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バラの王子様と白い悪魔  作者: ことわりめぐむ
5/6

殺し屋のいえ

 ラムタフの家に向かう旅が始まる。

 ラムタフの家はスンシ、ここヴィアハムから東に一日列車を乗れば着く場所である。

なぜ自宅に向かっているのかといえば「殺しの依頼はおじいちゃんが聞いて来るんだよ」と言うラムタフの言葉からすると、きっと催眠術をかけて殺しを遂行させているのは祖父に違いないとジオが言っていたからだ。じいさんを説得して、ラムタフにかけた暗示を解いてもらえば、問題ない。

 折角フィア様の所へ来たって言うのに、また外出しなければならないなんて、不幸だ。

 かといって、こんな危ないラムタフをフィア様の側において置く訳には行かない。ラムタフはラムタフで一人でほっぽり出せるわけも無い。安心を買うために苦労は何でもするさ。 

 駅から歩くよと言われ大人しくラムタフの後に続く。

 駅自体、周りに何もなくて田舎なんだなぁとは思ったが、ラムタフが進んで行く先はもっと何にもなくて‥‥たどり着いた場所は村、と呼べるほど民家も無く。周りを木々に囲まれた広い敷地にぽつぽつと建物が建っているだけだった。

「ここがお前の家?」

 俺はその建物の少なさに驚きラムタフの態度を伺う。ラムタフには悪いが正直こんな場所に人が住んでいるとは思えない‥‥。

「うん。僕の家」

 うつむき加減で笑うとラムタフは進みだした。

 鳥の声、風の音、一見のどかな集落に見えない事は無い、だが人の気配が全くしない。見当たらないだけで隠れているのだろうか‥‥。

「村の人たち、俺を警戒しているのかな?」

「昔は大人ばっかりだったけど、僕らの周りはもっとたくさん人が居たんだ。その頃は僕の髪も真っ白じゃなくて、ちゃんと皆と同じく金色だったんだよ」

「おまえ白いのは生まれつきじゃないのか」

「‥‥うん違うよ。こんな田舎でもセント帝国だからね~僕ギルダムだもん。両親とも綺麗な金髪、青い目。初めての仕事の時にこんな色になったっておじいちゃんが言ってた。その頃から周りの人たちもだんだん居なくなって、今は僕とおじいちゃんだけなの」

 初めての仕事の時に白髪に変色した?髪ってそんなに簡単に色が変わったりするのだろうか。

「僕が怖くて逃げ出したんだって」

 ラムタフの声は少し寂しそうに聞こえた。

 初めての仕事をして髪が白くなって、村人が逃げ出した。ラムタフの仕事っていうと殺し屋。他人に見つかる訳にはいかない‥‥そう易々と逃がすのだろうか?身を隠すため、何か別の理由を作って追い出したのかも知れない、あるいは口外を全く出来ないようにしたかだ‥‥。

 こんな何にも無い場所でたった一人のじいさんと二人きり‥‥とってもつまらなかった事だろう、寂しかった事だろう。

 俺だったらきっと、耐えられない。

 深く帽子をかぶって他人に髪の色を隠していた意味も、僕が怖くて逃げ出すんだといつも言ってた理由も今なら前よりも理解できる。ラムタフはこんな孤独に巻きつかれていたんだなと‥‥。

 蛇のように纏わり付いて、手を伸ばせば絡みつき、地面に引きずり落とされる。

 俺とは違う孤独。

 城には同い年の子供はたくさん居た、全部が全部完全なアリティーヌだった。俺だけが他種と混ざり合った母親から生まれ、同族として見てもらえなかった。そんな中、今のこのラムタフみたいに守ってもらえるし、守りたいって思う人間なんて出来るわけは無い。俺は城ではいつだって一人だった。

