第百十三話・白銀の世界
コロナとクロスは水晶を頼りにとある小さな集落へと赴いた。
この地に憤怒の災厄の一人がいるらしい。
「なんか、寒いね……」
「ああ……」
コロナはフードを深く被り、寒さに震えていた。
この辺は異様に気温が低かった。
季節外れの雪が降り積もったのか、辺り一面銀世界と化していた。
「やはりおかしいぞコロナ、こんな時期に雪なんて、不自然すぎる」
「そうだね……」
白い息を吐きながら、コロナは雪に触れた。
「つめたっ !」
「おいおい、素手で触るなよ」
「ごめんごめん」
コロナの手は赤く腫れた。
「とにかく、ここの集落の人に話を聞いてみようよ」
「そうだな」
だがどれだけ歩き回っても、一人も見かけなかった。
不気味なまでの静けさ……。小鳥のさえずりさえ聞こえない、まるでゴーストタウンのようだ。
「やはりおかしいぞ、人っ子一人いやしないなんて」
「うん……」
二人の違和感は確信に変わりつつあった。
もしかしたら憤怒の災厄の仕業に違いない……。
「所で……誰かに見られているような気がするんだけど……」
何者かの視線を感じたのか、コロナはあちこち見回した。
「いや……誰も居ないが……寒さのせいじゃないか ?」
クロスは気にもとめていなかった。
コロナ達は暫くの間、辺りを探索していた。
「あ !クロス !人だよ !」
コロナはうずくまって泣いている少女を見つけた。
「うぅ……寒いよ……助けて……」
少女は顔が真っ青で唇が紫色になり、震えていた。
「大丈夫 ! ?」
コロナは少女の肩を揺さぶった。
「教えてくれ、ここで何があった ?」
クロスは少女に問いかけた。
少女は掠れた声で答えた。
「突然村に……女の人がやって来て、あっという間に冬になって……皆凍らされたの……」
少女は泣きじゃくり嗚咽をもらした。
「ねえ、クロス……これって……」
「ああ、間違いない……やつだ」
二人はすぐに憤怒の災厄の一人を思い浮かべた。
氷を操る女……アイリだ。
コロナはアイリと一度戦ったことがあるが、敵の氷属性の魔力は強大でコロナの魔力とは天と地程の差があった。
「この集落は既にやつによって支配されてしまったようだな……」
「ひどい……」
コロナとクロスは改めて集落全体を見回した。
「あ、あなた達も気をつけて…… !あの女の人はき……」
少女は突然口を開かせたまま固まった。
「どうしたの !?」
「あ……あ……」
少女の体に異変が起こった。
肌が青白く染まり、氷が身体中に絡み付くように侵食していく。
「た……たすけ……」
必死に手を伸ばすも、少女は瞬く間に氷漬けになってしまった。
「そんな…… !」
目の前で一人の少女が氷漬けにされ、コロナはショックを隠せなかった。
「あら、またお会いしましたね」
呆然と固まっているコロナ達の前に、和服を着た美しい女が現れた。
彼女こそが、この集落を極寒の地へと変えた張本人・雪女のアイリだった。
「わざわざ私を倒すためにこんな所までやって来たんですか ?ご苦労様です」
「貴様こそ、何故集落を襲った !」
クロスは鋭い目付きで睨み、アイリに問いかけた。
「何故って……そんなの決まってますよ、この白く美しい雪で覆われた、白銀の世界こそが、私にとって戦いやすいフィールドなのです」
「なんて女だ……その為に多くの人間を犠牲にするなんて……」
「こんなの……ひどい……ひどすぎるよ !」
コロナは怒りを静かに燃やした。
「クロス……私、この人を倒して、集落を元に戻して見せる !」
「ああ、その意気だ !」
コロナは杖を構えた。
クロスも翼を広げ、威嚇の体勢に入った。
「この前のリベンジというわけですか……良いですよ」
雪が降り積もる極寒の地で魔王軍幹部のアイリとの戦いが始まった。
「はぁぁぁぁぁ !」
コロナは杖を振り上げ、アイリを攻撃した。
エルサに習い、杖を直接剣のような武器として扱えるようになったのだ。
「剣術も心得ているようですね、では私も……氷剣 !」
アイリは氷で出来た半透明の剣を無から作り出し、応戦した。
カキィン
ぶつかり合う、杖と氷の剣。
杖を強く握り、細く小さな腕で一生懸命振るうコロナ。
だがアイリの方が優勢だった。
コロナは遠距離魔法が得意だが近接攻撃ではやはり劣ってしまう。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ !」
クロスは空中から下降し、脚をばたつかせ、その爪でアイリを引っ掻いた。
「くっ……小賢しいカラスですね…… !」
アイリは氷の剣を盾にし、クロスの爪の攻撃を防いだ。
「今だ !穿孔疾風 !」
コロナはアイリの隙を突き、四大元素魔法の一つ、風の魔力を発動させた。
小さな風の弾を複数出現させ、ドリルのように鋭く回転させ、アイリを襲わせた。
「きゃああああ !!!」
風のドリルが無防備な腹を貫き、アイリの体の一部はガラスのように割れ、飛び散った。
アイリは地面を転がった。
「よくやったぞ、コロナ」
「うん !」
だが、地面に転がりながらも、アイリは不気味に口角をつりあげた。
「私は雪女ですよ……つまり、雪がある限り、私は無敵ということです……」
突然吹雪が巻き起こった。
「うっ !」「きゃっ !?」
急な異常気象に、たじろぐ二人。
その時、アイリの体に変化が起こった。
彼女の砕けた体の一部がコチコチに凍り、瞬く間に再生したのだ。
「私の体は氷で出来てます……つまり、気温の低いこの地にいる限り、私はいくらでも再生出来るということです」
アイリは完全に回復し、立ち上がった。
天候を自在に支配する女……アイリ。
まさに災厄の名にふさわしい存在だ。
「そんな……」
「おいたが過ぎましたね……あなた達も、この集落の人間達のようにしてあげます !」
アイリは両手を広げ、水色のオーラを放った。
吹雪が一層強く吹き荒れ、コロナとクロスは必死に抵抗し、腕で顔を覆った。
「さあ、永遠に凍りなさい !白銀の永劫 !」
アイリの手のひらから水色に輝く光線が放たれ、コロナを襲った。
「コロナ、危ない !」
クロスは咄嗟にコロナを突き飛ばし、全身に水色の光線を浴びてしまった。
彼女の身代わりになったのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ !!!」
「クロス !!!」
クロスはあっという間に氷漬けにされ、動かなくなった。
「クロ……ス……」
全身を凍らされ、銅像のように動かなくなったクロスを見て、コロナは呆然としていた。
「主人を身を呈して庇い、自分を犠牲にするとは、大した使い魔ですよ」
アイリは腹を抱えて笑い転げた。
「そんな……クロス……お願い……目を開けて……私を……一人にしないで……」
コロナは涙を流しながら、冷たくなったクロスにしがみつき、必死に語りかけた。
だがクロスは何も答えてくれない。
「ねえ…… !クロス…… !やだ……やだよぉ…… !」
コロナは絶望し、泣き崩れた。
彼女にとってクロスは、ただの使い魔ではない。
幼い日に母がくれた贈り物で、辛い時、苦しい時にそばに居て励ましてくれた、大切な友達だった。
「クロスぅぅぅぅぅぅぅ !!!」
吹雪が吹き荒れる中、コロナの叫びが空へ響き渡った。
To Be Continued




