第8話 夜襲
深夜──人も獣も虫も草木さえも寝静まる頃、森の中に大きな焚き火がいくつも焚いてあった。
その焚き火の周りには、徴兵や騎士のための小さな簡易テントが立ち並び、中央には一際大きく、豪華な将校用のテントが並んでいる。端には、食糧や武器、そして略奪物が保管されている倉庫テントが見られる。
街道の側にある休憩用の広場を広げて造られた、ガルーシャ軍南方侵攻部隊の本陣である。
本陣の入り口が面している街道には、見張りを任された不運な2人の兵士が立っていた。
「なぁ、西に行った第一補給部隊ってさ、まだ帰ってきてねぇの?」
「当たり前だ。早くて明日、普通に考えれば明後日だ。前に北に行った時には五日も帰って来なかったんだぞ」
「はぁ~良いねぇ~あいつらは。今頃楽しんでんのかねぇー?」
「それに比べて俺たちは…」
ほぼ同時に2人が溜め息をつく。
「それにしても、今回楽だなぁ~
“反乱で秩序を失った隣国を平定することで秩序を取り戻す”だっけ?
どんなもんかと思えば、軍隊が1人もいないとは…」
「ここらへんは色々と遅れてるからな……拍子抜けしたかい?」
「いやぁ…戦うのめんどいし。死ななくて良いから大助かりだよ」
「じゃ、殺してやろうか?」
ドスのある殺気のこもった声が夜の闇の中から聞こえてきた。
どう考えても、どちらか2人が発したものではない。
「誰だ!」
兵士の声が闇に溶けていく前に、
片方の兵士が頭から股間まで切り裂かれた。
上から、いや、空から降ってきた瞳の紅い少年に、頭蓋を肋骨を割られ、支えを失った脳漿や内臓が大量の血液と共に地面に吐き出される。
「なっ……」
突然の惨劇に脳が追いつかずに、驚愕の表情を残したまま───
彼の胴と頭が切り離された。
●
(侵入…成功っと)
先程の襲撃で身体についた返り血を《ネーテ》で払うと奏斗は改めて剣を構える。
剣にはまったく血糊がない。剣を対象にして《カナル》を切れ味に影響がないほどに薄く発動させたのだ。それにより、いくら斬ろうが刃こぼれはしなくなり、心置きなく闘える。
上空からの奇襲は《ヴァイセ》の応用だ。といっても、円を空中に展開させ、その上を登っていっただけである。
(銃使いたいが…なにぶん弾無いんだよな)
彼が持ってきた弾倉は9㎜パラベラム弾、5.56㎜NATO弾それぞれ7つ。
今朝の襲撃でそれらはほとんど使われ、残っているのはそれぞれ1つずつ。
これでは少々心もとない。いざという時に使うために節約するのが賢明だ、と考えた奏斗はしばらくは剣を使うことにしたのだ。
夜の闇の中を、奏斗は剣を携えて迷うことなく進んでいく。
普通なら、暗闇で立ち尽くすだろうが、彼は尋常じゃないほど夜目が効く。
というのも昔から修行の一環として、
「かなと~樹海行こうぜ~」
「そこは野球でいいのに!」
彼の師匠に夜中の樹海───青木が原で行軍させられたのだ。時には富士山に樹海から登頂したことも。
明かりなどあるはずもない。
そんな状況を何度も経験するうちに夜目が効くようになったのだ。
他にも、樹海の中で集落を見つけそこの住民と仲が良くなったり、幽霊(おそらく自殺者?)追いかけられたり、彼の師匠がそれを除霊(物理)したり色々なことがあったものである。
……なぜ殴る蹴るで霊が成仏するかは未だに謎だ。
陣地の中をズンズン進んでいくと、奏斗の視界に薄汚れた簡易テントが映り込んだ。
それも一つや二つではない。数百を超えるテントの群れがそこにあった。
(な~にが入ってんのかな~?)