初めて出来た友達。くだらない事で無駄な時間を浪費しているだけの存在で良い。俺にはきっとラムタフが必要なんだろう。

「ラムタフ」

「なーにテス」

「どうして俺が人を殺しちゃ駄目だって言うか教えてやるよ」

「なんでって」

「その人を大切に思う人が居るからだよ」

 その言葉にラムタフは首をかしげる。

「もし‥‥俺が殺されたら‥‥」

「嫌だ。テスと会えなくなるのは嫌だ」

 そう答えてくれて、内心ほっとして続けた。

「嫌だろ。皆が皆そう思っているんだ、誰にでもそんな人は一人でも居る。他人を悲しませちゃあいけない。だからどんなにムカついても、困ってても。殺しちゃ駄目なんだ。悪人は‥‥」

「悪い事してる人は、法が裁くんだよね」

「そうよく覚えてたな。そのために偉い人ががんばって考えた法律だ」

 セント帝国法規第五条に犯罪者を更正させる法律がある。各々が各自で裁いていたら限が無い、復讐の循環を断つには始まらせない事だと考えた偉い人が作った法律だとジオに教わった。

「テスの言った言葉はなんだって覚えてるよ。だって僕頭良いもん」

 にへらと笑うとラムタフは走り出した。そして一軒の家の前で立ち止まる。

「ここが僕のうち」

 僕のうちと案内されたそこは、集落の他の家と全く変わらず、人が住んでいるような気配はしない。ラムタフ以外住んでいなかったんじゃないかと疑問が生じる。ただ、放置された廃屋とは違って雨風凌げる天井は有るし、壁に穴も開いていない。まだ人が住める建物だなとは思った。

