6話 決意
人通りの少ない路地裏だった。隙間風が遠い向こうの出口に向かって枯れ葉が転がっては止まったりを繰り返していた。
しばらく路地裏をレイジの後ろを歩いているとちょうど真ん中のあたりで立ち止まる。
「ここだ」
これといって他の建物と変わらない住宅のドアであった。
ドアを開くと地下につながる階段に更にドアが設けられていた。
灯りはあるが数が少ないので少し薄暗い。階段を一段ずつ慎重に降りていく。
前を歩いていたレイジさんが階段を降り終えると木で出来たドアを開く。少し古いドアが開くと共にぎこちない音と設置されているベルが同時に鳴る。
中に入るとすぐ目に入ったのは奥にあるカウンターに更に何百種類か分からないほど4段ぐらいの棚に陳列されたお酒の瓶だった。そして白シャツに少し暗めの赤いネクタイに黒のベストを着たバーテンダーが何やらカウンター越しで何か準備をしていた。
「レイジまだ開店には早いぞ」
「ヴロードさん、ちょっと紹介したいのがいて」
「ふーん」
そういうとバーテンダーの視線は自然と後ろにいる自分に移った。とりあえず軽く頭を下げて挨拶をする。
どんどんとカウンターのある奥に向かうと途中、テーブル席のイスを並べて寝る人間や、昨日飲んだまま空のグラスのコップを持ったままテーブルを枕にする人間が4人もいた。
比較的若そうな人間ばかりだったが腕回りが太く、何か力仕事でもしてるのではないかと印象的だった。
そしてカウンター席に辿り着く。黒いイスが並び、そして遠くからは分からなかったが、深い茶色の木で出来たと思われるカウンターは自分の顔をうっすらと映しだすほどてかっている。
「この子はレイジと同じ世界から来たのかい?」
「そうだよ、この人はヴロードさん。シュンヤも自己紹介してあげて」
「初めまして・・・えっと、シュンヤ・タニグチです。よろしくお願いします」
どんな風に自己紹介すればいいのか分からず何故か英語風に名前を言ってしまった。
「よろしくな、シュンヤ」
ヴロードさんはこちらを見ていない。よく見るとヴロードさんはカウンター越しでグラスのコップを食器用クロスみたいな白い綺麗な布で磨くようにして拭いていた。
しかし、ここに紹介されたということはここで働けということなのだろうか。まだ、自分も未成年で酒なんて飲めないというのに気が退ける。そもそもここは地球でもないから未成年とか関係はないのだろうか。
「おいシュンヤ、まさかお前ここで働くと思って勘違いしてないか?」
「えっ?」
「俺がさっき渡した剣のこともう忘れたのか?」
レイジさんに言われてようやく腰に携えている鞘に入った剣の存在を思い出す。剣を渡されたということは戦うという事なのか。
やはり異世界には魔物とかは切っても切れない存在なのだろう。きっとここは依頼などを受け付けて冒険者がそれを引き受けたりする例のやつなのではないだろうか。
やっと異世界生活らしくなるのではないかと心が抑揚する。これでようやく浮浪者生活ともおさらばだ。
「ここは街の住人の悩みや困ったことなどを依頼として受け取る酒場だ。それでシュンヤにはここで依頼を受けて報酬を貰い生計を立ててもらう。ある程度稼げるようになれば家を借りればいいけどその間はこの酒場で寝泊まりしていいから」
「おお」
自分の予想通りの期待していたようなことを言ってくれるレイジさんに感謝の眼差しで見つめてしまう。まるで白い大きな翼を生やした神様のように見える。
心臓の鼓動が早くなるにつれて自分の興奮も高潮していく。どんどん次の説明をしてくれと落ち着かずにはいられない。
「シュンヤあそこに依頼が書いてあるボードがあるから見てくるといい」
ヴロードさんは入口とカウンターの真ん中あたりにあるボードを指さした。
どんな依頼があるのだろうかとワクワクしながらボード手前のテーブルのイスを2つ使って、酔いつぶれて寝ている人間を軽く横に避け辿り着く。
しかし、そのボードを見て愕然とすることになる。
ペットのマールちゃん捜索の依頼
店番の依頼
レストラン皿洗いの依頼
薪割りの手伝いの依頼
引っ越しの依頼
衣類などの製造の手伝いの依頼
途中で見るのも嫌になってしまった。ここにあるのは自分が思っていた依頼どころか現実で言うただのバイトだ。異世界らしさが何一つない。
というかこの腰に携えている剣は何だったのか。抜いてみたら実は子供が遊ぶような危なくない剣ではないのか。なぜこんな期待させるようなものをくれたのに目の前の依頼はこんなにも現実に近いものなのか。
さっきまで純白の大きい翼を生やした神様のように見えたレイジさんが、黒く蝙蝠のような翼を生やした悪魔のように見える。
しかし恩人に罵倒できるほど自分は恩知らずではないから、こっそり掠れたような声で聞くことにした。
「あのレイジさん・・・魔物討伐とか、なんか剣を使ったりする感じのとかって・・・」
「あぁ、たまにあるけど基本王宮の兵士にそういう依頼は来るから滅多にないから」
自分の中で何か壁のようなものが決壊するような感覚がした。
「うぅ・・・」
後ろから唸るような声が聞こえる。飲み潰れて寝ていた人がどうやら目を覚ましたらしい。
「あれレイジじゃん」
「ちょうどいい時に起きたな、紹介するよコイツはショーマだ。コイツも俺達と同じで地球からこっちの世界に来たやつだ」
「シュンヤです、よろしくお願いします」
口ひげをたくわえ、癖っ毛の男にしては長め髪、めくれた服からはみ出るようなたるんだお腹、なんとなくどんな人間なのかを察した。
「へえ、シュンヤか・・・見た感じこれといって特徴的でもないけどお前は3つの内から何を選んだんだ?やっぱ俺達と同じでやっぱ金か?」
癖っ毛をボリボリと汚らしく搔きながらショーマは聞いてくる。
「俺は…何も貰ってない・・・です」
一瞬場が沈黙する。しかし、それを聞いたショーマは高らかに酒場全体に響くほど笑い出す。
「マジかよ、5年引きこもってた俺でも少しは金貰えたのに貰えないって…どんなクズな生き方してたんだよアハハハハハハ」
「おい、ショーマ失礼だぞ!もしかしたら誰かに盗られたのかもしれないんだぞ」
「だって…だってさぁ」
ブチッと何か太い管が切れる音がした。
ショーマは息苦しくなるほど笑ってテーブルを叩いてたりしてたが、もう怒りで頭が一杯であった。
なぜこんな5年も引きこもっていたクズにでも餞別としてお金を貰っているのになぜ自分には何も神は与えてはくれなかったのか。
自分の行いが良かったとも思ってもいないが目の前にいる自分よりも5倍も引きこもっていた人間より悪い行いをしてたなんて全然思えなかった。
ふと思い出すのは死ぬ前の少女を助けた記憶、結局死んでより厳しい環境に立たされただけじゃないか。
こんな理不尽なことがあって許されていいのか?俺は許せない、絶対に。
異世界に恵まれてやってきた人間を俺は許さない。そんな奴は絶対この手で粛清してやる。