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さまざまな恋の短編集:ノーマル版

すべてが今さら過ぎたけど

作者: 道乃歩

「そんなこと言わないで、一緒に記念のアルバム作りましょうよ!」

「そんな辞書並みに分厚いアルバム、どんだけ撮るつもりなんだよって言ってんだろ! もう少し薄いのにしろって」

「で、でも、もうすぐ卒業なんですよ? 思い出で埋め尽くしたいじゃないですか! それに、今まで撮ったぶんもここに収めますし」

「収めてもまだだいぶページ残るだろ絶対……」


 オレンジに変わりつつある光の差し込む部室で、部長である幼なじみと俺のせめぎ合いが続いていた。かれこれ十分は経過していると思う。

 彼女は赤い表紙のアルバムを抱き込むように握りしめて、顔を歪めた。


「……お願いです。お願いですから、アルバム作り、協力してください。もう、こんなわがままは最後にしますから」

「最後って、大げさな」


 苦笑しながら言ってみたものの、初めて見る彼女の姿に内心は戸惑っていた。

 卒業を目前にしてセンチメンタルにでもなっているんだろうか。中学の卒業式は少し泣いたぐらいで、ここまではっきりとした態度には出していなかった。


「お願い、です」


 一歩距離を詰めて、縋りつくように見上げてくる。ここで普段はちっとも有効活用していない、可愛らしい容姿を武器に攻めてくるとは、本当に昔からずるい。


「……わかった、わかったよ。写真撮ればいいんだろ」


 盛大に溜め息をこぼして承諾すれば、一瞬で花が咲いたように笑顔になる。泣き笑いと言ったほうが正しいかもしれない。


「ほんと大げさだな。まあ、今までの頼み事に比べたらずいぶんマイルドだけど?」


 こいつの「お願い」にはさんざん振り回されてきた。腰までの長い黒髪にヘアバンドという、大和撫子――ただし古め――という四文字熟語が似合う容姿をしているのだが、中身は正反対と言いきってもおかしくない。見た目で惚れて蓋を開けた瞬間去っていった男を今まで何人も見てきている俺だから間違いない。

 とにかく面白そうなことがあれば果敢に首を突っ込みたがるのだ。もれなく俺もお供にされる。一番過酷だったのは、富士山でのご来光を写真に収めたいがために登山のお供をお願いされたときだ。プロのガイド付きでも、並みの体力しかなく登山の経験も全くなかった俺には、宿泊つき登山はハードルが高すぎた。彼女も同じ立ち位置のはずが下山するまでずっとはしゃいでいて、いろんな意味で負けた気がした。


「……そうですね。本当に、たくさん振り回しちゃいましたよね」


 普段なら「まだまだ付き合ってもらいますよ!」とでも返してきそうなのに、なぜかマジレスされてしまう。


「お、おい?」

「じゃあ、早速明日から少しずつ撮影開始しましょうね! わたし、ざっくりと計画を練ってきます。校内でも校外でも、撮りたいものいろいろあるんです」


 はぐらかされた? 追求したくても、彼女はアルバムを棚に戻すと逃げるように部室をあとにしてしまった。


「なんだ? あいつ……」


 あのぶんだと、改めて問いかけても答えてくれそうにはない。今時珍しく、携帯電話の類はなにも持っていないから、今すぐ追求できないのももどかしい。

 違和感を拭えないまま、とりあえず帰ることにした。

 ふと、今さらな事実に気づく。中学校からの付き合いなのに、今まで一度も下校を共にしたことがなかった。



 アルバム作りは、予想通り面倒な作業となった。

 彼女が持ってきた計画をこなすには、放課後だけでは全く時間が足りず、休日も贅沢に使ったものとなった。

 そして……あの日に抱いた違和感が、日に日に大きくもなっていた。


「これで最後ですね!」


 構えていたデジタルカメラを下ろすと、彼女は両手を上げて小さい子供のように喜んだ。


「いやー、時間かかったな……マジでギリギリじゃん」


 卒業式は三日後だ。写真の選定は彼女がするらしいが、本当に間に合うのだろうか。


「本当にお疲れ様でした。たくさんいい写真が撮れて、本当によかったです」


 心からの笑顔を向けてくる彼女に、焦りの色は全く見られない。こうと決めたときの行動の早さは折り紙つきではあると知ってはいるものの、手伝った身としては心配してしまう。