「ただいま‥‥」ラムタフは小さく呟くと扉を押した。

 ギィーーーと立て付けの悪い音が言葉より大きく響く。

「何で自分家なのに小声なんだよ」

 ラムタフの表情は何かに怯えていた。

「だって、お仕事失敗して帰ったの初めてなんだもん。怒られちゃうかなぁって」

 与えられた任務が遂行されなかったんだからそりゃあ普通なら怒るだろう。怒るという行為がそもそも間違っているんだ。

「‥‥俺がそいつを怒りに来たんだよ。堂々としろ」

 ラムタフの背中を思いっきり叩く。その勢いでラムタフは家の中へ入ってしまった。俺もそれに続く。

 中は机があって椅子があって、本当に普通の家だったが人の気配はやはり無い。仕事を依頼したおじいちゃんってラムタフの幻覚じゃないのかって疑いが強くなる。

「ずいぶん休息が早いな」

 相手は突然現われた。さっきまで誰も居なかった入り口に老人が立っていた。

 誰か居ないか気にして気配を探りながら進んでいたのに、気がつけば後ろに立っている。

「おじいちゃん‥‥」

 怯えた声をラムタフは漏らした。

「ヴィアハム公は死んだという話は聞かないが、それとも何か公表されていないだけか」

 気がつけば老人は俺の隣の椅子に座っていた。

 さっきまで入り口に居たというのに‥‥、それは見間違いで最初からそこに座っていたという事なんだろうか。

 老人を振り返ると嫌な汗が背中を伝う。

「いつからお前はそんなに腑抜けになったんだ」

 依頼した内容もきちんとこなせないとは‥‥とじいさんが椅子から立ち上がる。

「ちゃんと教えたはずだぞ。ラムタフ、狙った獲物は必ず仕留めろって」

 椅子から立ち上がったと思ったら、ラムタフの目の前にあらわれる。

そのスピードはとても老人とは思えない。

「‥‥ラムタフに殺しはさせない」

 黙ったままのラムタフと一方的に話すじいさんの間に割って入る。もし暗示をかけているのがこいつなのだとしたら、次の別の暗示をかける前に何とかしないと。

 そういう焦りが、その言葉を吐かせた。

「声が震えているぞ」

 じいさんは一言そう言うと、俺の方を向いた。

「殺しはさせないか‥‥おまえだな」

 冷たく言い放たれると、大きな声ではないのに空気が震え、体がピリピリした。背中がぞくっとなり、目の前にいるこのじいさんが恐くて、逃げ出したくなった。

 相手は動いているわけではないけれど、どんどん自分の方に近づいてきているようで、恐くて逃げ出したくなった。でも‥‥ここで逃げても何も変わらない。

 逃げ出したい弱い心が動かない事を抵抗するように額から脂汗が流れ出す。瞳だけに自由を与えラムタフを見た。ラムタフは同じようにじいさんを見つめ固まっている。

 瞳は見開かれ、口も開きっぱなし‥‥時が止まったかのように、表情が動かない。おかしい、何かがおかしい。

「ラムタフ、こいつを殺せ」

 先ほどと同じように冷たく低い声でじいさんが言葉を吐き出すと、止まっていたラムタフがこっちを向いた。

「もう一つ教えたはずだ邪魔な者は必ず殺せと」

 無表情のまま俺に歩み寄ってくる。

 いつものラムタフじゃなくて、フィア様を狙った時のようなあの曇った瞳。

 じいさんの言葉によってラムタフが変わる、これは催眠術によるものだろうな。

「ラムタフ?」

 相手が一歩ずつ近づいてくると同じように後ろに下がる。今度は俺の声に反応すらしない。

 ラムタフが俺を殺すはずがない、だって「テス以外の人は皆殺しちゃうと思うんだ」って本心から言っていた。裏を返せば、俺は絶対殺せない。それに前にもこういう状況でラムタフが俺は「殺せない」って剣を引いた事があった、だから大丈夫。それが分かっているはずなのにラムタフが歩み寄る間合いを詰めたくなくて同じだけ後ろに下がり続けた。

「テス‥‥なんで逃げるんだよ」

 無表情のままラムタフは語る。俺の名前は分かっているらしい。それでも行動は変わらない。そう認識すると胸の鼓動が速くなり息苦しくなった。

「殺されると思うから‥‥?逃げても無駄なのに」

 一歩、また一歩とラムタフは前へ、俺は後ろへ。

 この部屋は狭い、この調子で後ろに下がり続ければもうすぐ壁にぶつかるはずだ、壁に押し付けられ逃げ場がないなんて状況に陥りたくない、でもラムタフからは目を離せない。そう思い左手を後ろに突き出し、壁がいつ来るかを探りながら下がる。

 壁にたどり着く前に足元に椅子がぶつかり、バランスを崩して仰向けに倒れる、後ろに出した手は倒れる体を支えて押しつぶされる。

 立ち上がっていても危ないというのに、転倒していては確実に殺される‥‥そう考えが進まないうちに体はその場から逃げ出した。痛めた手など気にしてられない。手をついて体を起こす。

「逃げちゃうの」

 つまらなそうにつぶやく声が嫌に耳に残った。頭の中で何度も聞こえる。

 背中を見せたら殺される?そんな事考えてる余裕はない、今までラムタフのすごいのは見てきた自分がよく知っている、気づかぬ内に首にタガーを当てられ、真横に裂かれる、赤い鮮血の中徐々に体力が無くなって行く。そんな人間を見てきた。

簡単に死ねるとか、もう死んでしまうとか言ってはいたものの目の前で他人の命が一瞬で消え去ってしまう姿を見れば死というものがどんなに怖いものか分かった。心のどこかで殺されないだろう、死なないだろうって甘い考えを持っていたから、今まで怖いとは思わなかっただけだ。現実に人が殺される瞬間と、安心できるラムタフが殺気を見せて自分に歩み寄ってくる事で自覚した。俺は‥‥死にたくない。こんなラムタフに殺されたくない、どんな無様な姿で逃げる事になったってだって殺されるのはごめんだ、そう思いながら無我夢中で外を探した。当然だが開いている逃げ道はない。

 そんなに動いてもいないのに、どんどん息が上がりはぁはぁと荒い呼吸になる。目の前もしっかり見えていなくて、また同じ場所で、同じ椅子につまずいて、今度は正面から床に叩きつけられた。

