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バラの王子様と白い悪魔  作者: ことわりめぐむ
3/6

中央集中街

 列車の旅はまだ快適な方だった。前回の乗車に比べれば‥‥だが。

 追ってくる人間も居ないし、座席は優に空いていて四つのシートを二人で占領していた。

 洞窟を出ると朝の太陽が、駅を照らす。こんなすぐ近くにあったのかと驚くぐらい、駅と洞窟の場所は近すぎた。

 長い間待たない間に、列車が来る。

「一本でヴィアハムまで行けないの?」

 列車の中、歩いてくる車掌を捕まえて電車の方向を聞いてみると、想定していなかった返答にさらに質問を重ねていた。

「ヴィアハム‥‥あんな田舎町。まぁここも大差ない田舎町なんだが、田舎だからこそ田舎同士の連携は無いんだ。中央で乗り換えてからじゃないと無理だよ」

 中央‥‥?っていうかここはどこなんだよ。

 車掌が持っていた地図を強引に奪い取ると場所を示させる。その示された指の位置に驚いた。

「かなり遠いよね」

 後ろから覗き込むラムタフがポツリといった。

「そうだな」

 大人しく地図を返すと、座席に転がる。

 ここでじたばたしたってしょうがない。車掌のおっさんの言う通り中央へ行ってヴィアハムに行こう。

「ところでお前‥‥お前はどうするんだ」

「ん?」

 楽しそうに外の景色を眺めていたラムタフが首をかしげる。

「俺に付き合ってヴィアハムに行く必要もないだろ」

「うーん。僕もヴィアハムに用事があったりして」

 嘘か本当か分からない笑顔でラムタフは言った。

 まぁ‥‥そう言うなら良いだろう。目的地が一緒ならしばらく面倒な事は考えなくていい。

 俺は近くに迫っていたラムタフとの別れを考えていた。昨日の「孤独」‥‥言葉のあやでそう言っただけだろうか?


 こいつは俺と離れるときどんな顔をするんだろう。


 ★★★ ☆


「おーきな駅だねぇ~」

 ラムタフは楽しそうに両手を挙げて天井を見上げる。

「さわぐなよ」

 とはラムタフに言ったものの自分もこんな大きな駅のある街に来たのははじめてで、好奇心は抑えられず、嬉しそうに周りの列車や人々を目で追っていた。

 今までたどってきた駅は、線路沿いにホームと呼ばれる石で出来た足場があるだけで、後は熱帯期の日光や雨季の雨露を凌げるだけの屋根があるぐらいだった。ここはそんなものが駅では無いと言わんばかりの大きさで、どこかの施設の様な広い建物が駅だった。

 列車がこの建物の中に入るにはゲートと呼ばれる入り口が自分の年の数だけあり、そのゲートに対し最低三本は外部から線路が入り込んでいた。普通列車は終わりのない線路の上をずっと走っているものだと思っていたが、ここでは線路のほとんどが駅の中で止まっている。列車はここが家なのだと、地面にめり込むように止まっていた。

「一体どの列車なんだろうね。ヴィアハム行き」

 停車している何本もの列車、そのどれもが同じ形をしているためさっぱり分からない。まぁ違う形をしていたとしてもどれに乗ればいいかなんて分からないだろうが。

 とりあえず、プロはプロに聞くか‥‥。

 何も始められないこの状況を回避するため、五と書かれた数字の下に立っている駅員にどの列車に乗れば良いのか聞いてみる事にした。

「ヴィアハムみたいな遠い田舎。あんまり行く列車は無いんだよ。さっき出たのが今日最後なんだよね」

「何だって?」

 駅員に聞くとヴィアハム方面行きは一日二本あればいい方なんだとか、今日は珍しく二本あり、そのどちらともがすでに発車した後らしい。

「次のサンフェスタで乗り継ぎするなら、先発列車に追いつけるだろうけど、失敗すると足止めされるしなぁ」

 乗り継ぎ‥‥。

 その言葉が嫌だった。

 二回も三回も乗り換えなんてしたくない。

「ねぇテス明日まで待とうよ」

 そんな俺の表情に気がついたのかラムタフが肩に手を置いてそういった。

「明日まで待ってるのなんか嫌だ」

「何言ってるの。地図見たでしょ、あーんな遠いとこ歩けるわけないでしょ」

「歩くのも嫌だ」

 だいたい何で列車が無いんだよ、おかしいじゃないか。どうしてヴィアハムに向かってたのに、こんな遠いところで足止めされなきゃならないんだ。

 色んな事が自分の思い通りにならなくていらいらした。

「弱ったなぁ。歩いては絶対無理だし、かといって列車は出せないし、街の中を見てきたら、気が付いたら明日の朝になるぐらい広いから‥‥」

 人のよさそうな駅員は額に汗をかきながらそういった。

 なるかっての‥‥。

「なるほど観光~」

 ラムタフの瞳が輝く。

「いこうテス。大きな街の中歩きたーい」

「なっ。俺は観光なんかしてる余裕は無いんだって」

「まあまあ」

 半ば強引にラムタフは背中を押して俺を歩かせる。

 街は確かに広くて、歩いているだけで、いらいらは収まっていた。

 中央集中街と呼ばれるだけあって、色んな土地の人が居るのだろう。道いっぱい人が居て、店も道路上に並んでいた。

「道にまではみ出ないと置けない位、商品があるんだな」

 道路の脇に店は並ぶ、その店の前にも出張所のような店が並んでいた。店の中だけでは商品が置けず道路まではみ出てるのであろう。

「テス‥‥僕をバカにしてるの」

「は?」

「何にも知らないって思って。露店ぐらい知ってるよ」

 ろてん?

 路の店の事か?

「もしかして、本気?」

 何を言っているのか分からないまま黙っていると、ラムタフは笑い出した。

「露店も知らないんだ」

 知らないという言葉が恥ずかしくて、笑うラムタフを俺は殴り飛ばしていた。

「もう。すぐ暴力に行く。ばかぢから~」

 頭を押さえ笑いをやめて文句を言う。痛みで笑ってなどいられないだろうが‥‥。

「露店てね。お店がない人でも商品と、ほんの少し道端に場所があれば、そこがお店になるんだよ。すごいよね」

 小さい声でそれだけ言うと笑顔になり、楽しそうに走り出す。

「わあ民芸品だ。すごーい」

 なにがすごいのか、あまり価値のなさそうな針金細工を手にとってラムタフは喜んでいた。俺の目にはそれは美しいとはいえないもので何の価値もない気がした。

 ブローチ?ネックレストップ?一体何の目的でそれを作ったのか全く想像ができない。

「何がすごいんだ?」 

 あまりにも喜ぶその姿に、疑問に思って聞いてみた。

「何いってんのテス。この曲がり具合、この大きさいいよね、しかも適度に硬い」

 ラムタフはべたぼれしているようだ。まあ、あいつが気に入ってるのなら、止める必要も無い。好きにするがいいさ。

「泥棒だ!捕まえてくれ」

 後ろのほうで大声で叫ぶ男の声が聞こえてくる。

 こんなに人が多いんだから、姿など目視できずどこで叫んでいるのか分からない。 

「こんな中だしな。万引きだってスリだって居るだろう‥‥困った事だな」

 店のおじさんの声にラムタフは首をかしげる。

「捕まれば困らないの?」

「当たり前だろ」

 当然の答えを俺が言うとラムタフが動いた。持っていた装飾品をテーブルに置き人込みの間に消えていく。

「ぐぁっ!!」

 すく近くで男の声が聞こえた。

「よくやった坊子。こいつ、すぐに警備隊に突き出してやる」

「よせ。放せ!!」

 ざわつく人の声に混じって抵抗する男の声がした。

 声だけ聞いているとラムタフが泥棒を捕まえたようにしか聞こえない。

「どけ、道を開けろ」

「すごいな、お前の連れ捕まえたみたいだぞ。ほら捕らえに来やがった」

 店のおじさんがそう言うと人込みは分けられ、男を捕らえているラムタフと周りを囲むように立っている大人が目に入る。

 ラムタフが捕まえていた。

 ラフな姿をしているのが被害者で、捕らえられている男が泥棒なのだろう。周りのスーツ姿の男が気になった。

「あれが警備隊?」

「いや‥‥ちがうな。市長お抱えの守警団だ」

 嫌な顔をして店のおじさんがそう言った。

 スーツ姿の男達が盗人を連れて行くと、嬉しそうにラムタフが戻ってくる。

「おぅお手柄だな」

「よくやったなラムタフ」

 俺達に誉められてラムタフは本当に嬉しそうな笑顔を見せた。

「でも連行しに来たのが守警団だってのが気に入らないな」

「しゅけいだん?」

 ラムタフが首をかしげる。

 警備隊だろうが、守警団だろうが盗人が捕まったんだし素直に喜べば良いのに。

 しばらくすると現場に何人かの男が現われた。さっきの男達と比べると、お世辞にも上品とはいえない団体で、格の違う人間なんだなぁと思ってしまう。

「あれが警備隊だ」

 被害者から話を聞くと悔しそうな表情で口論を始める。内容は「なぜ引き渡した」とかなんとか‥‥。

 やっぱり手柄を横取りされるのが嫌なんだろうか。

 なんて心の狭い‥‥。

「なんで怒ってるの?」

 ラムタフは普通に湧き出た疑問をぶつける。

「ん?さっきお前さんが引き渡した相手はこの街の守警団。市長お抱えの警察だ。この街の奴らは市長が嫌いなんだよ。だから反発して、引きずりおろすきっかけになればと警備隊なんて作っているのに、あっちの株あげちまったからな」

「ふーん。そうなの。

 僕。悪いことした?」

「ま、子供には難しい話だな。どっちにしろ平和を守ったヒーロー様にご褒美上げないとな。その栓抜きお前さんにやるよ」

「えー。本当ありがとう」

 ラムタフは大喜びして、それをポケットにしまった。

 それって栓抜きだったのか。

 

 ★★★ ☆☆


 街は広くて色んなものがあって、見ているだけで時間が過ぎる。

 俺は新しい手袋、ラムタフは新しい帽子を買い、まだ見てない場所を探しにふらふら夜道を歩いていた。

「本当に夜まで遊び尽くしたな」

「だね~」

 大笑いして夜道を歩いていた。

 夜道と言っても、今まで歩いていた山の中とは違う。道には街頭が輝いていて明るすぎるぐらいだ。

 昼は昼でにぎやかな街だなと思っていたが、夜はまた雰囲気が変わって違う場所を歩いている気になる。夜になっても人はほとんど居なくならなくて、この夜の街を楽しもうとしているように見えた。

