7話 追われる少女①
働かざるもの食うべからず、これはどこの世界でも一緒だった。
今自分は、街のレストランで働いている。見慣れない食材を使った料理は、最初は気持ち悪く思うこともあったが意外にも食べてみるといけることも多い。
せっかく異世界に来たというのに現実のフリーターとさほど変わらないような生活をしてもう一ヶ月近く経っていた。
帰る場所は、レイジさんに紹介してもらってからずっとヴロードさんの酒場で寝泊まりをしている。
自分が帰るころはお客さんで店が混みあっているから基本店の裏で過ごすか郊外に出て剣の素振りをしたり戦闘の練習をしている。
そしてお客さんがひいて寝るときには店にあるソファやイスを使って寝る。
ソファのある席に関しては2つしかないので、いつも店に居ついている人間の早いもの勝ちとなる。剣での練習を終えて出遅れてしまいショーマが寝ているのを見るとムカついてソファから蹴り落とした後、他のイスで寝たふりをする。もう心はだいぶ荒んでいた。
そして今日も郊外に出て剣の素振りをしていた。誰か参考になるものをみていたわけではないので太刀筋などが合っているかなどはわからない。しかし、体力をつけるためにもいつか異世界的な暮らしをするためにも、そして何より異世界に来たチート野郎を懲らしめるためにも、これだけは欠かさない。
夜風が冷たいのに少しだけ汗が噴き出て来たのを感じた。今日もこの辺で終わらせとくかと剣を鞘にしまう。
服の上腕部分で軽く顔の汗を拭きとり、街に戻ろうとした時だった。遠くから太い光の筋が野の向こうで差し込んだ。
「なんだあれ」
見たことのない光であった。でも人が作り出したような光には思えなかったのできっと何かあるのだと思い、その太い光の筋のもとへ向かうことにした。
バイトもたまに掛け持ちして引っ越しのバイトなどもやっているおかげで1年間引きこもっていたブランクもだいぶ無くなり、それどころか地球にいた頃よりも体力がついたような気がする。光の筋の方まで少し距離があるようだったがそんなに疲れはしなかった。
向かっている最中、その光の筋はだんだんと細くなって消えてしまった。だいぶ近くまで来てたとはいえ目印が無ければ探すのはだいぶ困難だった。
「この辺りだったかなあ」
だいぶ歩いたのか街の外の野よりも草花が生い茂り、大きな木もいくつか生えて育っている。
そしてさらに歩くと草花を押し潰すように何かが転がっている。もっと近づくとそれは人間だと分かった。
チェックの柄のシャツに青のズボンに眼鏡をかけていたが顔立ちは日本人に近く体つきは細身の青年といったとこだ。
「おい、大丈夫か?」
頬を叩いても返事が無い。しかし呼吸はしているので死んではいない。その後も必死に呼びかけるが中々目を覚まさない。
ふと周りを見渡すと何か転がっている。剣だ。鞘に収まってはいたが鍔といい、装飾といい自分が持っている平凡な量産された剣よりもいい剣なのは間違いない。
「もしかしてコイツも地球からこの異世界に・・・?」
「うっ・・・」
さっきまでびくりともしなかったくせに自分と同じようにこちらの異世界に来たのではないかと気付いた瞬間に目を覚ましそうになる。なぜかまずいと思った俺は近くに生えている木の陰に隠れた。
「ここは・・・どこだ?」
どうやらやっと目を覚ましたらしい。
「これはさっき神様の言っていた剣か」
聞いてもいないのにぶつぶつと独り言で情報を漏らしてくれる。やはり彼も神様に会っているらしい。
どんなものなのかと確かめるように鞘から剣を抜いた。遠くこんな夜だというのに、あの鏡のようなほど綺麗な刃は間違いなく自分の剣よりもいい代物だと再び確信する。
冒険スタートからあんな強い武器持ちやがって…
こちとら無一文ホームレススタートだぞ
絶対にあんな異世界チート野郎は神が許しても俺が許さない。
ガサガサ
自分の後ろから何やら物音が聞こえる。誰かが走って草を踏みつけるような音だった。その音に彼もまた気付いたようで立ち上がってこっちに向かってくる。
やばいやばい、このままだと気付かれる。
だんだんと近付いてくるのを察知して木の周りを、背中をつけてゆっくりと回るようにしてする。なんとかそれで彼が気付くことなくその場をやり過ごすことができた。
音がなるべくでないようにゆっくりと息を吐く。
その後、再び森の方から足音が聞こえる。しかも今度は声もする。二人ぐらいの成人男性のような低い声だった。
「見つかったか?」
「いや、見当たらん!しかしどこに逃げられたんだ全く」
どうやら人が逃げ出して、それで探しているようだ。
再び足音は森の奥へと遠のいていく。
青年はそれを追うように森の中に入っていく。
「ええ、森の中入ってくのかよ」
何とかあの青年を懲らしめてやりたいので仕方がなく自分も森の中に入っていくことにした。
初めてこの世界で目を覚ました時、変な虫に気付いて逃げ出すように森を抜けたことを考えるとまだ得体のしれない虫などがいる森の中というのはどうも嫌悪感で足を踏み入れたくなかった。
とりあえず目的は目の前にいる異世界に来たばかりの青年を懲らしめること。それさえ出来ればこんな森ともさっさとおさらばしたいところだ。
しかし、背中はがら空き、剣を振り抜くことも考えれば背中から不意打ちをすれば戦い慣れていないだろう青年を懲らしめる事など容易いだろう。
しかし剣使ったら死にそうだしなあ・・・
ならば剣を奪うのはとも考えたが、盗みもちょっとなあと抵抗がある。
そんなしょうもない葛藤を繰り返していくうちに森のだいぶ奥まで来てしまっていた。物音をなるべく消すようにして歩いているせいか青年ともだいぶ距離が離れてきてしまった。
このままだと暗い森の中一人残されてしまうと思ったその時だった。
「だ、だれ?」
女の子の声だった。不意打ちを食らったようにびくりと体が動く。誰かに気付かれてもう終わりかと思った。