思春期×カレ恋
幼馴染みとの恋愛を書いた短編小説です。
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私には――好きな人がいる。
幼い頃からずっと一緒にいた彼。
家も隣同士。二階にある部屋も窓を開ければ彼の部屋が目の前にあった。
コンコンコン――窓を三回叩けば彼が笑顔で出迎えてくれる。
夜遅くまで話してお母さんに怒られたこともあった。それでも、彼――望と話している時間はかけがえのない大切な時間だった。
『――遊ぼう。るな』
天気の良い日は私を家から連れ出して公園で遊んでくれた。
一緒にブランコに乗ったり、シーソーをしたり、砂場でお城を作ったり――。陽が沈む時間になるとまた手を引いてくれる。優しくて温かい手に引かれて私たちは家に帰る。
お母さんの作ってくれる夜ご飯を食べたら自分の部屋に戻って窓を三回叩く。
『今日はどんな話をしよっか?』
窓を開けた望は笑顔でそう切り出す。
話す内容はその日によって全然違う。
夜ご飯の話をしたり、面白かったテレビ番組の話をした。家族で出掛けた時は何処に行った――とか、何をした――とかを話す。
どんな話でも望は楽しそうに聞いてくれた。実際、話す内容なんて私の中ではどうでも良かった。望が笑ってくれるのなら――それで良かった。
私は彼の笑顔が大好きだから――笑顔を見れるだけで幸せな気持ちになれた。
だからきっと――必然だったのだろう。
望のことを――男の子として好きになることは。
時は巡る。
小学校、中学校と、私と望はずっと一緒にいた。でもそれは友達として一緒にいただけで、私と望の関係はあの時から一歩たりとも前には進んでいなかった。
けれど――私の望を想う気持ちだけはどんどんと前に進んでいった。止まることなく彼を想い続けた。
『私――望の事が好き。ずっと昔から好きだった。私と――付き合ってくれませんか?』
そして――高校一年の春。
入学式の日に私は望に告白した。
ありたっけの勇気を振り絞って、私の気持ちを彼に伝えた。でも――
『……ごめん』
――無様に散っていった。
それは地面に落ちて誰にも見られなくなった桜の花びらのように――虚しく、悲しいものだった。
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「……はぁぁぁ」
望に告白し、振られてから早くも一週間が経った。
私たちの距離は――当たり前のように空いてしまっていた。
朝の挨拶をしてもぎこちなく手を挙げるだけで「おはよう」 の一言もない。だから話しかけても無視されることが多く、メールを送っても返ってこない。完全に避けられている。
「はぁぁぁぁぁ」
「るな、うるさい……」
盛大にため息を吐いていると、友達の香織は呆れ顔で読んでいた文庫本をパタンと閉じた。
「自業自得でしょ? そろそろうざいよ」
「だって……あれからまともに望と話せてない……」
「何度も聞いたって。自分のせいなんだからちゃんと受け止めなよ」
「そう言われても……」
好きなものは……好きなんだもん。
胸をギュッと押さえる。望のことを考えるだけで心臓の鼓動は早くなっていく。
「……ごめん。ちょっと外行ってくるね」
「今から? 午後の授業どうすんの?」
今は昼休み。
けどもう、五分と経たないうちに午後の授業が始まってしまう時間だった。
「――サボる。先生には適当に説明しておいてくれないかな……。なんか今は授業受ける気になれなくて」
「いいけどさ……。ホント、しっかりしてよね」
「……うん。ごめん」
私は香織に小さく手を振って教室を出た。
昼休みももう終わるということもあり、廊下にはあまり人はいなかった。
教師に見つからないことを祈りながら私は階段を降りて中庭に向かう。この学校の中庭はなかなか良いところだ。色とりどりの綺麗な花が花壇に咲き乱れていて、ずっと眺めていても飽きない。たまに春風が運んでくれる花の香りは私のざわついた心を身体の内側から癒してくれる。
「……なんで、振られちゃったのかな」
花壇の前にしゃがみこんで、ポツリと言葉を零した。
「こんなことになるなら……告白なんて、しなければ……よかった」
視界が歪む。
