変わらない。
窓から溢れる朝の光が私とリトをいつまでも照らし続けた。
私とリトの冒険は、これからも続いていくだろう……。
いつか、私の世界に帰る、その日まで……。
To Be Continued
皆さん、こんにちわ、作者の烈斗です。
この回にて魔王城編の完結です。
予想以上に長かったです……年内に終わってホッとしました。
次回からは新章「ケルベロスの逃走編」が始まります。
これからも宜しくお願いします!




