第19話 異変
「んぁ……」
使い魔との生活が始まり、1月ほど。
夏も盛り、延々とに太陽がオルフェリアの大地を照らし続けている。オルフェリアの夏は、日本のように蒸し暑く極端に気温が上がることもなく過ごしやすいのだ。
「ふぁ…、眠っ」
ふと隣のベットを見やる。そこには、ティナとシャオンがまるで姉妹のように仲睦まじく眠っていた。
ここ最近はシャオンにティナを奪われ、ベットに一人なのだ。
「『可愛いからいいでしょ!』ってなんだよ…」
シャオンを召喚した当日。
ティナの容姿がシャオンの何らかの感情をくすぐったのだろう、まるで姉のように接するようになっていた。
一方のティナもそれに触発され、シャオンを「お姉ちゃん」とまで言うまでに。
その結果のひとつがコレである。
(仲良いならそれでいいんだが)
凝り固まった首を回すと、ボキボキと音が鳴る。他の関節も同じだ。
半分寝ぼけ眼のまま身支度を始める。
「そろそろ限界か。魔袋っていくらだ?」
5倍の容量を誇る魔袋はすでにその限界を迎えていた。床には、入りきらなかった雑貨やら服やら様々な物が“整理されて”転がっている。
足の踏み場はまだある。
「今の全財産は……、2000Mくらいか」
うなりながら金の勘定をしていると、シャオンが目を覚ましていた。
「おはよう~ご主人様。朝からお金?」
「色々あるんだよ。
雑貨屋に魔袋あるかな?」
「それなりに売ってるはずよ。自分で造ることもできるみたいだし」
「相変わらず詳しいねぇ~」
この使い魔、明るい性格が起因なのか奏斗やティナよりもこのイフニ村に馴染んでいるのだ。奏斗自身も努力している。だが、どうしても本を読んだりして部屋にこもる機会が多いために村人と接する時間が少なくなってしまう。
奏斗の最近の悩みの一つだ。
「どうすればいいのかな…?
年下の子とか怯えてる気がするんだけど」
「そりゃそうよ。ガキ大将のイディンを追い出して、リュプスをみーんな狩ったんだから。
ま、それだけじゃ無いけどね…」
「……?ずいぶん意味深な事を言うじゃないか。他になんかあるのか?」
「アタシが言うよりも本人たちから聞いたほうが良いわ。そのうちわかるわよ~」
「はぁ……」
「そんなに悩むことでもないって。
ほら、ティナちゃんも起きたし雑貨屋にいきましょ?」
「……、そうだな。
ティナ、準備できた?」
「うー…。待ってくださいよぅ。今起きたばっかりなんですから……」
「30秒で頼む」
「無理ですぅ……」
(ツッコミに覇気がないな…。さすがに寝起きは厳しいものがあるか)
ティナの様子を見ながら、シャオンの言葉を脳内で巡らせる。が、これといった答えは全く思いつかない。
(やれやれ、今日は朝から頭を使う日だ……)
(ご主人様って鈍いのね)
(念話で入ってくるなよ)
いつも通り、1日が始まろうとしていた。
●
宿屋を出て、奏斗は雑貨屋へと足を運ぶ。
「あ、いらっしゃいませー!」
「朝からお疲れさまです。
魔袋ありますか?できれば大きめで」
「ありますよー。
一番大きいのは…、これですね。大の3倍で500Mです」
「500M……。ちょっと高いな。
自分で造れると聞いたんですが?」
「その場合は、この大きさの袋で200Mになります」
「それ2つお願いします」
「いいんですかー?
容量が何倍になるかは自己責任ですよ」
「構いません。はい、400M」
「払った以上は戻れませんよ。
では、こちらの袋に刻印してください。刻む文字はなんでもいいですが、短いほうが効果は大きいです。ま、普通は『理を超えて膨らめ』ですかねー」
言われたとおりに袋に刻む。刻むものは自分の身体、つまり爪。そのほうが刻印魔法は上手くいくのだ。
ちなみに、刻印魔法は何を刻んでも失敗する事はない。『理を超えて膨らめ』は最も効果があるから使われているだけである。
「膨、ら、め、っと。どうですかね?」
「うーん……。1.2倍ですね」
「え?なんで分かるんです?」
「数字が書いてあるんですよー。ここに」
指差した先には、奏斗の刻んだ文字のすぐそばに『×1.2』と書かれていた。これで200Mは高すぎる。
「個人差がありますからー。カナトさんは刻印魔法が苦手なだけですよー」
「そうですか……」
「さすがのご主人様でも苦手なものはあるのね」
「俺だって人間だ。仕方ないだろ?