「本当に朝まで遊んでても平気」

 絶えない大人達の流れを見ながらラムタフがぽつりと言う。確かに朝までうろうろしていても問題はなさそうだ。

「こんな時間に子供が遊んでたら危ないぜ」

 不意に後ろから声が聞こえた。

 この声には聞き覚えがあった。

 危ないと思い逃げ出そうとするが、それまでに体は捕まっていた。

「テス」

 首に男の腕がめり込み呼吸の邪魔をする。逃げようと暴れるがもがけばもがくほど首はしめられ、どんどん苦しくなる。

「お前ら俺に捕まってよかったな。危ない所だったぜ」

 笑いながらそう言う男は、列車の中で俺に声をかけてきた誘拐犯の一人だった。

 おまえなんかに捕まって良い訳が無いだろう、そう考えながらも意識が遠のく。

 限界だ。

「逃げるよ」

「ぐあああ」

 ラムタフの声と同時に男の悲鳴がし、手から開放される。

 地面に落ちると咳き込むが、へたり込んでなど居られない。喉を抑え男の足元から逃げ出した。

「くそガキ。どこへ行くんだ」

 後ろから罵声が聞こえる。

 大変お怒りのようだった。片腕から出血しているところを見ると‥‥俺を逃がすためにラムタフが切りつけたのだろう。次は捕まったら何されるか。

 木箱が積み上げてある路地の隙間に身を隠す。 

「わがまま言わないでサンフェスタいっときゃよかった」

「だね。観光なんて言わないであのまま待ってれば良かった」

 わがままを言っていい事があったためしは無い。はじめは良くても、気がついたらしっぺ返しが来る、神様はよく見ている事だ。

 少し落ち込んだ。

「明日になれば、あっちもあきらめてくれると思うし。このまま朝まで待とうよ」

「‥‥弱虫だな」

「だって弱虫だもん」

 確かにこのまま諦めてくれるのなら、楽な事だろう。

でも‥‥


らしくない。

「なぁラムタフ。お前本当に殺し屋なのか」

 殺し屋ってこんなものなのだろうか?そう思ってラムタフに言う。相手は驚いた様子で言葉を返す。

「まだ疑ってたの?」

 そう、疑って、怖がって幻覚まで見たというのに、何を今更こんな事を言い出すのだろうとラムタフの瞳は言っていた。

「よく考えたら殺し屋なのにあいつらに捕まってたんだろ」

「うん」

「ほら~うそつきじゃないか、殺し屋だったら捕まるわけがない。それに今だってこんな所でこそこそしない」

「そうかなぁ」

 そう思う事で自分を安心させようとしている自分がいる事に気が付いた。こんな情けなさそうに笑う弱虫が、何にも思わずざっくり人を殺してみせた、そんな現実を受け入れたくないのだろう。あの夜の現実は自分の夢で、それかなにか変な魔法が発動して、ぼんやりしている間に皆助かった‥‥そういう事なんだと、言い聞かせたかった。

 まだ、信じていたくないのだ。やっぱり‥‥。

「殺し屋ってね、好きで‥‥」

「ディアッカー!!」

 ラムタフが何か言おうとすると同時に女の人の声が聞こえた。

「どこなの?」

 姿は子供がいそうな年齢のおばさん。探しているのが子供なら、奴らにさらわれたに違いない。名前からして女の子のようだ。

「また、だれか連れて行かれたのかな」

「みたいだな」

 隙間から顔をだしてあたりを確かめる。さっきの男の姿はまだある。

 しかしおばさんが出てきた事で諦めたのか、俺達を探している雰囲気ではない。憎しみの表情をおばさんに向けるとどこかに歩き出した。

「さて、行くか」

 連れて行かれたのならあいつが知っているはずだ。

 おばさんの目の前で子供を捕まえるなんて事はしない、きっと今日は諦めてあじとに戻るはずだ。

「どこに?」

「決まってるだろ人助け」

 そう言って男の後をつける。見つかれば全く意味もない、注意して尾行する。

「めんどうだよぅ」

 そんな俺の後ろを嫌な顔をしてラムタフはついてくる。嫌なら来なければいいのに。

「面倒って言うな。嫌なら来なければいいだろ」

「だってテスと離れるの嫌だもん」

 むぅとふくれて服の袖を掴む。なら文句を言うなって話だ。

 しばらく歩いていると人の気配は全くしなくなった。

 木箱の数が増えている気がする、人が通るための道ではなく物を置くための道のようだ。

 河の横には、同じ形の建物がずらりと並ぶ。その一つの中に入った事を確認する。

「いかにもあじとくさいよね」

 嬉しそうにラムタフが笑っている。

「楽しいみたいだな。さっきは面倒とか言っていたのに」

「だってゲームみたいでしょ」

 そう言いながら男の入って行ったビルの前に走って行った。  

「どうするのさこんなトコ。どこにいるのか分からないでしょ」

 高く聳え立つ建物を見上げラムタフが言った。そんな事は分かってるよ‥‥。

「ほいほい探しに入ったら、すぐに見つかっちゃうよ」

 かなり嫌そうな表情で続ける。

「俺がそんな面倒な事するかよ。ちゃんと目的地は決めてから移動するのさ」

 地面に小枝で直径三十センチぐらいの大きさの小さな陣を描く。

 手袋を咥えて引っこ抜くと、不浄な手を清める。といっても布で拭くぐらいだが。

「何してるの?」

「黙ってろって」

 ラムタフの問いには回答せずに、自分の右手を頬に叩きつけた。

 パアンと軽い音とともに頬が熱くなり、叩いた部分が痛む。

「何してるの‥‥」

 嫌そうに口をゆがめてラムタフが再度問う。

 平手打ちは痛みとともに、瞳に涙をにじませた、この魔法は涙が必要なのだ。人差し指でそれをすくうと、陣の中心にそのまま人差し指をあてがった。

「集え魔力、交じわえ肉よ」

 言葉を唱えると外側の線から徐々に緑色に光り、全体の線が緑色に光る。

「おいでネモティス」

 そう言うと陣の中心に置いた人差し指を何かが掴んだ。

 地面から指がでて、俺の指に絡みつくように掴む。捕まえた。空いている左手でその指を掴み引きずり上げた。

 地面からは陣と同じように緑色に光る女性が出てくる。

「‥‥きゃぁ、女の人が出てきた」

 後ろで何が起こるのかと見守るように見ていた、ラムタフがびっくりして後ろに下がる。俺も初めて彼女を呼び出したとき、びっくりしてそのまま手を離したっけ。まぁ地面から人間の指が出てきて、引っ張りあげたら本体が現われるんだから、びっくりもするだろうが。

「あら、テストリアトーマスジーク、何の用かしら?」

 ラムタフの態度にこっそり笑っていると、相手が話し掛けてくる。用事があって呼び足されているのに、出てきてなにを笑っているのかとそんな表情は感じ取れなかった。

「ネモティスお願いがあるんだ。人を探しているんだよ」

「ヒト?」

「子供を捜しているんだ。この建物のどこかにいるんだ」

「教えてあげたらテストリアトーマスジーク。あなたの涙をくれる?」

「もちろん」

 承諾の言葉に笑顔でネモティスは消えた。

「消えたけど、何なのあの‥‥ヒト?」

 ネモティスの姿が消えるとラムタフは近寄ってきて疑問をぶつける。

 彼女は、姿は人の形をしているが人間では無い。

「未来を決める神様の一人だよ。ネモティスって言うんだ。神様たちは皆人間の一部が欲しくてあげると願いを叶えてくれるんだよ」

 ネモティスは神様といっても、精霊に近い。だから俺なんかの言う事を聞いてくれる。俺なんかのちっぽけな涙で、召喚に応じてくれる。もっと高位な神様を呼び出せたとしたら、代償はどの一部を差し出せばいいのか想像もつかない。

「すごーい」

 ラムタフは喜んで手を叩く。

「でも引きずり出さなきゃ駄目なの」

 もっともな疑問を続けられた。っていうかそこには触れて欲しくなかった、まともにラムタフの顔が見れない。

「魔法ってのは強い魔力を持っていなきゃ使えないんだよ。魔力ってのは先天性のもので、後天的には増えたりしない。基本的に人間は、魔力が弱い。人が足りない魔力を補うのは腕力なんだ。数字にすると簡単だと思うんだけど、魔力が十でも、腕力が十あれば二十の力を使う魔法を唱えられる」

「よく分からないけどテスはバカ力だから、魔力がないの」

 ラムタフが首をかしげる。

 こいつ‥‥。

「魔力が無いんじゃなくて弱いの。ネモティスも俺の魔力じゃ手しか呼び出せないから、引き上げる腕力を鍛えれば召喚できるんだよ。この前の炎の魔法も殴る力が強かったら、もっと火力が上がるんだ」

