表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バラの王子様と白い悪魔  作者: ことわりめぐむ
4/6

ヴィアハム

 見た事のある風景が列車の外に見え出していた。いつも通り馬車で来ていた時はヴィアハムの象徴である大きな風車が見えれば、すぐに町についていた。

 馬車なんかよりもっと早い列車なら、もっと早い事だろう。

 自然と顔は笑顔になる。

「嬉しそうだよねテス」

 ラムタフが、うらやましそうにな目でこちらを見た。なんだかその目は寂しそうにも見えた。

「だってさもうすぐ着くんだぜ。あの風車が目印だしな」

 大きな風車を指差して言った。

 広い広い田園地帯に小さな森と山と村がいくつかあって、その村も土地もひっくるめて公主であるフィア様が治めている。ヴィアハムの公主は女の人で、他人を魅了すると伝説に残る右の金の瞳を持っている。

セント帝国に大多数分布する金髪、青い目のギルダムと呼ばれる人種。ヴィアハムでは何百年かに一人、右目が金色の後継ぎが生まれ、左右違う色の瞳を持つ女王が国を治めると、民は幸せになるという伝説が伝えられている。帝国の皇女とまではいかなくても州の公主になる事でヴィアハムの民だれもが満足していた。

裕福ではないが決して不幸ではない‥‥そんな穏やかな雰囲気がある州である。

帝都や中央街と違い、華やかな印象はまったく無いが木々の緑と城の白い石が綺麗で初めて見たときは幼い俺は本とかに出てくる妖精の国の城かと思った。そんな城に住んでいるフィア様も妖精の女王様かと思った。自分の母親よりも年上であるはずなのに、全くそのようには見えなくて、他の人間とは違う左右別色の瞳がもっと不思議な気配がして、その笑顔に見つめられるとその場から離れたくなくなっていた。

 他人を魅了する伝説の力のせいかも知れないが、フィア様自身がかもしだす雰囲気が心地よくて、俺自身が離れたくないんだとそう思っていた。

「前さ、俺の名前って大切な人が付けてくれたって話したろ?」

「うん。言ってたね」

 返事はするものの、突然何の話をするんだとラムタフの表情は語っていた。

「名前な、このヴィアハムの公主様が付けてくれたんだ」

 その言葉を聞いてラムタフが驚く。

「テスの大事な人ってヴィアハム公主‥‥」

「そう」

 改めてそう言われると恥ずかしくて、頭を抱えながらガラスに額をぶつける。

 そんな俺をラムタフは静かに見ていた。


 ★★★★ ☆


「やったぁ。ヴィアハムに着いたぞ」

 自動的にゆっくり開く扉がもどかしくって、両手を添えて無理やり開けると大きな声で喜びを表しながら列車を飛び降りた。

「テス‥‥ここでお別れだね」

 先に進む俺の背中にラムタフの声がかかる。声は寂しそうに聞こえた。

「ん‥‥あっそうか。おまえもヴィアハムに用事があったんだっけな。ところで何の用なんだ?」

 その質問にラムタフは首を振った。

「言いたくないんだったらまぁいいけど」

 別れるのなら、言っておかなければならない言葉がある。

 そう思ってラムタフの利き腕と同じ右手を出した。

「ラムタフが居たからここまでこれた、俺一人じゃたぶん無理だった。ありがとう」

 その言葉は愛想とかではなく本心だった。

人攫いにさらわれて、死を覚悟して抵抗しなかった時に逃げようって助けてくれたこと、逃げるとき考え無しに水の中に突っ込んでいった時、助けてくれたこと。命をとられそうになったとき相手を殺してくれたこと。自分の弱さに気づかせてくれたこと。本当に一瞬の旅だったけど、色々世話になった気がした。

「テス‥‥」

 俺の名前を呼ぶとラムタフの瞳から涙がこぼれ出す。

「何泣いてんだよ、本当に殺し屋なのか?」

 田舎とはいえ駅がある町‥‥人通りは少なくはない、こんな所で泣き出され注目を浴びるのはごめんだ。思ってたとおり面倒な事になってしまった。

 泣くラムタフに慌てて声をかけ、動かない右手と俺の右手を無理やり握手させた。

「お前の用事がなんなのかは知らないけど、もし用事が済んでどこにも行くあてが無いのなら。俺のところに来いよ。しばらくはヴィアハム城に居るつもりだしな」

 大人の器が育つまで‥‥。ここまで来るのに、まだまだ子供だと色々実感した。おそらく短い時間では育たないだろう。

 繋いでない左手をラムタフの頭に軽く何度も叩きつけ、そう言った。

「じゃーなー」

 別れの言葉を叫びながら俺は進みだす。動かないラムタフの姿が見えなくなるまでとりあえず手は振っていた。

「テスはきっと僕を許してくれないね」

 俺の姿が見えなくなるとラムタフはそう呟き、人ごみの中に消えていった。


 ★★★★ ☆☆


 田舎、田舎とは、みなが言うけれど、本当に自然の多い町だなと思いながら道を歩く。

 この間、母さんと来たときは二年も前だというのに全く変わってはいない。

 整備されず土がむき出しのこの道も、城の前に聳え立つ大きな木も‥‥。

 大きな建物が何も無い町だから、こんなに離れていても城と大きな木は目視できる。目の前の井戸を左手に道を曲がったら後は500メートルほど道なりに進めばフィア様の城だ。徐々に大きくなる建物に、待ちきれなくて走り出した。