ティナはどうだった?」
「何回見ても、『×4』って書いてあるんですけど…」
「スゴいな、オイ……。
魔法適正全部なだけなあるわ」
「わたしはいいですけど、お兄ちゃんはどうするんです?
重ねて書いても効果は下がりますし…」
「短ければ短いほど効果が上がるんだよな。それなら…」
そう言うなり奏斗は刻んだ文字の上に二重線を書いた。これで、刻印魔法の効果は無くなる。
彼が書いたのは『拡大』の二文字。ただし、オルフェリアの直線言語ではなく、漢字だ。
(良かったー!漢字かけた!)
オルフェリアでは、召喚者の特典なのか書く文字すべてが直線言語に翻訳される。だが、その気になれば日本語や英語は書くことはできるのだ。
安堵している奏斗を、ティナが不思議そうな目で見てくる。
「お兄ちゃん、この文字は?見たこと無いです」
「俺の国の言葉だよ。そっちのほうが慣れてるからもしかしたら、と思ったんだ」
「カナトさん…、『×100』って書いてますよ、コレ」
「へ?うわぁ…ホントだ。
……、値段変わらないですよね?」
「心配する所が違うわよ…」
やはり、2カ月弱しか使っていないオルフェリアの直線言語と17年間使ってきた日本語では、雲泥の差がある。
刻印魔法も結局はイメージを形にしているだけ。意味の分かる言語を使う方が効果があるのだ。
……だとしても、100倍はおかしい。いくら今まで使ってきた言語を用いても、その効果はオルフェリアの人々と同等のはず。100倍ともなれば、高い安いの問題ではなくもはや国宝級だ。
「代金は変わりませんよー。というか、どうやればそうなるんですかー?後で教えて下さいよー」
「時間があればいつでも」
「約束ですよー?」
●
「お兄ちゃん、やっぱり加減知りませんよね…」
「今回は良かっただろ?」
「ご主人様見てなかったの?
あの子顔色悪くなってたにゃ」
「え?そりゃ悪いことしたな…」
雑貨屋を後にしてギルドへと。
漢字が上手くいきすぎたのは嬉しい誤算だったが、雑貨屋にとっては複雑なものがあるだろう。4倍5倍ならまだしも100倍は追加料金が欲しいところだ。
(前払いして正解か)
上機嫌にギルドに入ると、中は奏斗よりも年下の少年たちで賑わっていた。しかし、奏斗が来た途端に場の空気がピリッと張り詰める。
(あー…、やっぱ警戒されてるな。出直すか)
踵を返そうとするとカウンターからマーレットの声が。
「あ、カナトさーん!少し来てもらえませんか?」
「はい?何でしょう?」
一刻も早くこの場を去りたいものだが、マーレットは仮にもギルドの職員の一人だ。無視すると後々面倒になりそうなので、とぼとぼと仕方なく彼はカウンターへ向かう。
「待ってましたよ」
「待っていた?何をです?」
「トリンさんからの依頼で、村周辺の様子を調べてきてほしいのです」
「もしかして……、草食獣がいない、とか?」
「……!よくわかりましたね」
「最近新鮮な肉を食べる機会がめっきりなくなりましたからね。俺もちょうど気になってたんですよ」
「さ、さすがと言うべきなのでしょうか……?
