隊長は冷房機
サリナの思いつきから二日後。リリガルド王国騎士団の全隊の隊長、副隊長が王城の一室に集められていた。
「なんだ、時間になってもまだ来ていない奴がいるな。」
前言撤回。一人を除いてであった。
「いないのはサリナのやつだな。全く、ハーレー!そこの所はどうなっている。」
「いえっ!ほら、まだ後五分ありますし、サリナもすぐ来ますよ。きっと…あはは。」
サリナァ…勘弁してよ……。
問題児サリナ。彼女が起こす問題のほぼ全ては彼女の上司ハーレーによって尻拭いされている。
「あと三分。」
「どうしたんでしょうか。迷子なんでしょうかね……なんて。」
時計の針が進むにつれ、彼女の心が疲弊して行く。
あぁ、あぁ、この雰囲気。まるで私が原因のような、重い雰囲気。成る程、先日の騎士達はこんな気持ちだったのね。もっと優しくするべきかしら……。
「あと一分。」
お願いサリナ!来て!お願い!
神に祈る所までが騎士達の行動と一致している。しかし、その時には神は訪れることはなかった。
「三十秒。」
「二十秒。」
「十秒前。」
ハーレーに残酷に迫る死のカウントダウン。神はやはりいないのだろうか。
「9、8、7、6、」
あぁぁぁぁぁぁぁぁあ!神はいないのかしら!?
「5、4、3「しっつれいしまーす!」
突然開け放たれた扉。そして聞こえて来た明るい声。
「ッ!」
この声は……!顔を振り上げたハーレーの前に現れたのは、サリナその人。彼女の目にはサリナの後ろに光が煌々と輝いているように見えた。神はいたのだ。もっとも後光なんぞさしているはずもなく、ハーレーが見ているのは幻覚であるが。
「四番隊副隊長サリナ・レガロ。時間ぴったりに到着したっす。」
ビシッとポーズを決めたサリナ。これ以上ないほどのドヤ顔をしながら、ゆっくりと会議用の丸テーブルに近づいて行く。
「サリナッ!よかった!」
「隊長!当然じゃないっすか!」
満面の笑みをたたえサリナを迎えるハーレー。同じく満面の笑みでそれに近寄るサリナ。まるで絵画の中の世界のようにも思える両者。そして、今にも触れそうなほど近づいた時ハーレーは、
「当然!…じゃないわよ!」
「うおぉぉぉぉぉおお!?」
殺気全開、ガチでサリナを殺しにかかった。やはり神などではなかった。強いて言うなら疫病神である。ハーレーの手に握られているのは水晶で作られたような美しい刀。しかしその刀を形作っているのは水晶でなく氷である。
当然である。いつもの隊内での会議ならまだしも、全隊の隊長副隊長が一挙に集まる総会議である。その会議でまたしてもサリナによって心に傷を負ったハーレーの怒りや、一回殺したくらいでは収まらないだろう。私は収められない。
しかし、その一撃はサリナの右手に握られたナイフによって阻まれた。
「何するんすか隊長!ガチモードじゃないっすか!」
「それこそ当然よ!しね!」
荒ぶるハーレー。しかし女性はそんなはしたない言葉を使ってはいけない。サリナ?知らない子ですね。
彼女の氷の刃が振り回されるたびに室内の温度はどんどんと下がっていく。
「まぁ、まぁまぁまぁ!落ち着いてくださいよ二人とも。」
そんなラグナロク(疫病神と死神の黄昏)を阻止するべく動いた勇者が一人。線の細い体をして、サラサラのブロンドをたなびかせる、通称第三番隊の良心、第三番隊副隊長ディーン・エルレキド。
「ディーン!助かったっす!」
「全く。じきに総司令、副司令が来るんですよ?大人しくしてください。」
驚きの仲裁技術。揉め事ならディーンに任せろと言われるだけはある。
「ディーン、悪いわね。サリナ、覚えておきなさい…!」
「間に合ったからセーフっすよー。」
色々問題はあったが、なんとか全員が席に着き準備は整った。
全員が席についてすぐに、総司令、副司令の両者が現れた。
「遅くなってすまないな。」
そのまま一番奥の席に座る二人。これでようやく会議が始められる。何故だかとても長い時間がかかった気がする。
「会議の前にだが、この部屋寒くないか?」
パルマの一言。それはラグナロクに関係無かった人達の総意である。
「あっその、すみません。私がやりました。」
シュンとした表情で自らの罪を述べたハーレー。彼女の性格は生真面目であり、先程のことを反省しているのだろう。
しかし、底抜けの優しさを持つ残念なパルマは誤解してしまう。私が来る前は部屋の温度が高く、それを下げるためにハーレーが魔術を使ってくれたのだろう。この部屋の人口密度は高い。気温の上昇は当然だろう。そんなハーレーの気遣いを私は拒否してしまったのではないか、と。
「あー、確かに今日は暑いからな。ハーレーは気が利くな。ちょうどいい具合だ。ありがとう。」
全力のフォロー。しかし残念ながら今の季節は初秋。寒いわけではないが、十数人が集まった位では決して暑くはならない。
いやいやいや、寒いですよ副司令!全員がそう思うがその言葉を口にすることはない。やり切った表情をしているパルマの気分を害したくないからだ。
見守っているつもりが、皆に温かい目で見守られているパルマ。今日も残念全開である。