 こんな大きな城だっていうのに安全な田舎町だって事で、門は閉まってあるものの門番はいない。木製の門を手で押し開けると音も立てず門は開いた。

 門をくぐるり走り出すと二年前と何も変わらない、城の庭が広がっていた。

「部外者が一体なんのようだ」

 冷たい口調が俺に刺さる。

 振り向くとそこには、公主フィア様の従者であるジオが立っていた。

「ジオ‥‥俺はテストリアトーマスジークだ。顔を忘れたか」

「テストリアトーマスジーク様は、こんな年上に対して口の聞き方を知らない坊ちゃまではない。名を語る不届き者か」

 いやみな笑いを浮かべて俺をつまみ出そうとした。

 この男、表情は穏やかなのだが、性格が悪い。

「ジオ!!絶対分かってやってるだろう」

 その表情の意味に気づき、城から追い出そうとする相手に抵抗し、手から逃れると城の中に向かって逃げ出した。

 フィア様の従者のジオがうろうろしてるって事は、側に必ずフィア様が居る。彼女が生まれてからジオは声が届かない距離から離れた事が無いって言うし‥‥。

今この状況では、俺には部が悪すぎる。部外者といってしまえば部外者に違いは無いからだ。

「この俺が逃げる事になるなんて、思ってもみなかったな」

 ジオに捕まれば外に投げ出されるだけで済むとは思わなかった。あいつの性格の悪さは‥‥並大抵のものではない。その冷酷さは人間ですら無い気がする。

 俺だけではなくフィア様以外の人間すべてに対して、平等にそんな態度をとっているので、アリティーヌの親戚どもの陰険さとは違い、まだましだとは思うが‥‥とりあえずは、今守ってくれる味方をつけないと。折角ここまで来たのが無駄になってしまう。

 バラの花壇を抜け、城の東の庭に走り出す。通り道になっているわけではない場所を通り抜けているため、顔や服が擦れて切れるが気になどしていられない。

 バラの道を抜けると、そこにはフィア様の妹ヒナ様とその従者ウィリアムが居た。

「助かった‥‥ウィルだ」

 ウィルは、ジオとは違い、俺に意地悪などしない。

 見覚えある顔にほっと胸をなでると、二人の前に姿をあらわす。

「ウィル!!」

 二人はその声に驚きこちらを向いた。

「テストリアトーマスジーク!?」

その声は驚いていた。確かにこの城に居るはずの無い子供がこんな所でウロウロしていれば驚くに違いない。

「助けてよ、ジオが‥‥」

 そう言って言葉が詰まった。

 ウィルとヒナ様で見えなかったが、二人の後ろにはフィア様が立っていたからだ。

「まぁテス。お久しぶりね」

 柔らかい表情と言葉で俺に微笑みかける。

「フィア様‥‥」

 会いたい人がこんな近くに居て、びっくりした。

「で‥‥ミッシェルがどうしたの」

 ミッシェルとはジオの事である。短い名前を嫌うフィア様のわがままで、名前をジオからミッシェルに改名させられたそうだ。でも、俺以外の人間にフィア様が付けた名前なのだから、意地でも呼んでやるかって俺は本名で呼び続けていた。

 きっとその行為もジオが俺を気に入らない一つに違いないとは思うけれど。

「また、テスを虐めてるのね。お兄さんなのに」

 そう言いながら俺に手招きをした。体が知らない内に引き寄せられていた。

「私の側に居れば、何にも出来ないわよ。おかえりなさい‥‥テス」

 頭を両手で包み込み、優しい言葉がまたかけられる。「ようこそ」ではなく「お帰りなさい」という言葉がなんだか嬉しかった。

「フィア様!!」

「ミッシェル。お兄さんなんだから、テスを虐めないの。ほらテス叱っておいたわ」

 満面の笑顔のフィア様と、注意されて黙る渋い顔のジオ。そんな風に守られた俺は、このままでいいのかと、とても情けない気持ちになっていた。

「今日はどうしたの?」

「アリティーヌの方からは来られるという話はきていないのだが」

「いや‥‥ちょっと」

 なんとなく正直にここに来た理由は話したくなくて、視線を床に落としうつむく。

「ただ、逃げてくるだろうという連絡はラミナ様よりうけている」

「は!?」

「相変わらず親戚とのイザコザは耐えないらしいな。その性格では仕方ないが」

 ジオの言葉に引っかかったが、それよりもなぜ母さんがそれを知っているかが気になった。そんな大騒ぎは起こしたつもりはない。その上ここに来ると予想が出来る?

