第百二十六話・あの頃のように
ルーシーに魔力を吸い尽くされ、遂に倒れてしまったエルサ。
ルーシーは動けないエルサに対して剣を抜き、とどめを刺そうとした。
「さようなら……お姉ちゃん……」
剣を振り下ろし、エルサの後頭部を突き刺そうとした瞬間……
「うっ……頭が…… !?」
突然ルーシーは苦しみ出し、頭を押さえた。
「頭の……中に……流れ込んでくる…… !」
エルサの魔力を大量に吸収したことで、エルサの記憶がルーシーの脳に断片的に流れてきた。
「う……これは……お姉ちゃんの……記憶なの…… ?」
ルーシーは激しい頭痛に襲われ、剣を手から落としてしまった。
彼女が垣間見たエルサの記憶……。
魔獣に村を焼かれたあの日、ルーシーの手を掴み、小さな足で必死に走った、幼き日のエルサ。そしてエルサは、その手を離してしまった。
やがて1人になり、行き倒れていた所をオーガの女に拾われた。
妹を救えなかった己の弱さを悔やみ、憎んだ。
そして魔獣に復讐する為、オーガの里で修行を重ね、血の滲むような努力をして腕を磨き上げた。
「そんな……僕の記憶と違う……お姉ちゃんは……僕を捨てたんじゃ……」
月日が流れ、エルサは町に出ると騎士として戦い、魔獣を倒し続けた。
その後、オーガの里でルーシーと再会した。エルサは複雑な思いを抱いたが、本当は心の底から嬉しかった。
妹が生きていてくれたことを……。長年抱えていた重荷から解放されたような気がした。
「僕のことを……そんな風に思っててくれてたなんて……」
ルーシーは本当の記憶を取り戻した。エルサがルーシーを失ってからどんな思いで今まで生きてきたのか、姉が歩んできた道を知ってしまった。
彼女が信じてきたことは、デビッドによって植え付けられた、偽りの記憶に過ぎなかった。
「僕は……なんてことを……はっ !?」
やがてルーシーの頭痛は治まった。すぐにルーシーは背後の気配に気が付き、戦慄した。
後ろを向くと、フラフラになりながらもゆっくりと立ち上がったエルサの姿があった。
「嘘……魔力を限界まで吸い尽くしたのに…… !」
エルサに残された魔力は空だ。
それでも気力と根性だけでなんとか立ち上がったのだ。
心身共に衰弱し、指一本で押せば倒れてしまいそうな程で、立っているのもやっとな状態だったが、ルーシーはエルサの放つ気迫に圧倒され、たじろいでいた。
「ひっ…… !」
エルサはじりじりと距離を詰める。
ルーシーは怯えながら後退りをした。
そしてエルサは拳を強く握り、豪快に振り上げた。
ルーシーは恐怖で目を瞑った。
「……ん ?」
ルーシーは恐る恐る目を開くと、エルサは力強くルーシーを抱き留めていた。
「……お姉ちゃん……」
エルサはルーシーを抱き締め、涙を流していた。
「……許して欲しいなんて思わない……いくらでも恨んでくれていい……だけど……これだけは伝えたい……生きててくれて……ありがとう……」
エルサは掠れた声で優しく囁いた。
ルーシーはその言葉を聞き、涙が目から溢れた。
「何で……何で…… !僕……お姉ちゃんに沢山酷いことしたのに……何で…… !」
ルーシーはエルサの温かい言葉に触れ、戦意喪失し、エルサの胸の中で子供のように泣き叫んだ。
「うっ……ああああああああっ!!!」
エルサは泣きじゃくる彼女の頭を優しく撫でた。
暫く経って、ルーシーは泣き止んだ。
目の下が真っ赤に腫れていた。
「落ち着いたか…… ?」
「うん……」
「お姉ちゃんこそ……大丈夫 ?」
ルーシーは優しいトーンでエルサを気にかけた。
「問題ない……少し休めば良くなる……」
エルサは気力も体力も尽き、ルーシーの膝を枕にし、頭を乗せて休んでいた。
「お姉ちゃん……僕これからどうしよう……」
ルーシーはエルサに対して、不安を吐露した。
デビッドに拾われ、半ば洗脳されていたとは言え、魔王軍の幹部として、数え切れない程の罪を犯し、多くの人達を傷付けてきた。
その罪悪感が今になって沸き上がってきた。
「生きてさえいれば……罪を償うことは出来る……君が全て悪いんじゃない……君の罪は私の罪でもある……」
エルサは掠れた小さな声で呟いた。
「一緒に償って行こう……そして共に生きるんだ……今度こそ、姉妹二人で……」
「お姉ちゃん……」
少しホッとしたのか、ルーシーは胸を撫で下ろした。
エルサはルーシーに向かって微笑んだ。
少しずつだが、かつて仲の良かった姉妹に戻りつつあった。
「ちっ……ルーシーも陥落したか……いよいよ残ったのは俺1人になったな」
エルサ達の様子を眺めながら、ヴェロスは呟いた。
「はぁぁぁ !」
ズバッ
「くうっ !」
私は余所見をしているヴェロスの隙を突き、首筋を斬りつけた。
ヴェロスの首に切り傷が残った。
「戦闘中に余所見しちゃだめですよ !」
さっきのお返しだ。
「貴様……良い度胸だな……」
ヴェロスは鋭い目付きで私を睨み付けた。
まずい……怒らせてしまったかも……。
「憤怒の災厄も俺だけになってしまったが、まあ良い……刃向かう者全て俺1人で葬れば済む話だ……」
ヴェロスはそう言うと腰を低く落とし、野性味溢れた獣のような構えを取った。
「イフリートの力無しで何処まで張り合えるか、遊びに付き合ってやろう」
ヴェロスは余裕綽々な表情を浮かべた。
私は深呼吸をし、ゆっくりと剣を構えた。
エルサは魔力を消耗し、暫く動けない。リトも呼び出せない。
今戦えるのは、私だけ……。
正直怖いし、泣きそうになるくらい震えてる。それでも戦私がわなくちゃいけないんだ。
皆を守る為に……。
いよいよ憤怒の災厄最後の1人……ヴェロスと決着をつける時が来た。
To Be Continued




