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ライラライオン─金獅子英雄譚─Lila LION  作者: 歌うたい
【一章】 斯くして少女はEを隠して
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その9『決意と殺意』



それは嗤っていた。



湿った岩肌に、尚も還ろうと願う骸を、さも(もてあそ)ぶ事にも飽きた玩具(おもちゃ)のように投げ捨てながら。



それは嗤っていた。



力有る者の当然の権利だと、凶悪な(かんばせ)をも歪ませて。


獣が、嗤っていた。



獰猛に、醜悪に、光灯らぬ暗がりの奥底で。

血に餓えた牙を逆立てながら。





「バケモノ……か……」



「……と、しかワシには言えませぬ。人の倍はあろうかという巨体。訳も分からず蹴散らされた集落の民。真っ黒な中にある、血走った大きな二つの目玉……」


──嘘 0%



化け物。

この獣人達が織り成す世界の住人から見ても、そう評される存在。

正直、想像もつかない。


そして、これはワルド族長にとって、紛れもない真実であるという証明まで数値に現れている。



「其奴は、大量の血を流して横たわる村の民に駆け寄ったワシに向かって声を飛ばしたのですじゃ……『お前がこの塵どもの長か』と」



「飛ばした……?」



「思念……とは、少し違うような。まるで洞窟中を響き渡るように、前から、後ろから、上下左右から声が聞こえたのですじゃ……」



「……」



洞窟内であるなら、ある程度、声が反響するというのは分かるが、ほぼ全方位から……まるで退路を無くすように聞こえるという声。

少し引っ掛かりはしたが、今は気に留めるだけにしておいて、黙って続きを促す。



「それで、問いにそうじゃと答えれば、ヤツは小馬鹿にしたようにワシを見下ろして、こう言ったのですじゃ……」



『脆弱なる者共、これよりこの我の隷属として生きよ』


『我に糧を捧げよ、我に恵みを捧げよ、膝を折って我に付き従い、我に奉仕せよ』


『従わぬというなら……塵芥(ちりあくた)に等しいその矮小な命、一つ残らず屠り尽くしてやろう』


『それと、万一にでも他の種族にこれを告げれば、貴様らの命、死すら生易しいと思えるような目に合わせてやる』



「……」



なんだ、それは。

他人の領域に踏み込んでおいて、一方的な奴隷として自分に付き従えとほざいて。

傲慢、その一言に尽きる醜悪さ。


まるで、『アイツ』みたいだ。


腹の底から沸き上がる嫌悪感、他を踏みにじる事に何も躊躇いを抱かない独尊っぷり。


当の昔に決別を告げた、醜悪なオトコの顔が脳裏に蘇るのを振り払うように深く息を吐く


囚われるな、今更。



「では、それから……」



「……『結の季節』の蓄えも、収穫したばかりの作物も捧げました。次に、其奴は、貨幣を要求して……」



「……貨幣を?」



やはり、引っ掛かる。


食糧を望むというのは、恐らく化け物とはいえ餓えという概念がきちんと存在するとして、それはつまり超常的な何かではなく生物である証明になる。


それはまだ良い。

だが、貨幣を求める理由はなにか。


当然、使うからだろう。

それとも金銀を糧として喰らう生き物なのか。

それなら確かに如何にもバケモノ染みた存在というのも頷けるが。


しかし、暗雲を貼り付けて俯くワルド族長からしてみれば、目の前で同族を紙切れ同然に蹴散らされたのだ、従わざるを得なかったんだろう。


そして、今現在も、その一方的な隷属は続いている。



「その間、他の集落に応援を願ったりは」



「この近隣には他に集落もなく、メティ様はともかく、行商人や旅人も滅多に足を運ばないのですじゃ。それに、万が一あのバケモノが他の村に助けを請うこと我らを知る術があったとしたら……」