「それで家出ね。落ち着くまでここに居ればいいのよ」

「フィア様」

 注意するようにジオが公主の名をよぶ。

「公主がいいって言ってるんだからいいのよ」

「フィア様」

 もう一度ジオが名前を呼ぶ。

「さぁテス‥‥お部屋に行ってらっしゃい」

 ジオの言葉に耳を貸さず俺の背を押すとジオから逃がしてくれた。

 先に歩いていたウィルが城の廊下の向こうで手招きをする。

「災難でしたね」

 部屋に入り二人きりになると笑顔でウィルは言った。

「ウィル‥‥」

「ミッシェルは、テス様がかわいくて仕方ないんですよ」

 そんなかわいがられ方したくない。

 俺の不満そうな表情に気がついて、またウィルは笑う。

「そうやってテス様が反論するから、ミッシェルは喜ぶんですよ。あの人も子供ですからね」

 暗い部屋のカーテンと窓を開けて、光と風が入るようにしてくれる。ジオと同じ服を着て、同じような立場だって言うのに全く違う。

 ウィルは優しい‥‥ウィルがフィア様の従者だったら良かったのに。昔からそう思っていた。

「二年前に比べて、背が大きくなりましたね。少し魔力も増えましたか?」

 側により頭をなでてそう言う、子供扱いな態度だが、誉められて悪い気がしない。

「本当!!」

「ええ。手合わせしたら私が負けるかも知れないですね」

 それは無い‥‥絶対無い。ウィルはこのセント帝国一の魔力の持ち主である。魔法で闇と同じ色に変えたその髪から名付けられた『ヴィアハムの黒魔術師』と聞いて逃げ出さない人間は居ない。

元々魔力は強かったと言われたが、今は左目に魔力を増幅させる秘宝を埋め込み、血液の流れに魔力を循環させて力を増幅している。常に左目は包帯を巻いている上、長い前髪で隠しているから、本当に宝石なんて埋め込んでいるかは怪しいけれど、指さえ動かせれば、どんな状況だって街一つぐらいすぐに消せるだろうと母さんも言っていた。

「弟子は何年たっても師匠には勝てないよ」

 そんなすごい力にあこがれて俺はウィルに魔法を教えてもらった。

「やってみますか?」

 黒髪の間から見せる青い瞳は嬉しそうに見えた。

 ウィルと手合わせが出来る、それだけで嬉しくて、走って外に出た。

「集え魔力、交じわえ肉と」

 俺とウィルを囲むように庭に土壁が出来る。

「物を壊すとミッシェルがうるさいですからね」

 そう言いながら俺の利き腕に何か陣を描く。

「何これ‥‥」

「腕力をあげる魔法ですよ。師匠たる者、弟子にハンデなしとは大人気ないですからね。さて‥‥はじめますか」

 ウィルがそう言うと、俺はいつもの炎の陣を描いた。「集え魔力、交じわえ肉と」叩きつけた拳から出る炎はまっすぐウィルを狙う。その炎の大きさにびっくりした。小さな建物一つぐらい焼き消せそうだ。これは多分先ほどの腕力をあげる陣のお陰‥‥。

 フライングに近いスピードで陣を描いたんだ、俺は敵じゃないし油断もしているはずだ、もしかするともしかする。ウィルはこれで終わっただろうか?

 立ち上がる炎が消えると無傷の相手が笑っていた。

「効いてない!!」

 慌てて俺は次の陣を描こうと手を出す。

「遅い‥‥集え魔力、交じわえ肉と」目の前に輝いた陣は同じ炎の陣、とっさに氷の陣を描いて身を守る。炎が俺を襲う、瞬間に出来た氷の陣が体を火から守っているが言葉を発してないため出来が悪い。炎に煽られ壊れかかっている。

しかし同じ陣で来るなんて‥‥、そう思っていると突風が吹き付けた。そのまま吹き飛ばされてしまい、土壁に叩きつけられる。ウィルは炎の裏に風を付けていた様だ。  

距離を持ったら俺の負けだ‥‥側に寄らないと。

 そんな事を考えていると、足元の草が足を突き刺してきた。幻覚ではなくて、現実に武器となり襲い掛かっているようだ、痛くはないが気持ちが悪い。

「なんだ‥‥これ」

 とりあえず、ちくちくしない場所まで逃げ出す。

「逃がしませんよ」

 ざわざわと芝生が騒ぎ、ありえないスピードで伸び出す。伸びた草が逃げた俺を追いかけ、足に絡みつくと動けないように倒した。

「ナイフから、縄にかわるのかよ」

 足に絡みついた草は元の場所に戻ろうとゆっくりと縮みだす。

 そんな思い通りにはさせない。

「集え魔力、交じわえ肉と」

 地面を引きずられながら、陣を描くと足元に穴が開く。うまい具合に自分はそこに落ち込んだ。

 重力に従い落ちる俺の体重に勝てなかったのか、草はちぎれ足は自由になる。

「とりあえず、拘束はなくなったな」

 さて、どうしよう。正面からだと何も出来ない。この穴から出てくるのを、何か陣を描いてウィルは待っているはずだ。

 この場所で出来る事‥‥下から攻撃してみるか?

