7話 追われる少女③
「くそう、こんな事なら後ろからでも不意打ちで懲らしめとけばよかった」
「・・・あなたも不思議な格好なのね、もしかして異世界人?それならさっきの彼みたく凄い魔法使えないの?」
「使えねーよ!あんな凄い剣貰い受けるどころか何も貰えなかったんだから!」
「そうなんだ」
彼女は残念そうに言う。こうしてあんなチート武器を貰った人間と比べられると、いつもなら傷をえぐられるように落ち込むはずだが、今は逃げる事で手一杯でそれどころではなかったようだ。
走っていると、だんだん木々が少なくなっていく。そして隙間からさっき来た野がやっと見えて来た。さっきはゆっくりとつけるようにして歩いていた分、時間がかかったが、走ってみるとそんな大した距離ではなかったようだ。
森を抜ければ木々も無くなって避ける必要もなくて全力で逃げれる。しかし、的が狙いやすくなるのではと手遅れな事に気付く。もうどっちにしろ全力で逃げるしかない。
最後の木が見える。これを抜ければ森からは出られると思った時だった。
「逃がすかああああああああああああああ」
森の奥から叫び声聞こえると同時に後ろの木々が燃えるように爆発し、爆風に払い出されるように自分と手をつないでいた彼女ごと吹っ飛ばされる。
「いってえ!!」
「いたた」
吹っ飛ばされたもののなんとか無事着地した。彼女は自分のお腹をクッション代わりのように座って着地出来たため、そこまで痛くは無さそうだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だから、早くどいて」
「ごめんなさい!」
彼女がどくとまだじんわりとお腹が痛む。起き上がらずに服をめくって手を当てる。なんだか水ぼったいというよりも何かべたつくと言った方がいいのだろうか。
なんとなく予想は出来たため恐る恐るその当てた掌を見てみる。手は真っ赤に染められやはりお腹についていたのは血だった。
「マジかよ」
病は気からというが、真っ赤に染められた掌を見て余計に頭がクラクラしてだるくなったような気がした。
「大変、私そんなに重くないはずなのにどうして!」
さっきの爆風の音のせいなのか出血のせいなのかなんだか耳が遠い。
でもとりあえず、そんな冗談をかましている場合ではないのではないでしょうか。
「でも、大丈夫」
彼女は自分の腹部に手をかざす。すると彼女の手の回りから薄緑色の優しい光の球体が包み込む。それを腹部に当てられると、少しずつ気怠さが消え痛みも引いていき呼吸も心なしかしやすくなった気がする。
腹部をもう1度触ってみると新たに血がついた感じがしない。
「もう治ったから起きて大丈夫ですよ」
そう言われて試しに立ってみようとすると難なく立つことが出来た。
「すごい、何?回復魔法?」
「そうです、私治癒魔法は得意なんです」
本当にさっきの痛みが気のせいであるかのように痛みも血もひいていた。しかし白のパーカーに少し血が滲んでいたのはショックだった。
だが、治ったならばすぐに逃げ出すべきであった。
もう燃えだしている炎の中から青年が出てくる影が見えている。あの威力と範囲を考えたらもっと早く逃げ出さなければ、この何もない野から逃げ出すことなんて不可能だ。
ここまで不意打ちをしなかったことを後悔することになるとは思わなかった。なんであんな好奇を逃してしまったんだ。
もうここまで来たなら戦うしかない。そう決心し、腰に携えている剣を鞘から抜き出す。
「え?戦うつもりなんですか、無理です。逃げましょう」
「あんな強くちゃ逃げきれないだろ」
「だったら尚更・・・」
「さっきの魔法どのぐらいまで届く?」
「30mぐらいなら・・・」
「頼みがある、俺が突っ込むから攻撃されたらその瞬間回復してくれ」
「そんな無茶苦茶な」
「もうこれしかないんだ」
彼女はあまり納得していなさそうだったが、堅い表情で頷いた。
さっきまで炎の奥に見えた影も実態となってはっきりと見える。まだ50mといったところだろうか。
向こうは決して焦るようにしてこちらに向かってくるのではなく、ゆっくりと歩いて近付いてくる。正直、走ってこられるよりもあの余裕の表情で歩いてくる方が恐怖心を煽られているような気がした。
30mぐらいまで近付いたら走り出そう。大丈夫だ50mの半分ちょっとと思えば4秒かかるかどうかだろう。
40m・・・35m・・・今だ!
剣を持って全力で走り出す。
まさか向こうも走ってくるとは思わず驚いたようだが剣を振り、魔法を使ってくる。
まず一発目の炎は右足の太ももに当たる。一瞬すごく痛いが、すぐに薄緑色の光が包みすぐに炎も一緒に消える。
二発目の炎は、今度は左の前腕に命中する。剣を離してしまいそうになるが右手で強く握りしめて耐え、すぐに回復すると再び左手でも強く握り直す。
そしてあと10mといったところでもう一発炎が飛んでくる。今度は右のすねの辺りだった。すぐに回復するだろうと思ったが痛みが引かない。足元を見ると薄緑色の光が当たった箇所より少し上にズレていた。
足の力が抜けると自然にバランスも崩していたが、なんとか剣を伸ばして青年の持っていた剣を吹き飛ばし、剣は空中で回転して誰もいない野に突き刺さる。
そして左足でなんとか体を支え、剣を喉元手前で止める。
「ヒィッ!!」
「お前、神から良い物貰ったからって調子のんなよ、次やったら…殺すぞ」
青年の表情は怯えていたが、彼女を助ける前に兵士に勇敢に立ち向かう時の瞳に戻っていたと思う。
その後、何度もペコペコとごめんなさいと連呼しながら土下座をして野に刺さった剣を持ってどこか違う方へ逃げて行った。
女の子は、彼が逃げ去ったのを見てから自分のもとへと急いで駆け寄ってきた。
これでなんとか一段落着いたと思うと踏ん張っていた痛んだ右足が崩れるようにして倒れこむと後ろから駆け寄ってきた彼女ごと倒し、彼女に膝枕をしてもらうような格好となった。
「大丈夫!?最後の魔法外れちゃったごめんなさい!!」
「いいよ・・・追い返せれたことだし、今から回復してもらえれば」
「それが魔力尽きちゃって」
「マジか・・・」
彼女は申し訳なく、悲しそうな目をこちらに向けてくる。
まあ魔力回復してからまた治してもらえばいいか。でも走っている最中に切れなかったのは不幸中の幸いか。
「そういえばさ・・・」
「何?」
「君の名前聞いてなかったなって・・・」
彼女は悲しそうな表情から優しく微笑みかける。そして小さな手で優しく自分の前髪を掻き分け、顔を良く見えるようにした。
「私の名前はアリスよ、君の名前は?」
「シュンヤ・・・タニグチシュンヤ」
「シュンヤね、助けてくれてありがとう」
彼女は更に満面の笑みをこちらに見せる。そして彼女の優しさに甘えるようにしてゆっくり目を閉じ、眠りについた。