「へえ~」

 この説明により無知なラムタフの魔法への執着が変わるとはこのときは全然思ってもみなかった。

「テストリアトーマスジーク‥‥」

 ネモティスのか弱い声が俺の耳に届く。一体どうしたというのだろう、とっても弱っているように聞こえるのは気のせいだろうか。

「場所はね、分かったけど‥‥血の臭いが強くて」

 ふらふらしながら俺の真上に倒れこみ、絡みつくように腕を体に回す。血の臭い‥‥人攫いのあじとなんだから、怪我とかしてる子供もいるだろうな。

 そういえばネモティスは汚れたものが苦手だって初めて会ったとき言われたっけか‥‥忘れていた、悪い事をしたなぁ。

「たぶんね、上から四番目の階に居るわ、小さな人間の女の子」

 耳元で小さくささやき、瞳に口づけすると彼女は消える。

「上から四番目ね」

 建物を見上げた。真上など暗くて見えるはずがない。

「上から四番目?下から何階上なんだろう」

 当然の疑問をラムタフがつぶやいた。

「‥‥」

 俺は答えられるわけもなく、ただ沈黙し上を見上げていた。


 結局強行突破って事かよ‥‥。


 ビレフィラットと書かれた入り口から、こっそりと中に進入する。

「いいかラムタフ‥‥殺すなよ」

 たった一言俺はそう言うと走り出した。戦地に赴く際「死ぬなよ」って言葉はよく聞くが、「殺すな」と釘差してるのって俺ぐらいだろうな。

 フロアには人影は見当たらない。もしかしたらこのまま強行突破ではなく、簡単にたどり着けるかもしれないとそんな淡い期待を抱いてしまうほどだ。

 さっきの言葉が嫌だったのか、不機嫌そうな顔でラムタフはついてきた。

「上の階にたくさん人がいるよね。血の臭いもするよ」

 突然ラムタフが言う。俺には何も感じられないが、殺し屋として磨いてきた勘とか何かなのだろう。ネモティスが嫌悪した血の臭いなのだろう。

 じゃあ、本格的に何か始まるのは、この上からだな。


 ★★★ ☆☆☆


 前へさらに前へ。人の途切れる気配は無い。

 殴り倒しても、蹴り飛ばしても、次が現われる。

 こんなに多いと陣を描いて一掃する事もできない。

 ラムタフは俺の言いつけ通り、相手に切りつけるものの、動けないぐらいになれば最後のとどめをさす事はしていなかった。

 ただ。

「あーもうめんどくさいぃ。

 テス~、殺しちゃわないように攻撃するのって面倒なんだけど」

 と一瞬でも時間が空けばそう言い続けていた。

 俺は常に手いっぱいなのに、そんな事考えていられるラムタフの余裕さに少し苛立つ。実際ラムタフにとってこんな奴ら余裕なのだろう。

 タガーは相手の武器を無くすために腕や足を切りつけ、武器や足を無くした相手の首筋を柄で殴る。そうすると相手はそのまま意識を失うのか、膝から床に倒れこんでもう動く事は無い。効率的な戦い方だ。

 小さい体で素早く動く、どんな大きな相手でも、子供であると油断する。その油断が判断を鈍らせているのかもしれない。相対する子供が目の前から突然消え、気がつけば後ろから手を切りつけられている。俺にはそんな戦い方はできない。

「見てみて、偉そうなのが出てきたよ」

 他の大人達に比べると大柄の男が数人現われた。こんな下っ端では相手にならないと出てきたのだろか‥‥。

 ラムタフは自分の周りを一掃すると大柄の男へ向かって走っていき、背後から肩車をしてもらっている子供のような形で首に巻きつく。俺は気がつかなかったが、どうやらラムタフはこの時点でその男の首を曲げ、息の根を止めていたらしい。隣の男は異変に気が付き、原因であるラムタフに殴りかかった。

 殴りつけてくる相手に飛び移り攻撃を避ける。男は死んだ仲間を殴っていた。首が変な方向へ曲っている事で、息が無いのが誰の目にも確認できる。 

「‥‥あらら殺しちゃった」

 同じように首に手を回し、ラムタフは笑う。

「死にたくなきゃ、さらった子供の居場所教えてよ」

 冷や汗を流す男の首元にラムタフは手を当て、ほとんど脅しに近い台詞を耳元で話していた。

「テス~この人が連れて行ってくれるってさ」

 目の前の男を殴り飛ばして声のほうを向く、何がどうなったのかラムタフは先ほど現われた男に肩車をして手を振っていた。

「バカ何やってんだ、危ないだろう!!」

 敵の頭の上に乗っかってる奴があるか!!

 俺が自分の周りの雑魚に手間取っている間に、ラムタフは捕まってしまったに違いない‥‥。

 そう思って走り出した、逆方向へと。

「テス。用が無いって事かな」

 走り去った俺の後姿を見つめ首をひねる。

「殺すなって言ったり、何でも駄目だって‥‥わがままだな」

 男の上から飛びのくラムタフ、その瞬間ラムタフめがけて刃物が振り下ろされた。

「このくそガキが」

 その形相に少しは驚いていたものの、攻撃はするりとかわしていた。

「殺しちゃったらテスが怒るから‥‥殺さないけど。でも大変」

 下ろされる刃物、避けるラムタフ、その繰り返しに面倒になったのかラムタフは回り込んで首に刃物をつきたてた。

「テス居ないし、まぁいいか」

 どさっと倒れる男を押しのけて俺を追いかけてくる。

「テス、待ってよぅ」

 そんなラムタフの行動など全然知らない俺は、走りついた柱の影に隠れラムタフを助ける方法を探していた。

 いつもの様に炎とか雷とかを使うと一緒にラムタフを巻き込む恐れがある。

 地面に小さく炎と雷の陣を描いて考える。あと思いつくのは氷‥‥。

 そして気がついた、氷と火と水を組合せば、霧ができるのではないだろうかと

「はぁ、やっと追いついた」

 後ろからラムタフの声がした。どうやら逃げてきたようだ。

「何捕まってんだよお前」

「僕、捕まってなんか‥‥もしかして助けてくれようとした?」 

 足元の二種類の落書きを見てラムタフは言う。

「なわけないだろ」

 実際はそうなのだが、心の中を見透かされたみたいで恥ずかしくて否定した。

「試してみたい事があったんだよ」

「何。何するの」

 嬉しそうに聞くラムタフ。

「仕方ない‥‥」

 階段の位置を確かめて水の陣を描く。上からかき消すように氷の陣を描き上げ、円で囲み閃で切る。手前に炎の陣を描き同じように円と閃でしめる。

「集え魔力、交じわえ肉と」

 中心を殴ると先に炎が出て氷が飲み込むように現われる。二つの物質が交わると白い何かが周りに立ち込める。

 できた。霧だ。

「何‥‥って熱!!」

 白い空気を触ったラムタフが慌てて逃げる。

 ラムタフの行動から見て、霧ではなく、蒸気を作ってしまったようだ。

 氷と水が炎で焼かれて急激に気化する。間違ってはいない。

「失敗だな‥‥」

 考えていたものと別のものが出来て不満だった。

 でも、これをラムタフとあの男相手に使っていれば、二人とも大火傷していた事だろう。実戦で使わなくてよかったと少し思っていた。

 蒸気のといってもいいだろうが散ると、先ほど確認していた階段を上がり先へ進む。

 階段を上がると下とは違い人の気配はほとんどしない。みんな下に降りていったのだろうかと少し安心していた。

 突然、角から俺をめがけて火花が散った。

「ぐぁっ」

 左腕が異常を訴えて体が地面に倒れた。見れば腕に小さな穴があき血が溢れ出していた。

 大きさから見て銃か何かだろうなぁ。

「テス!!あいつ」

 倒れこんだ俺にビックリして声をかけるが、当たった位置からして相手の場所を特定し、あちらだとラムタフは走っていくと「おまえが」と大声と共にそのまま回し蹴りを加えて倒す。銃を持った男はラムタフのスピードについていけず無抵抗にもそのまま動かなくなっていた。

「あら、ホントに子供」

 倒れた俺の上から馬鹿にするような声がする。見ればスーツ姿の女が見下ろしていた。いかにも悪役って気配がしていた。

「悪かったな子供で」

「あら自分の状況をあまり理解していないみたい」

 左腕の傷口を靴のかかとで踏みつけられる。これが我慢できないぐらい痛い。

「なぁぁぁぁ」

 ちょっと大げさな声を上げてしまっていた。

「テス!!」

 その声のせいで、ラムタフは俺の置かれている状況下に気がつき戻ってくる。

「だめよ。動いたら、お友達が傷つくわよ」

 そう言いながら左腕の傷口を持ち俺を立ち上がらせた。声も出ないぐらい、痛さが体を動かす度に伝わってくる。抵抗すればもっと痛いだろうという心から俺は動けないでいた。

 女の言葉どおりに立ち尽くすラムタフは口惜しげな表情をしていた。ただ手は腰の後ろの方にゆっくりと動いていた、ラムタフの腰にあるのは、タガー。ラムタフはこの女を殺すつもりだ。

「だ‥‥」

 タガーを引き抜き見えない速さで後ろに回りこむ。

「駄目だ!!ラムタフ」

 大声をあげてラムタフの動きを止めた。

「何で‥‥」

 ラムタフがそう言った時、他の人間がラムタフに殴りかかり、倒れた奴をそのまま拘束した。まだ他に人が居たなんて‥‥思ってもみなかった。

「驚いた。一瞬でこんなとこまで来るなんて」

 ラムタフの現われた位置に視線を向けると驚いた表情で女はそう言う。

「ラムタフ」

 つかまったラムタフは動こうとしない。当たり所が悪かったのだろうか。

「大丈夫。殺しちゃいないわよ」

 「連れて行って」と言う言葉にラムタフはどこかへ連れて行かれた。

「どこへ行く気だ」

「こんなところよりか落ち着けるところよ」

 そう言いながら女は俺の頭をつかむと、顔を無理やり自分の方へ向けさせる。

「深い、深い緑の瞳。そしてこの赤茶けた髪。あなた、アリティーヌね、珍しい」

 自分の属する種族の名前を言われ、驚く。確かに外交は少ない種族ではあるが、珍しいと言われるとは思わなかったからだ。相手は髪に注目し続ける。

「でも、アリティーヌはもっと赤が濃かったと思ったけど‥‥混ざり物でも珍しいにこした事はないわね」

 『混ざり物』その言葉にカチンと来たが、つれていかれたラムタフの方が気になって黙っていた。

「大人しくしていたら悪いようにはしないわ。大切な商品なのだから」

「俺さえ大人しくしていたら、他の子は逃がしてくれたりは‥‥しないんだろうな。やっぱ」

「そうね。甘い考えね。良い値段じゃないって言うだけで、商品には変わりがないわ」

 相手の嫌な笑いに大人しく従うしかないと抵抗はしなかった。

 自分のせいでラムタフが捕まったみたいなものだし、あいつを助けるまでは大人しくしているのが利口なのだろうと思う。もしかして、この女が出てきたのは、俺がアリティーヌだからなのだろうか‥‥たぶん関係ないだろうが、その思いが頭から離れなかった。