 土の壁に岩の陣を描き、炎と風を重ねてみた‥‥。多分これで爆発するだろう。

「えーい。集え魔力、交じわえ肉と」そう言って陣を殴ると‥‥上の方でドゴーンと音が聞こえた。

 なにかが爆発したって音だった。たぶん成功だろう。

「物は壊しちゃ駄目って言いませんでしたっけ」

 上から声がすると、土まみれのウィルが笑いながら見下ろしていた。

 手を引かれ上にあがると、庭の一部が抉り取られていた。あそこには確か‥‥テーブルと椅子が置いてあった気がする。

 白い椅子は城の二階の窓に突き刺さっているのを確認した。テーブルは一体どこに行ったのか想像もつかない。

「とりあえず、地面だけは元に戻しますかね」

 ウィルが何かの陣を描くと、土と草が集まり椅子とテーブル以外は何事もなかったかのように、元に戻った。

 当然の事ながら、この事はジオにこっぴどく叱られた。

「ごめんなぁウィル、お前まで」

「私の責任ですからね。さあ怪我の治療をしないと」

「あ‥‥いいよ俺。癒しの魔法。覚えたから」

「癒し‥‥ですか」

 癒しという言葉を繰り返すと、怪訝そうに眉をひそめる。

「そういえばウィルって昔から使わないよな」

「ヒナ様が嫌がるから使わないんですよ」

 ウィルのその言葉を聞きながら、俺はラムタフに使った癒しの陣を宙に描く。

「おや?その形の流れからすると‥‥小さく地面に描いて発動させた方が体全体にゆっくり効きますよ。その方が、負担は少ないし」

 笑って同じ陣を地面に描き、俺を上に立たせた。

「元の言葉は想像つきませんが、組み合わせがテス様らしい」

 中心に人差し指で触れると、赤色の光があふれ出てはじけるように羽が飛び散る。羽は体の痛い部分に張り付くように付いて消えた。一瞬で痛みが消える。

「俺の時は一枚しか落ちてこなかったのに‥‥」

 さっきの手合わせといい、ウィルの力はすごいんだと改めて思った。


 ★★★★ ☆☆☆


 その夜、人のざわつく声で目が覚めた。

 うるさい、うるさいとは思っていたが「フィア様の部屋に賊が!!」だの「追いかけろ!!」だの‥‥どうも普通の内容では無い。慌ててベッドから飛び起き、部屋を出た。

「おいそっちに逃げたぞ」

 声がするがそっちの方向が分からない。右からも左からも、正面、後方色んなところから聞こえる気がする。一体どちらから聞こえて、そっちはどこなんだよ‥‥。

 いらいらしながら周りを見渡すが人の姿は見えない、もしかして上か下の階で騒いでいるのだろうか。

 どこから声がしているか、ではなくてもっと大切な事、それはフィア様が無事かという事。侵入者を捕まえて如何こうなんて面倒な事、兵士にさせればいい事だ。彼女が無事でなければ、俺がここに居る意味がない。

 そう考えながら、フィア様の部屋に走っていった。

人のざわつく声が廊下まで漏れていた。

この柱を左に曲がれば、後は部屋までまっすぐだ。

フィア様の部屋のほうから目の前を白い髪の子供が走ってくる。なんで、こんな時間に子供が?

「ラムタフ?」

 白い髪の子供などラムタフしか思いつかず、名前を呼んでみた。俺の言葉に反応したのか動きを止めこちらを向いた。

 やはりラムタフ、なんで‥‥。

 昼間一緒に歩いていたラムタフとは様子が違う。下がりっぱなしの眉毛と魔法を見つめるキラキラした青い目が印象的だったが、今はどちらも見られない。無表情のままこちらをぼんやり見ている、その冷淡な顔に驚いて歩みがとまる。

「テス‥‥」

 俺の顔を確認できたのか、驚いた目で俺の名前を呼んだ。

 俺もラムタフも次の一歩と一言が言えなくて、二人でしばらくの間見つめあう形で止まっていた。

「おい、あそこだ」

 その止まった時を動かしたのは、兵士の声だった。

 声に気がついたラムタフは、走ってきた方向をちらりと見ると、走り出す。

「おい。待てよラムタフ」

 走り出したラムタフを追いかけようと向きを変えた瞬間。フィア様の部屋の方から「集え魔力、交じわえ肉と」と低い声が聞こえた。

 絨毯の下を何か嫌な気が走っていくのが感じられた。

 今の声はウィルの声。

 嫌な気が向かって行った先はラムタフが逃げていった方向。慌ててラムタフの方に走って行くと頭を抱えて床を転げ回るその姿を見つけた。

「だ、大丈夫か」

 そう声はかけたものの、まったく大丈夫には見えなかった。

 側による俺に気がつかず、床を這いつくばって苦しんでいる。腕や首筋には強い力で締め付けた痣の様なものが浮き上がっていた。相手に幻覚を見せ、精神面から肉体を傷つける魔法の症状だ。これは‥‥ラムタフは幻覚を見ているのか。 

「テス様。触れられると貴方まで魔法が襲いますよ」

 心配しラムタフに触れようと手を伸ばした後ろから、魔法を唱えた本人が注意する。

 そんな基本の話、知っている‥‥でもこの苦しみ方は、ただ見てるだけなんて。 

「ウィル。こいつが何をした」

「テス様。この者はフィア様を殺そうとした賊です」

 ウィルの口から考えても見なかった言葉が発せられる。

 殺そうとした‥‥フィア様を。こいつが?