とにかく、何かあるとしたら山側でしょう。そこを重点的に調べてもらえれば」
「期間は?」
「大体3、4日くらいですかね。
別に突き止めろとは言っていません。ただ見回るだけで充分です」
「けど、俺たち山の地理はさっぱりですよ」
「心配いりません。そのために……」
マーレットが少年たちを手で指す。
「彼らがいるのです」
「え?」
「本来なら、彼らが行くべきですが……、なにせ実力不足なのでカナトさんを、と」
「マーレットさん。俺そこまで彼らと仲良いわけじゃないですよ?」
「仕方ないですよ。みんなティナちゃんに惚れたのですから。カナトさんと気まずくもなりますって」
「は?惚れたぁ!?」
思わぬ爆弾がマーレットの口から飛び出した。奏斗も驚いたが一番驚いているのはティナだ。唯一驚いていないのはシャオン。なぜか彼女は得意気だ。
「ね?そういう事よ、ご主人様」
「迂闊だったな…。普通に考えれば当たり前だ。
ティナみたいな可愛い女の子が突然やってきたら惚れる人間も出てくるわな。
さらに兄がいるとなると……、当然警戒されるわけだ」
「わたしはお兄ちゃん一筋なので、その程度で揺らぎませんけど…、これからどう接すればいいんでしょう……」
「今さりげなくスゴいこと言ったよね?」
「ティナちゃん、それを乗り越えてこそ、いい女ってものよ」
「そういうもんか……?」
「何はともあれ頑張ってください!」
マーレットの投げやりな励ましの言葉を背に、奏斗は少年たちの座るテーブルへ。
奏斗が近づくにつれて、緊張の糸がどんどん張り詰めていく。奏斗でさえ息をのむほどに。
少年たちの顔つきは、戦場へと旅立つ兵士そのものだ。
緊張が増す中、奏斗はついにテーブルに到達する。奏斗が椅子に座ろうとするその瞬間、ひとりの少年がガタッと椅子を鳴らして勢いよく立ち上がった。
呆気はとられる一同を気にもとめず、少年は、
「ティナ!初めて見たときから、ぼくは恋に落ちてしまった!君を愛しているんだ!」
いきなり愛を叫んだ。
「えぇぇぇぇ!!!????」
困惑するティナの悲鳴が、ギルドのみならず村中に響き渡る。
●
衝撃の告白から数分ほど。
ギルドは平穏を取り戻していた。
「落ち着いたか?」
「はい…。取り乱して申し訳ないです。“義兄さん”」
「誰が誰の義兄だってぇ?」
再びギルドが喧騒に包まれそうになるが、ぎりぎりで奏斗は踏みとどまる。
「それで、だ。依頼の件なんだが……」
「それよりも将来の話をですね…」
「うん、いい加減にしようか?」
「おい、ラケト!もうやめろ!すみませんカナトさん。こいつ見ての通りバカなんです」
額に青筋が浮かび、手が出そうになった奏斗を眼鏡をかけた大人しそうな少年が諫める。
「どうやら、君と話したほうが良さそうだ。
もう一度聞く。今回の依頼なんだが……」
「ええ、聞いています。自分たち4人でカナトさんをお手伝いしますので。周辺の地理は任してください」
「すまない、助かるよ」
「いえいえ、本当は自分らの仕事です。
言葉が悪いですが、余所者に任せるということは恥といっても過言ではありません。
……隣のバカは違いますが」
「あ?何言ってんだカザ?
ティナと一緒の依頼。これほど嬉しいことはあるか?!いやないな!ないに決まっている!」
「では、今更だが自己紹介でもしようか?まだお互い名乗ってすらいないし」
「ごもっともです。
こっちのスカーフを巻いているのがブレッサ。全身装備がイルです」
「で、君がカザでこいつがラケト。あってる?」
「正解です。主にイルとラケトが前衛、自分とブレッサが後衛ですね」
「こっちも一応名乗っておこうか。俺がカナトで妹のティナだ。
ティナ?なんか一言」
「えっと……、短い間ですがお世話になります」
「なんなら一生世話してやろうか?」
「お、お断りします……」
「な!?」
「ほら見ろ、あまり積極なのも考え物だって言ったろ?」
「甘いなカザ。この程度で俺がへこたれるとでも?」
「あー……ま、これからよろしく頼む」
こうして、少年たちとの邂逅は終了した。
●
イフニ村北部───つまるところゼス、アテラ両国の国境付近には、イフニ山脈が東西に横たわっている。
その長さは、東はゼス・ガルーシャ・アテラ3国間の国境、シャタール回廊から、西は直径約300キロにも及ぶ巨大なカルデラ湖であるルーズ湖まで。実に約250キロである。
平均3000メートル級の山々と深い峡谷がしわのように鎮座している、オルフェリア最大の山岳地帯だ。
その広大な自然には、多種多様な生物が住み着き、日々食う、食われるの食物連鎖が繰り広げられている。
そんな中、奏斗一行は森に入り道なき道を進んでいた。
イフニ山脈はそのほとんどを広葉樹林に覆われている。イフニ村周辺が草原なのは、この地に住めるようにと長年木を伐採し続けた村人の努力のおかげだ。
木漏れ日を浴びながら、彼らは進む。
会話は少ない。
