第3話 金って大事
ほどなくして奏斗は温泉からあがった。
もっと長く浸かりたいのが本音だが、人が待っているなら仕方ない。
まだ、左腕は痛んでいる。
名残惜しく湯治場から出ると、奏斗は周囲の風景に息を飲んだ。といっても、木造や石造りの家屋が立ち並んでいるだけだが。
(…まるでゲームの中みたいだ)
感動していると横からリサが声をかけてきた。
既に髪は三つ編みに編まれている。
(あの短時間でどうやって?)
「どうかしたの…?」
「い、いや、なんでもないよ」
「…変なの。じゃ、村長のとこにいこっか?」
●
村の中を案内されて歩くうちに、奏斗はあることに気づいた。
村の建物には湯治場から見たように木や石が使われている。
雰囲気としては中世のヨーロッパといったところか?
もっとわかりやすく言うならよくあるRPGゲームの世界だ。
そうこう考えているうちに、奏斗は一際大きな木造の建物に着いた。集会所だろうか?
中に入ると、何人かの男たちが待っていた。
すると、年老いた老人が張りのある声で奏斗に尋ねてきた。
「はじめまして。客人よ。わしはこの村の村長のグヌという者じゃ」
「俺はカナトと申します。何故俺をこのような場に?」
「リサから聞いたのじゃ。ワヌーを倒してくれた、とな。しかも、見たことのない武器を使うと。その話が聞きたくてな」
ベレッタのことだろうか?
戸惑う奏斗に間髪入れずにグヌは尋ねる。
「率直に聞く。お主は“外”の世界からきたのか?」
「…俺はここから遥か東にある、小国から来ました。あなたの仰る“外”の世界かどうかは分かりませんが…」
「そうか…少なくとも、この周辺にそのような国は無いからのぉ…
となるとお主は『魔法』を知らぬか?」
「ええ、まったく」
「ふむぅ…。それは致命的じゃな。魔法がなくては生活ができんからの。よくワヌーを倒したものじゃ」
「恐縮です…」
「が、無傷ではすまなかったようじゃな。左腕がボロボロじゃ。どれ、治してやるかのぉ」
(この爺さん、俺の左腕のけがに気づいたのか?)
奏斗が驚いていると、グヌは奏斗の左腕に《レコバル》と唱えた。
「これでどうじゃ?」
「凄い…。さっきまでの痛みが嘘のようです」
「それはなによりじゃ」
奏斗は衝撃を受けていた。
(あれほどのケガが一瞬で治るなんて…。現代の医療でもこんなことはできやしないぞ)
「詳しい話は明日にしよう。今日はここの二階に泊まると良い」
グヌが席を立とうとすると周りの男たちが騒ぎ始めた。
気になった奏斗だったが、構わず二階へと向かった。
●
しばらくしてから一階に降りると、村長が一人パイプをふかしていた。
「タバコ、いいですか?」
「ああ、構わんよ」
奏斗はグヌの言葉に甘えて、タバコを吸うことにした。
タバコがだいぶ短くなったころ、グヌは皮袋を奏斗に手渡した。
「これは?」
「お主が倒したワヌーの毛皮と牙を売った金じゃ」
「俺よりもリサにあげてください。俺は剥ぎ取った覚えはないです」
「半分はもうリサにやった。あとはお主の分じゃ。どうせ無一文じゃろう?」
ここで奏斗は、初めて自分が無一文であることに気づいた。
(金が無ければどうしようもない…か)
奏斗は皮袋を受け取ることにした。
「通貨のことも教えておこうかの。通貨の種類は銅貨、銀貨、金貨の3つ。銅貨は1モル、銀貨は100モル、金貨は1000モルじゃ」
(銅貨が一円玉、銀貨が百円玉、金貨が千円札ってとこか?)
奏斗は円に置き換えて考えてみるものの、モルがいくらか分からないのでさっぱりわからない。
(ま、後でわかるだろ)
グヌは続ける。
「その袋の中には500モル入っておる。大体の物は揃うはずじゃ」
「ありがとうございます。丁寧に教えて頂いて」
「構わんよ。細かい話は明日じゃ。今は食事にしよう」
●
夕食はパンと干し肉のスープ、サラダだった。
質素だな、と思ってしまうのは飽食の時代で生きてきたからであろうか。
「すまんのぉ…こんな物しか無くて。口に合うと良いのじゃが…」
「いえいえ、充分ですよ。スープは肉の旨味がしっかりでていますし、サラダは辛みがアクセントになっていて…
俺の世界の食べ物よりずっとおいしいですよ」
「それは良かった」
現代社会で生きてきた奏斗にとって、このような食事は新鮮であった。
(当たり前だけど冷凍食品とかより美味いな)
食事がまともで良かった、と奏斗は心の底から思う。
オルフェリアで生きていくにあたって、食事は重要な要素だ。食文化が違うとなると、適応するのに時間がかかってしまう。
(もし、虫が主食だったら……)
そんなことを考えて寒気が走った奏斗だった。
●
夕食を終えると、奏斗はすぐに寝床に戻った。
そんな彼の姿をグヌは興味深く眺めている。
(あれが“外”の人間……)
長年この辺境の村で生きてきた彼でさえ“外”の人間は見たことがない。
魔法を知らない、と言われた時には度肝を抜かれてしまった。
ワヌーを倒してしまうほどの猛者、漆黒の髪と瞳、顔立ちが女顔であるのは気になるが…
(時期が違えばリサの婿にでもしたかったがのぉ)
とグヌは思う。
こんな村では出逢いなど皆無に等しい。孫娘である彼女の嫁入り姿など、見れないと覚悟していたのだ。
しかし彼ならばリサの婿に適任だろう。あくまで“ふつうの時”ならば。
《時期》が悪すぎる、と彼は思った。
「どうにかして、この村から出て行ってもらんとのぉ」
誰もいない部屋で一人決心したように彼はつぶやいた。
●
━━━━翌日
奏斗は村に響きわたる半鐘の音で目が覚めた。
「っるせぇな…一体何なんだよ…?」
悪態をつきながら彼は身なりを整える。
外はまだ、日が上りきっていないようだ。
すると、奏斗の部屋の扉が突然開けられた。誰かと思えばグヌだ。
「一体どうしたっていうんです?こんな朝っぱらから」
グヌは青ざめた顔で奏斗に告げる。
「隣国の軍が侵攻してきおった!」
奏斗はまだ知らない。
血にまみれたオルフェリアの本当の姿を。
際限のない人間の欲望を。