「そんな事、こいつにできるわけない」

 いくら殺し屋だからって何かの間違いだと思っていた。

 ウィルの黒髪の間から見える片方だけの瞳は嘘をついているようには見えなかった。

「拘束します。お話は後でもできますよ」

 人差し指と小指を立て、左手を突き出す。その二本の指で小さな魔法陣を描くと中央を中指で弾く。ウィルの魔法の発動である。

 魔法陣から放たれた光は、床のラムタフを包み込む。光が消えると体を締め付ける大きな蛇が現われた。

 その不気味な拘束に自然と表情が歪む。

「彼が、幻覚として見ていた物を現実にしたんですよ」

 おぞましい姿に顔だけではなく体まで怖がり一方後ろに下がってしまった俺をウィルは馬鹿にするように笑うと一言だけそう言った。ラムタフは蛇に巻きつかれながらまだ、抵抗していた。

 暴れるたびミシという骨がきしむ音がする。蛇が締め付けているのだろうか。

「ウィル。こいつ死ぬんじゃないのか」

「かも‥‥知れませんね。彼が自分で想像した惨い拘束方法ですから。彼の意識が続く限り止める事はありませんしね。意識が無くなった時が死ぬ時とかもありえるでしょう。まあ別にフィア様を殺そうとした賊。死んでも構いませんけどね」

 いつもの優しいウィルとはかけ離れた表情でラムタフを見下ろす。

「ウィル‥‥捕まえたの?」

 遠くの方からヒナ様の声が聞こえた。

「ヒナ様」

 ウィルが後ろを振り向いた瞬間、彼の力が緩んだのだろうかラムタフが起き上がる。体の蛇はまだラムタフの体を締め付けていた。想像の主の抵抗を弱めるため蛇は首に絡みつくと首に牙を立てる。

 牙が刺さった部分から、血液が首筋から流れ出すと、苦しんでるラムタフの表情が変わったのに気がついた。

少し動かせる右手を左の腕にめり込ませ、肉を引きちぎる。その瞬間ラムタフの動きを止めていた蛇が消えた。

 蛇の束縛が消えたのだから、この場所から逃げ出そうと背を向ける。

「痛みで幻覚を打ち消すとは」

 ウィルが驚く。

「ウィル何ぼーっと見てるのよ。幻覚なんかじゃ駄目なのよ。もっと強いのをかけなさい。早く」

 血まみれのラムタフを見たまま動かないウィルに対しヒナ様が大声を上げた。

「あ‥‥はい」

 逃げるラムタフの背に慌ててウィルが違う魔法陣を描き始めた。

「集え魔力、交じわえ肉と」

 今度は幻覚などではない、本物の凶器がラムタフを捕縛しようと追いかける。ラムタフの生死など考えてもいないものが飛び出していた。このままではラムタフが危ない‥‥そう考えた俺はウィルの裾を掴んで引きずり倒していた。軸の手が天井を向き、ラムタフに向けて放たれた最後の魔法は真っすぐ上に発動され引力に従い落ちてくる。

