第5話 紅き瞳
「化け物が………!」
イルガはそう呟き、目の前の惨劇を見て恐怖に震えた。
なにしろ一人の少年に攻撃を仕掛けられ、部隊のほとんどが彼に殺されたのだ。
だが、と彼は思う。
(死んだのは徴兵どもだ。陛下に選ばれた我ら騎士とは違う……!)
無理やり自分を納得させる。でなければ、精神が保たない。
すると、少年と目が合う。紅い瞳だ。彼は獲物を見つけたかのように獰猛に微笑むと、そばに転がっていた槍を投げつけてきた。
「隊長ォ!危ないッ!」
一人の兵士が盾をかざしてイルガの身を守る。
騎士の装備は革と木で作られた軽くて扱いやすい盾となめした革を何枚も重ねた鎧である。
投擲された槍程度なら、易々と防げる──はずだった。
「え………?」
投げられた槍は盾と鎧を貫通し、彼の身体をも貫いた。槍の穂先が背中から飛び出している。
「隊長………早く撤退を……」
彼の言葉が終わらないうちに少年が彼の首をはねる。
(クソッ!なんでこんなヤツがいるんだ!)
●
「さぁ、後はアンタだけだ!」
奏斗は最後の一人──隊長であるイルガに向かって告げる。
すると、
「この……化け物がァァァァ!!!!」
半ば悲鳴のような声を出しながら上段から斬りかかってくる。
(遅いな)
剣が奏斗に届く前に彼はベレッタをホルスターから抜いて9㎜パラベラム弾を至近距離からイルガに放つ。
ガンッ!と轟音が草原に響きイルガの頭が粉砕され鮮血が辺りに散った。
「化け物だなんて失礼だな。お前らが弱いだけだ」
こうして、一方的な虐殺と言える戦いは幕を閉じた。
(ふぅ、終わったか~)
全身から力が抜ける。約100人ほどの人間と戦ったのだから無理もない。
振り返ると、彼が殺した兵士の死体が転がり、大きな血だまりがいくつもできていた。
頬を拭えば汗ではなく返り血がべっとりとついてくる。拭う腕も返り血で真っ赤だ。
(ホラーだな。自分でやったんだけど)
初めて人を殺した割には、彼はいたって冷静であった。いや冷静すぎるのだ。
(師匠の影響もろに受けてんな)
奏斗の脳裏にある日の師匠との会話が甦る───
「なぁ、奏斗。オメェ人殺したコトはあるか?」
「そんなことしたら犯罪ですよ?」
「俺はなぁ、人だろうが、虫だろうが、木だろうが生物は皆同じだと思うんだよ」
「なんでです?」
「なぁに、当たり前のことだ。所詮人間なんて一つの生物だ。人を殺すのがダメなら、そこらへんの虫を殺すのだってダメだろう?反対にお前が修行として熊を殺すのは、人を殺すのと同じことだ」
「極論ですね…」
「そう思わないと生きていけねぇんだよ、俺は」
「…?師匠は人を殺したことがあるんですか?」
「乙女の秘密よ~ん」
「…………」
「俺が悪かった!謝るからその絶対零度な目を止めてくれ!!」
考えてみてほしい。禿頭の筋骨隆々なオッサン(38)が内股でくねくねしている様を。
地獄の一言に尽きる。
(いらねーことまで思い出してしまった…)
今更ながら後悔の嵐だ。この日のことは奏斗と彼の師匠両方にとって黒歴史と化している。
(一番対応に困ったボケだよなアレ)
ボケって気楽だなぁ、としみじみ思う奏斗だった。
返り血を浴びたポーチからタバコを取り出して火をつける。香りの良い煙が戦闘で高揚していた気持ちを落ち着かせてくれた。
そういえば、と彼はあることを思い出していた。
(また瞳紅くなったのかな…)
昔から持つ難儀な体質に頭を抱える。なぜか刃物を持つと瞳が紅くなるのだ。別に限定的なものだからそこまで悩む必要は無いのだが。
タバコを2本吸い終わり3本目に火をつけようとすると村人たちが様子を見にきた。兵士たちの死体に驚愕している。
「これ……お前がやったのか…?」
