第4話 したくもない初体験
村の東門付近で10人ほどの男達が剣や鍬を持って構えていた。彼らの表情には諦めや絶望が漂っている。
「終わりだ…この村は終わりなんだ…」
彼らの中の一人がそうつぶやいた。
すると堰を切ったように彼らから言葉が漏れ出てくる。
「ああ、あんな人数を相手にどうしろってんだよ…」
「お、俺はいやだ!あんなヤツらに村を蹂躙されるなんて!そんなことになれば、娘が…妻が…!」
「分かってる…分かってるさ!けどもう無理だ…皆殺されるんだ……」
「ふざけんな!童貞のまま死ねっていうのか!!」
「ああ…死ぬ前にリサと一緒に風呂に入りたかったよ…」
俺もだ、という声が口々に聞こえてくる
グヌは見落としている。出逢いは、皆無ではない。
そんな中諦めも絶望もはらんでいない少年が一人いた。
奏斗だ。
(無理もないな…勝ち目なんてあるはずもないんだから)
そう思いながら皆の顔を見て彼は一人タバコを吸う。
それにしても、と彼は思う。
(リサと風呂入るのって割とレアなのか?オルフェリアって混浴だろ?)
優越感に満たされた彼だった。顔がだんだんニヤけてくる。
(相手の数は100人弱…さて、どうしたものか?)
気を取り直して、奏斗は敵兵を睨みつけ、獰猛に笑う。
こんな状況の中に関わらず─────
●
───数十分前
部屋に入ってきたグヌは奏斗に助けを求めた。
「お主に頼みがある…どうか戦ってくれまいか?このままでは村が……!」
相手の規模すらも分からずに判断するのは愚策だ。しかし、仮に見捨てたとしても奏斗の前には敵がいる。どのみち戦うしかないのだ。
(結局死ぬなら、人助けして死んだ方が気分がいい。なら………)
開き直りにも近い決断をして、彼はグヌに答えた。
「………分かりました。なんとかしてみますよ」
「すまぬ…」
「いいんですよ。この村には借りがあります。それも命を救ってくれた、 というね。
大丈夫です。この村を救ってみせますから!!」
●
今思うと、随分大口を叩いたなぁ、と奏斗は思う。が、それを実現しなければこの村は滅ぶのだ。
(言ってしまったことだし、やるしかないか)
そう思い、彼は双眼鏡で敵兵を眺める。
「奴さんはどんなやつかな?」
敵兵の装備は粗末なものだった。錆びた剣や槍を持ち、皮の服を身にまとっただけだ。
あんな武器で戦うのだからかえって残酷だ。切れ味の悪い武器は完全に相手の命を奪うことはできない。ただ、死んだほうがマシだと思える痛みを与え続けるだけだ。
(まさに“たちが悪い”相手だな。味方はあんな状態だし…俺一人で無双するしかないかな?)
幸いに相手の装備は軽装だ。白兵戦にもちこめば、奏斗にも勝機はあるだろう。
「善は急げ、というしな。早速始めるか」
そう言うと、彼は東に歩き出した。敵兵に近づいていく彼を見て、村人たちが焦って声を掛ける。
「お、おい!一体どうした?!」
「大丈夫ですよ。あっちの様子を見に行くだけですから」
東門からの敵兵の距離は300メートルほど。村から離れて戦うために彼はしばらく歩いて敵兵に近づいた。
ストゥル村の東側には二キロほど草原が広がっており、その先には隣国ガルーシャと国境を隔てる森林地帯が鎮座している。森にはガルーシャへと続く古い街道がのびているが、今は使われてはいない。かつては国交があった証拠だ。
(ここらへんなら射程内だろ)
そう思って奏斗はスカーをセミオートにして構える。スコープを覗きながら彼は言った。
「さぁ、狩りの始まりだ!」
瞬間、辺りにバンッ!!と銃声が響き、敵兵が1人倒れた。
(命中っと。さて、次々いこうか!)
