その6『亜麻色猫の口遊び』
嘘を見抜く為の術。
備わったその力が、どうしようもなく皮肉な事だと思えた。
神経質なまでに嘘を嫌う俺にはお似合いの力、だなんて──素直に喜べる訳もない。
「嘘の割合が……浮かんだの? メティの頬っぺたに?
それこそ嘘とか見間違えじゃなく?」
「……突拍子もない事を言ってる自覚はある。というより、なんだってこんなモノが俺に見えんだよ、クソッ」
「今も見えているんですか?」
「いや、メティに触れて少ししたら消えた……ライラには、見えなかったんだよな?」
「は、はい。私には、全然。いきなりライさんがメティさんの顔をペタペタしてた様にしか……」
「……ペタペタって……うん、まぁこの際どうでも良いの。ねぇ、ライにぃ」
「……なんだ」
誰に、何の目的があって与えられたのかも分からない力に対しての苛立ちは少なくないが、ひとまずは抑えて。
取り繕う形ではあるが、取り敢えず自分の目を通して映った光景を簡単に説明してはみるけども。
やはりメティとしては素直に受け止め難いのか、怪訝そうに腕を組んだ。
彼女からすれば、言いがかりを付けられたようにも思える形になる。
良く知りもしない男に頬を撫でられ、お前は嘘をついていると揶揄されて、挙げ句その根拠はそれこそ嘘みたいな曖昧さ。
しかし、メティは憤慨するよりも、事実確認を優先させたらしい。
俺を見上げるオレンジ色の眼差しの、片隅に置かれた拗ねたような光沢が小さく反射する。
「実はメティ、朝から何も食べてないのにゃ。メティに悪いと思うなら、何かご飯ちょーだい」
「出来ればそうしたいが、俺は…………っ!」
「えっ、どうしたんですか、ライさん?」
「……ははん、なーるほど────で、今度は幾つだったの?」
一文無しなんだと、メティの要望に応えられない旨を語る口を遮ったのは、つい先程、白昼夢みたく消え去ったあの現象。
──嘘 82%
今度は、頬ではなくメティの右隣に、まるで極少規模の蜃気楼みたくフワリと浮いている計測数字。
隠しようもない動揺を読み取った悪戯な猫の瞳が、どこか愉し気に目尻を狭めた。
「……82%だ」
「わお、お見事。嘘が嫌いなライにぃには悪いけど、確かに今、メティは嘘ついたの。実はちゃーんと朝ご飯食べたのね。勿論、ライにぃにそんな事が分かるハズない……と、なれば、本当に『分かる』のね」
「……嘘を見抜く力、ですかぁ、何だか凄いですね。あ、でも……残りの18%の意味は?」
「多分、奢って欲しいってとこだと思うの。そんなにお腹空いてないけど、タダ飯ならありがたーく貰っちゃいたいって気持ちが『本当』だったからかと」
「……思いの強弱によって割合が変わる、って事なのか」
嘘の割合、嘘の強弱。
まるで言葉遊びの様な気味の悪さに、自然と表情が苦くなる。
単純な白黒で判別出来ないファクターだとでも取り繕りたいのか、嘘の分際で。
嘘はウソ、1か0か。
それで良いだろう、余計な雑音を混ぜるな。
降って湧いた異能力に対する誤魔化し切れない嫌悪感に、握り締めた拳の骨が鈍く鳴り響いた。
────
──
『亜麻色猫の口遊び』
──
────
「真実の塔に行く方法?」
換気といえば大袈裟だが、いつまでも泥沼に沈む感情を引き摺るのも二人に悪い。
深呼吸と浅い瞑目と共に切り換えて、ファニルの森を出る前から情報通な行商人に聞こうと思っていた事を、いざ尋ねれば。
どうしてそんなこと知りたいの、と聞き返したそうな気持ちをのせた尻尾が、ゆらり揺れる。
「というよりは、賢者に会う方法になるか。行商人であるメティなら、知っているんじゃないかとライラに言われてな」
「賢者様に、かぁ……折角期待してくれて申し訳ないけども、会う方法は知らないの。でも、会った事がある人なら知ってるの」
「あっ、ということは、賢者様ほんとに居るんだ……」
「……うん、確かにメティも会った事ないけども……もしかして居ないと思ってたの?」
「え? えーと……実は、ちょっと。『四季伝説』みたいなモノかなって思ってたり……」
何でもかんでもあっさり信じてしまいそうなライラならば、てっきり眉唾な存在でも鵜呑みにしそうなものだが、どうやらそうでもないらしい。
気拙さを誤魔化すように微笑む彼女の言う『四季伝説』とは、ファンタズマゴリアにおける都市伝説と言い換えれば直ぐにイメージが定着する。
口裂け女みたいな怪談があるのかと、聞いた当初は驚いたが。
まぁ良く考えれば新聞だったり芸術だったりと文化的な共通点も多いのだ、あったとしても不思議じゃないか。
「……会った事がある人ってのは?」
「ヘルメスの元締め。というか『四季』の長は1度くらい会った事があるって話らしいの」
「へぇー、そうだったんですか。賢者様かぁ、どんな人なんだろう……」
「そりゃ、色々と凄いんじゃないの? なんたって賢者って国のトップにまで呼ばれてるくらいだし……まぁ、とにかく気になるなら、ボスに会ってみる?」
「アキの斜陽のトップに? そう簡単に会える者なのか?」
ヘルメス・トリスメギストスという如何にも大層な名前を引っ提げている組織の、頭取。
商業団体であるならば尚更、会って話をするだけでもかなり難しそうな相手ではあるが。
しかし、そんな杞憂は案外何とかなると──そう言いたげに頬を吊り上げたメティの笑顔は、あからさまに意味を含ませた様な、まるで悪戯好きな猫の、貌。
