1話 死の先に
今日は灰色の雲を空で覆い、大きな雨粒が叩きつけるように降り続いていた。
こんな日は家に引きこもっているのが1番なのだが、今日はそんなわけにもいかなかった。
何故なら今日は待ちに待ったゲームの発売日だからだ。
今どき、ネットッショッピングで買えば安い上に家まで届けてまでくれる。
しかし自分の住んでいる場所は田舎なのか、どうしても届くのが遅い。
それならば、プレミアム会員になればいいという人間もいるのかもしれない。
しかし職業一応学生、谷口俊哉18歳にはその年間費を出すのも大変なのだ。
一回ぐらい速達で配達を頼めばその日には届くだろう。その日には。
しかし、何度も午前指定にしても11時40分など、もうそれ午後に半分足突っ込んでるだろという時間帯に何度も配達された経験から懲りて自分の足で買いに行っているわけである。
しかし今日は土曜日、学生と言えど、午前中に歩いているのも何一つおかしくない。
そもそもこんな雨の強い日に出歩く人間も少なく今のところすれ違う人間すらいない。
アスファルトに打ち付ける雨音もうるさいのだが、1番うるさいのは自分の歩いている道の横にある川である。
大雨のせいでカフェオレのような色をした濁流が勢いよく流れ続けている。
昔もゲームはしてたが今より活発で川で遊ぶこともしていたが、今じゃそんな事は考えられない。
「助けてええええええ」
大雨の中に微かに聞こえた幼き子の叫び。
回りを見渡す。どこからその声は聞こえて来たのだと必死に首も体も回して。
すると自分よりだいぶ前に川に落ちた大きな木の枝と人影らしいものが見える。
気が付けば足は走り出していた。こんなに雨が降っていて涼しいはずなのに汗が滲む。
頼むから、頼むから人なんていないでくれと。
しかし助けを呼んでいた声は確かにあったのだ。
まだ小学生低学年ぐらいの子が川に引っかかった大きな木の枝に必死にしがみついている。
「マジかよ、親は何してんだよ」
周りを再び見渡すが、自分と川に流されそうにしている女の子しかいなかった。
焦った自分はポケットからスマホをまさぐるように探す。
こういう時は消防署に連絡すればいいんだっけか・・・
電話をかけるため番号をいれようとした時だった。
川に引っかかっている木の枝がじりじりと少しずつ流されているのが目に入り、スマホを持っていた手はぶらーんと垂れ下がるようにして伸びる。
このままじゃきっと助けは間に合わない。
もしあの女の子が生きていればこれから色々な楽しい経験を出来るのだろう。
もしかしたら将来、なんか偉い人になってこの世界のためになる存在になるのかもしれない。
18歳にしてゲームにはまって引きこもっている自分がこのままダラダラ生きるより彼女が生きていた方が幾分いいのではないか。
「くそっ!!」
もう一方の手で持っていた傘を投げ捨てるように置いて、川の土手を無我夢中で走り出す。
普段着の気に入っているこのパーカーとジーパンをこの濁流に浸すのは正直抵抗が無かったわけではない。
でも川の中央で苦しんでいる女の子を見て、立ち止まってはいられなかった。
ゆっくりと川に足を踏み入れる。胸のあたりまで体が浸るとそこで地に足がつく。
よかった、これなら大丈夫そうだ。
濁流に浸かった服は一瞬にして水を含み重荷のようになって自分の邪魔をする。
川の流れもだいぶ激しいため大きく一歩を踏み出して助けにはいけそうにない。
じりじりと足をずるようになんとかして木の枝に掴まっている女の子のもとに辿り着いた。
「おにいちゃん・・・」
「大丈夫、俺に掴まれる?」
泣きじゃくり雨でぐしゃぐしゃになった顔に大きな瞳を潤ませて小さく少女は頷いた。
肩に抱き付くようにして掴まる少女になるべく川の流れを受けないようにカニ歩きをしながら川岸に向かう。
服だけでなく今度は少女の体重20kgあるかどうかの重さが更に動きを鈍くする。
しかし着実に川岸には近付いている。このままならなんとか無事にたどり着けそうだ。
少し大それたことも考えてしまったが二人とも助かってハッピーエンドがもう手の先にある。
なんとか浸かっていた体もほぼ川の中から出かかって無事に少女を救出することができた。
案外、なんとかなるもんだなと深い溜息を吐いた。
「あっ」
少女は助かったのに何かに気付いたように泣き始めてしまう。
「どうしたの?」
「わたしの・・・バッグ…あそこにひっかかったまま・・・」
聞き取りづらかったが少女の指を指した先にさっき少女が掴まった木の枝にチューリップの形をしたバッグが引っかかっていた。
少女は泣き止みそうにない。せっかく助けてあげたのにこれでは後味が悪い。
「お兄ちゃんが今とってきてあげるから大丈夫だよ」
「だいじょう・・ぶ、あぶないからいいよ・・・おにいちゃん」
強がる少女は健気で可愛らしく、頭を撫でるように手を置いた。
この子のためなら仕方がない。それにもう服はびしょびしょだし気にする必要も無い。
一度あっちまでいけたのだから今度も大丈夫だ。
再び足からどんどんと水が入り込む感覚が襲う。そして先ほどと同じく胸のあたりまで浸かった。
少しずつじりじりと近付いていく。
その時だった。足下の砂利が崩れて片足のバランスが崩れる。そうすると自然にもう片方の足のバランスも崩れて体全体が川に向かって倒れこんだ。
どんどんと下流に流されていく。もう一度態勢を整えようとするも片足をくじいて痛んだのか上手くバランスもとれないどころか力が入らない。
だんだんと息苦しさも感じた。鼻や口に必死に抵抗するも水が流れ込もうとする。
次第に意識は朦朧として、微かに聞こえる少女が自分を呼ぶ声も小さくなっていく。
そして、視界も聴覚もすべて闇に閉ざされた。