第百五十九話・魔王の兆し
エルサの渾身の一撃により、魔導師デビッドは遂に倒れた。
致命傷を負い、仰向けになったデビッドは指一本動かすことができなかった。
「終わったよ……ルーシー……」
エルサは険しい表情から慈愛に満ちた穏やかな表情へと変わった。
重荷から解放されたように緊張が解け、エルサはよろめき膝をついた。
「ハハハ……長年追い続けていた仇をこの手で倒したというのに……何というか……実感が湧かんな……」
エルサは渇いた笑い声を上げた。
そして寝ているルーシーとシュヴァルの元に駆け寄った。
「おい、ルーシー……起きろ」
「う……お姉……ちゃん……」
微かに目を覚まし、寝ぼけた声で呟くルーシーをエルサは強く抱き締めた。
「終わった……終わったんだ……ルーシー……」
エルサは目に涙を浮かべていた。
「……ありがとね……お姉ちゃん……」
心の底から安堵する姉の姿を見て全てを理察し、ルーシーは微笑みながら抱き返した。
長年苦しめられた彼女の心も救われたようだ。
何はともあれ、これで四天王は全員倒れた。残るは魔王のみだ。
その頃、魔王の玉座ではミーデが魔法のランプを始めとする今まで集めた神器を玉座の前に円を描くように並べていた。
魔王復活の儀式の準備だ。
「魔王様、回収済みの神器を全て持ってきました」
ミーデは魔王の椅子に向かい、膝をつき、頭を垂れた。
「ミーデ、ご苦労だったな……それにしても興味深い……見よ」
魔王の椅子に飾られた剣の中の魔王は微笑み、剣に装飾された宝玉から映像を映し出した。
「魔界四天王が全滅した……ただの魔族の集団だと侮っていたが、ここまでやるとはな……まさかデビッドまでやられるとは……」
「デビッド様まで……!」
ミーデのショックは大きく、激しく狼狽していた。
デビッドの敗北はミーデにとって衝撃だったようだ。
「だが案ずるな……儀式さえ完了すればあの程度の連中、どうということはない……まあその儀式は完璧ではないが……奴等を消し去るだけの力は戻るだろう……ミーデよ、貴様に命令を下す、イフリートの召喚士をここに連れてこい」
「かしこまりました、魔王様」
ミーデは頭を下げると、影と同化し、地中へと潜っていった。
「幹部達も全滅し、四天王も敗れ、いよいよ後が無くなったようですね魔王様」
ミーデが去った後、ランプのリトが嘲笑気味に魔王に嫌みを言った。
「ふん、口だけは達者なものだなイフリートよ」
魔王は特に怒ることもなく、軽く流した。
「間も無くミーデがあの小娘を連れてくる……小娘がいなければ貴様を呼び出すことが出来ず、儀式が行えないからな」
「その前にヴェルサード達が助けに来ると思いますがね」
「どうかな……今の我は剣を器としているが、並の魔族では触れることすら出来ん……」
魔王とリトとの間に、ピリピリと不穏な空気が流れた。
「どちらにせよ、貴様は我の肉体を復活させる為の生け贄に過ぎん……黙ってみているが良い」
「私はその最強の魔人ですよ、その程度の役割で終わるはずがありません」
「粋がるな小者が……貴様に力を与えてやったのはこの我だぞ ?」
「ぐっ……」
魔王は下卑た笑い声を上げた。
「確かに……僅かながら覚えがあります……貴方から無理矢理力を与えられたという忌々しい記憶が……脳を過りますね」
「ほう、そこまで思い出したというのか」
リトが魔王から力を与えられたことを思い出したのはかつて竜族と戦っていた時だった。
目の前でワカバを傷つけられ、激昂し、闇の力を暴走させ、魔人形態へと姿を変えたのだ。
「貴様は運命には逆らえない……一度起きたことは決して変えられない……貴様の中に宿った闇は決して消えることはないぞ」
「残念ながら自分の闇とはとっくに和解してますがね」
リトは得意気に言い放った。
「まあ良い……いずれ貴様も思い知るだろう……」
魔王は静かに天井を見つめ、黄昏始めた。
儀式が始まるのをじっと待ちながら……。
城内での戦闘が苛烈を極める中、私は自分の部屋から一歩も動けずにいた。
皆それぞれ戦ってる……私だけのんびり待っているだけなんて出来ない……リトだって今頃魔王にどんな目に遭わされてるか分からない。今までリトは幾度も私を助けてくれた……今度は私が助ける番だ…… !
私は意を決し、遂に行動に移った。
To Be Continued