「ざんねんでした」

 瞳は無表情のまま、口元に笑みを浮かべるとタガーを引き抜きそのまま足首に突き刺した。

「うぅあっあああぁぁぁーーー」

 どこが傷口か分からないほどに赤い血が溢れ出す、貫かれた瞬間は感じなかった痛みが自分を襲い、それに耐えられなくて大声を張り上げた。痛みから逃れるため無意識に足を引いてしまい、刺さったままのタガーが傷口を広げる、広がった傷口からは痛みが押し寄せるように脳に伝わっていた。

「あぐっっ」

 考えられなかった痛みが喉から声を枯らす。

 それでも逃げなければと、傷口を見ていた目線をラムタフに戻した。ラムタフは口を開いて止まっていた。

「あ‥‥ああぁテス」

 後悔の表情とともに情けない声がラムタフから漏れる。

「ラムタフ、気が付いた‥‥」

 よく考えたら逃げようにも足首に突き刺さったラムタフのタガーは、そのまま床に突き刺さっている、逃げようと動かせば先ほどと同じく傷が広がるだけだ。ラムタフの意識が自分を確認してくれて助かった。

 ホント良かった‥‥。

「ごめ、ごめんね。僕。ごめんねテス」

「何をしている。相手が誰だろうと確実に殺せ」

 膝をついて謝りながら傷口を見つめるラムタフの背後からじいさんの声が響く。

「嫌だ。テスは殺したくない」

 首を振り必死に声から逃れようとしている。

「なにを‥‥殺せ」

 その行動に怒りの表情でじいさんの声が大きくなる。

「いやだあぁぁぁぁぁぁ」

 ラムタフは何も聞こえないように大声を張り上げると、両耳にタガーを突き立て、その場に崩れた。耳の位置から大量の血が流れ出し、白い髪と俺の足元を赤色が染め上げる。

「ラムタフ?」

 動かないラムタフにかけた声は震えていた。つきたてたタガーのせいで死んでいるのかもしれない。たとえ、それが致命傷でなくともこんなに頭から血が出たら死んでしまうかもしれない。呼びかけても動きがないため、自由な足で体を揺らすと、ゆっくりと起き上がる。

 顔も髪も洋服も、床に流れ出た俺とラムタフの血で真っ赤に染まっている。見た目は無事ではないが命がある事にはほっとした。

「大丈夫か?」

「何をしているラムタフ」

 俺の言葉にも、遠くで怒鳴るじいさんの声にも反応している様子はない。ただぼんやり俺の足首を見ているだけ。

「‥‥めんね。テス」

 そうつぶやいた声が聞こえたと思った瞬間、ラムタフは足に刺さっているタガーを引き抜いた。

「あぐっっ‥‥」

 刺された時と同じような痛みが俺を襲い、声が口から漏れる。

 出血は刺さったときよりも酷くなる。

 俺の叫び声もラムタフには届かないのか、気にもしていない様子でふらふらと祖父の下へ歩いていく。

「元凶は僕に殺しを教えたおじいちゃん」

 両目から涙を流しながら祖父の前に立ち腕を振り上げる。

「何をする気だラムタフ」

 じいさんはラムタフの行動が信じられないという表情でただラムタフの行動を見ているだけだった。

「やめろラムタフ」

 当然の事ながらラムタフの耳には俺の声は聞こえない。だからやめない。

 一度振り下ろした手はじいさんの肩から胸を軽く裂いた。もう一度腕を振り上げる。

 慌てて俺は痛んでない足を軸に立ち上がり、後ろから思いっきりラムタフを殴りつけた。うっかり痛めた利き腕で殴ってしまったため手首に痛みが走る。

「何するんだよバカ力!!」

 殴られた部分を抑えこちらに向き直る。

「ああバカ力だよ」

 聞こえないと分かっていても、そう答えるとなんだかほっとした。よかったまだいつものラムタフだ。

「なんとおろかな」

 じいさんは、俺とラムタフのやりとりを見て逃げ出そうとする。こんなところで逃がしてたまるかと殴って飛ばした。ぐったりと倒れるじいさんを見下ろし「俺は殺しはしないが、手加減は知らない」言葉をはき捨てた。

