第九十九話・憤怒の災厄
「ひっ !」
謎の男が腕を大きく振りかざし、魔法使いの少女を切り裂こうとしたその時、
「ヴェロス !」
謎の男を呼ぶ別の声が聞こえた。
男は声に反応し、腕を静に降ろした。
ヴェロス……それが男の名前らしい。
「こんな所に居たのか……また人間狩りか ?」
ヴェロスの三倍くらいの身長はある筋骨隆々な大男が現れた。
「誰かと思えば……フライか……」
フライと呼ばれる男は全身が針で縫われていた。
「何の用だ、フライ」
「魔王様からの緊急召集だ、すぐに城に戻ってこいとさ」
「魔王様が…… ?分かった……」
ヴェロスは毛に覆われた腕を元に戻し、魔法使いの少女から離れた。
「命拾いしたな小娘、精々そこに転がった仲間を弔ってやれ」
ヴェロスは吐き捨てるように言うとフライと共にこの場を去った。
魔法使いの少女は頭が真っ白になり、呆然と二人が通りすぎていくのを見つめたままいつまでも固まっていた。
ヴェロスとフライは魔界を目指して密林の中を歩いていた。
「ヴェロス、また人間共を殺しに回ってたのか ?」
フライはヴェロスに気さくに話しかけた。
「フン、俺はただ、いずれ俺達の脅威となるかもしれない存在の芽を摘んでただけだ。と言っても、ただの雑草に過ぎなかったがな……」
ヴェロスは素っ気なく答えた。
「お前は昔から人間が大嫌いだからな」
「お前も似たようなもんだろ」
フライは頭をかきながら苦笑いをした。
ヴェロスとフライは人間に対し、深い恨みを抱いているようだった。
そうこうしているうちに、二人は魔界へ帰還した。
「はぁ~どうしたら幹部に昇進できますの ?」
魔王城にて、だだっ広い廊下を「悪魔三銃士」の3人組が雑談しながら歩いていた。
彼等は幹部昇進を目論み、オーガの里から神器を奪おうとしたが失敗。
捕縛されていたが隙を見て脱出し、魔界へ逃げ帰ったのだ。
「出世は簡単には行きませんわね……」
「そもそも僕ら弱いですからね~」
ライナーが自嘲しながら言った。
「せめてあの人達みたいに強かったらなぁ……」
「あの人達ってだれだゾ ?」
サイゴはピンと来てなかったようだ。
「はぁ ?貴方そんなことも知らないんですの ?良いですわ、私が教えて差し上げますわ !それは……」
「レヴィさん !前前 !」
ライナーは顔を真っ青にしてレヴィに強く呼び掛けた。
「うるさいですわねぇ……って はぅ !」
レヴィ達の目の前に四人の魔族集団が近づいてきた。
長い黒髪のセクシーな女性、甲冑に身を包んだ、美形の首を脇に抱えている青年、美しい銀色の髪で和服の女性、そして露出の多い褐色肌のダークエルフのルーシーの四人だ。
「おおおお、お務めご苦労様ですわ~ !」
レヴィ達は萎縮し、逃げるように壁のはしにぴったりくっついた。
「何あれ」
「下っぱでしょ、ほっときましょう」
四人は目も暮れず、さっさと通りすぎていった。
「はぁ~……心臓が止まるかと思いましたわ……」
「まさか四人勢揃いとは……」
レヴィとライナーは緊張が解けたのか、壁に寄りかかった。
「あの四人誰なんだゾ ?」
「教えて差し上げますわ……彼等は魔王軍の中でも選りすぐりの精鋭部隊……上位幹部で構成されたエリート集団……「憤怒の災厄」ですわ !」
レヴィは迫真の表情で叫んだ。
「憤怒の災厄 ?」
憤怒の災厄……。
それは6人の最上位魔族達によって結成された少数精鋭だ。
一人一人が絶対的な力を有しており、まさに災厄をもたらす者達だ。
魔王からの信頼の厚い。
「ひ、ひぇ~」
「僕達なんて足元にも及びませんよ」
三人は震え上がっていた。
「こんな人達を超えるなんて……夢のまた夢ですよ……」
「そ、そんなことありませんわ !私達だって努力すれば、幹部になれますわよ !」