 ★★★ ☆☆☆☆


 丁重に扱う割には、乱暴に牢屋の中に投げ込まれた。

「大切な商品じゃなかったのかよ」

 わめいてはみるものの返事はない。

 両手は初めて捕まった時みたいに、後ろで堅く痛く結んであった。

「きつく結びすぎなんだって、手が腐って体が傷ついたらどうするんだよ」

「弱いと、逃げられちゃうからでしょ‥‥」

 声がする方に意識を向けると、苦痛に顔を歪めたラムタフが転がっていた。

 手は同じように後ろで縛られている。

「ラムタフ。無事でよかった」

「ぶじ?どこが無事なの?僕の頭割れるように痛いんだけど」

 転がったまま、うねうねと芋虫のように動き出す。

 新しく買った帽子が形をゆがめ頭から外れた。

「見た目は全然無事だな」

 唯一自由に動く足でラムタフを突っついた。

 やめてよぅと嫌がってラムタフは転がりながら逃げる。そのラムタフが面白くて、追いかけまたつつく。しばらくその動きが繰り返されるとラムタフが地面を見つめて「なんで止めたの」と呟いた。

「止めなきゃ殺してただろ」

「だってテスが」

「俺が?」

 ラムタフは黙っていた。

「やらなきゃ、二人とも捕まったじゃん」

 顔を挙げ、頬を膨らませると、そのままうつぶせになってまた黙る。

 ったく‥‥だから殺していい訳じゃないだろう。

「帽子は大丈夫だったけど、僕の大事なタガー取られちゃったんだよね」

 うつぶせのままうねうねと動く。腰の辺りには何も固体は見えてこない。確かに没収されたようだ。

 そのまま視線が縛られている手元に行く。ラムタフの手を縛っているのは縄。

 縄なら‥‥。そう思ってラムタフに背を向けた。

「テス怒ったの?」

「黙ってろ。動くんじゃないぞ」

 人差し指で陣を描いて、そのまま人差し指で弾く。

「集え魔力、交じわえ肉と」

 爪から火花が散り、火種がラムタフに向かって飛んでいく。動きは見えないが、魔法は術者の思ったように動いてくれるはずだ。たぶん‥‥。

 ちりちりと縄が焦げる匂いがしはじめた。乾燥している縄は燃えやすく広がりやすい、だが締め上げている縄は密度が高く、直ぐには燃え上がらない、ゆっくり拘束を焼き尽くす。

「あっつーーーーー!!」

 ラムタフの悲鳴と共に拘束は燃え尽きた。

 でかい声で騒ぎつづけるラムタフを見ないようにして、自分の縄も燃やしはじめる。たしかに‥‥熱い。

「あちっ」

 一瞬だけ炎の勢いが上がり、その熱さにうっかり声をあげてしまった。

「さっきから、何騒いでるんだ。静かにしろ」

 当然見張りの人間が居るわけだが、騒ぎつづける俺とラムタフに注意する。なんだよ、さっきは返事すらしなかったくせに、都合のいいときだけ声を出す。

「テス。ひどいよぅ」

 ラムタフが怒りの声を上げた。

「熱さで頭の痛みもどこかに行ったろ」

 ラムタフの怒りを避けるため話を別の方向へ持っていく。

「あっ本当だ」

 単純な奴。

 痛みがどこかへ行った事を喜び、髪を隠すため帽子を深くかぶり今度は外れないようにつばから出ている紐を顎にかけた。

「うし、自由になった」

 焦げて強度の弱くなった縄を引きちぎり、拘束されていた両手を振り回す。

「まずは僕のタガーだよ」

 どこへ行こうと考える前にラムタフが頬を膨らませて言った。

「何言ってんだよ。それなら俺のリュックの方が先だっつーの」

 ラムタフと同様、俺も拘束されたときに所持品を没収されていた。あれには列車のキップも今後の旅費も大切な魔術書も全部入っている事を思い出し相手の意見を押さえ込むように否定する。

 というよりは、ラムタフの物より自分の物が一番大切だ。早く安否を確認したい。

 せめて魔術書だけは、いち早く手元に戻したかった。

「なっテスは、ばか力だからいいけど、僕は武器がなかったら弱いんだよ」

 殺してもいい?って聞きまくっている人間が何を言う。

 ラムタフにタガーを持たしたら、殺さなくてもいい人間まで簡単に殺してしまうから、このまま見つけないでここを後にした方が良さそうだと思っていたのも事実だ。

「どっちにしろ、ここから出ないとな」

 腕組みをして周りを見渡して気が付いた。

 この牢屋は広い。普通人間を捕まえて入れとくだけだったら、人が一人寝転べるスペースがあれば充分だと思うが。別の使用目的があるのだろうか‥‥。

 明かりもない暗さも手伝って、見えるはずの壁が目視できない。きっと目で確認できないぐらい離れた場所に壁はあるのだろう。正面から逃げたところで、どうせ先ほどの男に捕まるだろう。どこか他に逃げ出せる道があるはずだ。

 そう思いながら壁を求め暗闇の中に一歩一歩踏み出す。数歩歩くと石の壁に当たる。思ったほど広くないようだ。黒だか紺だか暗い色の壁は見える限り隙間はなくて、壁の向こう側がなんなのかさっぱり予想がつかない。石の壁なら‥‥壊せそうな気もするが‥‥。今の俺の状況からすると殴って壊すしか無いようである。

 殴るのは、最後の手段にしたいなぁ、痛そうだし。

 他に何とかならないものだろうかと、左手を壁に当ててゆっくり調べながら進む事にする。

 そして出会ってしまった。探していた女の子と‥‥。もし彼女がそうなのだとしたら、彼女の名前は‥‥ディアッカだっけか?母親の声を思い出してみる。

「ディアッカ‥‥だよな?」

 そう俺が言うと女の子は驚いて目を見開いた。

「何で私の名前知ってるの」

「君を助けに来たんだよ」

 のんびり言うラムタフの言葉に顔をしかめる。

「人買いに売られたんじゃないの」

「なんでだよ」

「だって助けに来たって雰囲気じゃない」

 上から下まで値踏みするように見ると「無理ね」と冷たく言った。

 可愛くない女だな。

 まぁ怒っていても仕方ない、目的の子は見つかったんだ、ここがネモティスが言ってた上から四番目なのだろう。後は逃げるだけ。

 そう思い出口を探す。

 壁、床、隙間が無いか色々調べ尽くしたが何も出てこなかった。

「あーもう、考えるのやめやめ。当然、脱出できないようにしてあるのが牢屋だろ。当然、出口もないの」

 最後の手段を使うしか方法が考えつかない。痛いだろうなぁ。

 拳を握り締めて躊躇いがちに壁を見つめる。

「出口がないんなら。作ればいいんじゃないの」

 ラムタフがそう言いながら牢屋の入り口に近づく。

 なるほど壁を壊すよりも、そっちの方が痛くないか。結局正面から逃げる事になったとしても仕方ない、痛さには勝てないのだ。

 俺も鉄格子に近づいて行った。

 ラムタフは入り口の鍵を、がちゃがちゃと音をたてて調べていた。そんな事で壊せはしないだろう。

 思いっきり殴りつけた。ガシャコーン!!という大きな音が響きわたる。

「お前らいいがけんにしろ」

 男がひとり現われる。

 慌ててラムタフと俺は自由な手を後ろに隠し、縛られているフリをした。

「どうせ逃げられないんだから。無理して体傷つけるな。商品価値が下がるだろう」

 鉄格子越しに中を覗くと、そう一言だけ言って立ち去った。

 俺の目の前にある鉄格子は少し曲がっていただけで、くぐって外に出られそうもない。

「ちょっとしか曲がってなくてよかったね。気づかれなくて」

 少し嫌味っぽくラムタフが言う。

「だいたい直ぐ壊そうとするの駄目だよ。こういうものは気づかれないようにしなきゃ」

 人がいなくなったのを確認してからラムタフは鍵をさわりだす。穴の部分を確かめて、指を入れている。

「何とかなるね。これ没収されてたら、ここから出られないとこだったよ」

 ズボンのポケットから針金の装飾品をとりだした。街で欲しがっていたものだ。

 ブローチの出来損ない、いや正しくは栓抜きか‥‥端の部分をまっすぐ伸ばして鍵穴に入れる。しばらくがちゃがちゃ音を立てると鍵が開いた。

「すごいな、お前」

「殺し屋の基本だよ、ついでにこれも役に立ったでしょ」

 にっこり笑うとポケットに戻した。

 殺し屋っていうか泥棒だぞそれは‥‥。

「さあ逃げるよ」

 ラムタフは先に牢から出て行った。

「お前も来い」

 起こった出来事にビックリし開いた牢の鍵を見つめているディアッカにそう言った。足手まといになるのは分かっていたが、助けに来た以上ここに置いて行くつもりはない。

 拘束されたままの手を引きラムタフの後を追う。

 先に行ったラムタフは誰かと争っていた。

 あいつ武器もないのに何やってるんだよ‥‥。そう思いながら援護しようと腕を突き出した瞬間、男が倒れた。ラムタフはそのまま走っていく。

 まだ何もやってないぞと自分の指先を見つめるが、何も変化はない。当然だ、何もやってないんだから。

「どうしたの」

 手を見つめ呆然としている俺にディアッカが話し掛けてきた。

「いや、なんでも」

 なんとなく思いついた嫌な想像が正しかったとしたら、少女にその事実は知られたくなくて、倒れた男が目に付かないように手を引いて走り出した。

「おいラムタフ」

 俺の声が聞こえる位置に居るはずなのに、ラムタフは止まりもせず、そのまま姿が見えなくなる。

 足手まといの彼女を連れ、ラムタフの後を追うしかない。しかしどこに行ったのだろう。

 心配になって回りを見渡すが、やはり姿は無い。かわりに知っている人間の姿を見つけた。

「アリティーヌの坊や。大切にしてあげるって話をしたのにどうして逃げ出すの」

 いたのは、先ほど傷口を弄んだ女。

「あらゴミも一緒みたいね」

 そう言いながらピストルを彼女に向けた。

 何も言わずにそのまま引き金を引く、俺は無意識のうちに庇うように前に出た。手の平を突き抜け彼女の肩に当たる。

 表情を変えずもう一度引き金を引こうとすると、カチッという音だけがした。

「あらラッキーね。弾切れだわ」

 笑いながら女は銃を投げ捨てる。

「逃げろ」

 突き抜けた手が痛くてしょうがない。同じく傷ついた肩を後ろ手で拘束されたままのため抑える事もできず、血を流しながらディアッカは逃げ出した。腕の拘束ぐらい外してやればよかったと思うが、今はそんなどころでは無い。

