第2話 初遭遇
だいぶ日が傾いてきた。相当歩いてきたはずだが景色は草原のままだ。
「マズいな…日が沈む前にはなんとかしたいんだが……」
野宿はできるが、こんな何も無いところではさすがに厳しい。焚き火なんて起こしたら一瞬で周りが火の海だ。
何本目になるか分からないタバコをくわえると、前方に生き物が見えた。
少し距離がある。持ってきた双眼鏡で覗いてみると……
「うわ!なんだアレ?!」
双眼鏡に映ったのは大きめのトラだ。体長は2メートルほどか。
ただ大きいだけならまだしも、尻尾が3本あったり、牙が長かったり、とにかく普通ではない。
「さすが異世界って感じだな。あれ?矢が刺さってるな…誰か戦ってんのか?」
トラの姿を視認できるほどまで近づくと、歳が近そうな女の子が戦っていた。弓で遠くから攻撃しているが全く効いていない。
(ピンチの女の子を助ける…なんともありそうな展開ではないか!是非とも参加しなくては!)
そんな煩悩を見透かしたのかトラが奏斗のほうを見てきた。
目があったなぁ~、などとのんきに構えているとトラが突っ込んできた。
あまりに突然のことで奏斗は全く反応できない。
気がつくとトラが目の前にまできていた。しかも右腕で殴ってくる!
ネコパンチならぬトラパンチかな…
どうでもいいことを考えながら左腕でトラパンチ(仮)を防ぐ。
ガッ!!
全身に鈍い振動が響き、左腕に激痛が走る。骨まで砕かれたようだ。
しかし、彼はこの程度でやられるような人間ではない。
「なめンなっ!」
痛みに耐えながら両腕でトラの腕を持ち、そのまま背負って地面に叩きつけるように投げる。衝撃で地面が振動がした。
背骨が傷ついたのか、トラは仰向けで動けない。
こうなれば後はカンタンだ。無防備な腹にナイフを突き刺してそのまま切り裂く。
「グガァァァ!!」
切り裂かれた腹からダクダクと血が流れていき、トラの動きが鈍くなる。トドメにベレッタを眼に撃ち込むとトラの動きが止まった。
「大丈夫?!けがしてないの?」
心配そうに女の子が走ってきた。
女の子は茶色の長い髪を一本の三つ編みにしていた。顔立ちは温和そうで………なんといっても胸が大きかった。
(…うん。アレだな。走る度に胸がゆっさゆっさ揺れて……)
目の前の素晴らしい光景(本人談)に軽く興奮しながらも会話をしようとするが、言葉が出ない。
(コミュ障ではないはずだが…)
奏斗が疑問に思った瞬間、
激しい頭痛が。頭が割れそうな痛みに思わず悲鳴をあげたくなる。
が、
「………!!」
言葉が出ないからどうすることもできない。
だんだんと目の前の風景が霞んでゆく。
(何がどうなっているんだ…)
訳も分からないまま奏斗は意識を失った。
●
「ねえ!どうしたの?!」
返事がない。
間違いない、ワヌーの毒にやられたんだ!
「と、とりあえず村に運ばなきゃ!《ストロン》!」
彼女は身体強化の魔法をかけて意識がない少年を背負った。思ったより重かったが、これくらいは大丈夫だ。
次に腹を裂かれて絶命しているワヌーの毛皮と牙を剥ぎ取る。
(せっかく倒してもらったんだもの、剥ぎ取んなきゃ)
そう思うのは貧乏な生活をしてきた性だろうか。
村までの距離を考えるとギリギリだ。彼女は早速村に向かって全速力で走った。
それにしても…、と彼女は思う。
(彼は一体何者だろう?)
ワヌーをあっさり倒してしまったことから相当強いのは確かだ。しかし…
(冒険者ではないのは確かね)
と、彼女は確信した。
理由は簡単だ。ワヌーの肉球には毒を含んだ棘がある。これは冒険者にとって常識だ。この毒をくらえば、一刻もしないうちに死んでしまうのだ。
そのため普通なら遠距離からの弓や魔法で戦う。
しかし、この少年はあろうことか素手で戦ったのだ。
(もしかしたら、“外”の人間…?見たこと無い武器使ってたし…)
そこまで考えて彼女は思考を中断した。
この少年が何だろうと関係ない。今は死にかけている彼を助けなければならないのだ。
この出逢いが後の世界に影響を与えたり、与えなかったり……
●
気がつくと、目の前が真っ白だった。
天国に来てしまったかな?と奏斗は思ったが、どうやら違うらしい。
(だとしたらなんだ?これは…湯気?)
しばらくして下半身がお湯に浸かっていることに気づいた。
(なぜだ?
俺は草原にいたはずだ。そんでもってぶっ倒れた。それがなぜ湯に浸かっている?)
だいぶ混乱してきたころに、湯気の向こうから声が聞こえた。
「気がついたのね!良かった~!」
声の主は草原で出会ったあの女の子だ。こちらに近づいてきた。それはつまり…
(裸じゃないですか!?あ、ヤベッ鼻血が…)
彼女は草原の時と違い、三つ編みをほどいている。腰までの長い髪が身体にまとわりついていて……はっきり言えばエロい。そしてやはり胸がデカい。
「一時はどうなるかと思ったわ~」
奏斗はなんとか平静を保った。
「ありがとう…ここは?」
「ここは私たちの村、ストゥル村の湯治場よ。このお湯はね、身体中の毒を全部出してくれるの。ワヌーの毒をこのお湯が落としてくれたのよ」
一種の温泉かな…?
効能で毒を落とせるとは…、と奏斗は感心してしまう。
「助けてくれて本当にありがとう。俺はカナト。君は?」
「私はリサよ。後で村長が話があるって。案内は私がするから」
そう言ってリサは温泉から出て行った。
ここで奏斗は彼にとって衝撃的な事実に気づく。
(リサの行動から察するに、この世界…まさか混浴が普通なのか!?)
果てしなくどうでもいい事実である。