レヴィは精一杯二人を鼓舞した。
「その為には、まずは地道に修行するしかなさそうですね」
ライナーはため息をついた。
「所で、あの四人が集まるなんて珍しいですわね、何かあるのかしら」
レヴィは腕を組ながら考え事をしていた。
「そうですわ、こっそり彼等の後をつけませんこと ?」
「え~ !?」
レヴィは有無を言わせなかった。
彼女は好奇心旺盛な性格なのだ。
「全く……まるで子供ですね……」
「何か言いました ?」
「……何でもないです……」
レヴィは低い声で威圧した。
かくして三人は憤怒の災厄の後を追った。
四人は魔王の玉座の前に集まった。
玉座の前にはデビッドがいる。
四人の他に、ヴェロスとフライも来ていた。
「よお、お前達も来ていたのか」
フライは気さくに声をかけた。
「魔王様からのお呼びだしだからな、しかし、我ら魔王軍幹部「憤怒の災厄」が全員集まるとは、珍しいこともあるものだな」
首を脇に抱えた鎧の男が尊大な態度で話した。
彼の名前はデューク。首と胴体が分離した種族デュラハンだ。
デュークは背中に鋭く研ぎ澄まされた鎌を背負っていた。
「ヴェロス、久し振り♪あたしヴェロスが居なくて寂しかったの……」
長い黒髪に2本の角を生やした妖艶な女性はヴェロスの腕を絡ませた。
彼女はサーシャ。幻術を巧みに使いこなし、男を惑わす種族、サキュバスだ。
「鬱陶しい、離れろ」
ヴェロスは真顔でサーシャを引き剥がした。
「もう……お堅いんだから……」
サーシャは少しムッとしていた。
どうやらヴェロスに気があるようだ。
「あらあら、ヴェロスさんは照れ隠しのつもりなんですよ」
「でたらめを言うなアイリ」
ヴェロスはアイリと呼ばれる女性に突っ込んだ。
アイリ……。氷を自在に操る雪女だ。
普段はおしとやかだがその本性は冷酷だ。
サーシャとは親友同士である。
「ルーシー、オーガの里に寄ったんだってな、どうだった ?」
フライはルーシーに声をかけた。
「別に……あ、そう言えばお姉ちゃんに会ったよ」
ルーシーは子供っぽく答えた。
「お姉ちゃん…… ?お前にお姉ちゃんなんて居たんだな……で久し振りに再会してどうだったんだ ?」
「うーん……なんか弱かったかなー……幻滅したっていうかー……拍子抜けしちゃった」
ルーシーはつまらなそうに言った。
「そ、そうか……」
「憤怒の災厄よ……お前達を呼んだのは他でもない……」
玉座に君臨する魔剣の中の魔王は低く厚みのある声を響かせた。
威厳のある声の前に、六人は一斉に膝をつき、頭を下げた。
「人間界に降り立ち、この者達を始末し、イフリートの召喚士である小娘を捕らえてほしいのだ……」
デビッドは袖から水晶を取りだし、宙に浮かせた。
水晶から映像が映し出された。
ワカバやリト、ヴェルザード達の姿だ。
「ふーん成る程、こいつらを倒せば良いのね」
「骨のあるやつだと良いんだがな」
「でも私達が出向く程なんですか ?」
アイリは疑問を抱いた。
「そいつらはいずれ魔界を脅かす存在になるだろう……故にお前たちの実力が必要なのだよ……特にイフリートを召喚できる少女……この小娘は是が非でもこちらに取り込みたい……」
デビッドは六人に語った。
「成る程、解りました……行くぞ」
ヴェロスは返事をすると、玉座の前から去ろうとした。
「おい待てよヴェロス !」
「グズグズするな、置いていくぞ」
フライ達は慌ててヴェロスの後を追った。
「お姉ちゃん……また会えるね」
ルーシーは無邪気に微笑んだ。
「ククク……これで奴等もおしまいだな……」
六人が去った後、魔王は魔界全域に響き渡る程の高笑いをした。
To Be Continued