 殴った左手がずきずきと痛む。

「でも殺さない。どんな人間もだ」

 老人は二度目の言葉を聞いたか聞いていないかの間に意識を失ってしまったらしい。左手が痛いだけ、この老人も痛いはずだろう。

「とりあえずじいさんは‥‥」

 とラムタフを振り返ったが、奴もそのまま床に倒れていた。

「おい大丈夫か?」

 こんな時魔法が使えて本当に良かったと思う。ぐったりはしているがまだ命があるのを確認すると少し離れた床に自分の流れ続ける血で陣を描きはじめた。

 前にラムタフを助けるために覚えた羽の癒しの力。

 術者の命を削って相手を癒す、忌み嫌われた魔法。でも、こんな時に使うために昔の人は考えたんだろ。たとえ自分の命が減ったとしてもこのまま友達を見殺しにするよりか全然いい。

 出来上がった陣の中心にラムタフを引きずってくる。

「集え魔力、交じわえ肉よ」

自分はその横に立ち真芯に手を置くと血で造られた陣から緑色の弱い光が天井に向かってまっすぐ光る。少量だが羽が降り注いだ。

ウィルじゃないから沢山でないし、羽だか花びらだか分からない物が降り注ぐ。

未熟だなぁと実感する時間である、でももう殴りつけて腕力をプラスする余裕も無い。自分の弱い魔力で時間をかけて癒せばいいだろう。俺達には時間はたくさんあるのだから。

 ゆっくり降り注ぐ羽が何枚か体に触れると足の傷がふさがり、血が出なくなったので、気を失っているじいさんを縛り上げた。こんな痛い思いして殴ったのに逃げ出されたらたまったもんじゃない。いつラムタフを洗脳しに来るかなんて怯えながら暮らすのなんかごめんだ。

 ラムタフの耳から流れる血が止まると、閉じたまぶたが動く。意識が戻ったか?

「ラムタフ‥‥」

 耳が元に戻ったか不安気に声をかけてみた。

「うーーーん。‥テス?」

「良かった。無事か」

「大丈夫?」

 俺はラムタフの無事を、ラムタフは俺の存在を確認すると同時に言葉が出た。

「うん良かった」

 そして自然と笑顔になり、可笑しくも無いのに意味もなく笑いあう。

 笑えるなら心配ないか‥‥と目を離すと、そうでもなかったらしい。ラムタフは起き上がり顔を伏せて泣き出した。

「僕テスを殺そうとしたよね」

 隠す事でもないし、事実だ。「ああ」と肯定するとラムタフは立ち上がり光の陣から出て行ってしまった。

 そのまま奥の部屋へと走り去る。

「まて、ラムタフ」

 慌てて、俺も追いかけた。見た目は治っているかも知れないが、中身はまだぼろぼろかもしれないのに、まだここに居ろよ。

 走るラムタフを追いかけると一つの部屋に入った。

「なんで閉じこもってるんだよ、あけろよ」

 鍵は当然の事、ノブを回そうとしても動こうともしない、ドアを叩くと響かない事からドアの前に何か重しをしているのだろうとという事は想像がついた。

「だって、だってテスなら殺さないってあんなに言ったのに。僕、簡単に殺そうとしてたんだよ」

 涙声でわめき散らすラムタフの声が部屋の中から聞こえる。

「俺は死んでねーよ。殺されてないからこうやって話ししてんだろ」

「生きてる事ぐらい知ってるよ」

「じゃあ何も問題なんかないじゃないか」

「問題あるよ」

「‥‥お前は確かに殺そうとした。でも、最後は助けてくれただろ?下手したらお前が死んでたかもしれない、危なかったじゃないか、耳えぐるって普通じゃできないだろ」

 ラムタフは俺を殺せって言う暗示から逃れるため鼓膜を伝わる音を絶った、耳にタガーをつきたてて、暗示はそんな形では消えないかもしれないのに、下手したら脳に突き刺さってそのまま死んでしまうかもしれないのに。

