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おじいちゃんちの『なや』


 ねむる前にぼくはびんのふたを開け、おじさんに言われたとおりにまくら元に置いた。

 本当はにおいをかいでみたくて仕方がなかったけれど、むずむず動こうとする鼻をつまんで、むりやりふとんにもぐりこんだ。


 『なや』のにおい。『なや』のにおい。

 おじいちゃんちの『なや』のにおい。


 いっしょうけんめい本物のにおいを思い出そうとすればするほどよくわからなくなってきて、それでもふんふん鼻をひくつかせているうちに、ぼくはいつの間にかねむってしまったらしい。


 ぽんわ…


 あぶくのような、小さな音がした。


 ぽんわ…

 ぽんわ…


 それは、ぼくのはく息の音だった。

 ぼくは水の中にいた。


 おどろいて、ぐうっと息をすいこもうとすると、もったりとした、ゼリーのようにぬるくて重い水が鼻から口からどっと入り込んできた。

 あわてて手足をばたばたさせてみたら、ゆっくりではあるけれど何とかゼリーの中をいどうすることができた。

 息も、初めこそおどろいたけれど、ちゃんとすうことができる。

 ただ、そのたびにどろどろとゼリーがのどや鼻に流れ込んでくるのが気持ち悪い。

 けれど不思議と、鼻がツンといたくなることはなかった。


 とうめいなかべの向こうに、ぼんやりと何かが光って見える。

 ぼくはそこに向かって、がむしゃらにもがいた。


 手足がだるくなってきたころ、やっと遠かった光がぼおっと近づいてきて、それで元気になったぼくはまたひたすらもがいて、もがいてもがいて、


 すぽん!


 お父さんが開けるビールびんのふたのような音がして、ごろんと地面に転がり落ちた。

 ぼくはたおれたまま、息が整うまでじっとしていた。


 しばらくして、そっと顔をあげた。

 むっとした草のにおいに、あたたかな土。

 遠くにひばりの声がする。

 じゃりじゃりした小石がひざに当たっていたかった。


 見覚えのある、おじいちゃん家のうらの畑だった。


 ぼくは、おそるおそる立ち上がった。

 やっぱりといううれしさと、なきたいような気持ちとがごちゃまぜになって、どういう顔をしたらいいのかわからない。

 初めはゆっくりと、しだいに早く、最後はかけあしでおじいちゃん家にむかった。


「おじいちゃーん!」


 うら口の木のとびらに手をかけ、横にひっぱりながらぼくはさけんだ。


「おじいちゃーん、ぼくだよ」


 何度もがちゃがちゃいわせながらひっぱるけれど、とびらにははりがねのかぎが差してあるみたいで開かなかった。

 おじいちゃんはとっても耳がとおいうえに一番大きな音でテレビをみているから、きっと気がついていないのだろう。

 あきらめきれなくて、しばらくとびらをゆすったりたたいたりしていたけれど、『なや』のことを思い出して、先にそっちの方へ行ってみることにした。




 うら口から右手にむかって歩くと、つんとなつかしいにおいがしてきた。

 古いものがたくさんまじったにおいだ。

 くたびれたからし色のごわごわしたカーテンが、『なや』の外にドア代わりにかかっていた。

 ほこりっぽいそれをシャーッと引きながら、ぼくは中に入った。


 土でできたかべは古くて、ところどころあなが開いている。

 そのあなから、光がたくさん糸のように入りこんでほこりがちらちらとおどっていた。

 光の糸は、木ばこに入った芽の出たじゃがいもや里いもをてらしている。

 おくのかべには草をかるかまや、あなの開いた麦わらぼうし。

 部屋のはしには、二かいにつづく木でできたぼろぼろのはしごが立てかけられていて。


 ああ。


 ぼくは思わずぎゅうっと目をつむった。


 本当に、おじいちゃんの家の『なや』だ。


 ぼくは、はしごに足をかけて上りだした。

 ぎしりぎしりと、足をかけるたびにはしごがきしむ。

 後ろにひっくり返らないようにちゅういしながら、ニかいのゆかに手をつき、ぐうっと体を持ち上げ、かた足をかけながら部屋にとうちゃくした。


 古い木と針金でできたきかい(『だっこくき』っていう、お米の実をとるものだっておじいちゃんに教えてもらった)や、いろんな知らない古い道具がたくさんおいてある。

 おくには、たくさんのわらのたばもあった。


 ぼくはそのわらたばをかかえ、開いた場所にどんどんつみ上げていった。

 わらたばが少なくなってくると、その上にとびのり、手をつっこんでかき回した。

 何度もかき回しているうちに、やっとコツッと何かが手に当たり、ぼくはいそいでそれをつかみ上げた。


「……あった」


 それは、古いセルロイド人形だった。

 まき毛にリボン、みどりのドレス。

 ネズミにかじられたのだろう、ところどころボロボロになった人形は、はい色の目でじっとぼくを見つめていた。


「ごめん……ごめんね」


 ぼくはその人形をなでながら、何度もあやまった。

 人形は、だまったままぼくの顔を見つめていた。

 何か言ってやりたいけれど、つかれてしまって何も言えない、そんな顔にも見えた。


 ぼくは人形を持ったまましんちょうにはしごをおり、家のそばの小川に行き、シャツをぬいでぬらしたもので人形をごしごしこすった。


「本当に、本当にごめん……。

 今、お家に返してあげるから」


 そう言って、ぼくは人形をだいて歩きだした。

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