 天井から、倒れたウィルと俺に槍の束が降ってきた。

「きゃあっ」

「うわっ」

 かろうじて体を貫きはしなかったものの、槍の束は俺達の衣服と共に床に突き刺さった。槍に驚きウィルの精神力が乱されたのか、先ほどの凶器は皆消えた。

 俺達の動きを見ていたのか、ラムタフは近くの窓を破り外に逃げだしていた。 

 慌てて逃げるラムタフめがけてウィルが手を伸ばす。

「やめてよ」

 その腕にしがみつき、うまく魔法陣が描けないように邪魔をした。

「離してください、テス様」

 ぶら下がる体を払いのけ、ラムタフに狙いを定めるが、もうそこには姿は無かった。

「どういうつもりですか?」

 まだ倒れているヒナ様に手を差し出してウィルは低い声で言った。丁寧な言葉だが、怒っている様子が声から伝わる。

「テストリアトーマスジーク‥‥あなた賊の仲間なの?」

 ヒナ様が疑惑の瞳で睨みつけた。

「本当はお姉様を殺しに来たんでしょ」

「そんな訳ない‥‥ただ」

「ただ?」

「ただ、あいつがフィア様を殺すなんて、出来るはずがないから」

 泣き虫ラムタフに殺しは出来ない?否、それは無い。目の前で表情も変えず殺しをしていた。

 ではなんで、俺は殺せないと言ったのだろう。

 分からない言葉と、それを解こうとする言葉がぐるぐる回る。

 周りでわめくヒナ様の声など届きさえしなかった。


 ★★★★ ☆☆☆☆


「テスは、あの子が私を殺しに来たなんて信じたくないのよね」

 うつむく俺にいつもの笑顔がふりそそぐ。

「信じたくない‥‥という理由だけで犯人を逃がされては困ります。それではフィア様の安全が守れないでしょう」

 その後ろで説教するジオ。腹部には包帯が巻きつけてあった。ウィルに聞くと、どうも昨夜フィア様の身代わりに刺されたそうだ。

「第一、テストリアトーマスジーク。賊はお前が連れて来たみたいなものだしな」

 冷たい視線が俺を見下ろした。

「何だと」

「あの賊の少年と町で仲良く話をしていたようだな、目撃情報が入っている。誰だってそう思うさ」

 駅で別れの話をしていた時の事だろう。何もない町あんなに目立つ事をしていたのだから、色んな人に見られたに違いない。

「はいはい。ミッシェルお兄さんなんだから、テスを虐めないの。ごめんねテス。ミッシェルは寝てないから、とてもイライラしているのね」

 いつもみたいに子供扱いされ、なだめられる。

 そんなんじゃだめだ‥‥。

「フィア様。俺が本当の賊を捕まえるよ」

「はら?」

「あいつが本当にフィア様を殺しに来たのなら、あいつが捕まるだろうし別人なら、別人が捕まる」

「何を言う‥‥お前のような子供のわがままにフィア様を危険な目に合わせられない」

 頭ごなしに否定するジオに少し腹がたった。

 地面を思いっきり殴りつけ、言葉を止める。拳が石造りの床に大きな穴と亀裂を作った。

 普通の人間よりか力は鍛えてある上、昼間にウィルに施された陣が活きている。

「子供、子供って言うけどな。あんたよりかはずいぶん強いんだよ」

 床に開いた穴を見てジオは何も言わなくなった。

「あらテス、すごいのね。でも‥‥開けた床は元に戻してね」

 緊張感の無い言葉が辛かった。


 ★★★★ ☆☆☆☆☆


「やっぱり親戚ね。瞳の色以外はそっくり」

 俺の姿を見てフィア様が嬉しそうに騒ぐ。

「どうでしょうか」

 ウィルの言葉はそう言うものの、笑いを必死にこらえる表情がよく見えて何だが嫌だ。

「お似合いだな、ミス。テストリアトーマスジーク」

 俺に化粧をした張本人がにやついた表情で嫌味を言った。

 フィア様を襲う賊を捕まえる、しかもフィア様には危害を加えさせずお守りする。

 確かに自分で捕まえるとは言ったけど、なんでこんなはめに‥‥。

 女物のドレスを着せられ、化粧をし、赤い髪を隠すためヴェールを被らせられた。影武者というわけなのだが、こんな姿ではどうも格好がつかない。

「普通の姿だっていいんじゃないのか」と着せ替え人形にされている間、抵抗したが「見た目から気づかれては意味が無い」とジオに押さえつけられる。

 いつもフィア様の身支度を手伝っているだけあって、その支度は素早く、的確に終えられた。

「ほんと、女の子みたい、ほらほら見て」

 鏡の前に並ばされて立つ、鏡の中には瞳の色の違う小さなフィア様もどきが不機嫌そうな表情で睨みつけていた。緑の瞳が自分と認識できる。

 こんな姿で恥ずかしいと思うのに、さらに追い討ちをかけられる。

 鏡の中で喜ぶフィア様の後ろにはジオが笑いながら腹部を押さえている姿も映っていた。奴に絶対遊ばれたんだ‥‥。


 ★★★★ ☆☆☆☆☆☆


 フィア様の姿でフィア様の寝室に眠る事になるとは‥‥。 

 こんな姿だっていうのに、フィア様の部屋だって言うだけでドキドキする。今日はラムタフが殺しに来るかもしれないってこんな時に不謹慎な‥‥。

 でもラムタフ‥‥本当にお前が殺しに来たのだろうか。

 真っ暗な中、天井の線がうっすら見える。

 フィア様は、今日はここに居ない。すぐ隣にあるジオの寝室に隠れている、でもこんな時間なんだから眠っているんだろうなあ。

 瞼が重くなり、知らないうちに夢の世界へと歩いていた。

 現実世界に俺を引き戻したのは、閉めたはずの窓から入ってくる風の寒さだった。

「さむっ」 

 声に出して気がつく、窓は閉めたはずだという事に。

「きやがったな」

 小声で呟くと火の魔法陣を描き始めた。形は描けたものの、発動させるまでに、相手が飛び込んできた。

 暗闇の中、どこに居たのかなんて分からなくて、不意を付かれ壁に押し付けられる。ヴェールが床に落ちていった。

 打ちつけた背中と押し付けられた首に痛みが走る。指が首にめり込んでいるのだろうか、容赦ない痛みが辛い。

