第八話・ヴェルザードの心変わり
「こいつ普通じゃねえぞ ?」
「牙なんか生やしやがって、人を食うつもりかこの化け物 !」
「目も赤いし、不気味だぜ !」
悪意ある言葉と暴力が、一人の少年に牙を向く。
「や……やめてよ……やだぁ !」
うずくまり、泣きながら助けを求める白髪の少年はなす術なく人間達に囲まれ、蹴られ、虐げられる。子供達は暴力を止めようとしない。
「母さん……父さん…… !リリィ…… !助けてぇぇぇぇぇ !」
目が覚めた。もう朝か……。それにしてもまた嫌な夢を見たな。夢というのは残酷だ。思い出したくない過去ですら容赦なく映し出してくる。どんなに叫ぼうとも、誰も手を差し伸べてくれない。父も母も帰ってこない……。
俺は起き上がり、カーテンを開けた。生憎天気は雨で憂鬱な気分になった。気持ちをスッキリさせるため、俺は顔を洗いに洗面所に向かった。
何気無くドアを開けるとそこには、下着姿の人間の女の姿があった。部屋着を脱いだ直後だった。
「あっ……」
俺は一瞬固まってしまった。
「きゃああああああ !」
女は顔を赤くして絶叫した。当然の反応だ。俺は目を閉じ、すぐにドアを勢いよく閉めた。
「す……すまん !入ってるなんて知らなかったんだ !」
俺は慌てて弁明した。
汗が滝のように流れた。心臓の鼓動も早い。
「いや良いんです、私こそ……鍵かけておけば良かったんです、ほんと無防備ですよね……あはは」
女の声がドアの向こうから聞こえた。これからシャワーを浴びるつもりだったらしい。
……意外とでかかったな……。
迂闊だった……そう言えば忘れていたよ、昨日から人間の女が泊まってるってことを……。
安住若葉……。変わった名前と見慣れない格好をした少女。リリィが見つけた時にはボロボロで怪我をしていたようだ。魔物にでも襲われたか……。そして近くには謎のランプが落ちていたと……。
リリィは世話焼きで優しいから面倒を見たがるが、俺は人間が嫌いだ。調子が狂うしさっさと出て行って欲しかったのだが、怪我人を追い返すほどの冷血漢ではない。暫くはこの状況を我慢するしか無かった。
それにしてもやはり変な感じがするな。女がうちにいるというのは……。リリィは子供の頃から一緒に住んでいて、言わば幼馴染のようなものだからかあまり異性としては意識してなかった。
俺は女どころかここ十数年人と会話をしてこなかった。どう接すればいいのか解らない。
時が経ち、リリィが朝食を持ってきた。
「はい、お待たせしました~」
トーストにトマトソースを塗っただけというシンプルなものだが朝食には丁度良い。
俺とリリィとワカバは黙々と食べ続ける。
俺は洗面所の一件もあってまともに彼女を直視できなかった。向こうはさほど気にしていない様子ではあったが。
沈黙が続く……息が詰まりそうだ。
「な、なぁ……ワカバ……だっけか」
「は、はい」
俺はワカバに話しかけてみた。
「……怪我はどれくらい良くなったか?」
当たり障りのない会話を試みた。
「はい…お陰様でだいぶ良くなりました」
「そ、そうか」
会話はすぐに途切れた。
俺は無言でトマトソースを更にトーストにぶっかけた
これが最高に旨いのだが、ワカバは顔を引きつらせていた。そんなに変か?
「どうだ、お前もかけてみるか?」
「あ……私は遠慮しておきます……」
丁重に断られた。
朝食を済ませ、俺は部屋に戻ろうとした。
ワカバは今日もリリィと皿洗いに行った。女同士気が合うのか仲が良い。それが何処か気に食わなかった。
べ、別に羨ましいわけじゃないからな !