相手の実力が未知数な存在であるならば、ワルド族長の立場からして、そう簡単に一か八かの賭けに出る事は躊躇われる、というのは道理だ。


しかし、未だにわからない点。


リグルの父親であるマグラの行方が居なくなったのは、二日前の事だと言っていた。


彼が亡くなっている事は察せるが、理由が分からない。




「リグルの父親は……」



「…………」



皺だらけの顔に、より深く、より強い悔恨の念が集まった。


後悔と無力感、その折れてしまいそうな背中に載せるにはあまりに大きい感情の重り。

そこにはただ、枯れた涙の跡だけが残っていた。



「……二日、前。あのバケモノは食糧を運んだ者に告げたのですじゃ」



『次は、女を寄越せ』



「────っ」



見事に図に乗っている。

食糧、金と来て、次は肉欲か。

つくづく反吐が出る。



「そして、その要求を聞き届けたワシは、皆に意見を募った。何か策を、時間稼ぎでも何でも良い。ワシにとっては誰もが皆、友であり息子であり娘であり、家族……生け贄なぞ、選べやしなんだ……」



「……」



「じゃが、結論は出なかった。集落を捨て、新たな土地を探すという意見もあったが……あのバケモノに気取られぬ可能性もあるし、何より先祖様が切り開いてきたこの土地を……ワシが一番大事にしているこの集落(たからもの)を……無く、させる、親不孝だけは、嫌じゃと……あの、バカ者共が……」



「ワルド族長……」



枯れ木のような掌が、怒りを、後悔を、悲しみを、語る。

それは言葉ではなかったけれど、泣き声よりも泣いていて。


もう、言われなくともその果てが見えてしまって。


抗ったのだ、彼らは。

理不尽から、抗って、負けた。

守りたいモノを、守れないまま。


"遠く"へと、行ってしまった。



「……じゃが、メティ様が来て、下さった。ヘルメス本部から討伐団員を派遣すると言って、下さった。一銭にも成らんというのに、等価交換というヘルメスの鉄則すら折り曲げてでも、必ずと……」