「なあ、俺、本当に手伝わなくていいのか?」

「いいんですよ。わたしが言い出したことですし、わたしがやりたいんです」


 言い切られてしまっては、これ以上なにも言えなくなる。


「あ、アルバム、ちゃんと二冊作りますからもらってくださいね? 間に合わなかったら郵送しますし」

「え、いいよそこまで……」

「いいから! せっかくです、受け取ってください。あとで住所、教えてくださいね」


 まただ。彼女は縋りつくように俺を見つめてくる。静かな気迫に押されて、頷くしかできなかった。


「ここ、懐かしいですよね」


 改めて背後を振り返り、呟く。もやもやした気持ちを持ったまま、また頷いた。


「中学のとき、この商店街にある食べ物全部食べて回りたい! って言ったときの顔、未だに覚えてます」

「そりゃそうだろ……初めての遊びがアレって、インパクトありすぎるわ」


 食べられないものあるかもしれないとか、お金はどうするんだとか、そういう当たり前の疑問を豪快にすっ飛ばして店に入りまくった彼女の恐ろしさを、その日だけで一生分味わった。にもかかわらず、未だにこうして付き合いが続いているのも不思議だとつくづく思う。


「なあ、今さらだけどさ……あのとき、お金ちゃんと全部払ってたろ? それって、お前が金持ちだから、とか?」


 彼女は自身のことをほとんど語らない。あまり触れてほしくないからかもしれないが、勢いで訊いてみてしまった。


「そう、ですね。そんな大層なものじゃないんですけど、一応」


 彼女は苦笑しながら告げて、気まずそうに髪を耳にかけた。


「あの、黙ってたのは変な目で見られたくなかったからです。こう、普通の人として接してほしかったというか」

「別に今さらなんとも思わないって。普段のめちゃくちゃな行動力の謎、解きたかっただけだから」


 本当に安堵したように笑う。金持ちなりに、きっといろいろと苦労してきたんだろう。これ以上の追求はやめておいた。

 彼女は改めて、地元の店が並ぶ商店街を振り返った。遥か彼方を眺めるように、目を細める。


「……わたし、どうしてもこの場所をラストに持っていきたかったんです」


 だから、食べ歩きもしたのか。


「そうだ、せっかくですからツーショット撮ってもらいましょう? あの、すみませーん!」


 否定する間もなく、彼女の言う通りの流れになってしまう。多分微妙になっているだろう笑顔で、人生初の女子との二人きり写真がカメラに収められた。


「ふふ、ありがとうございました。いい思い出になりました」


 カメラを大事そうに見つめる彼女の瞳は、寂しそうだ。


「あの、さ」


 違和感を吐き出す瞬間は、今しかない。


「お前が作ろうとしてるアルバム……なんか、今までの思い出作り、って感じがするんだけど」


 この商店街だけじゃない。

 高校と以前通っていた中学校の通学路の風景、俺の家の周辺の風景、二人で遊びに行った……もとい、無茶を要求された場所――俺達が共有している思い出の写真が、特に多い。

 卒業文集のようなノリのアルバムを作ると思っていたのに、これではまるで、思い出のアルバムだ。


「それ、は……それは、気のせいですよ」


 明らかに動揺しておきながら、彼女は下手な嘘をつく。


「大学生になったら、こうして会える時間も減ってしまうでしょう? だから、その前にこうしてまとめておきたくて」

「俺、お前の進路知らないけど」


 俺は、単純に家から近い私立の大学に行くと答えた。

 彼女は、まだ進路を決めていないと言っていた。それきり、知らない。


「わたし……わたしも、大学行きますよ。でも、ちょっと遠いというか」


 なぜだ。どうして下手な嘘を続ける。

