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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「お」 -尾・雄・男-

作者: 牧田沙有狸

あ行

困った。

バスを待っているとバス停のポール部分につながれた犬と目があった。

犬について詳しくないので種類とか分からないけど、大型犬と言われる部類にはいるだろう大きさ。

向かいにパチンコ屋。きっと飼い主はこの中なんだろうろ予想した。

その犬はしっぽを振りながら私を見つめる。私が愛想よく相手していると発情しはじめた。

雄らしい。

あたしは軽く押し倒され、バス亭を背にしりもちをついた。

「ちょっと、あたし犬じゃないから!!うわ、スカート汚れるでしょ」

人間に飼われている動物とはいえ、興奮している雄の力は野生味あふれすごい勢いだ。しかし、正直なところこんなにも情熱的に求められたことがないので、ちょっと虚しいけど本気で犬を叱り付ける気がおきない。どこか嬉しそうに困っているあたしの反応は、体を張った愛情表現に周囲には微笑ましい光景にさえ見えてしまうんだろう。誰も助けてくれない。でも犬じゃなかったら、犯罪だよ。おい。

前足をあたしの肩に乗せハアハアしながら尻尾を振る。

一体どうしろと言うの?

下手に抵抗して(っていう表現もなんか嫌だけど)噛まれたら嫌だしな。

かといって、どうすればこいつの気が済むの?非常に困っているのに、なんだかコメディな現実。

あたしが犬に愛されていると、パチンコ屋からすらりとした長身の女の人が出てきた。

「やだ、すみませーん」

飼い主らしい。やや化粧が濃いがキレイな人。予想通りパチンコ屋にいた。

「もう、やめなさい。コラ」

「あ、あの飼い主ですか」

「はい」

彼女は、ぬいぐるみでも持つかのようにひょいと犬を持ち上げ、あたしから引き離してくれた。あたしは無事救出された。しかし、乗るはずだったバスは行ってしまった。次のバスは1時間後。なんとかすれば乗れたが、汚れたスカートで慌てて乗り込むのも、車内での視線を集めそうで嫌なのでわざと見送った。急ぐ旅でもない。むしろ、時間をもてあましてバスに乗ってどこか行こうと思っていたぐらい暇だ。


「ごめんね」

ペット同伴OKのカフェテラス。お詫びにと飼い主がコーヒーをおごってくれた。

「まったく、若い女の子見るとすぐこうなんだから」

犬はテーブルの下でおとなしくしている。飼い主には全く逆らえないようだ。

「ちょっとびっくりしたけど、大丈夫です」

「本当に? 時間、平気? デートとかだったんじゃないの?」

「そんなんじゃ、相手いませんし」

「あら、そうなの。もったいない。カワイイのに」

なんだかドキリとした。女の人に言われるカワイイっていつも信用できないのに。

あたしに向けられる同姓からのカワイイは、大抵、服がカワイイ、髪形がカワイイ、バックがカワイイ……と部分を褒め「わたしにも似合うかな。わたしの方が似合うでしょう」という基準でカワイイかどうか言ってる。それか「同姓をカワイイといいきれる可愛い自分」を演出したいんだ。引き立て役に使われ、本質をほめてもらうことなんかない。自分でも思うけど不細工ではない。ただ中性的で恋愛対象にされない。少年のよう。

けど、この人の言葉は響いてきた。なんでだろう。年が離れているからかな。10歳は上だろうな。背も160cmあるあたしより20cmぐらい高く見える。

「そんな、ぜんぜん、カワイクないですよ」

「うーん。まあ、そういう台詞吐くところはカワイクないわね。謙遜って感じでもないし」

「え?」

「女として生まれたことに甘えて、女でいることを楽しもうとしてない」

予想もしない言葉が返ってきた。

女でいることを楽しむ。……そういうのよく雑誌の特集とかあるけど、なんだかジェンダー論語りたくなるくらい居心地悪い。女の子だからピンクが好き? 宝石が欲しいと思う? フリフリのレースついた下着で女である喜びを感じる? 嘘だ。そんなの。勝手に決めないで。似合わないから言う妬みみたいなものじゃなくて、本当に興味がない女の子だって絶対いるのに。女を楽しむなんて。それともぶりっ子して男を手玉に取れと? 逆に内助の功で男を立てる喜びでも知れと? 女を楽しむって、何よ。

「女でいることを楽しむって、どういうことですか?」

ちょっとふてくされて聞いた。

「女として持ってるもの、もっと大事にしなさいってことよ」

またか。そういう風潮、最近多い。なんなんだろう。小さな幸せを喜べる心? 持ってるもの大事しよう? 聞こえはいいけど、ただ目標を下げただけで成長するのかなって思ってしまう。小さな幸せに喜べるのはとても満たされた心の持ち主なのかもしれないけど、上を見る喜びを横を見て満足してやめてしまうのかな。そんなちょっと論点ずれたひねくれ心の勢いであたしは言った。

「そんなこと言ったって、みんな、ないものねだりするもんですよ」

「え」

「ストレートヘアの子はくせ毛に憧れ、背の低い子は高い子に憧れ、都会の人は田舎に憧れる。それで、近づこうとするから楽しいんじゃないんですか」

彼女はなんだか嬉しそうに笑った。

「そうね。そうなのよね」

その笑顔に1周回ってあたしと向き合っているんだという大人の余裕を感じた。なんだかマジに反論する自分が恥ずかしくなってくる。

「私、女にすっごく憧れる」

「え?」 

「好きな男の子供、産めるんだもん。すごいよね」

「え??」

含みの多い言葉であたしが読み取れないだけなのか、余計返す言葉を失った。

「やだ、そんな顔して、ねぇあなた名前は? 私はオリビア」

「オリビア?」

「ああ、お店での名前だけどね。本名は内緒」

「はぁ。あたしは、麻緒まおです」

「麻緒ちゃんか、また会えるといいね。私よくそこのパチンコ来てるから」

「そうなんですか」

年上の女友達。ちょっとうれしい気もした。でもオリビアって呼ぶのは恥ずかしいな。

「バス来るまで麻緒ちゃんはここにいて。私はそろそろ仕事行かなくちゃ」

「はい」

彼女はカバンをごそごそと物色してライターをさしだした。

「これ今日の記念にあげる。うちのお店の。可愛いでしょ。タバコは吸わないだろうから、アロマキャンドルとかにでも使ってよ」

「あ、ありがとうございます」

「じゃ、またね」

ウトウトし始めた犬を無理やりひっぱって彼女は笑顔で去っていった。

不思議な出会いであった。

記念にもらったピンク色のライター。

あたしはそこに書かれた文字に絶句した。


 『ニューハーフパブ オー


 「お、男……」


彼女?の憧れぬいた「女」。

何もしなくてもなれているのだから、もう少し楽しまなくては…となぜか反省したい気持ちになった。




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