特にすることもないので、二人が女子トークに花を咲かせている間、部屋で絵を描いていた。絵画は引きこもりの俺にとって唯一の趣味だ。食堂に飾ってあるあの絵も俺の作品だ。モンスターの絵が個人的に得意だな。まあいくら描いた所でリリィくらいしか誉めないんだがな。
ボーっとしながら絵を描いていたが、俺はふと我に返り驚愕した。モンスターの絵を描いていたつもりが、いつの間にか女の人間の絵を描いていたのだ。女の顔は優しく微笑んでいた。
「何でこんなもん描いてんだ俺……」
その絵の中の女はワカバにそっくりだった。無意識に描いてしまったようだ。しかも我ながら可愛い。
「マジかよ……俺は別にあの女の事なんか……」
俺は自分に言い聞かせながらその絵を破こうとした。
「ご主人様ー」
突然リリィが入ってきた。俺は慌てて絵を隠した。
「あれ ?どうかなさいましたか ?」
「いや、何でも…それより何の用だ……」
「あ、そうそう、ワカバちゃんの服汚れてて洗濯しているんですけど、その間、これを着てもらってまーす !」
そういうとリリィは後ろに控えてたワカバを俺の前に突き出した。ワカバは顔を赤らめながらモジモジしていた。
彼女はリリィの趣味…もといメイド服を着ていた。
「あ……あの……どうでしょうか……」
「…………」
暫く言葉に詰まった。
断じて見とれていたわけではない。見とれていたわけでは…。
「に、似合ってるんじゃ……ないか……。」
「でしょでしょ !?ご主人様もそう思いますよね !?じゃあワカバちゃん !特別にその服あげますね !」
「いやいや、そんな貰えないですよ」
ワカバは慌てて手を横にふった。
「まあまあ、そんな事言わずに~私の気持ちですから !」
「じ……じゃあ有り難く……」
すっかり馴染んでるなぁ……。
まさかリリィの着せ替えごっこに付き合わされていたとは……。俺は呆気にとられた。
「あれ ?ご主人様、これ何ですか ?」
リリィは俺の後ろに隠された絵に気付いた。
「あっコラッ !」
運の悪いことにワカバを描いた絵がリリィに見つかってしまった。
「そうそう !ご主人様は絵を描くのが得意なんですよ?あの食堂のモンスターの絵もご主人様が描かれたんですよ」
「あの不気味な……いや迫力のある絵もヴェルザードさんが描いたんですか ?」
「ま……まあな……」
悪かったな不気味で……
「で、この絵は……珍しいですね、人間嫌いのご主人様が人の顔を描かれるなんて」
リリィはワカバを描いた絵を彼女に見せた。
「別に気まぐれだよ……」
俺はムスーっとしたふくれ面で答えた。
「とてもお上手でしょう?この女の子も可愛いですし」
「本当ですね……とても可愛いです。」
ワカバは素直に感想を述べた。それを聞いて俺は顔が赤くなった。
「でも誰かに似てるような……」
リリィが疑い出した。まずい、もしワカバをモデルにしただなんてバレたらドン引きされる!
「あーもうそんなことどうでも良いだろ !出てけ出てけ !」
俺は二人を強制的に追い出した。
暫く俺はベッドの上で黄昏ながら天井を仰いでいた。
何故だろう、あの女といると、不思議と不快にはならない。人間なんて皆、自分と異なるものを拒絶し、攻撃する野蛮な生き物だと思っていたのに。
追い返したいと思ってたのは本心では無かったようだ。冷たい態度は照れ隠し。寧ろこの状況が嬉しいとさえ感じるようになっていた。
いやいやいや !何を浮かれているんだ俺は !俺は他者と交わるのを嫌い、孤高に生きる男 !たかが女一人にうつつを抜かして、情けないとは思わないのか !
ワカバのことが頭から離れない俺は部屋を出て、外の空気を吸いに庭に向かった。
外に出ると、相変わらず曇っていたが、雨は止んでいた。
庭には花壇があり、そこではトマトを栽培していた。トマトは自家栽培、主にリリィが世話をしている。トマトは俺にとって大好物であり、主食である。
俺は腕を伸ばし、深呼吸した。
さて、おやつ代わりに一個食べておくか。リリィに内緒でな。
「へぇ~トマトって自家栽培だったんですね」
隣で声が聞こえた。リリィかと思い俺はギョッとした。だが彼女ではなかった。そこに居たのはワカバだったのだ。
「何ですか、人をお化けみたいに」
ワカバは少しムッとした。
「ああ、すまん……てか何でお前が」
「気分転換に散歩ですよ、この辺なら安全で大丈夫だってリリィさんが」
「そ、そうなのか……」
まさかの二人きり。気まずい……。何を話せば良いのやら……。
To Be Continued