 魔法陣の淡い光が相手を照らし、その表情が伺えた。

 壁に俺を押し付けていたのはラムタフだった。

「ラムタフ‥‥なんで」

「赤い髪?その緑の目は、テス?」

 驚いて目を見開いたまま、何もしてこない。

「ラムタフ」

 もう一度名前を呼ぶと、首にめり込んでいた手は緩まり、最終的には開放された。

「殺しに来たんだろ。殺せよ」

 ラムタフの真意が分からなくて、そう言ってみた。

 もしかすると、殺しに来たのではなく、泥棒しに来たのを見つかった‥‥とかそんな理由では無いのだろうか、殺害も強盗も許される話ではないが。

「僕は、テスを殺しに来たんじゃない」

 テスを殺しに来たんじゃない、その言葉で淡い仮説は消えた。俺じゃなきゃやはり、この部屋の持ち主を殺しに来たって事だ。

 昨日も‥‥今日も。

「白い悪魔なら、目撃者は皆殺すんだろ」

 噂された殺人鬼の話をする。

 目の前のラムタフは白い悪魔と呼ばれる人道無縁の殺人鬼で横をすれ違うだけで殺される、はずである。

「そうだよ、僕の殺しを見た人は皆殺さなきゃならない。そうじゃなきゃ皆僕を怖がるもの。でも嫌だ、でもテスは、テスは殺したくなんか無い。嫌だ」

 大声で、嫌だとわめき散らしラムタフは一歩ずつ後ろに下がる。

「今は、俺はテストリアトーマスジーク・S・アリティーヌじゃない。フィア・ヴィアハムだ」

 後ろに逃げるラムタフを追いかけるように、同じ歩数、同じ歩幅で追いかける。

 俺がフィア様だって偉そうにラムタフに話してるなんてまったくおかしな話だ。

「嫌‥‥いやだ」

 頭を抱え、そのまま座り込むラムタフ。

 そのタイミングを見計らったかのように、兵士が現われ、俺が見下ろす中ラムタフを拘束した。

「無事か、テストリアトーマスジーク」

 捕まえられるラムタフの姿を見ているとジオが心配そうな表情でそう聞いてきた。

「え‥‥あ、まあ」

 びっくりして適当な返事しか返せない俺に「手柄だなと」いつもの表情に戻る。今の顔は気のせいだったのだろう。

 そして、首に手を伸ばしてきた。

「怪我したのは首だけだな。血液の量からして、そんなに深くない。手当てをしてもらえ」

 首元に自分で手を当てて痛みに気がつく。

 ラムタフに首を締められただけで、こんなに血が出るんだ‥‥。

 今は頭を押さえ動くことさえしないラムタフを見て考える。

「あいつはどうなるの」

「フィア様しだいだな。お前が気にすることじゃない、ほら早く」

 ジオは怪我を心配しているんじゃなくて、俺を追い払おうとしている事はよく分かった。

「こんな傷、魔法で何とかできるから大丈夫だ」

「魔法‥‥」

 その言葉に表情を変えたジオが怒鳴る。

「そんな傷ぐらいで治癒の魔術など使うな!!」

 「してはいけない」という言葉で注意はされたことはよくあるが、「するな」と止められたことは無いので少し驚く。

「何でも魔法で出来るなんて思うんじゃない」

 ジオは冷たくそう言うと、ラムタフの前にフィア様を連れて行った。

「まってフィア様‥‥」

 ジオの態度に驚きテンポが乱されたが、ラムタフの事をほおっておけなくて、とっさにそう言いだした俺を見てフィア様は安心させるように笑った。フィア様に何を言おうと思ったのかは分からない。でもフィア様なら酷い結果などきっと出さないと安心してしまっていた。

「きっと無理やり殺しをさせられてたのね。可哀想な子」

 フィア様が押さえつけられたままのラムタフに近づく。

「危険ですよフィア様」

 ジオがフィア様の手を握り、近づく事を止めた。

「大丈夫よ」

 にっこりと微笑むと、ラムタフと同じ目の高さになるようにしゃがむと、相手の目を覗き込む。

「私を殺したい?」

 フィア様の瞳は不思議な力が込められていて、ただ目を見るだけでフィア様が好きになる。フィア様のためなら何でもしたくなる。そんな力をフィア様はラムタフに使おうとしたのだ。

 ラムタフの瞳がとろんとしてくる。

「殺したい?」

 もう一度繰り返すとラムタフは首を振った。

「離してあげて‥‥」

 フィア様の微笑を見ているとなんだか安心する。その言葉どおり兵士達はラムタフを押さえる手をゆっくり離した。

 今のラムタフはフィア様の魔力に溺れているはず、まったく危険ではないだろうと思っていた。

 手から指が離れた瞬間。ラムタフはフィア様に掴みかかろうと手を伸ばす。

「駄目だ!!ラムタフ」

 慌てて俺が怒鳴りつけると、ラムタフの動きが止まり、すぐに拘束された。

 その間に、フィア様はジオが手を引き後ろに助け出す。

「あらら。おかしいわね?」

 自分の命が今、危険に犯されたというのに、いつもの調子でのんびりと首をひねる。このままでは、絶対に危ない。

「ジオ。フィア様を奥に、ラムタフから遠ざけて」

 あまりにも緊張感がないその姿に身の危険を感じてしまった俺はジオに命令した。そんな俺に言われたのが気に入らないのか、ジオの表情は歪んでいた。しかし主の危険、このまま同じ空間に置いておける訳もなく部屋から外に連れ出す。

「ラムタフ‥‥?」

「僕、殺したいわけじゃないの。あの人の顔を見ると、誰かが殺せって騒ぐんだ。このままじゃまた、同じ過ちを犯してしまうよ」

「そんな事したら、テスに嫌われる」

 そう言いながら泣き出した。本当に誰かに無理やり殺しをさせられてるんだ‥‥かわいそうに。

「‥‥泣くなよ。お前にこんな酷い事させてる奴に文句言ってやめさせれば問題ないだろ」

 ラムタフがフィア様に対して何もしなければ、問題ない。

「そうしたら、俺もお前もここでずっと居られる」 

 ラムタフが泣き止むとウィルを呼んだ。危険なラムタフを連れて歩くためだ。いくら殺人鬼だからって、牢屋に拘留しておくつもりは無い、俺の部屋に今晩だけは閉じ込めておくから何とかできないかと相談してみた。

