夢を覗くメガネ
十年間の研究の末、私は『他人の見ている夢を覗くメガネ』を完成させた。長年の努力が実を結んだことで、自然と涙が出てきた。私はこのメガネが実際に機能するか確かめるため、友人の所へ行った。思えばこの十年間、まともに人と話していなかった。唯一の話し相手は、研究所で飼っている犬のマックスだけだった。
私は友人に、このメガネについて説明し、昼寝をしてもらった。私はメガネをかけ、友人の頭上を見た。すると、どこかのオフィスで、友人が年配の男に向かって鞭を振るっているのが見えた。どうやら、この年配の男は、友人の上司らしい。夢の音まではきくことができないが、友人がこの上司に対して、かなりの恨みを持っているということは理解できた。
友人を起こすと、彼はかなりすっきりした様子で、メガネの効果について聞いてきた。実験は成功だ。これからさらに研究を重ねていけば、製品化することができるかもしれない。私はうきうきしながら研究所へ戻った。中に入ると、マックスが気持ちよさそうに眠っていた。私はふと、「動物は夢を見るのだろうか?」と考え、早速メガネをかけてみた。やはり、動物も夢を見ていた。だが、マックスが見ていた夢は、餌を腹いっぱい食べるとか、ライオンを追っかけまわすとか、そんな低次元なものではなかった。
マックスの夢の舞台は、私の研究所。そこでは、私が何かの機械を作っていた。私はその作業工程をじっと見つめていた。ようやく完成したかと思ったら、そこで夢が見えなくなってしまった。マックスが起きてしまったのだ。マックスは尻尾を振って、私にすり寄ってきた。私はメガネを外して、先ほどの作業工程を再現してみた。幸い、機械の材料は研究所にあるものだけだった。約20分後、その機械が完成した。私はその機械をマックスの首輪に取り付けた。材料から薄々感づいてはいたが、これは『動物の声を人間の言葉に変換するマイク』であった。私がマックスの頭を撫でると、マックスは渋い声で人間の言葉をしゃべり出した。
「これでやっとあなたとしゃべることができますね。このマイクの作り方をもっと前にお教えしたかったのですが、上手く伝えることができなくて……。私の寿命も残りわずかです。あなたが研究に没頭していた十年間で、私もかなりの発明品を思いつきました。できるかぎり、あなたにお教えします」
マックスが亡くなるまでの1年間、私はマックスの発明品を次々と形にしていった。私の過ごした十年間が滑稽に思えてくるような発明品ばかりだった。発明品の特許を申請する際、私の名前は使わず、代わりに『ミスター・マックス』という名前を使った。これが犬の名前だとわかる人間は、世間で私一人であろう。