目元に溜まった涙のせいで目の前の綺麗な花がぼやける。やがて涙は頬を伝ってこぼれ落ち、地面を悲しく濡らしていく。
土に吸い込まれて消えていく涙は、私と望の繋がりすらも消し去ってしまうようだった。零れては消え。溢れては、消えていく――。思い出も、何もかも、溢れる涙と共に零れては消え去ってしまう。今まで築き上げてきたものが全てなくなってしまう。
「好きだよぉ……望」
でも、望を好きだという気持ちだけは消えることはない。思い出が消えようと、望に対するこの想いだけは絶対に消えない。
だって――大好きだから。振られようと、疎遠になってしまおうと、私は望のことが好き。もう届かない想いかもしれなくても、私は望のことが大好きなんだ。
「……?」
――ふと、視界の隅で何かが動いたような気がした。
慌てて目を擦ってそちらのほうへ振り向くが、そこには中庭のシンボルである桜の木があるだけで他には何も無かった。
「……気のせい、だったのかな?」
試しに桜の木の下までやってきたが、やはり何も見つけることは出来なかった。
ただ――どこか懐かしい香りが、春風と共に空に舞い上がっていくのを感じた。
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「――はっ、はっ、はっ」
どこか宛があるわけでもなく――俺は学校を駆け抜けていた。
さっき見てしまった光景、紡がれた言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
頭を回しながら走っていたせいか、すぐに体力の限界が来てその場に立ち止まる。無機質なコンクリートの壁にもたれかかって俺は青く澄み渡る空を見上げた。
「……」
俺は恋というものがよく分からなかった。
だから――るなに告白された時、思わず断ってしまったのだ。
それからは何故か、るなと話したり、メールをしたりと、普通にやっていていた当たり前のことが出来なくなってしまった。
当たり前のことが当たり前じゃなくなって、それがどうしようもなく辛かった。それで辛さを少しでもリラックスさせようと、授業をサボって中庭にやってきたところで――るなの姿を見つけた。
あいつが泣いているところなんて今まで見たことが無かった。
いつも笑顔で俺の後ろをくっついてくるような奴で、あんな顔をするなんて思ってもみなかった。だから――心がズキリと痛んだ。
「俺は……あんな顔してほしかったわけじゃない……」
言ってから気づく。
なんでこんなことを思うのだろう――と。
幼なじみだから?
違う。ならなんで心が痛む?
泣いているるなを見てどうしてこんなにも胸が苦しい?
「……そうか」
俺はるなのことが――好きなんだ。
好きだから、こんなにも痛くて苦しいんだ。
「バカか……俺はッ」
気づけば踵を返して走り始めていた。
きっと、るなはまださっきの場所にいるはずだ。
汗で張り付いたシャツが気持ち悪い。呼吸が乱れて息が出来ない。
それでも俺は走った。木漏れ日が示す光の道を駆け抜ける。その先にるながいると信じて俺は足を動かした。
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「……戻ろう、かな」
桜の木の根元に座って空を見上げていた私はゆっくりと立ち上がった。
「……ん?」
さわさわと吹く風の音に混じって、誰かがこちらに向かって走ってくるような地面を蹴る音が聞こえてきた。
「え……?」
先生に見つかってしまったのかと思い、諦め半分で振り向いた私の思考がフリーズした。
走ってくるのは怒った先生なんかではなかった。
見間違えるはずがない――望だ。
全力で走っているのか、小さかった望の姿が今ははっきりと見える距離まで迫っていた。
やがて私の前に立つと、望は乱れた息を整えることもなく口を開く。
「聞いて、くれ……るな。俺は――ゲハッ、ゴホッゴホッ……」
「お、落ちていて望……。まずはちゃんと息を整えよ?」
「そ、そうだな……。悪い、ちょっと……待って、くれ」
「う、うん」
ここ一週間ろくに口を聞いてくれなかったせいか避けられていると思っていたのだが、そうではなかったのだろうか?