「んー……どうだろ。毎日忙しいそうだけど……んふふ、"ライにぃ相手なら"会ってくれる、かもね」
「……その根拠は?」
「んふふー……ヒミツ。情報は小出しに留めるのが、商人の秘訣なの」
「メティさんったら、こんな時にイジワルして……」
「駆け引きと言って欲しいの……じゃ、ライにぃ達に、これ渡しとくね」
どことなくミステリアスを気取る辺り、これはメティの頬に許可もなく触れた分の意趣返しのつもりなんだろうか。
煙に巻く術はともかく、そのスタンス自体は行商人であるメティらしいとも言えるが。
そんな悪戯猫の翻弄に目を細めれば、手渡されたのは白草を模した貴金属で作られたブレスレットが二つ。
「これは?」
「ヘルメスの"お得意様"に渡してるものなの。もし本部に来た時にそれを見せてくれれば、組員が融通してくれるの」
「通行証みたいなものか」
「そんなとこなの」
「そうか、ありがとうメティ。ほら、ライラ」
「──あっ、はい。あり、がとうございます……メティさん」
「……ライラ?」
「にゃはっ──いーえいえいえ、どう致しましてなの」
試しにヘルメスの通行証を腕に通しながら、貰い受けていたもう一つをライラへと手渡せば、何故か少し躊躇いを見せる。
受け取ってくれはしたが、何処と無く曇り顔の表情に困惑する俺を尻目にして、メティがまたも意味を忍ばせた笑みを浮かべていた。
けれど、やはりそれは瞬く間に柔らかな微笑みに変わるのだから、手馴れた翻弄ぶりである。
される側としては余り気分の良いモノではないけども、素直に嫌うには受け取った施しも負い目も多い。
それもまた"計算"なのだとしたら──メティ・メティリカは相当な食わせものと言えるのだろう。
これではまるで有名な童話のチェシャ猫だ。
「さて、それじゃお二人さん、メティはここいらで失敬させて貰うのね」
「えっ、メティさん帰っちゃうんですか? いつもは集落で一泊してるのに……」
「急な用事でもあるのか?」
「ん? んー本当だったら露店でも開こうと思ってたんだけど……どうにも、"今日は日が悪い"みたいなの」
「??……確かに人通りは少ないが、今は単に、畑の収穫に出てるだけじゃないのか?」
日が悪い、というメティの言い分は露店を開くつもりの彼女からしたら実にもっともだが、少し引っかかる。
集落の共有農園ならそれなりに収穫に時間が掛かりそうではあるが、遅くても夕方には人通りが増えるだろう。
それならば、人が増える時間に露店を開けば良いのだから、宿を取らないという選択にはならない気がして。
そう"疑問"を巡らせれば──まるで、答え合わせを持ち掛けられるように、あの力が現れる。
──嘘 21%
現れて、そして。
ウソを、測る。
「くふふ、そうなのにゃ。大人たちは収穫でみんなみんな、大忙しにゃ」
──嘘 82%
「でも……もしかしたら、ほんとは収穫なんてしてないかも知れないね」
──嘘 7%
浮かんで、立ち消えて、嘘の比率がどんどん変動する。
軽快に、わざとらしく。
目を閉じて、どこか演じるように嘯くメティの言葉を、彼女の顔の隣に浮かぶ嘘の計りが裏返す。
普段よりも、集落に人が居ない理由は何か。
ネズミ族の大人達は、そもそも、収穫に出てる訳ではない。
つまり、何かしら別の要因が関係しているということ。
そしてメティはその要因を……
「まぁ、メティには"良く分かんない"にゃ」
──嘘 100%
知っている。
「──何の、つもりだ」
「んふふ、秘密。でも、気になるなら調べてみても良いかも知れないの。メティじゃ無理そうな事でも……"ライにぃ"なら、何とか出来るかも知れないの」
「えっ、あの、さっきからどうしたんですか、二人共……?」
「喧嘩売ってんのか、"テメェ"……ッ」
「ら、ライさんストップ! 落ち着いてください!」
これは、挑発なんだろうか。
分かり易く、回りくどい言い回しをわざわざ選んでまで嘘をついているメティの思惑は分からずとも、自然と警戒心に身体が強張る。
嘘が嫌いだと宣う俺に、わざわざ真っ赤な嘘をぶつけてまで口遊ぶ猫の真意が見えない。
状況に取り残されながらも、その触発がちな雰囲気だけは感じ取れたのか、オロオロとしながらも俺とメティの間に入ろうとするけれども。
「……」
笑みは貼り付けたまま、軽快な歩調で俺の目の前まで、猫が歩み寄って。
まるで、先程の再現のようにその少女らしい細指をそっと、俺の右頬に伸ばして、撫でた。
「なんとかできる、かも………………でもね、無理はダメ。危なくなったら、ちゃんと逃げて欲しいの」
「……な、に?」
「んふふ」
仕返し代わりに添えられた、小さな手。
ゆるりと、艶かしく頬骨から顎の先までを辿る人差し指の、"警告"。
半ば呆然と吐き出した疑問は、されど猫の弾んだ喉鈴にあっさりと流された。
「じゃあねっ、お二人さん。また、会おうね」
「あっ、は、はい……えっと、えと……お気をつけて」
「…………」
するりと抜けて、ただただ散文的に『何か』に繋がるヒントばかりを好き勝手押し付けてくれた悪戯猫が、後ろ歩きに去っていく。
愉しそうに、楽しそうに、去っていく。
呼び止めることも、白状させることも、きっと叶わなそうな厄介さ。
『好奇心は猫を殺す』というけれど。
嬉々として『好奇心』を突っつき回してくれたアイツは、とんだ"性悪猫"だった。
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