「メティが……」



メティは、やはり知っていた。

宿を取らなかったのは、直ぐにでもヘルメスの本部に向かう為だったのか。


ネズミ族の集落からヘルメス本部に向かうには、相当に月日が掛かるというのはライラから聞いた。


それでもメティにとっては本来の目的であるライラとの取引を優先したのは、彼女が行商人としての矜持と使命を忘れなかったからだろうか。


それだけではないのかも知れない、けれどメティの真意が見えてきた気がする。



「……随分、"買って"くれやがって」





『間宮雷音、ライと呼んでくれ。ライラには、空腹で行き倒れた所を救って貰って以降、世話になってる身だ』


『────ほうほう。これはご丁寧にどうもなの。メティはメティ・メティリカ。メティって呼んで欲しいの。宜しくなの、ライにぃ』




あの時の、一瞬の違和感。


あれは、もしかしたら値踏みをされていたのかも知れない。


彼女の洞察力と頭のキレは、ほんの少しの邂逅ですら察せるくらいに凄まじいモノだった。

何せ、嘘を見抜く力を逆手に取って立ち回るくらいだ。


大地が割れるくらいの馬鹿力でも見抜かれたのかも知れない。

見抜かなくとも、ライラとの会話で口を滑らせた、木材を分解するのもさして苦労しないという部分に着目したか……それとも、別の何かがあるのかはともかく。



ヘルメス本部へ帰還して、集落へ討伐軍を差し向けたとしても、移動手段にもよるが、どうしても時間が掛かってしまう。

その間にもネズミ族の犠牲は増え続ける可能性が高い状況下。


そんな時に、ライラが連れてきた色々と奇妙な男。

嘘を測る異能を持って、あげく異世界から来たという俺ならば、『解決出来るかも知れない』と踏んだとしたら。



状況推測にしてもあやふやで、下手を打てば余計な犠牲者を出すかも知れないのに。

あぁつまりそれは、あの気に入らない猫の、良く分からない信頼という事で──本当に、買ってくれたらしい。



馴れない苦笑と共に、視線を落とした先。


手首までずり落ちた白草を模したブレスレットが、焚き火の焔に色付いて、去り際に見せたあの猫の微笑んだ口元と、良く似ていた。




「……ワルド族長。お願いがあります」



良いだろう、やってやる。


お生憎様、恐怖や痛みには少々(にぶ)く"仕上がっている"この身体、畜生相手に振り回すなら都合が良い。


それでもって、あの猫に色々と請求してやろう。

ライラに世話して貰った分も含めて、諸々。




──で、良いですよね、センセイ。



窓の向こう、夕暮れ前の澄みきった蒼の空へと目を向けた所で、返事など返ってくるはずもないのに。

それでも求めるのは、俺がまだ、一人で立つ事も出来やしない子供だから、なんだろう。






────

──


『決意と殺意』


──

────




「あ、ライさん」



「……リグルは?」



「あ、はい。えっと、隣のお部屋に……」



話を着けた、というよりは一方的に宣言してから、族長に教えて貰ったリグルの家を(また)げは、灰色を基調にしたエプロンと頭巾を纏ったライラに出迎えられる。

通された居間に敷かれた布団に横たわる、リグルの母親の代わりに家事を代行しているのだろう。


リグルもどうやら、帰って来ているらしいが、自室に閉じ(こも)ってしまったらしい。


急な訪問にも関わらず、リグルの母親とも思わしき女性は、咳き込みながら上半身を起き上がらせ、困ったように微笑んだ。



「おや……今日は、ライラちゃんと言い……お客様が、多いねぇ……ごめんなさいねぇ、大したおもてなしも出来ずに……」



「いえ、此方こそ体調が優れないのにお邪魔して申し訳ありません」



(やつ)れているということが、一目で分かってしまう程に、リグルの母の纏う雰囲気は、それこそ今にも消え入りそうなほど、儚い。


少し押せば倒れてしまいそうな程の線の細さ、元はリグルの言う通り美人だったのが伺える顔立ちも、あまりに弱々しい。



「少し……リグルと、話をさせていただきたいのですが」



「……ごめんなさい。今、あの子、誰とも話をしたくないって……困った息子で……」



「……旦那さんの事は、もう、話したのですか……?」



「…………はい」



静かに、目を閉じて肯定したリグルの母。


彼女は、ライラに連れられて帰宅したリグルに、隠さず全て告げたらしい。


マグルという父親の行く末を。

生け贄を求めたバケモノに抗うべく闘い、そして敗れてしまった男達の背中を。



リグルはそれを……認める事は出来なかった。

父の死を、親愛を向ける存在の喪失を、受け止める。

それは、リグルほどに優しい少年にでも、簡単に出来る事はではない。


それは強いのではなく、哀しいだけ。

俺は、そう教えて貰ったから。



「……だから、今は……」



「……えぇ。ですが……少しだけ。どうしても、告げてやりたい事があります」



「え……?」



「……失礼します」



俺は、リグルの支えになれるような男ではない。


お前が母親を助けてやるんだと、教えて、説く事すら、きっと出来ない。


傷付いた少年の心ごと抱き締めてやるような、優しさなんて持ってない。


だから、告げるのは手短に、一言、二言だけで良い。


嘘が嫌いな俺が、踏み出す為の必要な儀式。


この決意を、嘘にしない為に。


歩み寄った居間の隣部屋、薄い扉一枚を挟んだ壁の向こうの、小さな小さな少年を、(ねんりょう)にするだけ。


人に成れないだけの、ただ人の皮を被っただけの案山子(かかし)が、仮初めの肌を手にする為に。


それだけで、良い。




「──リグルっ!」



「っ!?」



熱の濁流を抱え込んだ鋭い一喝に視線が二つ、俺の背に向けられる。

リグルの母と、キッチンで薬膳粥を調理しているライラのものだろうが、けれど振り向く必要はない。


ただ、一言告げるだけで良い。




「──勝ってくる」



返事は、聞かない。


静止も、聞かない。



「ライ、さん……どこ行くん、ですか……?」



「野暮用。ライラ、此処は頼むな」



「えっ、頼むって……ちょっと!?」



ただ踵を返して、向かう先を壁越しに睨む。


集落の農園、その近くにあるという洞窟。


そこに住み着いた悪神気取り某様(なにがしさま)に、少しばかり賽銭を投げてやろうか。















「……ぶっ殺してやる」











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