虫の鳴き声だけが彼らの隙間を満たしていた。
しかし、こんな状況に耐えきれるものなどいない。ついに奏斗が口を開いた。
「なぁ、カザ。この調査の道のりはどんな感じなんだ?」
地理は知らずとも、自分の行く道くらいは知っておきたいもの。たとえそれが役に立とうとも立たずとも。
そうですね、とカザは前置きをして、
「あくまでも予定ですが、とりあえずは西にある程度登ってから東に向かおうかと。ラケトがいるのでなんとも言えませんが……」
「はは……、ラケトが、ね」
「ええ、今日はティナさんがいるのでいつも以上に暴走する危険性が高いんです」
先頭はラケト。おそらくティナに良いところを見せようとしたのだろう。今も絶え間なくティナに話しかけているのが見てとれる。そばにいるシャオンには目も向けていない。
そのおかげで、ラケトという人間を知ることができるのだからそれはそれで助かるのだが。
「いつもはどういう人?」
「あの通りだよ。おかげで前衛後衛の意味がないんだ」
そう愚痴るのは体の各所を鉄板で覆うイル。その言葉だけで、彼が日頃どれだけ苦労しているのか察することができる。
「というと?」
「ひとりで勝手に突っ込んでいったり、逆に逃げたり。けど一番悪いのはそこじゃねぇ。あいつの最大の欠点は、自分でしたことを正当化して反省しないところだ」
「だから同じことを延々と繰り返す、と。負の連鎖だな」
「いきなり抜け駆けするし……」
ボソッとつぶやくブレッサは、憮然とした顔つきしている。出発してからずっとこの調子だ。
「抜け駆け?」
「ああ、そうだもんね。ブレッサもティナさん好きだったっけ」
「……、お前もか」
「わるい?」
「いや、まったく。人の恋愛を邪魔する気はないよ。
で、抜け駆けってなんだ?まさか……、2人一緒に告るとか?」
「その通り。けどアイツは約束を破った」
「……、色々と大変だねぇ」
共に過ごすのはたかが3日。けれども、
(なんか起きそうなんだよな…。特にラケトって訳じゃないが)
(ねぇ、ご主人様。帰っていい?)
(すまない。だがお前が必要なんだ…!お前がいなければティナが…。
俺で良ければ何でもするからっ!)
(な、何でも?ご主人様に?
……、分かったわ。アタシ頑張る!3、4日なんて一瞬だわ!)
(お、おう…。とにかく頼むぞ)
完全に立場が逆になっていたことに気付くのは、しばらく後の話であった。
●
日が真上を通り越して少し。
気温は上がっているはずなのに、少々涼しく感じるのは標高が高くなったためだろうか。
「だいぶ来たか?」
「そう……ですね。そろそろ西に行きましょうか。
でもその前に、一旦休憩で」
各々が木の根や石に腰かけ、思い思いに身体を休める。
(頑張るなぁ…)
奏斗の目線の先には、休憩の時でさえティナにひたすら話しかけるラケトの姿があった。ここまで一途だと、呆れを超して感心してしまう。
当のティナの心は1ミリも揺らいでいないようだが。
なにとなしに3本目のタバコに火をつける。
最初は悪い予感がしていたが、それはどうやら杞憂のようだ。
そう和む奏斗の耳に、
グチャ、ブチブチッ
粘着質な何かを引きちぎる不吉な音が聞こえてきた。
(安心したらこれかよ…)
悪態をつきながらも、それはまだ途絶えない。
(だいぶ遠いってことしか分からないか)
《ストロン》で強化された彼の耳をもってしても曖昧にしか判断できないということは、その危険度は相当低くなる。
それでも、
(なんか気になるな)
判断に迷いながらシャオンを見ると、彼女もまた怪訝そうな顔をしている。
(シャオン、どこから聞こえるかわかるか?)
奏斗は念話でシャオンに話しかける。正体不明のものを話して、ティナやラケトたちに変に怖がらせたくはないのだ。
(ここから東に2C半ってとこ。どうするの?)
(とりあえず見に行く。皆とな)
ひとりで行ってもいいのだが、いかんせん奏斗は地理がわからない。確実に遭難してしまうだろう。
「カザ。もう少し東に行ってくれないか?」
「どうしてです?」
「この先が見てみたくて。だめか?」
「いいえ、かまいませんよ」
半分騙してしまったが仕方がない。嘘をついてでも奏斗は胸騒ぎの元凶を突き止めたいのだ。
(ご主人様って、嘘つくの上手いのね…)
(うそも方便って言うだろ?場合によれば、嘘つきは英雄にもなれるんだよ)
●
それからしばらく。
東に歩くにつれて、その不快な音は次第に大きくなり、血の臭いも漂ってくる。いい加減カザも気づきだした。
「カナトさん。この音は一体……」
「ああ、俺も気になったとこだ」
音の出所は森の中にぽっかりと穴を空けた草原。木の隅に隠れて、その様子を伺うと……、
「おいおいおいおい……、勘弁してくれよ…。なんでここにアレがいるんだ?」
草原には、コウモリのような翼をもち、その身をワニのような堅い鱗で覆われ、鋭い牙を幾つも生えそろえた“ドラゴン”がそこにいた。