「ヒーローってとこかしら」

 相手が油断している今だ、そう思い殴りかかる。

 乱暴な格闘をはじめようとした俺の動きを相手は感じとり、軽く避け背中に手刀をぶち込まれる。当たり所が悪かったのか、視界がぐらぐらする。

「私は、あなたを傷つけたくないのよ」

 ふらつく俺を捕まえて女はそう言った。

「売り物だからな」

 睨み付け、気を失わないように言葉を話す。

 先ほど穴のあいた掌から痛みがジワリと伝わるのが、意識が消え失せないよう助けてくれているようだ。

「本当に綺麗な緑の瞳。他人に渡すなんて勿体無いわ」

「じゃあ殺して剥製にでもすればいいだろ」

「悪くないわね。同じ色の花と一緒に飾っておくのも綺麗かもね。

 でも生きて動いているのが好きなのよ」

 話しをしていて、時間を稼いでいたおかげでふらふらする意識がしっかりしてきた。気づかれないように陣を描くと言葉を唱える。

「集え魔力、交じわえ肉と」

 痛む左手を空中に描いた魔方陣越しに相手の脇に叩きつけた。

「くぅ!!」

 女の体が一部凍りつき、捕まえていた手が俺を解放する。

「無理に動けば体が折れるぞ」

 そう言いながら近づく。

 体が折れると脅しておけば何もしないと油断していた俺に女の足が襲い掛かる。

 顔を思い切り蹴飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 意識が一瞬飛び、相手の氷が消える。

「魔法の効果を無くすには術者の意識を無くせば良いのよ。ちゃんと知ってるわ。さぁ形成逆転ね。元に戻ってもらいましょうか」

 逃げるために腕を振り回すが届かない。女の足が体に叩き込まれる。

 大人だけあって、手も足も俺より長い。今みたいに半端な攻撃じゃ倍以上のダメージをくらう事だろう。まず動きを止めないと‥‥。

「集え魔力、交じわえ肉と」

 そう考え魔法陣を描き言葉を唱える。

 陣からは荊棘が出て女を縛る。縄や鎖なんかより刺のある低木の方が拘束には適しているだろう。

 枯れて弱くなっている植物も魔法で作ればちぎれる事はなく、女の服に食い込んでいく。

「荊棘なんてアリティーヌらしい魔法ね」

 女は困った表情もせず笑う。

「動けないのに余裕だな」

「そうね。私貴方に捕まったのにね。あんなの避けられたんだけど、思ったとおりの動きをしてくれるから嬉しくて、油断したわ」

「どういう意味だよ」

「私ねバラが大好きなのよ。バラの種族アリティーヌ。そんな坊やが、バラの魔法を使うのだもの」

 赤い波打つ髪がバラの花弁を例え、深い緑の瞳が支える茎や葉を表す。バラは確かにアリティーヌの象徴だ。だが、バラの種族と呼ばれているとは知らなかった‥‥。

 この女、ただ余裕そうに笑っているばかりで、抵抗する気は無い様だ‥‥ならば、荷物と出口を吐かせるまでた。

「俺達の荷物はどこにある?」

「口で言っても分からない場所よ。案内してあげるわ」

「は?そんなの信じられるかよ」

「敗者は勝者の言う事を聞くのよ」

 余裕そうな笑いが何かを企んでいるようで、素直に言葉など信じられない。案内させて仲間のところへ連れて行く可能性だってある。言葉だって信じられないが、まだ何とかなるだろう。

「分からなくてもいい。場所を教えろ」

「‥‥案内してあげるって言ってるのに」

 女は残念そうに言うと荊棘の隙間から指を出して左のほうを差した。 

 動いた事で刺が指と手を傷つける。流れ落ちる血が気になって仕方ない‥‥。

「動かなくていいんだ。口だけで説明してくれれば」

「あら、優しいのね」

 気遣う俺の言葉に女は笑いかけると、同時にパアン!!と銃声が聞こえた。

「馬鹿な女だ。売り物に固執するとはな」

 さっきまで話をしていた女の額からは、血が流れていた。声がしたほうを見れば、知らぬ男が見下した目で立っている。

「商品を私物化するなとあれほど言ったのに」

 もう一度とどめを刺すように銃を打ち込んだ。

「な、何するんだよ。お前」

 倒れている女の体が銃の威力によって宙に跳ね上がった。

「子供ごときに何ができる」

 そう言って男は俺の方に近づいてくる。拳銃を向けられてはいるものこいつだけには殺されない、なんだかそういう自信があった。

 顔の先まで男が近づいてくると、向けられた銃を蹴り上げ、ひるんだ隙に追い詰めた。

 俺の拳が男の顔に叩きつけられた。

 さっきの女よりかは比べ物にならないほど、鈍い動きをしているため、攻撃は容易に当たる。何度も何度も。

「お前。魔法しか使えないのではないのか」

「さっきの見てたのかよ」

 攻撃さえ当たれば、魔法なんてめんどくさい物使うつもりはない。

 あいにく、魔力より腕力の方が強いんだよと思いっきり殴りつけてみた。

「ひぃいっ」

 力をこめた分狙いがそれてしまって、男には当たらず壁にぶち当たる。

 そのまま男は、無様に床をはって逃げ出した。逃がしてたまるかと追いかけ、また別の壁に追い詰める。

 すがりつくように相手が壁に片手を当てると、石と石を擦る音がし壁の一部がへこんだ。そして俺の足元も同じようにへこみ。穴が開く。

「うわぁああ」

 何かの仕掛けだろうが突然足元がなくなり、そのまま落下した。

「わははは、ガキが」

 姿は見えないが、笑い声が遠ざかっていくのを聞くと、その場から逃げ出したようだ。

「まいったなぁ」

 落ちた直ぐに服が何かに引っかかって宙ぶらりんである。下を見ても何も見えない。きっと落ちたら体が崩れてしまうぐらい高いのだろう。ここに引っかかってまずは一安心といったところか‥‥。しかし、手を伸ばしてみるが、何もつかむ場所はない。登る事も落ちる事もできなくて、ここから逃げ出す手段もない。

 壁に階段でも作って歩けば、出られるだろうかとそんな便利な魔法を探すため、背中のリュックを触るが何もない。いつもの癖で手を伸ばしたものの、忘れていたが没収されていた。

 どうするんだよ俺‥‥。

 ぼんやりと考える時間ができたため、さっきの女の人を思う。

 俺を気に入ってしまったから、殺されたんだ。そんな罪悪感が心を占めた。

「ねぇ大丈夫?」

 ディアッカの声が聞こえた。まだ逃げてなかったのか。

「おまえ、まだ逃げてなかったのか」

「こんな恐いとこ一人で歩けるわけないじゃない」

 確かにそういう考え方もある。じっとしている方が、もっと恐い気がするが‥‥。

 しかしこんな女の子一人いたって、ここから脱出する手助けになるとは思えない。

「なぁ近くにラムタフ居ないか?」

 いちかばちか、奴の名前を出す。この子よりかは助かる可能性は高い。

「ラムタフってさっき一緒にいた子?居ないわよ」

 探してくると言い、姿が見えなくなった。

「おい、そんなつもりじゃ」

 もう遅い。声は届かなかったらしい、恐くて歩けないんじゃなかったのかよ。

 放置され落ち着くと腹部が圧迫されていて息苦しい事に気がついた。このまま宙ぶらりんのままうっ血状況が続くと、内臓のどこか腐るんじゃないのだろうか。

 何も他に考える事がないので、どうしても体の事が心配になる。手だって二発も銃が打ち抜いているのだから、早く治療をしないと二度と魔法が使えなくなるかもしれない。大体なんで、利き腕なんだよ。ディアッカを庇うときに出した左手が今更になって悔やまれる。まあ、悔やむのはここから動けてからなのだろうが、どうも一生ここにぶら下がったままのような気がして仕方ない。

 ここにぶら下がって一生終えるぐらいなら、裾を切って落ちてみるのもいいかもしれない。

 息苦しさのあまり、気が遠くなりはじめる。

「テス~。テス~」

 ラムタフの間抜けな声が聞こえる。

「本当にこんな穴に居るの?声聞こえないじゃん」

「さっきまで話してたのよ」

 ディアッカとラムタフの声だ。

「ラムタフ。ここだ」

「あっテス。どれ‥‥あ、あれか」

 ラムタフの声で自分の姿が確認された事を知る。

「どうにかできないか?」

「うーん。難しいよね手が届かないんだもん。テスは壁登ったりできないの?」

 そういう検討はとっくに終わっている。

「無理だ」

「なんか、魔法で何とかならないの?」

「ない‥‥かな」

 当然といえば当然の疑問をラムタフは問う。恥ずかしくてあまり言いたくないが、魔法はきっとあるが、思い出せない、というか知らない。

 基本的に魔法は魔術師と古代史にたけた学者ぐらいが読める言葉を使う。文字が読めなければ話にならない。魔術師が学者と違うのはその文字に表現される形を想像し陣に描き、その陣の組み合わせによって魔法を呼び起こすからである。

 想像した形が基本の物と全く違う物であれば、発動さえせず体力だけが消耗する。

 基本の陣をたくさん重ねて色々魔法を作る。

 あまりまじめに勉強する気もなくて、とりあえず見た目が派手な攻撃性の魔法さえ使えればいいと思っていたのだから、覚えた言葉も、形も‥‥数少ない。本当に簡単な物ばかりである。

「でも、本があれば何とかなるかな」

 弱腰に、頼りにしていた魔術書を思い出す。

 陣自体は、参考例として簡単な物しか描かれていないが、ほとんどの言葉が書かれていた本を見ていると、頭の中に陣が浮かんできた物だ。家を出るとき必ず役に立つと、何より先に手にしていた。でもその本も今は手元にない。

「本‥‥?」

「リュックの中に入れてたんだよ」

 荷物は奴らに没収されている。

「リュックねぇ」

「こんな状況でなければ、探しにいけるのに」

「あるよ~」

 悔しい気持ちを言葉にすると、ラムタフがゆるりとした口調でそう言った。

「は?」

 思っても見なかった言葉に口から疑問の声が出る。

「あるよ本。これが欲しいの、じゃ投げるよ~」

「はぁ?」

 ほらぁ。と声だけが聞こえ、俺の止めるまもなく、後頭部に衝撃が‥‥。

「ナイスヒット」

 何がナイスヒットだ!!ラムタフの声に少しいらだちを感じながら、頭にぶつかった本を探す。が、後頭部には何もない。そのままぶつかって落下したようだ。

 まじかよ‥‥。

「ラムタフ!!」

 怒りのあまり怒鳴りつけていた。

「どしたのテス?」

 こんな状況でなければ、殴っているところだ。両手を振り回し、怒りを露にする。

「何投げてんだよ。落ちていったじゃねーか」

「えーテスあれ掴めなかったの」

 思っていたより鈍いんだねぇと笑い声が聞こえる。あれを掴めと言う方がおかしい、無理に決まっている。

「何も言わないおまえが悪い」

「僕が悪いの?」

 そう言い争っている間に、壁の模様が少しずつ上に上がっている事に気が付いた。本の衝撃と、ラムタフに抗議するため動く体のせいで、服が限界を迎えているのだろう。多分‥‥このまま落下するのは間違いない。

 そして。何も気にする間もなく、俺は足元の暗闇の中に落下していった。

「あーーーーーー」

 落ちる時は何も考えなくとも、浮遊感に体が慣れていなくて、声が出る。情けないとか思っている場合ではない。

「テス!!」

 慌ててラムタフも落ちてきた。崖の時みたいに下敷きになるつもりか?

