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ライラライオン─金獅子英雄譚─Lila LION  作者: 歌うたい
【一章】 斯くして少女はEを隠して
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その5『嘘ハカリ』



「むふぅ、相変わらず良い仕事っぷりなの、ライラにゃん。絡繰りの動作も完璧パーペキ、文句無しなの」


「今回はライさんも手伝ってくれましたから。この子達の出来も、お蔭でいつもよりずっと良くなったかなって思うんです、私」


「俺はあくまで木材バラしただけで、品質向上に貢献した覚えはないけどな。素直にライラの実力だろ」


「そんな事ないですって。普段なら一番苦労するところをやって貰ったからこそ、その分を仕上げに余力を回せた訳であってですね……」


「だがその一番苦労する部分は、正直誰にでも出来そうな事だろ。そう考えると、やっぱりライラの負担の方が──」


「………………うん。うん、あのね。取り敢えずお二人さんの仲がとーっても良いのは充分伝わったの。伝わったのは良いとしても、残念ながら取引はまだ終わってないのね」


「あ、はい、ごめんなさい」


「悪い、水を差した」


「……そこはもうちっと華のある反応を期待してたのに、無駄にサバサバしてるの、お二人さん……まぁ、良いの」


「?」


溜め息混じりにがっくりと項垂れるメティのテンションに同調するように、猫耳と尻尾もくったりと力無く(しお)れる。

そんな猫娘の反応が今一つ掴めないのか、疑問符を浮かべた無垢なラピスラズリの瞳が、どうしたんでしょうか、と問いたそうに隣立つ俺を見上げた。


しかしまぁ、メティの言わんとしていることが何となく理解出来てしまった俺としては、如何(いかん)せんその問いには答え難い。

恐らく、どちらがより頑張ったかという評価の押し付け合いが、痴話喧嘩にでも見えたんだろう。


素直に説明してやれば伝わるだろうかと、器用な天然っぷりを披露する事の多いライラに口を開こうかと思えば、耳に届くはジャラジャラと少しくぐもった軽い金音。

目を向ければ、麻を紐で縛った分かり易くシンプルなタイプの硬貨袋を、メティがライラに差し出していた。



「ほい、いつもの分……銅貨22枚に銀貨7枚なの」


「有難うございます、メティさん」


「商談成立か。随分高値が付くんだな」


「国を挟んで顧客が付くくらいの人気商品だから、当然なの。本当はもっと色付けても良いくらいなんだけど、ライラにゃんったらあんまり多く貰い過ぎても困るって断るんだもん」


「普通だったら銀貨2枚もあれば、充分余裕をもって暮らせますから。だからその、何というか……多く持ち過ぎちゃうと、何だか落ち着かなくって……」


「……ほんと、性根が小市民なのな。あんまり偉そうな事は言いたくないが、少し謙虚過ぎるぞ、お前」


「ライにぃの気持ち、メティも良く分かるの。もうちょっとくらい我が儘(ワガママ)になっても罰は当たらないのに、ライラにゃんは……全く、どこぞのめちゃんこ口汚いずぼらネコも見にゃらって欲しいの」


「ぁ、ぇ、もう……何ですか何ですか何なんですか二人とも……いきなりそんなに褒められると、何だかとっても恥ずかしいんですけども……えへへ」


「……まぁ、確かに、褒めはしたんだが」


「それだけじゃないっていうか……うん、流そうライにぃ。こういう時、深く突っ込んだら負けな気がするの」



ライラの性分はそれなりに把握して来ては居るのだが、変なところで独特な彼女のペースに合わせられるかと聞かれれば、否と答えるしかない。


それなりに付き合いがあるメティもその点に関しては俺と同じらしく、透明感のある白い頬を赤く染めてにやける天然少女を尻目に、やれやれと(かぶり)を振っていた。




────

──


『嘘ハカリ』


──

────





「それにしても、国を挟んでの顧客か……一体どこの国の人なんだ?」


「うーん、顧客の情報を教えるのは『ヘルメス』でもタブーなんだけど……ま、お近づきの印なの。いっつも買ってくれるのは、ハルの国のとあるお偉いさんなの」


「成る程、『空想ハル華』の国か。隣国のVIPにまでファンが居るとは……ちなみに、『ヘルメス』というのは何だ?」


「えっ、ライにぃ知らないの!? 『アキ』の国に住んでるのに!?」


「あー……えっとですね、ヘルメスって言うのはメティさんが所属してる商業連合組合の略称です。正式名称は『ヘルメス・トリスメギストス』……だったかな。簡単に言っちゃえばアキの国の中心ですね」