「テス様。あなたという方は‥‥」

 文句を言いながらウィルは陣を描く。魔法は嬉しそうに見つめるラムタフに降りかかる。

 見ているだけでは、何も起こらない。

「何?」

 何も効果がないと分かると、ラムタフは疑問を唱えた。

「あなたの殺意を感じ取ったら、拘束するように魔法をかけたんですよ」

 何も考えなければ、自由に行動が取れる。そういう効果の魔法だった。やはりウィルは優しい。

「これでいいですかね」

「ありがとう」

 ウィルの体に抱きつくと嬉しさを体で表現する。

「今晩だけですよ」

 そう言ってウィルは部屋でて扉を閉めた。

 自由な俺とラムタフも自室に戻る。

 部屋に帰ると顔いっぱいに塗りたくられた化粧を落とし、一つしかないベッドに二人で転がり込んだ。

「明日はお前の故郷だな」

「‥‥なんで」

「もちろん文句言いに行くんだよ」

「そっかぁ」

 嬉しそうにラムタフが背伸びをする。そんな仕草が殺しをする人間にはやっぱり思えない。

「だいたい、お前が殺したくないって思えば問題ない事だろ」

 俺のときみたいに‥‥テスを殺すのは嫌だって、抵抗していたみたいに。

「そうなんだけど、テス以外は気がついたら殺しちゃってると思うんだよね、テスだったら、すぐに殴ったり怒鳴ったりするでしょ」

 悪びれた様子もなく、いつもの調子でラムタフが言った。

 もしかして、こいつ‥‥。

「前にも言ったけど、お前殺しが悪い事って分かってないだろ」

「‥‥テスが言うから、悪い事なのかなぁって思うけど‥‥」

「分かってないんだな」

 怒っていても仕方ない事ではある。こいつは殺し屋で、殺しを悪い事だと教えれば仕事に支障が出るため、正当な行為だと教え込んでいるのだろう。息をするのに罪がないように、ラムタフには殺人は呼吸をするのと大差ない事だと認識させているに違いない。本人が否定しているのに体がかってに動くのは、基本はそうだろうが、この間のようになんらかの障害で遂行できなかった場合、暗示か何かで遠隔操作をしているのだろう。

 本人の意思とは無縁に殺人を実行させる、そんなひどい事は止めさせるべきだ。

「そういえばテス。この間の答え考えたよ」

「この間?」

 俺の質問とかぶるように扉をノックする音がする。誰だと思って廊下へ出るとウィルがいた。

 さっきの魔法取り消してラムタフを牢屋に連れ戻すつもりかな‥‥。

「テス様、先ほど言い忘れてましたが‥‥」

 暗い表情で話し出すウィルに体がかたまる。

「何‥‥」

「あまり治癒の魔法は使わないでください」

「は‥‥?」

 ウィルまでジオみたいなこと言い出した。

「さっきミッシェルが怒鳴ってたの聞いてたんですよ。治癒の魔法は術者の魔力じゃなくて命を削るって言われてますからね。私はテス様に使って欲しくありません」

「命を削る‥‥?」

「そう、ヒナ様が嫌がるのも、ミッシェルが怒るのも術者に命を削って欲しくないからなんですよ。気をつけてくださいね」

「分かった、使わない‥‥」

 俺がそう言うと、満足した笑顔に変わり、なだめるように頭をなでるとウィルは帰っていった。

 治癒の魔法は術者の命を削る。

 その言葉がショックだった。何も知らず簡単に使えばいいと思っていた自分が情けない。

 情けないが、ウィルの優しさが嬉しくもあった。心配してもらえる、それだけで嬉しい。でもジオは心配なんてするわけが無いから、怒ったのはそんな理由じゃ無い気がするけど。

 部屋に戻ると目を輝かせてラムタフが待っていた。続きが話したくてしょうがないんだろう。

「ごめんなラムタフ、でなんだっけ?」

「あのね、この言葉と、この言葉これで魔法を作るの」

 魔術書を持って、二つの陣を指差して言う。

信頼(ラグ)友情(ミヘジック)?」

 二つの陣を見て言った。

「うん」

「信頼で友情ってか、はっずかしい陣だな。意味分かってんのかよ、おい」

「いいんだよ。僕が唱えるんだから」

「戦いとかには使えないぞきっと」

「いいんだよ。テス。信頼と友情。孤独の中にある二本の線は僕とテス。僕とテスが交わっている限り僕は孤独じゃないし、孤独じゃなかったら僕は僕で居られる。だから、ずっと一緒にいれますようにって‥‥そんな魔法が使いたいの」

 ラムタフは額を俺に付けてそうささやいた。閉じられた瞳が安心しきった表情で、なんだか恥ずかしかった。

 他人に思いを寄せられるって、心が痛い‥‥いつもある痛さじゃないから、逃げ出したくなる。

 でも今のラムタフは、手放したら二度と目の前に戻ってこないんじゃないかって‥‥そんな気がして、重ねられた手もくっ付けられた額も、暑苦しいけど撥ね退けようとは思わなかった。そうしてそのまま、同じように瞳を閉じる。

「明日は僕がテスを守るからね」

 ラムタフはそう言った。

 暗闇の中、手と額から伝わるラムタフの温かさが存在を確認していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