 二人そろって奈落の底行きだ。何をしてるんだとラムタフを見上げていると。足と尻に鈍い衝撃が来る。痛みを味わう前に、斜めになった壁が滑り台のように体をどこかへ運び出した。

「わーい落ちる~」と上からは楽しそうなラムタフの声が‥‥。

 斜面が平面になると体もすべるのも止まる。

 先に落ちていた本に頭をぶつけ、後ろから下りてきたラムタフに蹴飛ばされる。

「いっつ‥‥」

「あ、ごめん」

 さすがに痛がる俺を見て悪いと思ったのか一言謝り、リュックを渡す。

 無言のままリュックを受け取ると大切な本をしまい込んだ。

「何て事するんだよお前」

「でも滑り台になって楽しかったね」

 楽しくない、体中打ち身だらけだ。明日になったら青痣とか尻に出来ているんだろうな‥‥ちょうど蒙古班的な場所に‥‥。

 部分、部分が青痣だらけの自分の尻を想像し、俺は苦い顔をした。

 見渡す限り出口らしきものは無い、しかし牢屋にしては照明が明るすぎるのだ。

 こんな明るい部屋に落とし込んで何をする気だろう。

 出口を探しても無いのだとすれば、作るしかない。

「ラムタフ、この部屋に出口はないんだよな」

「何で僕に聞くの?見た感じ無いよ、ここしか」

 落ちてきた穴を指差してそう言った。登れたり横穴があったりしないだろうかと、穴を覗き込むと下に光る金属を発見した。

 ラムタフの栓抜きだった。滑り落ちる時にポケットから落ちたのだろう、拾い上げるとそれには血が付いていた。

「おまえさぁ、どうやって入り口の人間倒した?」

 逃げてくる時、倒れていて動かなくなって死んでいるように見えた。

「僕得意の‥‥回し蹴り」

 顔には嘘と言わんばかりに冷や汗をかいている。

「あ‥‥そう」

 これ以上言っても仕方ない。あの時武器は何も無くて、仕方無しに応戦になった際、栓抜きを使って逃げたのだろう。こんなもので多分人は殺せない。

 そう思いながら、栓抜きを奴に渡すと、慌てて元の位置に隠した。

「折角貰ったんだから、大事にしろよ」

 嫌味っぽくそう言い、大人しくラムタフが頷くと姿が歪む。 

 地面が一定のリズムで揺れている気がした。地震だろうか?

 いや‥‥揺れて、静かになって、また揺れる‥‥それがだんだん大きくなっている、何か近づいてくる物の振動が伝わっているって感じだった。

「ラムタフ」

 ラムタフは一定の方向を見つめ、腰に手を当てていた。この体制は、何か来るのだと俺にも分かる。

 揺れが大きくなり、体がふらつく。しばらくすると鈍い音がして壁が吹き飛んだ。

 壁の向こうから現われたのは、天井一杯まで届く高さの大きな鎧だった。

 鎧はバランスの悪い大きな斧を持っていて、それで壁を破壊しながら室内に入ってきた。素早いとはお世辞にもいえない大きな振りが壁にめり込んで、石が砕ける。  

「なんだこいつ」

 振り回す斧の風で体が一定に保てない。接近戦は態勢が整わないうちは、完全に不利だ。そう考え後ろに、後ろに逃げる。相手のスピードは思った通り、遅くて適度すぎる間合いを取る事が出来た。

 接近戦が駄目なのだったら、魔法しかないだろう‥‥。

 俺に今できるのは魔法しかない。先ほど宙にぶら下がっていた状況とは違い、今の俺には本がある。本さえあれば、種類は何とか‥‥。

 こういう見掛け倒しの鎧やろうには、火や風なんかよりは雷が有効なはずだ。

 なんていったって鉄で出来ているんだから、電気を通すだろう。

 しかし、この人間離れしたありえない力強さ‥‥中身が人間ではなく機械なんだとしたら‥‥逆効果である。氷の属性がいいんだろうなぁきっと、そう考えながら氷のタイトルをめくる。

 さっき霧を作ったときに使った魔法よりかは、少し強いものにしたい。

「効果を二倍にしたければ同じ陣を二つ同時に発動させる」

 氷のタイトルにはそう書き記されてあった。他のところではそんな算数のような言葉は無い。確かに単純に考えれば‥‥一つが二つあれば二倍になる事だろう。

 本を足元に置き、氷の陣を右と左の手で同時に描く。いつも両手で描いているものだから、難しい。左右のスピードを合わせ、同じように両手を動かす。まだ陣が完成されてもいないのに、指先からは冷気が溢れ出していた。

 単純に二倍というわけじゃなさそうだな‥‥。

 同じタイミングで、親指で円を描き閃で切る。

「集え魔力、交じわえ肉と」

 真っすぐに相手に絡みつくイメージを抱いて、同じタイミングで双方を殴りつけた。

 想像通り陣からは氷が生き物のようにはえて、鎧に向かって伸びていく。左右の陣からでた氷は絡み合い、交わって大きくなった。

「二倍以上に‥‥」

 そのまま鎧を包み込み凍らせて、貫いた。

 これで終わりだ‥‥。なんだあっけないな‥‥。

 馬鹿にした態度で見ていると、相手を凍らせている氷自体に亀裂が入り、あっという間に砕け散った。

「氷が効かない」

 ならば‥‥炎の陣を作って拳に火を灯す。

 魔法だけじゃなくて力で勝負すればいい事。

 思い切り体に叩きつけた。ガァーン!!!と音がし弾き飛ばされる。

「うっ」

 そのまま床に転がる。

「テス。大丈夫?」

 ラムタフが心配そうに言った。

 派手な音が鳴ったのに、鎧には傷一つ付いていなかった。

 今の衝撃は魔法返しをされた時に似ていた。魔力を帯びた攻撃には抵抗があるようにしてあるに違いない。魔法が効かないって事か‥‥考えたものだなあのおやじ、魔法を使えなくしてしまえば問題ないって思ったのだろう。

「ラムタフ。こいつに魔法は効かない」

「みたいだね、でもボディに攻撃したって効いてないみたいだし」

 切りつけたタガーを跳ね返されてラムタフは言う。

 接近しての直接攻撃もだめ、魔法も効かないんだったら‥‥俺に勝ち目なんてあるのか?

 そんな弱気な視線で眺めていると、動きの鈍い相手にラムタフは向かっていく。

「おい、攻撃は効かないんだろ」

 背中に向かって声をかけるが、聞こえていないのか、聞いていないのかラムタフは動きを止めずこっちを向こうともしない。

 小さくて素早いラムタフは、大きすぎる武器に振り回されるように攻撃してくる相手など、恐いなど思わないのかもしれない。臆する事なく鎧に切りつける。

 効かないって自分で言ったくせに、馬鹿なのか?

 鎧が見えないであろう死角から、回り込んで切りつける。タガーが金属とぶつかって鈍い音がし火花を散らす。自分の体に危害を加えた相手を確認するため、攻撃された方向に鎧は向き直り、大きな斧を振りかざすとラムタフは後ろに飛びのき相手の届かないところまで走って逃げる。

 体力は消耗するだろうが、大きなダメージはラムタフには全くない。鎧はラムタフの素早い動きに振り回されているだけに見えた。

 あいつはこんなにも実践的な戦いができたのかと、情けない事にただ見ているしかなかった。というよりも、何に勝機があるのか、何をするのか、目が離せなかった。自分だって側で戦わなければ、この場所から進む事だって出来ないのに、そうは思っていても、何もできず傍観者になっている。

 何度も同じ行動をラムタフは繰り返す。効果が無いって分かっている筈なのに。

 そうしている内に切りつけるタガーが鎧に刺さり、タガーを離すタイミングが遅れ鎧にぶら下がる。ラムタフの動きが拘束されると相手は躊躇いもせず、払いのけるように弾き飛ばした。

 そのままラムタフは壁にめり込む。

 なんて力だ‥‥ただ払っただけの様に見えたのに‥‥。

「ラムタフ」

 とにかくかけより、安否の確認をする。

「テス」

 埋まった壁から抜け出ると、俺の顔を見て名前を呼んだ。ぶつけた時切ったのだろうか、口から赤い血を顎まで垂らしながらラムタフは笑う。

「攻撃は効かないんじゃないのか」

「体にはね。つなぎ目を、僕は狙ってるの」

 そう言って指を指す。言われてみて気が付いたがラムタフのタガーが刺さっているのは肩から脇のライン、手と体を繋ぎとめる部分だ。

「人間だってそうだよ。つなぎ目さえやれば相手は動けなくなるんだ」

 そんな話をしている間に鎧はタガーを引き抜いた。

「あらら、もう抜けちゃったよ」

 そう言ってラムタフは笑うと腰から二本目のタガーを抜くと立ち上がり相手に向かう。

 俺も同じように戦えばきっと勝てる気がする。けどいくら相手が鈍くても、俺のスピードでは全く同じようには動けない。さっきのラムタフと同じで払われて、叩きつけられる。そんな攻撃を受けたら、二度と動けなくなるかもしれない。

 手を出したほうが、足手まといだろう。でも‥‥でもこのままラムタフをずっと見ているだけでいいのだろうか。

 効かない魔法。足りない戦いの能力。

 俺はこのまま役立たずでいたくない。そう考え出すとじっとなどしていられなかった。今、自分に出来る事は、前に立って戦う事じゃなくて、出来ない事から逃げ出すのじゃなくて、あいつを補佐してやる事だ。