「……そう、か。解説ありがとう、ライラ」



ふとメティが紡いだ素知らぬ単語に気を惹かれて、尋ねてしまったのは迂闊だったかも知れない。

恐らく、アキの斜陽に住む者ならば子供でも知っているくらいの常識だったんだろう。


例えるなら、日本人が日本人に東京タワーとは何だ、と聞くような事。

あんぐりと、並びの良い歯を見せ付けるみたく驚愕に固まってしまったメティを見れば、否が応でも失敗を悟る。



「いやいやいやいや……今までどんな暮らししてたの、ライにぃ……」


「まぁ、世界が違えば分からない事の一つや二つもある、としか言い様がないんだよな」


「せ、世界ぃ? あの、ライラにゃん。もしかしてメティ……からかわれてるの?」


「あっ、いえ、ライさんは別にからかってる訳じゃないと思いますよ。何でしたっけ……ファンタズマゴリアに来る前は……に、ニッポン? という国で暮らしていたらしくて、気がついたらファニルの森に居た、とか」


「ニ、ッポン? な、なにそれ……メティ、聞いた事ないの」


「……そうだろうな。まず国どころか世界が違うんだから。俺だって、最初は信じられなかったし」


「う、うーん……確かに、嘘を言ってる感じはしないけど……」


「俺は嘘が嫌いだ──って言っても、別に無理に信じなくても良い。証明出来るモノなんて何も持ってないしな」



ファンタズマゴリアに来る事となった経緯自体、俺は良く覚えていない。

ただ──『あの光景』そのものから振り切るように、ただ闇雲に我武者羅に走っていた記憶から先が、ぽっかり抜け落ちてしまっている。


広がっていくホワイトアウトを越えれば、降り(しき)る大雨の中、ファニルの森に倒れ伏せていたところへと繋がるだけの頼りない記憶。


財布も携帯電話も学生鞄も、何処にもない。

身に付けていた黒のジャケットとニュースペーパー柄のカッターシャツ、ジーパン、スニーカーと着の身着だけが俺の私財の全てという、何とも途方に暮れる話だ。



「…………ライラにゃんは、ライにぃの話、信じてるの?」


「私、ですか? はい、勿論ですよ! 違う世界から来ただなんて、なんだかお伽噺みたいでワクワクしますよね! ねっ?」


「……いや、そうじゃなくて……もっとこう、根拠的な」


「根拠ですか……うーん、何となくですけど。ライさんとお話した時、あっこの人は嘘つかなそうだなって思ったんですよ」


「わお……この娘ったらホント、ふわっとしてるのぉ……」


「それに、ライさんの口癖は『俺は嘘が嫌いだ』なんですよ。そんな事言う人が嘘なんか言うかなぁって」


「信じてくれるのは嬉しいが、無理矢理似せるなよ。そんな顔されても全然似てないからな」


「あぅ、そですか……」



あどけない信頼を寄せてくれるのは(くすぐ)ったいけども、無駄に自信満々な顔はいただけない。

どんなもんだと言わんばかりにラピスラズリを輝かせるライラに、有りのままの評価を下す。


勿論、嘘など微塵も混じってない、嘘嫌いらしく純然たる本音で。



「ふーむ……違う世界、か。正直身も蓋もない話だけども……ヘルメスの一員としても一個のメティとしても、ファンタズマゴリアとは違う世界についてはとっても気になるの」


「商売人として血が騒ぐ、ってやつか」


「……まぁ、それもある『にゃ』。でも、これはどっちかと言うと、ネコ族としての血なのね……未知は蜜の味ってのがメティ達の矜持であり命題なの」


「あ、じゃあメティさんもライさんの事、信じてくれるんですねっ」



細くなる、鋭くなる。

それはほんの些細な変動、注視しても気付かないくらいにささやかな仕草。


あっけらかんと笑うメティの口元は、朗らかな半月を覗かせて、そこには脅威も濁りもない筈なのに。

彼女の、オレンジ色の瞳がほんの少しだけ細められた、その程度の筈なのに。



──(しこ)りのように、心の奥の奥を漂っていた(かす)かな違和感。



力強い握手と共に手離されて、すっかり行き場を失っていたその微かな引っ掛かりが、まるで連鎖を生むように不気味な輪郭を描いた。





──思えば、布石は既に打たれていたのかも知れない。





「……っ」




──『 』と。


耳の奥から、或いは心臓の内側から、或いは指先の僅かな静脈から、摩訶不思議なナニカが脈打つ音が反響した。


それは空に歌う産声のようで。


それは月に叫ぶ咆哮のようで。


それは海に沈む嗚咽のようで。