 まぁプロの殺し屋なのだから、どこをどうすれば死ぬかぐらいは知っていて、死に至らない場所につきたてたのだろうが‥‥でもあんな状況になったのは俺にも原因があり、俺さえしっかりしてればラムタフが耳を犠牲にする所まで行かなかったはずだ。

 結局は俺が弱くて、何も出来ないから。その小さすぎる存在が問題なのだろう。

「あけろよラムタフ」

「もう僕の事なんか忘れて‥‥」

 悲しそうに小さく声がした。

「だーーーーーーーーーああもぅうるさーーーーい」

 あまりにくぢぐちいうラムタフの態度がまったく変わらないから、知らないうちに俺は叫んでいた。

「ごちゃごちゃ言ってないで、ここから出て来い!!俺はお前と一緒がいいの。開けろよここ!!」

「‥‥い、いやだ」

 なだめるのが怒鳴り声に変わった所でラムタフの態度はまったく変わるはずがない。入り口でわめき散らしていてもまったく現状が変わらない、自分が疲れるだけだと悟った俺は一歩後ろに下がる。

ったく魔法で回復したからってまだ怪我人なんだよ俺は‥‥。後ろに引いた左手に力を込める。そしてそのまま思いきり前に叩きつけた。

扉はバキッと音を立てて左手に突き刺された。

「うわーーーーーー」

 バキバキと引っこ抜く際に手にまとわりついた扉の一部が良い音を立てる。部屋の中からするラムタフの声がこもった声ではなく直接耳に届いた。

「なにやってんの、僕の部屋の扉壊して」

「開けろって言うのに開けないからだ!!」

「ばかぢから~!!」

 目には涙を溜めているがいつものラムタフの表情が扉の隙間から見える。

「‥‥おう。俺はバカ力だよ。一人だったら他の物を壊す事しか出来ない。お前みたいに自分の手から解除する方法なんて作り出す事なんて出来ないんだよ」

「‥‥?」

 向き合うラムタフの表情が驚きの表情に変わった。

「ほら出て来いよ」

 開いた穴からラムタフに手を差し出した。相手はびっくりした表情のまま手をとる。

 そのまま表情が笑顔に変わり‥‥。

「僕、こんな穴から出られないよ」

 そういった。

「バカかお前は、戸を開けて出て来い!!」

 つないだ手を叩きつけるように振り解いて俺はラムタフに怒鳴りつけた。俺の言葉に大笑いしながら戸を開けて出てくる。

 さっきのしおらしい態度のほうが良かったのかもしれない。でも、こうやって俺をバカにしてる方がラムタフらしいのだから、しかたないだろう。

「帰るぞ」

 そう言ってじいさんを縛りつけた先ほどの部屋に足を向ける。

「了解」

 後ろから元気よく返事が聞こえる。

 

 ★★★★★ ☆


「殺せ、殺すがいい」

 部屋に戻ると、じいさんが意識を取り戻していた。ロープに縛りつけられ自由にならない体を無駄に動かそうとはしない。ただ、顔だけが異様に腫れ上がっている。自分の力の強さを今更ながらに実感した。

「おじいちゃん。僕はもう殺しはしないよ」

「お前に教えたはずだ、邪魔な人間は殺せと」

 老人がそう言うと、ラムタフの動きが止まる。目は見開かれ、じいさんを見つめたまま動かない。

 これではさっきと同じだ‥‥。

「嫌だよ」

 そう思っていると、ラムタフがぽつりと呟いた。

「もうおじいちゃんの言葉は聞かない。だって、おじいちゃんを殺しても誰も誉めてくれないでしょ」

「ラムタフ‥‥」

「だって罪人は、僕が裁くんじゃなくて法が裁くんだよ」

 ラムタフはそう言って俺を安心させるかのように、こちらを向いた。


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