 どうして、俺の目を見て言わないんだ。いつもまっすぐ俺を見つめてくる、お前なのに。


「あ、もう時間ですね。わたし、帰ります。アルバムの作業もありますし」


 細い腕を、掴めなかった。

 掴もうと思えば掴める距離なのに、できなかった。

 わかりやすい拒絶をされて、情けないことに、足を動かせなかった。



 俺はスマホに表示されている地図のもとへ、全力で駆けていた。

 頭の中はいろんな感情がごちゃまぜになって、まずい料理を作ってしまったような状態だ。でも、その中で突出しているのは「怒り」かもしれない。


 ――こんな形で、あなたに本当のことを告げる卑怯さを許してください。

 わたしは、高校を卒業するまでしか自由を許されない身でした。

 だから、中学のときに出会ったあなたを気に入って、たくさんの無茶を繰り返していました。

 したいと思ったことを、できる限りやりたかったのです。あなたと一緒に、楽しみたかった。

 付き合わせてしまって、あなたの優しさに甘えてしまって、本当にごめんなさい。

 あなたが好きでした。いいえ、今でも好きです。

 でも、どうぞわたしのことは気にしないでください。

 どうぞ、いつまでもお元気で。


 卒業式の次の日に送られてきたアルバムに同封されていた一枚の手紙で、すべてが線につながった。

 彼女があんなアルバムを作りたがっていたのも。

 卒業式の日、第二ボタンがほしいとせがんで、一度でいいから抱きしめてほしいと懇願してきたのも。

 全部……今さらすぎる、種明かしだ。

 なんとなく、大学も変わらない関係でいられると思っていた。大人に近づくから少しずつ無茶も減っていって、俺も勇気を出して、無理なお願いは断ろうなんて小さい目標も立てたりしていた。

 呆れるほど呑気で、自分に腹が立って仕方ない。


「ちょっと、そこのあんた!」


 金持ちなのは本当だった。でも、彼女の謙遜が謙遜にならないほど立派すぎる屋敷で一瞬足がすくんだものの、門の前に立っている初老の男性に声をかけることで気合いを入れた。


「なにか御用でございますか?」


 身なりからしてこの屋敷の執事だとわかる。俺は勢いのまま、彼女の名前を告げて会いたいと申し出た。


「なるほど。あなた様が、お嬢様が大変お世話になったお方でございますね」

「……知ってるのか」

「はい。お嬢様より、あなた様が訪れた際は対応するようにと、ご命令いただいております」


 きれいなお辞儀をされて、出鼻をくじかれてしまう。


「お嬢様は、現在日本にはおりません。イギリスにおります」


 ……なにを、言われているかわからなかった。


「……大学は、イギリスってことか?」

「大学卒業後も、イギリスでしばらくお過ごしになられます」

「いつまで、だよ」

「それは、私ではわかりかねます」


 それから、いくら粘っても彼女がイギリスにいることしか教えてもらえなかった。

 イギリスってなんだ。なんでいきなり外国なんかに行ってるんだ。

 お前は、ずっと俺のそばで無茶なお願いをする奴じゃなかったのか。


「そう、か。俺も、あいつのこと……」


 また、今さら気付いてしまった。よかったのか、よくなかったのか、中途半端に興奮した頭では判断できなかった。

 でも、ひとつだけはっきりとわかっていることがある。


「このまま、終わりになんてできるか」


 大体、告白して逃げるなんて卑怯にもほどがある。いつも変に自信があるくせして、こんなときは臆病だなんてお前らしくもない。


「待ってろよ。絶対、あっちで再会してやるからな」


 口にして、俺もいつの間にか無茶体質が伝染していたんだなと、苦笑するしかできなかった。

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