 床の本を拾い上げめくった事のないページをめくる。

 いつも目立つ術しか見向きもしなかったし、使う事もないだろうと目など通した事のない、知らない言葉に指を這わせる。

 とりあえず何でもいいんだと、助けになるような言葉を捜せと言葉を雑にたどっていた。簡易な術には陣が載っている、今は知らない言葉から創造される図形を描く余裕は無い。確実に発動する簡易な魔法でいいのだ。

 本を地面に広げ描かれている通りに陣を描き、円で囲み閃で切る。

「集え魔力、交じわえ肉と」

 中心をラムタフに向けて殴り飛ばす。

 中に描かれた魔法陣がラムタフに向けて飛んで行き、うまい具合に背中に張り付いた。

 俺がラムタフに貼り付けた魔法は、衝撃を緩和する初期の魔法。全くゼロには出来ないにしても、先ほどのように壁にめり込む事はないだろう。初めて描く魔法陣だから力の加減がよく分からないし、効果がどれほどなのかさっぱりわからない。

 先ほどと同じようにタガーを突き立てる。場所は逆の腕の付け根。片手でぶら下がったままラムタフは、腰のもう一本を引き抜き、すぐ隣に差し込んだ。

 鎧は先ほどと同じようにラムタフを殴りつける。

「ラムタ‥‥」

 自分の魔法の効果が全くわからなくて‥‥俺は心配のあまり名前を呼んでいた。

 しかし、弾き飛んだのはラムタフではなく、殴りつけた手の方だった。最初に刺した付け根の辺りからちぎれ飛び、後方の床を転がる。血が吹き出ない所を見ると、やはり機械の様だ。

 黄色の光が小さな稲妻の様にラムタフの背中と転がる腕から出ていた。

 カウンター‥‥思ってもみなかった効果に驚き、俺の心は喜んでいた。

「ほぅ‥‥すごーい」

 腕にぶら下がったままのラムタフの声が嬉しそうに響く。

「僕、無敵じゃん」

 刺したタガーを引き抜き、何度も突き刺す。鎧は害虫のように危害を加えるラムタフを振り落とそうと体を揺さぶるが、効果はない。

 落ちないラムタフに鎧は壁に叩きつける事を考えたらしく、何度も、何度もラムタフごと体当たりを繰り返していた。

「ラムタフ」

 さすがにこう何度も叩きつけられれば魔法の効果も無くなったかと心配になる。心配でも、自分では何も出来なくて、ただ見ているしかない歯がゆさが、ラムタフの名前を繰り返させた。

 壁には大きな穴が開き、砂が煙となって視界をふさぐ。今度はただ見ている事さえも出来ない。口に入る砂の空気を吸わないように手を当て、音がするほうを見つめる。壁に体を叩きつける鈍い音だけが繰り返し聞こえた。

 風を起こしてあいつを倒せば‥‥ラムタフを救い出す事が出来るはずだ。効かなくても、この砂塵ぐらいは吹き飛ばせるに違いない。

「集え魔力、交じわえ肉と」風を起こして相手に向ける。

 うまくいくと思った。だが、この狭い部屋の中での風は自殺行為だった。

 俺の指示通り方向は前に行ったが、前方の固体にぶつかりこちらへと牙を返す。砂嵐が周りを取り囲み自分に容赦なく吹き付ける。砂を体内に入れまいと無意識に目と口が閉ざされ、息も思うように吸う事が出来ない。

「ぐ‥‥ぁ」

 吹き付ける風に体が耐えられなくて、後ろに吹っ飛ばされ、頭を打った。瞬時に嵐が消える。

「これだけ俺の魔法が強いって事だよな‥‥」

 自分と戦って負けた、情けない事実に自然と笑いが漏れる。

 壁に叩きつける音はしなくなっていた。

「ラムタフ!?」

 動きが止まったなら助け出さないと‥‥。立ち上がり駆け寄る。

 鎧の動きは止まっていた。

「おいラムタフ」

 たぶんそこに居るだろう場所の瓦礫を退けながら名前を呼ぶ。埋まった鎧の腕の下から姿を発見した。

「テス‥‥」

「よかった無事か」

「もちろん。無敵だもん」

 瓦礫の間から向こうが見えた。鎧が暴れたお陰で出口が出来上がったらしい。ラムタフも無傷の様だし、このまま逃げ出せる。

「よし。逃げるぞ」

「まだ‥‥だよ」

 立ち上がり鎧に向かって行った。あれは壊れて止まったはずだ。

「おい」

 両手の二本のタガーが動かない鎧の頭を貫いた。

「とどめは最後まで‥‥」

 笑いながらラムタフはそのまま崩れる。何やってるんだよと思い近づいてみるが様子がおかしい。

「何か体ずきずきするんだけど」

 具体的には背中と手足に痛みを訴えて動こうとしない‥‥いや、動けないのか?

 もしかして俺の魔法のせいか?成功したと思ったあれが実際は失敗で何らかのひずみがラムタフの体にダメージを与えてるのか。体を動かそうとする意思を見えない力でぶった切ったかのようだ。

「ラムタフ」

「なーにテス?」

 ラムタフの声はいつも通りで困った様子はない。

「ごめんな。俺の力が未熟なばかりで」

「テスのせいじゃないよ。僕の体が今おかしいだけじゃない」

 無理して腕を動かそうと視線を腕に向かわせるが、やはり体は動かない。

「あれ、おかしいなぁ。僕の体どうしたんだろう、早く行かないと駄目なのに」

 ディアッカを上に残してきた、ボスらしき男も逃がしてしまった、俺達は先に早く進まなければならない。でもラムタフはこのまま放置していくつもりもない‥‥かといって、無理やり動かしてもよいものか?このまま待っていてもいいが、一生このまま見えない力に拘束されつづけるかもしれない。

 この結果が魔法によって行われた物だとしたら、解けるのは魔法しかない。

 そう思い、ラムタフを癒す事のできる力を持った言葉を捜すため本をめくる。

「ラムタフ、しばらくのがまんな」

「‥‥うん」

 仰向けに倒れたラムタフの横に座り込み、さっきとは違い丁寧に言葉を追いかける。

 たった一文字でも見落とすつもりはない。

 開放? 癒し? そのどちらでもいい。引っかかってくれれば何とかなる。

 本を読み出して時間が経った。早くしないとという焦りがページをめくる手を雑にさせる。

「てっ‥‥」

 その結果、右の人差し指を切ってしまった。

「テス‥‥」

 唯一自由な瞳だけ動かして、ラムタフが俺を見ていた。

「もう。僕いいよ。使い‥‥」

「だめだ。俺が今お前を助けたいんだ。諦めるなよ」

 手を置いたページに滲む血が染み込む。

 染み込んだ血のページに置いた指の指した言葉。それが俺の探していた答え。

「見つけた」

 吹き荒れる砂漠の大地に涙のしずくが花ひらと、他者の気持ちが実となれば滅びぬ一族の血肉となる。ならば癒しの力となるならば、開けよその扉、羽となりて。

 意味はさっぱりわからない、だが「癒し」という言葉があった。

 たぶん‥‥これが。

 言葉が想像する陣を重ねる。砂漠を表現する風と砂と世界という形に、水と命という文字を書く。ここまでは簡単に想像がついた。これで陣は完成か?それともまだ足りない部分があるのだろうか‥‥、目の前で光り輝く図形越しにラムタフの姿が見えた。言葉の明かりでその表情までは見られないが、きっと苦しんでいるに違いない。

 ここで悩んでしまえば、その苦しみが続くだけだろう。そう思って俺は円で言葉を囲み、いつものように中央を閃で切ってラムタフが自由に動いている姿を想像しながら中心を殴った。

「集え魔力、交じわえ肉と」

 が、何も起こらない、失敗か?

 いや発動に時間がかかるだけだ。そう思い、自分の突き出されたままの拳を見つめ、しばらく待ってみる。

 しばらく待ってみても何も起こらない、やはり失敗か‥‥。

 別の言葉がないだろうかとまた本のページをめくり始めた。

「テス」

 そんな俺にラムタフが声をかける。

「どうしたラムタフ」

 ラムタフをみると、こちらを見てはいない。上を見つめ視線を動かそうとはしていない。

「羽がね‥‥」

「はね?」

 そういうラムタフの視線の先には、ふらふらと落ちてくる羽が一枚。少し発光しているそれは、見様によってはバラの花びらに見えた。

 現実の物でない様子が、自分の作り出したものだと実感した。あれが、癒しの力?

 失敗か、あるいは勘違いだな。ショックのあまり、ただ落ちる羽をぼんやり見つめる。羽はそのままラムタフの鼻の上に降りてくる。

 くしゅんとラムタフはくしゃみをし、羽を息で吹き飛ばしてしまった。

「何でよりにもよって顔の上なんだよ」

 嫌そうに両手で口と鼻を抑え、眉をひそめた。

「あれをテスが作ったんなら、動けない僕へのテスの嫌がらせ?」

「‥‥なわけないだろ。こっちは真剣にやってるのに」

 怒りながら気が付いた。

「‥‥動けるのか」

「あ、そうみたい」

 自由になった体を思う存分動かし立ち上がる。

「すごいねテス、成功したね」

 笑顔で無邪気にそういうラムタフに、魔法が成功した事が実感できて、俺の口元に笑みが浮かぶ。

 そしてラムタフに聞こえないように「よかった」と呟いた。

「すごいね、テスは」

「本のおかげだろ」

「じゃなくて、いつだって自分のためじゃなくて、僕とか人のために一生懸命になれる」

「そんなの」

 当たり前だろう‥‥。

「ラムタフだって俺のために体張って助けてくれるだろ。それと同じだろ」

「じゃあテスは僕の事も皆の事も好きなんだね」

「はぁ!?」

「だって僕がテスを助けるのは、テスが好きだからだよ。テスと一緒に居たいから」

 さらりと恥ずかしい事を言う。

「違うちがう。俺はお前とは違う!」

 首を振って先ほどの言葉を否定した。好きとか嫌いで動いているわけじゃない。

「俺‥‥今はこんなのだけど、兄弟いないし未来は公主になる予定なんだ。王になる男が一人の人間も救えないなんておかしいだろ。だから‥‥」

 目の前で困っている人を助けたいだけだ。

「そうなんだ。うん。テスならいい王様になるよ」

 にっこり笑ってラムタフがそういいきった。誉められると照れくさくて、何も言わずラムタフの側から離れ、通路を進みだした。

 先は階段になっていてどこに繋がるのか想像も出来ない。

 落とし穴で下に下に下りてきたのだから、少なくともあの場所まで近づくことが出来るだろうと階段を上りだした。

 ラムタフも後に続く。

 少し上がると、折れ曲がり同じだけの距離になるとまた折れ曲がる。あの部屋へ降りるだけのための階段のように思えた。 

「テス~。僕も魔法使いたい」

 くるくる回る階段でラムタフが暇そうに呟いた。

「はぁ?」

 一体何を言うんだと振り返りもせずに言葉を返す。

「だってさっきのね、魔法のお陰でしょ」

 後方から俺の進路をふさぐように回りこみ、顔の前で大きく陣を描いて目を輝かせた。

 さっきのどこが魔法のお陰なんだ?と首をひねるしかない。適当に描いて失敗して、後始末をつけただけだ。だが、そんな言葉ラムタフに説明する気にもなれなくて、軽くあしらおうといつもの言葉を語った。