「望大丈夫?」
上下に揺れる背中を私は摩ってあげる。
こうして望に触れるのも久しぶりのことだった。
「吐くわけじゃ、ないんだから……背中はさすらなくて大丈夫だぞ……」
「あ、そ!そうだよね!! ごめん!!」
私は慌てて望から手を離す。
まだ温もりの残っている右手をそっと握りしめた。
「……それで、どうしたの? まだ授業中だよ?」
望の息がだいぶ整ったところで私はそう話を切り出した。
「サボりたい気分だったんだよ」
「ふふ。私と……同じ、だね。でもそれ、嘘だよね? だって望、慌てているというか……なんか切羽詰まった感じだったもん」
「……」
黙り込む望。
こういう時の望は自分の中に何かを溜め込んでいることが多い。今まで一緒にいたからそのことだけは分かった。
ベンチに座る望の隣に腰を下ろし、望から話を切り出すのを待つ。これもいつものパターンだった。
「――るな。俺、お前に謝らないといけないことがあるんだ」
舞っている桜の花びらを数えるのをやめた頃に望は口を開いた。
「謝らないといけないこと……?」
「ああ。ごめんな、るな――」
刹那――私は望の腕の中にいた。
思考が追いつかない。私は――望に抱きしめられている?
「俺さ、るなのこと――好きだった」
「……えっ?」
私な事が……す、き?
望が私の事を――好き?
「お前のことが大好きだった。なのに、るなからの告白断って……何してるんだろうな」
「本当に私のこと……好きなの?」
「ああ、大好きだ。一週間前とは違う。お前のことを心から好きだと言える。さっきお前が泣いている姿を見て、胸が張り裂けそうなほど辛くなった。俺はるなに笑っていて欲しい。俺が隣にいることでお前が笑ってくれるのなら俺は喜んで隣にいる。だって俺はお前の笑っている姿が大好きなんだから」
その言葉を聞いて私は目頭が熱くなるのを感じた。
耐えきれず、涙が頬を伝って零れ落ちる。
「ど、どうして泣いてるんだ? 俺、何か困らせるようなこと言ったか?」
私の涙に気づいた望があわてふためく。
「違うよ、望……」
慌てる望の瞳をしっかりと見据えて私は笑顔を浮かべた。
「これはね、嬉しくって涙が出てるんだよ?」
今度は自分から望のことを抱きしめる。
零れた涙が望のワイシャツを濡らしたが、今はそんな些細なことどうでもよかった。
「望……大好きだよ……私と、付き合ってください」
「俺もるなのことが大好きだ。こんな俺でよければ……よろしくな」
「……望」
次の瞬間には私たちは唇を重ねていた。
人が息をするのが当たり前のように、自然に私は望とキスをしていた。
桜の木にとまるホトトギスが歌い、桜の花びらが春風に踊らされて空を舞う。
澄み渡る春空の下――私と望は恋人同士になった。
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「……」
最寄り駅の改札口前。
私は緊張しながら望のことを待っていた。
今日は望との初デート。遅刻するまいと、気合を入れて待ち合わせの一時間前からこの場所に立っている。
待ち合わせの時間まで後少し。私はポーチの中から手鏡を取り出してどこかおかしなところがないかチェックする。
「メイクよし……前髪よし……笑顔よし。うん!完璧!」
「だな。完璧だと思う」
「うわぁぁぁぁぁ!!?」
真正面から突然掛けられた言葉に私は心の底から驚き、手鏡を落としそうになってしまう。
「驚きすぎだろ……」
「いきなり声掛けられたら誰だって驚くよ……もぅ」
私は拗ねたように頬を膨らませる。
そんな私を見て望は手を合わせて「ごめん」とジェスチャーした。