草原に死を告げる銃声が次々と響いていく────
●
ガルーシャ南方侵攻軍補給部隊はその8割を平民から構成される徴兵が占めている。軍全体から見てその割合は多いと言えるだろう。(ガルーシャ軍では徴兵が全体の3割)
その理由は補給部隊の仕事にある。彼らの『補給』は“物資を運ぶ”だけではなく、“敵から物資を奪う”ことも指す。すなわち、村での略奪を是としているのだ。
さらに、“補給”によって得た戦利品(金品や人間、土地)は奪った者が所有権を持つことが約束されている。
徴兵たちにとって補給部隊は一攫千金の場であるのだ。
村を襲えば、財産が増え、女を犯すことができ、さらに捕縛した人間を奴隷として売れば、また財産が増えるのだから。
つまり、彼らの仕事はなんら盗賊と変わりがないのだ。
そんな彼ら補給部隊の弱点が今、露わになった。
徴兵たちは、基本的な戦闘術と簡単な訓練しか教わらない。戦場に不慣れなのだ。
そんな彼ら補給部隊がセオリーとは違うことに出くわせば、どうなるか?
何もできずに混乱状態に陥ってしまう。
仲間がどんどん死んでいく。
次は自分かもしれない──
そんな不安が彼らを襲う。
「何なんだよ…何なんだよぉ!」
「一体何人死んだんだ…」
「こんなの…聞いてねぇぞ!」
「うろたえるな!!!!」
そんな彼らに檄を飛ばす人間がいた。
第一補給部隊隊長イルガ・オキウスだ。
「相手は魔装を持ったガキひとりだ!数で押しつぶせ!総員突撃だ!!!」
イルガの檄により、部隊を包んでいた怯えは取り払われた。
「行くぞ!!ガルーシャに栄光を!!!」
「「「ガルーシャに栄光を!!!!!!」」」
●
「おいおい…!突っ込んできやがった!!」
急いで奏斗は弾倉を交換してスカーをフルオートに切り替えた。
先程までと違ってガガガガッ!と連続して5.56㎜NATO弾が放たれていく。
バタバタと敵兵が倒れていくものの、なにしろ相手は数が多い。次から次へとこちらに突撃してくる。
(元々そんなに持ってきてないからな…肉弾戦にもちこむしかないか……)
奏斗はそう思うと、引き金を引きながら前進した。
弾倉が残り一つになると、彼は銃撃を止めて素手で敵兵に突っ込む。
「そんなに死にてぇなら殺してやるよ!」
勝ち誇った笑みを浮かべながら先頭の兵士が斬りかかってくる。が、徴兵ごときの剣で奏斗の命を奪うことなど到底できやしない。
奏斗は突っ込んだ勢いそのままに右前方にガクンと沈み込む。
奏斗の動きに対応できない剣は虚空を切り裂いた。
それを横目に見ながら、彼は兵士の左わき腹にナイフを振るう。
よく研がれた無骨なナイフは分厚い革を易々と切り裂
き、相手の身体をえぐった。
彼は腹から血を流して痛みに耐える兵士から剣を奪う
と、呆気にとられている敵兵を斬った。
彼の身体に肉を、骨を断つ感触が伝わる。
(他の動物と変わりないな)
そう思いながら彼は剣を振るっていく。
敵兵の頭が、腕が、脚がどんどん斬られて血だまりを作った。
剣が血や脂を纏って斬れなくなると、殺した兵士の剣を使ってまた斬っていく。
簡単な戦闘訓練しか受けていない経験不足の徴兵と幼年期から修行を受けた奏斗。どちらが強いか、など言うまでもない。
圧倒的な力量の差が、数の差を埋めていた。
一人、また一人と確実に奏斗は補給部隊を殺して
いった。
この時、奏斗は気づいていなかった。彼の瞳が紅色に染まっていたことを……