奏斗は身近なテントの一つの中に音もなくスッと侵入。
倉庫用として使われているのだろう。大量の食糧──主にパンや肉が積み上げられていた。
(野菜食べろよ…)
少量を拝借して魔袋に突っ込むと、テントから出て隣のテントへ。
隣には、略奪物だと思われる通貨や宝石類が。
これからの為にも頂きたい所だが…所々に血痕が見られるのであえなく断念することに。
それからいくつかテントの中身を物色したものの、入っているのは食糧か武器か血の付いた略奪物のみ。
これ以上は時間の無駄と考え、早速殲滅に乗り出そうとするが……
(う~ん、数が多すぎるんだよな)
いかんせん数が多い。一人ずつ丁寧に血祭りに上げ、天国に送り出すとなると、時間がかかりすぎるのだ。
(仕方無い。少々雑になるが…)
断腸の思いで計画を変更することに。
実際、そちらの方が遥かに効率がいいのだ。
ただ燃やすだけなのだから。
●
ガルーシャ軍南方侵攻部隊総隊長ディマフ・ウトラはその日、なんとなくではあるが、不吉な予感がしていた。
彼とて、一介の軍人である。それも、現役の頃は幾つもの武勲をあげ、祖国ガルーシャでは英傑の一人に数え上げられるほどの。
その功績により今の地位が築かれている。
家畜以下と評される能無しの貴族とは一線を画した珍しい人物である。
そんな彼が感じた不吉な予感。
現役の彼ならば、違っただろうが、
(ふむ…儂も棺桶に半分体が入っているからの~いよいよ天に還る時がきたかの?)
などと自らの身のことしか考えていなかった。
その日の夜、彼は従軍していた知己の商人と世間話をすると、すぐさま寝床に入った。
未だ帰ってこない補給部隊がいたものの、気にするほどのことではない。
しかし、その眠りは長くは続かなかった。
深夜──
一人の兵士が急いでディマフのテントに入ってきた。
「報告します!!敵襲です!倉庫用テントで火災が発生!現在交戦中です!」
「なんだと!…敵はどれほどだ?!」
「それが…「バンッ!」」
兵士の言葉が終わらないうちに破裂音が響き、兵士は鮮血を撒き散らしながらうつ伏せに倒れる。
「そこから先は俺が話してやろうか?」
「だ、誰だッ!貴様!まさかお前が…」
兵士が倒れると同時に少年が現れた。その身体は、夥しい血でべっとりと塗りたくられ、その瞳は血のように真っ赤だ。
「正~解~。賊は俺一人だ。大変だったぜ?あんなに人を殺すのは」
「なん…だと…なぜだ?なぜこんな真似を…?!」
「簡単だよ。略奪に腹が立ったから」
「は?」
「耳遠いのか?アンタらの略奪に腹が立ったんだよ!」
ディマフには理解できなかった。
確かに、『補給』が建て前の略奪行為は善行とは言い難い。
しかし、そう思うことはあっても、口にして行動にする者など皆無だ。それが『常識』なのだから。
困惑するディマフを見て、奏斗は忌々しげに表情を歪める。
「参ったな…。こっちじゃ常識なのか?」
「な、何を言っているのだ?!」
「爺さん、ひとつ聞く。アンタ、なりを見るに長年軍人をやってきた人間だな?聞かせてくれ、略奪行為はれっきとした『常識』なのか?」
「ああ…。でなければ、物質が足りなくなるからな…」
「……『兵站』という言葉すらないのか。この世界は軍事面に関して言えば最悪に尽きるな」
「さ、さっきからなにを…?」
「アンタには、関係のないことだ。天寿を全うできなくて残念だったな」
そう言って、奏斗は引き金を躊躇無く引く。
無慈悲な破裂音が鳴り響き、ディマフの頭は吹き飛ばされた。
●
(終わるには、終わったが…。なんとも知りたくもない事実を知ってしまったもんだ)
ディマフを殺害した奏斗は街道に出て、自らの《ボルガルド》の炎が陣地を燃やしていく様を見つめていた。
発動させたときには驚いたものだ。上位魔法と言われても、せいぜいテント一つ焼く火の玉ぐらいかと思えば、周辺を焼き尽くす巨大な火柱が発生したのだ。
……真相は、加減ができていなかっただけなのだが。
(これからどうしようか?)
とぼとぼと街道を西に戻る奏斗の背中は目的を果たしたのにも関わらず、暗い影を落としていた。