「まぁいいけどね……って、どうしたの?」
私の顔をジッと見つめている望。
やっぱりどこかおかしかったのだろうか。
「今日のるな……可愛いな」
「〜〜〜〜〜ッ」
完全に不意打ちだった。
ボンッと、音がしそうなほど瞬時に顔が熱くなるのが分かる。
「い、いきなりそんな事言わないでよ……バカ」
「悪い悪い。でも本当に可愛く見えたんだ。こんなに可愛い女の子が俺の彼女なんて……未だに信じられねーよ」
「……バカ」
恥ずかしさのあまり望の顔を見る事が出来ない。俯いたままの状態で私は望の服の袖をギュッと握る。
「……でも、ありがと。嬉しいよ」
「……」
私の声が聞こえたのか聞こえてないのか――望は少し焦ったように話題を変えた。
「今結構人気の映画がやってるからそれを観に行こうと思ってるんだけど……るなは何処か行きたいところあるか?」
「うーん……分からない。私こういうの初めてだから」
「……それは俺もだ。お互い恋愛初心者だな」
「ふふっ。そうだね」
私たちは笑い合う。
それから映画が観に行って、お昼にちょっと洒落た喫茶店でランチ。その後はウィンドウショッピングをしたり、美味しいと有名なクレープを食べたりと、楽しい時間を過ごした。
「もうこんな時間か」
気づけば陽が傾いていた。
楽しい時間というのは瞬きするほど早く過ぎていってしまう。
「そろそろ帰るか?」
当たり前のような提案。
けど私はそれに小さく首を振った。
「まだ何処か行きたいところあるのか?」
「ううん、そうじゃないの」
「?」
心臓がドキドキする。
「あのさ……望が良かったら、なんだけど」
胸に手を当ててドキドキを押さえ込む。
深呼吸を一つ。私は望の瞳を見据えた。
「今日ね、私の親……仕事で帰ってこないの。望が良ければ、私の家……来ない?」
「……えーっと、るな? 言っている意味分かっているのか?」
「うん。分かってるよ」
「……」
私の真剣な目に気づいてくれたのだろう。
望はコクリと頷いた。
「じゃあ――お邪魔させてもらおうかな」
「うん……!」
嬉しさのあまり望の腕に抱きつく。
緊張したけど、言って良かった。
「夜ご飯、私が作ってあげるね」
「お、るなの手料理か。期待できるな」
「楽しみにしててね!」
私たちは歩き出す。
この美しい空が何処までも続くように、私たちの未来がずっと続くことを祈って、始まりの一歩を踏み出した。
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数年後。
私も望は結婚することが決まった。
いずれこうなることは分かっていたし、親もすぐに賛成して祝福してくれた。
「――望」
そして今日は結婚式当日。
式には親はもちろん、たくさんの友達が来てくれた。
「ウェディングドレス……似合ってる?」
たくさんの人に祝福してもらえる。
それはとても嬉しいものだった。
「ああ……すごく、綺麗だ」
「ありがとう。望もその姿似合ってるよ」
「おう」
二人で笑い合う。
すると、コンコンと、控えめなノックの後にドアが開かれる。
「新郎新婦様、式の準備が整いましたのでこちらへどうぞ」
正装の係の人が私たちを呼ぶ。
「行こっか、望」
「そうだな。みんなに俺たちの幸せな姿を見せつけてやろうぜ」
「うんっ」
手を取って歩き出す。
これから色んな壁にぶつかることになるだろう。それでも望となら乗り越えていけるような気がした。
辛い時も、大変な時も、そして――幸せな時も。
如何なる時間も、私の愛した望と共に過ごしていくことを永遠に――誓います。
End
如何でしたでしょうか?
楽しんでいけたのなら幸いです。