「ええ…まぁ」
曖昧に返事をすると村人たちがひそひそと何か話している。
(ヤバい…気味悪がるかな…)
これだけの人数を無傷で倒したのだ。しかも奏斗の身体には「殺っちゃったぜ☆」と言わんばかりの返り血がこびりついている。
村人を怯えさせるには充分すぎる。
しかし、目の前の村人たちの行動は奏斗の予想とかけ離れていた。
「「本当にありがとう……!」」
「え……?」
予想外の感謝の言葉に戸惑ってしまった。まさか、礼を言われるなどと考えてすらいなかった。
(価値観が全然違うな…当たり前と言えばそうなんだが)
奏斗がもし現代の平和な日本でこんなことをやらかせば即警察行きかつ新聞の一面を飾ることができるだろう。
ポカーンと口を開けて見事なまでにアホ面をしている奏斗に労るように村人の1人が声をかけた。
「死体は俺たちに任せてくれ。お前は着替えてこいよ、ってあれ…?お前瞳紅かったっけ?」
「え?紅いですか?」
「ああ、村で見てこいよ」
(おかしいだろ…いつもは手放したら治るのに……)
いつもは得物を手放した瞬間黒に戻るはずが、数分経ってもまだ治らないのは彼にとって明らかに異常だ。
彼は急いで村に戻った。
途中で落とした空の弾倉を拾いながら。
●
奏斗が村に戻るとグヌとリサが彼を待っていた。
「まさか、全員倒してしまうとはのう…お主、国で何をやっていたんじゃ?」
「少し武術をかじっていただけですよ」
「あれで“かじっていた”か…とんでもない国じゃな」
「おじいちゃん!今はそれよりもカナトを休ませてあげないと。ほら、服だって着替えなきゃ!」
「そうじゃな。風呂にでも入ってこい。服はこっちで用意するからの。
ところでお主、瞳紅かったかの?」
「あ、えっと…その…体質ですよ。気にしないで下さい」
そう言うと奏斗は逃げるように湯治場へと向かった。これ以上誤魔化せる自信など彼は持ち合わせていない。
●
「本当に紅いな…………」
奏斗は湯船に顔を映していた。その瞳は、紅い。
(うっわぁーどうしよこれ)
だが、オルフェリアでは、瞳が紅い程度ならどうってことないのだ。
(気にしてても仕方ない、か)
そう開き直って奏斗は湯船につかった。
(これからどうしよ…)
兵隊があれで最後であるはずがない。おそらく西の森のどこかに陣をつくっているはずだ。そこをどうにかしなければこの村は再び襲撃を受けることになる。
となれば、手段は一つ。
(本陣潰すか……)
それはつまり、このストゥル村を出て行くことを意味していた。温泉は名残惜しいがいつまでも留まっているわけにはいかない。
「とりあえず村長から色々聞かないとな」
そう言って奏斗は湯船からあがった。もう二度とこの温泉に入ることはできないだろう。
「早く魔法使ってみたいな~」
呑気な奏斗の声が湯治場にこだました。
●
「この服なかなか良いな」
脱衣所に置いてあったのは村人が着ているような上着とズボンだった。異世界ということもあり、あまり品質に期待していなかったが…意外にも手触りが良く、なかなか着心地が良かったのだ。
(この感じ、まさしくNPCだな)
どこからどう見ても奏斗の姿はオルフェリアの住民だ。これならどこへ行っても怪しまれることはまず無い。
ちなみに着てきた服は処分してもらった。ジャージでは違和感がありすぎる。
●
集会所に行くと、昨日と同じようにグヌと数人の男が奏斗を待っていた。
「うむ。似合っておるぞ。それでは何から教えれば良いかの?」
「とりあえず…朝食を頂きたいのですが。何も食べずに戦ったもので腹が減ってしまって……」
タイミングをあわせたかのように奏斗の腹がグゥ~となる。
虚を突かれたのかグヌたちは座っていた椅子からズルッと落ちそうになった。