「勿論なの『にゃ』! ライラにゃんが信じてるのにゃら、メティもライにぃを信じるの!」







世界が、歪んだ音がした。





──────

───








──嘘 71%






「……はっ?」



「……ライ、さん?」



「ど、どしたの、ライにぃ……なんかメティ、気に障る事言っちゃった?」



「い、いや……」



「そ、そう?」




強い耳鳴りと、ほんの刹那のホワイトアウト。


まるで一秒にも満たない一瞬、世界から切り離されてしまったかの様な、地に足をつけているという自覚すらあやふやな意識を取り戻せば。


不安そうに俺を呼ぶライラの声と、どこか脅えたようにオレンジの眼差しを揺らすメティの顔に、鉛みたく重く固まってしまった神経が五感を取り戻す。


取り戻して、取り戻して──顔が強張る。



──嘘 71%



文字が、浮き上がった。



黒い筆記体の輪郭を蛇のように這う七色の光沢が、硝子の反射みたく煌めいて、荒唐無稽(こうとうむけい)な情報を浮き彫りにする。


白々しく、投げ遣りに、文字が浮き上がっている。


メティの顔の、右頬に。


まるで、出来の悪いタトゥーみたいに。




「なんだよ、これ……」



「ら、ライさん? 何を……」



「……へっ? って、ちょっ、えっ!?」



自然に、けれどあまりに不自然な現象に、思考が追い付かない。


嘘の比率。

淡々と、白々しく書かれたその文字を半ば無意識的に確かめようと、手を伸ばす。

ゆっくりと、どこか地に足つかない夢見心地で、手を伸ばす。



これは、あの時の──



この世界に迷い混んだ最初の夜、おぞましい──ファンタズマゴリアにおいては当たり前であるらしい紅い月の下で、見たモノ。


波紋に揺れる水溜まりの鏡に浮いた、あの時の摩訶不思議な現象。


きっと、あの日のそれと同じで、決して見間違えではないという確信はあっても、あまりに不理解な現象に、記憶すら曖昧模様にかき乱れる。


だからこそ、こうして指で触れてみれば何か……確証が得られるのでは、と。



「ライ──ひゃっ……んっ」



掬い取ろうと伸ばした指先が触れたのは、亜麻色のサラサラとした指通りの良い髪の感触と、すべすべとした肌と体温、それだけ。


浮かんだ文字には特別触れる事は出来ず、やがてフワリとメティの頬からすり抜けて、舞い上がって、光の粒へと消えてしまった。


突拍子もなく現れた不可思議に、今一つ整理が追い付かないままに、メティの頬から手を放す。




「き、消えた…………何だったんだ、今の」



「なっ、何だったんだはメティの台詞なのっ! いきなりメティの頬っぺた触るなんて、流石にどうかと思うの! というか消えたってなに!?」



「あっ、すまん。何かいきなり、文字が、浮かんで……」



「文字が浮かぶ!? メティの頬っぺたはそんな変な機能なんか備わってないの!」



「メ、メティさんメティさん、ちょっと落ち着きましょう。ねっ? ライさんも、ほんとどうしたんですか? 女の子の顔に触るのは、私も流石にどうかと……」



「あ、あぁ……本当にすまなかった、メティ。不躾、な真似、を……?」



疑問符に覆い尽くされた思考回路を切り裂くような、憤慨に頬を赤く染めたメティの非難に、慌てて我を取り戻す。


初対面の男に、いきなり顔を触られたのだ。

変な下心はなかったとはいえ、そんな事は言い訳にしかならない。


しかし、頬を膨らませるメティをやんわりと(なだ)めながらも、彼女の意見に同調するライラの言葉に、新たに一つ疑問が生まれる。




──それは、まるで世界から切り離されたかのように。




「……ライラ?」



「は、はい」



「……さっき、メティの顔に浮かんでいた文字、お前は見てなかったのか?」



「……はい?」



「いや、今はもう消えてしまってはいるが、『嘘 71%』って文字が浮いてただろ?」



「……?」



まるで、俺が何を言ってるのか何一つ分からない、そんな表情。


ただひたすらに困惑の感情を貼り付けたライラのラピスラズリが、狼狽を隠す事も出来ない俺の姿を写して。


彼女の桜唇(おうしん)がどこか申し訳なさそうに、チラリと舌先で湿らせて、呟いた。








「……文字なんて、どこにも浮かんでいませんでした、けど……」







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