「っていうか、基本は自分で作るんだよ。言葉を思い描いて」

「じゃあ自分で考えるの?」

 自分で作る。基本的で至極簡単なことだが、知らない人間はその難しさに首をひねり、そして挫折する。ラムタフも顔をしかめていた。

「そう。まずはだな、好きな言葉を選んで、言葉が持つ形を重ねていく。お前はどんな言葉を選ぶ?」

「‥‥わかんない」

「何だよそれ‥‥」

「考えれば‥‥」

 前方を見つめラムタフの言葉が止まる。何だと前を見ると奴は走り出していた。

「おい、まてよ」

「誰かいた、僕らの話盗み聞きしてた」

「ひいいぃぃぃ」

 聞いた事のある男の声がした。この声は俺を突き落としたおっさん。あのどんくささならラムタフ相手ならすぐに捕まるだろうな‥‥。

「や、やめろ来るな。わしを誰だと思っている」

 だから誰なんだよ‥‥偉そうだが、どんくさい。恐怖に引きつった声と共にガシャンと何かを崩す音がして、銃声がした。おっさん、ラムタフに向かって打ったのか?

 あいつの事だから心配は無いと思うが、なんだか嫌な予感がして慌てて俺は走り出した。

「ひい、ははは、わしに逆らうからだ」

 腰を抜かし、地面に這いつくばるように倒れたおっさんの周りは物にまみれ、その向かいに手を押さえたラムタフがしゃがみこんでいた。銃は両手に当たったのだろうか?

「おい。大丈夫か」

 側まで寄るとラムタフが何かを呟くのが聞こえる。

「‥‥僕を傷つけた」

 ゆっくりと立ち上がり、銃を向け怯えるおっさんの前まで歩いていくと、首を掴み逃げられないように壁にたたきつけた。

 ただでさえ腰を抜かしているのだからそこまでしなくても逃げられないと思うのだが‥‥。

「おい。お前。わしは、ここの元締めだ。助けてくれたら何でもやる」

「元締め‥‥。お前がここのボスってわけだ。悪の大元だろ、じゃあ生かしておく価値は無いな」

 冷たく俺がそう言うとおっさんの表情が変わる。

 この弱虫な元締めはそう言えばびっくりして気絶するかもしれない、そう思って言ってみた。

「助け‥‥」

 おっさんの言葉が詰まる、ラムタフが締め上げる強さが増している様だ。声もあげず口から泡を吹いてばたばた暴れ出す。

「悪者は殺していいんだよね」

 ラムタフが腰のタガーを引き抜く音が聞こえた。

 まずい‥‥ラムタフには冗談に聞こえてなかったらしい。

「殺すなぁ!!」

 慌てて怒鳴り、襟元を掴んでラムタフを殴り飛ばす。

「痛―――――ぁ」と頭を抱え起き上がる。

 ラムタフから開放されたおっさんの頬には赤い筋が一本、殴り飛ばした際に傷つけたのだろう。

「だってテスこんな奴。生かしておく価値ないって言ったじゃないか」

 確かについさっき軽く冗談で言った。言ったが‥‥殺していいとは言ってない。

 確かに目の前で簡単に自分の部下を射殺した男を許してもいいものだろうかと問われれば、許せる道理は無い。 

 でも、価値がなくても、俺にこいつの命を奪う権利は無い。そんな事をしたら、全くこいつと同じになってしまうだろう‥‥そうすれば、俺も生きている価値は無くなる。

「罪人はしかるべき場所にて、裁かれるべきなんだ」

 そう言うと俺はカーテンを引き裂いて細長くし、二重にも三重にも巻きつけて簡易なロープを作った。頭を抱える男の手を拘束し動けないよう、足と体を縛り上げる。

「罪人‥‥」

 複雑な表情でラムタフが男を見つめている事に、俺は気づきもせず。ボス御用達の電話をかける。

 ツーツーツーと三回コールすると相手が出た。

「はい」

 相手は警備隊。町の行方不明者はきっとこの子だけでは無いはず、街の人たちで作った警備隊なら、この男を締め上げて売られる予定の子供達を保護してくれるに違いない。

 電話番号がなぜ分かったのかというと、壁に貼り付けてあったからだ。この組織に裏で繋がっている人間がいるのかもしれないとは一瞬思ったが、黒い繋がりがあるのなら、そんな分かりやすい場所にわざわざ貼り付けたりしないだろうと思い直し、子供を誘拐していた犯人と、部下とはいえ人殺しをした、この男の罪を簡単に説明する。

「僕、誘拐されたんだ。偉そうなおじさんが女の人を殺して‥‥次はきっと僕の番だよ。殺される前に助けて!!場所は河の近くの大きな建物。入り口にビレフィラットって書いてた、早くお願い」

 相手が余計な質問をしないように、出来るだけ早口で間をつくらず、悲壮な声でそれだけ言うと受話器を叩きつけた。聞いている相手は、驚いている事だろう。

 それにしてもすばらしい演技だと自我自賛する。

 と‥‥さて、警備隊の一部が裏で繋がっているという考えも捨てがたいので、もう一件予防策を張る。

 ツーツーツーツーツー‥‥コール音が長く続く。こんな夜だとさすがに出ないかな。そう思った瞬間電話が繋がった。

「こんな夜更けになんだ」

 相手の声は険しい。

 さっきみたいな内容だとイタズラと勘違いされそうなので、ここは正直に話す。

「こんばんは市長さん。お知らせしたい事があるんだけど」

「市長はお休み中だ」

 寝ている所を起こされた苛立ちが電話越しに伝わる。

「残念。結構やばい事なんだけどな。まぁあんたでもいいや、今、河付近のビレフィラットって書いてあるビルにいるんだよ。ここって、連れてこられてびっくり、人身売買が行われてるんだよね。しかもそこいらの子供さらってきて売りさばく。こんな事この街であったって事実、放置しとけないよね」

「夜中にどんな電話かと思えば、根も葉もない嘘で市長をゆする気か‥‥ばかばかしい」

 声が遠くなる、切ろうと受話器を口から離している証拠だ。離れていても聞こえるように大きな声で怒鳴った。

「まってまーって。切るなよ。別に脅かして金をもらおうって話じゃない。この話は本当で、助けて欲しいってお願いしてるの。街のゴミをいっそう出来て市長の株も上がる、悪くない話だろ。ま‥‥相手してくれなくとも、今から警備隊電話するからいいけどさぁ、市長が知ってて黙認の方がやばくない?」

 ここまで話してしまうと、相手は黙り込む。

「警備隊にはまだ連絡はしてないんだな」

 警備隊の名前を出せば動かないわけに行かないらしい。

「この電話切ったら、すぐするよ‥‥俺達今結構やばい状況で連絡してるから」

 もうとっくに警備隊には連絡しているのだが、ここでそう言うよりか嘘を付いていたほうが良策だろうと、偽の事実を伝える。

「市長と相談の上、そちらに向かう手続きを整える」

「はやくしてね」

 そう言って受話器を置いた。

 市長の場合、この男と繋がっていたとしても、敵対する警備隊が攻め込んできたとなれば、こんな組織の一つ捨て駒にでもするだろう。自分の名声のため、大人は他人をも犠牲にする。これを利用しない手は無い。

「さあラムタフ。逃げるか」

「あ‥‥うん」

 ぼんやり立っているラムタフの背中をぽんと叩き俺は階段を下りた。

 逃げる前にまず、はぐれたディアッカを探さなければ、そう思いながら窓の外に目をやる。外にはたくさんの明かりが集まっていた。


「もうきたのかよ」

 多分警備隊だろうな‥‥。うろうろせずに街の治安は街の人に任せるかとディアッカを探す事を諦めた。

 ビルの外にはたくさんの人と子供が集まっていた。こんなにまだ、子供居たんだな‥‥と驚いた。俺らもさらわれた子供の一人という事で保護される。

「あ‥‥大丈夫だったんだ」

 俺達の姿を確認すると、嬉しそうにディアッカが駆け寄ってきた。彼女も無事だったようだ。打たれた肩はすでに手当てされていた。

「何とか‥‥」 

 手と体はぼろぼろだったが、命ある事には間違いない。

「やめろ。離せ」

 建物からはボスが引きずり出されていた。

 こんな状況になってまで抵抗するか‥‥。

 他にも部下が何人か捕まっている。そしてラムタフが殺してしまった人たち。中には俺に固執していた、あの女の人が運び出された。

「あっ市長だ」

 黒のスーツの男達に囲まれて、市長が現われる。

 全然遅いじゃないか‥‥。先に警備隊に連絡しておいて良かったと思う。

 俺は市長の前に立つと「あのおじさんが女の人を‥‥」と指差して言った。

「女は俺がやったが、他はあの子供がやったんだ」

 そう言って男は俺を指差すが、誰も信じようとはしない。第一俺達は殺しはしてない‥‥怪我してる人間はたくさんいるけど、なんで俺なんだか。まぁこのままいけば傷害も男の罪になってしまう事だろう。俺らみたいな弱そうな子供は何も出来ません。

 わめき散らす男を警備隊が連れて行った。

「とんだ寄り道だよな」

「好きでやったくせに」

 建物を背中に歩き出す。

「俺じゃないー!!」

 朝方の空に男の声が狂ったように響いていた。


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